そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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真昼の暗黒

 駆動音と共に、アナウンスが聞こえる。

 

『人格転送装置「Personality Transferrer」起動。転送元:管理番号02-A-269-R101。転送先:管理番号11-F-283-D503。人格置換シークエンスを開始します。転送まで五秒前』

 

 待て、このガラクタ今なんて言った? 人格転送? 一致でも矯正でもなく、転送だと?

 

『四』

 

 そう言えば、なぜかこの装置には座席がもう一台あった。そちらには影打が乗り込んでいる。

 

『三』

 

 俺はそこで気づいた。影打は、初めから俺とガラティアを融合させるつもりなぞなかったのだ。やつの狙いは、俺の肉体を乗っ取り、自分が高城之男としてガラティアと融合することにあったのだ。

 

『二』

 

 クソッ、最悪だ。やつは、俺のことを都合良く作り変えるだけでは飽き足らず、俺から全部を奪って成り代わろうとしている。まだ、俺がガラティアと融合するなら、死ぬほど嫌だが受け入れる余地があった。しかし、俺以外の他人が彼女の中に混ざるなんて耐えられない。俺は激しくポッドを叩いた。

 

『一、一、一……』

 

 無機質な声が、含み笑いを漏らす男性の声に変質した。カウントが無限に繰り返される。どういうことだ?

 

 その時視界の端で、戦闘機がこちらに突っ込んでくるのが見えた。川口長官が目を見開いた。戦闘機の機首が、強化ガラスを突き破り、室内に滑り込んだ。一拍遅れて、ガラスが砕ける音が鳴り響き、俺の乗っているポッドがゴム鞠のように跳ねた。身体のあちこちを打ったせいで、全身が痛い。

 

 機械は完全に停止したようだった。扉が半壊し、俺はポッドから這い出た。長官機の両翼が、二つのポッドをそれぞれ撥ね飛ばしたようだ。煙を吐き出して、キャノピーが開かれた。頭から血を流した川口が飛行機を降りた。

 

「猊下が二人……!?」

 

 頭上で、真打たちが乗った飛行機が機体から煙を出しながら宙返りを披露した。あいつら、川口を嵌めてこっちへ突っ込ませたのか。どうせサユリの作戦だろう。なんて恐ろしい子。

 

 しかし、次の瞬間、プロペラが止まった。キャノピー越しに、真打が絶叫し、テレンスが顔面を蒼白にして操縦桿にしがみつくのが見えた。そのまま、高城式敬礼をしたサユリを乗せて、戦闘機は川まで墜落していった。まあ、生きてるだろ。多分。

 

 もう一つのポッドから、影打が姿を現した。腕時計型端末を掲げ、川口に言いつける。

 

「川口、そこの偽物を捕まえろ」

 

 川口は二つのポッドと、影打の手にある腕時計を順に見た。

 

「精神一致装置が二つ。そして、影打矯正局長の手には高城家の家宝……どうやら、大兄閣下は最後の最後で裏切られたようですね」

 

 アップルウォッチを家宝にするな。

 

 その時、エレベーターがチーンと間の抜けた音を立てて開いた。先ほど大兄の首を絞めたアンドロイドが、まるで宴会に遅刻したかのように、気さくに片手を挙げて部屋へ入ってきた。

 

「おー間に合ったか。そして正解だ、川口の末裔。偽物はそっちの眼鏡だ。もっとも、真贋鑑定なぞ僕にとってはどうでもいいがな」

 

 影打が冷たい視線を向ける。

 

「君は先ほど僕が停止させたはずだ。何者だ?」

 

 アンドロイドは妙に仰々しく高城式敬礼をした。

 

「高城之男へ一致せよ。……やはり親父の敬礼は好かんな」

「質問に答えろ」

 

 アンドロイドはやれやれと首を振った。

 

「挨拶は大切だろう? 政治でも、男女の駆け引きでも。まったく、僕が切り分けてやった矯正局の長がここまで増長するとは嘆かわしい。西条と府馬は何をやっているのだ?」

 

 先ほど測定で使ったクイズ台に寄りかかって、アンドロイドは片目をつぶった。

 

「ちょっとしたクイズだ。管理番号01-A-068-I330と言えば、だーれだ?」

 

 川口が目を見張った。

 

「その番号は、高城家第四代当主、田上の乱を引き起こした高城行紘の……」

「田上の乱は余計じゃい!」

 

 辺りに沈黙が満ちた。しばらくして、影打が顎に手を当てた。

 

