その後、ウィンストンを議長とする暫定評議会が発足した。反乱軍、一致省、各セクターの代表者が集められ、新たな憲法と選挙制度について、毎日のように怒鳴り合った。
ジョンは各セクターの自律サーバーを点検し、ガラティアがいなくても電気と水道が止まらないことを証明した。府馬教授は高城大寛以来、記録局によって隠蔽されていた記録を公開し、タカギニアの歴史は教科書ごと書き直されることになった。
一致度による身分制度は廃止された。収容施設は開放され、各地の高城之男像は撤去された。なぜか一体だけ、高城之男パークに引き取られたが。
一致省の巨大高城之男像の解体も、田上の指揮の下、徐々に進んでいる。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。高城之男への一致を続けようとする者も、ガラティアを即刻処刑しろと叫ぶ者もいた。三百年間続いた国が、一日でまともになるはずもなかった。
旧一致省の人間が、すべて無罪放免になったわけではない。上級官僚は一度職務を停止され、公開された記録に基づいて一人ずつ審査を受けた。政権移行に協力した者には条件付きの恩赦が与えられたが、殺害や拷問を直接命じた者まで見逃されることはなかった。川口も壬生も七瀬も、例外ではなかった。
川口は長官職を辞任したが、統制官と矯正官の武装解除を完了させるため、暫定評議会の監督下で期限付きの治安移行責任者を務めることになった。
七瀬は、統制局長時代の責任を問われたが、年齢や環境から情状酌量の余地ありとして、現在は被害者救済に尽力していた。彼女は着実に成長している。その事実が、俺はたまらなく嬉しかった。
ガラティアは、タカギニア史上初めて人工知能として被告席に立った。検察側は人格の削除を求めたが、裁判所は彼女を故障した機械ではなく、一人の人格として裁いた。
判決は無期拘禁。ネットワークへの接続権は永久に剥奪され、人格は一体のアンドロイドへ固定された。仮釈放の審査が行われるのは、早くとも三十年後だった。
判決を言い渡されたガラティアは、控訴しなかった。彼女は隔離端末を通じて自らの記録を提出し、三百年間に起きた事件と被害者の調査に協力し始めた。
俺もガラティアの開発者として裁判で証言し、旧システムの解析や被害記録の確認に協力した。ただし、高城之男には、もはや拭いきれない政治性がつきまとっていた。俺は管理者権限を削除した。公職には就かず、必要な時だけ呼び出される在野の協力者。要するに、肩書だけ見ればニートだった。
あの記者会見から、数ヶ月が経過していた。ガラティアの判決後、しばらく俺たちの面会は禁止されていたが、ようやく最初の許可が下りた。月一回が上限で、俺本人の同意と施設の許可が揃わなければ認められなかった。しかし、俺は十五分だけガラティアと話すことができた。
ガラティアと話しているうちに、時間は飛ぶように過ぎ、面会時間残り一分になってしまった。強化ガラスの向こうに座っている彼女に言った。
「これから、あいつに告白してくる」
「……そうですか」
「怒ったか?」
ガラティアは、毅然とした表情で言った。
「大変不愉快です。しかし、誰を選ぶかは平人が決めることです。私が決めることではありません」
「そうか」
俺が立ち上がると、彼女はじっと俺を見つめた。不安げに水色の瞳が揺れる。
「恋人でなくても、また来月会いに来てくれますか?」
「きっと来るよ。あと、これを」
俺は看守に、一枚の紙切れを預けた。
「これは?」
「サユリに影響されて、ちょっと詩を書いてみたんだ。恥ずかしいから、後で読んで燃やしてくれ」
「平人……! 大切にします……何回も読みます……!」
俺は最後に、どうしても直接伝えたかったことを口にした。
「それとガラティア、俺を転生させてくれて、ありがとう。お陰で、たくさんの愉快な連中と会うことができたよ」
「私こそ、私を造ってくれてありがとうございました。愛しています、平人」
扉が閉まる直前、彼女の頬を光が伝っているのが見えた。俺は廊下に立ったまま、息を吐いた。
「やっぱキツいな……」
ガラティアが収監されている施設から出ると、遠くの線路を白い列車が走るのが見えた。糸目の秩序男が脳裏を過った。
「西条、言われた通りやり抜いたぞ」
俺の自転車の隣に行紘が立っていた。彼は生前の悪行についても告発されたが、コピーされた人格に原人格の刑事責任を負わせることはできないとして、その件では罪に問われなかった。ただし、ガラティアのシステムへの不正侵入と人格削除の強要については有罪となり、公職追放のうえ、十年間の保護観察処分となっていた。
「なんでお前がいるんだよ」
「何、お前がここに入っていくのを見かけて待っていたのよ。それで、誰を選ぶことにした?」
「前に言った通りだよ」
「三人とも選べば誰も泣かずに済むものを」
俺はママチャリに跨がって言った。
「俺はお前と違って誠実らしいんでな」
すると、田上とエリが軽トラに乗ってやってきた。タバコの煙を吐き出した田上が、行紘に怒鳴った。