「停止処理によって人格制御領域に異常が発生したのか? しかし、死者の人格が生成されるなど……」

「バカ者、機械の不調で名君の名を騙るものか」

 

 影打がアンドロイドへ銃口を向ける。

 

「いずれにせよ、過去の遺物にはおかえりいただこう」

 

 乾いた銃声が響いた。しかし、その直前に川口が警棒で影打の手首を打ち上げていた。弾丸が天井に穴を開ける。

 

「何をする、川口」

「私が忠誠を誓っているのは大兄閣下だけです。閣下がご存命なら、私と同じように猊下を逃がしたでしょう」

 

 行紘が愉快そうに喉を鳴らした。

 

「それでこそ川口の血筋だ。高城之男、ぼさっとするな!」

 

 行紘は俺の腕を掴むと、階段へ駆け込んだ。背後で銃声と電撃の弾ける音が重なる。

 

「おい、あんた本当に行紘なのか!?」

「……僕はあの女に幽閉され、失意のうちに死んだ。表向きはな。誰がそうおめおめと死んでやるものか。こっそり人格のバックアップを遺しておいたのよ。それを八代目が秘密裏に復元し、ジャンクデータに偽装してあの女の内部に仕込んでいた。九代目が死んだことでプログラムが起動し、僕は晴れて解凍されたというわけだ」

「じゃあ、さっき転送を妨害したのも……」

「僕だ。『一』でしばらく待ってやった。お前の人格を塗りつぶすなんてことをしたら、あの女は正気じゃあいられないだろう。とてもいい手だ」

 

 そこで、行紘の余裕綽々といった笑みが失せた。

 

「だが、あの女は僕の獲物だ。壊すのは僕以外許さん。ぽっと出のR101ごときに奪われてたまるか」

 

 その表情には、数百年が経っても褪せない凄味があった。この男は、表面上は剽軽を装っているが、その根底には冷酷な独裁者の顔が潜んでいる。そう思わせる何かがあった。

 

 俺が気圧されていると、行紘は覇気を霧散させた。

 

「始祖殿、危ないところだったな。あの装置には、あの女の正規プロセスを遮断する細工までしてあった。まったく、用意周到な男だ。もっとも、ジャンクデータに偽装した僕までは弾けなかったようだがね。つまり、僕はお前の命の恩人だ。はい、せーの。高城行紘へ感謝せよ」

 

 確かに、こいつが「一」で止めなければ間に合わなかったらしい。しかし、いかんせん言動が怪しすぎる。

 

「……感謝はする。信用はしない」

 

 行紘は唇を尖らせて、俺の胸元を指先で三度突きながら言った。

 

「なんだその不満げな顔は。さては西条行音辺りが復活した方が嬉しかったか? 確かにあいつなら、R101をピシッと叱り飛ばして、お前とあの女の仲を取り持ち、いらん世話まで焼き始めただろう。悪いことは言わない。あいつはやめておけ。昔から、いわゆる委員長タイプというやつだ。小うるさくて敵わん」

「幽閉されてたのに知ってるんだな」

「僕は108歳まで生きたからな。あの女の目を盗んで、バカ息子や小便臭い孫に指示を出すなぞ造作もないわ」

 

 思ったより、幽閉されてからも好き放題していたらしい。ますます信用ならなくなってきた。

 

 一階下の踊り場まで降りると、行紘は俺の腕を離し、業務用エレベーターの下降ボタンを押した。

 

「エレベーターで逃げるのか?」

「逃げる? 好きな女から逃げ続けたお前と一緒にするな。今から僕は、一世紀半越しのツケをあの女に払わせに行く。わかったならどっか行け。むさい男のお守りをしている暇はないからな」

 

 行紘は俺の顎を掴むと、顔を左右から眺め回した。

 

「それにしても、このような陰気臭い男が高城之男とは、やはり僕の言っていた通りだったな。ふむ、よく見るとなかなか綺麗な顔をしている。本当は女ではないか?」

「失礼な! 正真正銘男だ!」

「残念だ。女ならば僕の第七夫人にしてやろうと思ったのに」

 

 行紘は人を食ったような笑みを向けてきた。ガラティアに似ているせいもあり、不覚にも少しドキリとした。ガラティアの記憶通り、油断ならない男だ。

 

「いや、今はお前の方が女の身体だろうが」

 

 行紘はくるりと一回転した。ふわりとスカートの裾が舞い上がる。

 

「これが女? 女性型アンドロイドの間違いだろう。それともなんだ? 興味でもあるのかこの助平」

「お前が入ってるだけでマイナスだわ!」

 

 行紘は燃えるようなオレンジの瞳を怪しげに細めた。

 

「言葉には気をつけろよ、青二才。僕は九代目ほど優しくはないからな」

 

 俺が思わず後ずさると、行紘は飄々と俺の肩を叩いた。

 

「おいおい、そこは『大寛か』と突っ込むところだろうに。気の利かないところは行大そっくりだな」

「勝手に息子と比較するな! そもそも、お前こそ俺の子孫だろうが!」

「然り然り。あの女によると、僕はお前の『傲慢』を増幅した個体らしい。的外れも良いところだ。まあ、僕らは同志だ。揃って未来に蘇った死者なのだから、仲を深めていこうではないか。ゆっくりと、な」

 

 間の抜けた到着音と共に、エレベーターの扉が開いた。行紘は俺にひらひらと手を振ると、その中へ乗り込んだ。扉が閉まり、下降していく駆動音が遠ざかっていった。底知れない野郎だ。

 

 俺は扉に背を向け、階段を駆け下りた。しかし、数段下ったところで、立ち止まった。早く逃げなくてはいけないのはわかっているが、思うように足が動かない。俺は階段に座り込んだ。

 

 川口も行紘も、俺を逃がした。しかし、それは俺が平野平人だからではない。高城之男だから、生かす価値があると思ったからだ。

 俺はガラティアに選ばれなかった。俺もガラティアを選ばなかった。それなのに、いざ俺の立場を影打に奪われかけると、意地汚くしがみついてしまう。そんな矛盾した自分が気持ち悪かった。

 

 階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。息を切らしたクラリスが駆け寄ってきた。俺のそばに膝をついて、顔を覗き込んだ。

 

「平人、大丈夫!?」

 

 最悪のタイミングだな。

 

「……ああ。父さんと七瀬は?」

「先に下に行ってる!」

「そうか、それはよかった」

 

 警報が鳴り響いた。クラリスは俺の手を掴むと、走り出した。真っ赤な照明に照らされた階段を駆け下りる。

 

 90階、ガラティアは俺を愛していない。

 

 80階、俺は彼女のマスターに相応しくない。

 

 70階、彼女は影打を選んだ。

 

 60階、俺は卑怯だ。

 

 50階、俺はクラリスを利用している。

 

 40階、俺は七瀬に依存している。

 

 30階、俺は他の連中を素材として見ている。

 

 20階、そうやって俺はまた逃げている。

 

 10階、でも、あいつらだって同じじゃないか。

 

 9階、ガラティアは俺が管理者権限を持っているから必要としている。

 

 8階、クラリスだってそうだ。

 

 7階、七瀬だって変わらない。

 

 6階、みんな味方のフリをしているだけだ。

 

 5階、ハイエナどもめ。

 

 4階、人間はみな他人を機能でしか見ない。

 

 3階、俺が一番そうしている。

 

 2階、俺には、価値がない。

 

 息が切れる。俺はクラリスの手を振り払って、階段の踊り場で立ち止まった。クラリスが怪訝そうな視線をこちらに向けた。

 

「平人……?」

「ごめん、やっぱ無理だ」

 

 俺は壁にもたれて座り込んだ。ちらりと、彼女の腰のホルスターが目に入った。俺は反射的に言った。

 

「クラリス、殺してくれ」

 

 目を丸くした彼女は、俺の肩を掴むと揺さぶった。

 

「こんな時に何言ってんのよ!? 頭おかしいんじゃないの!?」

「確かに、俺は頭がおかしいのかもな。ガラティアだって、失恋の憂さ晴らしに、好きな子の代わりとして造っただけだしな。あいつが俺に見切りをつけたのも、当然だったんだ」

 

 クラリスの顔から血の気が引いた。当然だろう。自分たちを苦しめた事の発端が、単なる失恋男のキモい欲望だったのだから。

 

「ねえ? あそこで何があったの? 影打に何かされた?」

 

 ああ、こんなクソみたいなことを言っても、クラリスは俺の心配をしてくれる。本当に、俺にはもったいない女……。

 

「クラリス、お前だって同じだ。お前は俺が前世で好きだった人の血を引いている。だから、俺はお前が好きだ」

 

 翡翠の瞳がかすかに揺れた。憎い。俺はその輝きが憎かった。俺は畳みかけた。

 

「お前だってそうじゃないか? お前は俺が有益だから甘い顔をしているだけだろ」

 

 乾いた音が響いた。頬を燃えるような熱が覆っている。クラリスが、目に涙を溜めて、平手を振り抜いていた。

 

「最低!」

 

 そうだ。それでいい。俺は最低な人間だ。だから、早く終わらせてくれ。

 

 しかし、彼女は俺の襟首を掴み上げると、壁に押しつけてきた。

 

「ふざけんじゃないわよ! またそうやって卑下して! あたし言ったわよね! 次あんたが自分のこと悪く言ったら許さないって! ガラティアがあんたのこと好きじゃないわけないじゃない! じゃなきゃこんな騒動起こしてないでしょ!? 全部言わなきゃわからないわけ!?」

「お前に俺の何がわかる!」

「わかるわよ! どんだけあんたに振り回されてきたと思ってるの!?」

「じゃあ言ってくれよ! あの時みたいに! 俺なんか大っ嫌いだって!」

 

 虚を突かれたように彼女は息を呑んだ。そのまましばらく肩を震わせていたが、大きく息を吸い込むと、一息で言い切った。

 

「今更こんなことで、あたしがあんたを嫌いになると思ったら大間違いよ! あたしの大好きな平野平人は、怠惰で女に弱いお調子者だけど、それでも最後は誰かを救ってくれる! そんな男なの! あたしはあんたがあんただから好き! これで満足!?」

 

 美しい翡翠の瞳から、一筋の涙がこぼれた。白い頬を伝う。

 

 俺は何を口走っていたのだろうか。本心ではなかった。ヤケになって、彼女を傷つけるために、八つ当たりでああいうことを言ってしまったのだ。

 

 俺の頬を熱い涙が流れた。俺はどうしようもない屑だ。落ちるところまで落ちた。そして、こうやって自分を下げることでさえ快楽を得ている。消えたい。跡形もなく消えたい。

 

 でも、まだ消えたくない。少なくとも、目の前のクラリスは俺を見てくれている。好きだと言ってくれた。こんな俺でも良いと。

 

 クラリスが襟首から手を離した。俺は勢いよく頭を下げた。

 

「本当にごめん、俺、ガラティアに見放されたと思って、自分がなんなのかわからなくなって、もうどうでもいいやって、それでお前のことを、なあクラリス、俺これからどうしたらいいんだろう?」

 

 クラリスは俺の肩を掴んで顔を上げさせると、瞳を合わせて微笑みかけた。

 

「落ち着いて。あんたは一人じゃない」

 

 俺は目の前の女を抱きしめた。いてもたってもいられなかった。クラリスは一瞬硬直したが、すぐに俺のことを抱きしめ返した。自分とはまったく違うリズムの鼓動が聞こえる。温もりと共に、石鹸に混じってほのかに汗の匂いがした。俺を死の縁から引き戻してくれた匂い。

 

「ごめん、クラリス」

 

 俺が抱きしめる力を強めると、クラリスは手を後頭部と背中に回した。こちらに体重を預け、肩に顎を乗せた。温かな吐息を感じる。

 

「平人、謝らないで」

 

 答えてくれた。これは現実なのだ。彼女は本当にいるのだ。俺はそのことがどうしようもなく嬉しくて、彼女のジャケットを握りしめた。

 

「クラリス、ごめんって言ってごめん」

 

 彼女が小さく笑った。喉の震えさえ感じられるようだった。さっきよりも彼女の体温が上がっているような気がした。彼女が身じろぎし、俺の背中をゆっくりと撫でると、その金の髪が俺の頬に張り付いた。

 

「平人、こういう時はありがとうでしょ?」

 

 手足は長いが、背丈は俺と同じくらいだと初めて気づいた。普段の戦う姿からは考えられないほど、その身体は華奢だった。

 

「クラリス、ありがとう……!」

 

 名前を呼ぶたびに新しい発見があった。そのことが何よりも嬉しかった。

 

「平人、どういたしまして。もう、あたしの名前呼びすぎよ」

 

 その口調は呆れていたが、声音は優しかった。呼ばれるたびに、甘い幸福が背筋を伝った。俺は腕の中の彼女を抱き寄せ、耳元に囁きかけた。

 

「今は何度でもお前を呼びたい気分なんだよ」

「何よ、それ」

 

 クラリスが上体をわずかに離し、潤んだ瞳を俺に向けた。頬は赤く染まり、えくぼがくっきりと見えた。上ずった声が耳に入った。

 

「それであんた、どうなのよ? さっきの返事は」

 

 ああ、そうか。勢いに呑まれていたが、彼女は俺のことを好きだと言ってくれたのだ。俺が口を開きかけた時、脳裏にガラティアと七瀬の顔が過った。

 

 ……やっぱり、最低だな。

 

「俺もクラリスが好きだと思う」

 

 潤んでいた彼女の瞳が急速に乾いていく。ジト目でこちらを見た。

 

「……何その言い方」

 

 俺が冷や汗をかいて視線を彷徨わせていると、クラリスが俺の身体を突き飛ばして離れた。親指を下に向ける。

 

「ほんとあり得ない。最低」

「ごめん」

「謝るぐらいなら、嘘でもあたしが一番だって言いなさいよ。このバカ」

「……幻滅したか?」

 

 ポケットに手を突っ込んだクラリスが、一瞬ポカンと口を開いた後、鼻で笑った。

 

「幻滅? この際だから言っておくけど、そもそもあんた、最初からこれっぽっちもあたしに夢なんか見させてくれてないじゃない。いつもクズ全開で、色気がないだの何だの言いたい放題。その割にはよくあたしの顔をジロジロ見てるのは何なのよ」

「それは……照れ隠しだよ」

「じゃあさっきのも照れ隠し? それとも、優柔不断なだけ?」

 

 俺が答えられずにいると、クラリスは目を伏せた。

 

「あたしはあんた以外には絶対こんなことしない。なのにあんたは、あたしにああまで言わせて、答えられないくせにちゃっかり抱きしめて、七瀬やガラティアにも同じことするんだものね。……なんか言ってて悲しくなってきたわ。もう少しあたしに優しくしてくれても良いんじゃないの?」

 

 何も言い返せねえ。俺が肩を縮こまらせていると、クラリスは小さくため息を吐いた。

 

「正直、ちょっと距離取ろうか迷うところだけど……それであいつらにあんたを取られちゃ元も子もないわね。返事は今のところ待ってあげる。その代わり、片がついたら誤魔化さずにキチンと一人選ぶこと」

「……ありがとうございます」

「ほら、わかったなら行くわよ?」

 

 ポケットから手を出して、クラリスが手をこちらに差し出した。俺はその手を取って、再び走り出した。階段を駆け下りる。

 

 下の階には、すさまじい形相で歯ぎしりをしている七瀬と、青い顔の平政がいた。

 七瀬は、俺たちのつながっている手を睨みつけながら言った。

 

「随分と楽しそうな話をしていたみたいじゃないか」

「い、いつから聞いていた?」

「『殺してくれ』って辺りからかな」

 

 ほぼ全部じゃねえか。クラリスだけならまだしも、この二人にも聞かれていたとか恥ずかしすぎる。

 

 平政が恐る恐る俺の肩に、小刻みに震えている手を置いた。

 

「猊下」

「やめて! 父さんまで猊下呼びしないで!」

「平人、私はいつでもお前の味方だ。つらいことがあったらいつでも相談しなさい」

「……わかった」

「だけど、三股はダメだぞ?」

「しねえよ!」

 

 七瀬は空いている俺の左手に、自分の手を絡ませた。ナノマシンの同期を済ませると、クラリスとつないでいた俺の右手を強引に引き剝がし、代わりに府馬印の端末をねじ込んできた。

 

「はい、兄さんの商売道具も拾っておいたよ。ほら、ボクって理解のある奥さんでしょ?」

「ありがとう。お前は優しいな」

 

 七瀬の体温が上がるのが、左手から感じられた。俺が少し指を動かすと、彼女は弾かれたように手を離した。

 

「わ、わかればいいんだよ。わかれば」

 

 俺は端末を握りしめると、ゆっくりとエントランスへと歩いて行った。隣には七瀬とクラリスがいる。後ろには平政がいる。俺は一人じゃない。無価値じゃない。今が正念場だ。この世界に転生した使命を果たす時だ。

 

 エントランスには、黒の詰め襟の数列が待ち構えていた。その中心に立っている眼鏡をかけた男が、乾いた視線を寄越した。

 

「情けない顔だな、D503。やはり、君はガラティアの愛を受けるに値しない」

 

 川口は突破されてしまったらしい。俺は内心の動揺を隠すように端末を手の中で弄びながら、笑みを浮かべた。見せかけだけでも、余裕を取り戻したと思えるように。

 

「値するかどうかは俺が決める。自分の価値すら自分で決められないやつが、他人様の価値を決めるなよ」

 

 七瀬が狙撃銃を展開し、クラリスがホルスターからリボルバーを引き抜いた。

 俺の返答を鼻で笑った影打が、静かに右腕を斜め下に突き出した。

 

「高城之男へ一致せよ」

 

 白と黒の電撃警棒が、一斉に俺たちに向けられた。

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