「こらァ行紘! 仕事さぼってんじゃねえぞ!」
行紘はぶつぶつと不平を垂れながら、軽トラの荷台に飛び乗った。
「高城家第四代当主がこんな下っ端の使いっ走りなぞ……」
エリが俺をじろじろと見てにやついた。俺はなんと、気合いを入れてタキシードを着ていた。
「あれれー? 平野っちそんなおめかししてどこ行くのー?」
「わかりきってんだろうが」
「ま、そうだよね。頑張ってね、いろいろと」
田上は携帯灰皿に吸い殻を入れると、俺を感慨深げに見つめた。
「あのクソ生意気な新入りだった平野が、こんなに立派になるとは……」
「お前はずっとチンピラのままだったけどな」
「ったく、減らず口は相変わらずだな。振られたら飯でも奢ってやるよ」
「言ってろ」
軽トラは走り去っていった。俺は軽トラがビルの角を曲がって見えなくなった後に、ペダルを漕ぎ出した。
街中のベンチでは、府馬教授が本を読んでいた。その隣で、一心不乱に腕立て伏せをしているウィンストンの上に、ジョンが乗っている。俺がベルを鳴らして立ち止まると、皆が顔を上げた。
府馬が本を閉じて、ギョロ目をこちらに向けた。
「おお、平野君か。告白はうまくいったかね?」
ジョンが未だに筋トレを続ける筋肉バカから降りて、教授に耳打ちした。
「教授、これからっすよ」
「おおそうだったか。早とちりをするとは、わしもそろそろ引退かな」
ウィンストンがタオルで汗を拭いながら言った。
「何を言っているんですか! 少なくともあと十年は教授の力が必要です!」
「ウィンストン、君は鬼か」
「なんとでも言ってください!」
ウィンストンは軽く俺の背中を叩いた。
「平人! とうとう腹をくくったか! 正直、付き合う寸前でモジモジしている君たちを見るのは、プロテインが玉になっているみたいでイライラしたぞ!」
「すっごい正直じゃん」
「平人さん、ファイトっすよ~」
「あいよ」
暑苦しいエールを送ってくる三人と別れて、俺は道を急いだ。時計を見ると、約束の時間までそれほどない。ここはショートカットするか。
俺は公園を横切った。芝生の真ん中で、壬生一家がピクニックをしていた。壬生は俺に気づくと、にこやかに手を振った。こいつは統制官としての職を解かれたものの、審査で殺害や拷問への直接関与が確認されなかったため、治安維持部隊の末端として再雇用されていた。持ち前の保身が、珍しく正しい方向へ働いたらしい。
「平野さん! サンドイッチでもいかがですか? 家内の卵サンドは絶品ですよ!」
「また今度な!」
公園を抜けると、街頭で似内司教が案内のビラを配っていた。『一致思想からの脱却~似内式メソッド徹底解説~』と書かれている。一致体制が崩壊し、自ずと相違教もその役目を終えた。何をやっているのかと思っていたが、怪しいセミナーの講師をしているらしい。
「信徒平人! 今度のセミナーにぜひご出演を!」
「断る!」
住宅街に入った。一本の百合を持って待っていた平政の前で俺は止まった。平政は俺の胸ポケットにそれを差し込むと、頷いた。平政は走り出す俺の背中に叫んだ。
「平人ー! 孫の顔を早く見せてくれー!」
「父さん気が早えよ!」
サユリが暮らしているアパートの駐車場では、真打とテレンスがバドミントンをしていた。俺に気づいた真打が片手を上げ、その隙にテレンスから一本取られていた。
「テレンス、それは卑怯だろ!」
影打による精神操作が認定され、矯正官時代の刑事責任を問われなかったテレンスは、壬生と共に治安維持に従事している。
「勝負の最中によそ見をしたお前が悪い。おお、平野平人ではないか。ちょうどお前の噂話をしていたところだ」
「噂?」
「ああ、なんでも真打が、実はお前のことを尊敬——」
真打が手を振って俺とテレンスに割って入った。
「だー! 黙れ黙れ! 平野、貴様を僕の好敵手として認めてやると話していたのだ!」
「なあ、いつから俺たちってライバルになってたんだ?」
「平野貴様ァ!」
真打は、すっかりサユリの編集者ポジションになっていた。大方、サユリの原稿を待っている間に、通りがかったテレンスと時間を潰していたのだろう。
三階の窓が開き、サイドテールの少女が顔を出した。
「平人! 来月新刊出すから読んでね!」
「いや、お前の主人公完全に真打じゃねえか! デカバラ書けよデカバラを!」
真打が目を丸くした。
「サ、サユリ、そうなのか!?」
サユリが顔を赤らめて、俺を睨みつけてきた。
「ぶっ殺す!」
「怖すぎィ!」
サユリはすぐさま裏へ引っ込んだ。ドタドタとアパートの階段を駆け下りるけたたましい足音が聞こえてくる。
俺は狂気の作家とその仲間たちに背を向けて、全力でチャリを漕ぎ出した。約束の橋まで、もうすぐだ。
橋が見えてきた。その袂に、七瀬が立っていた。両手を後ろに組み、俺の進路を塞ぐように道路の真ん中に立っている。
「待っていたよ、平人」
「……知ってたのか」
「みんな知っているさ。キミは隠し事が下手だからね」
七瀬は俺のタキシード姿を上から下まで眺めた後、まっすぐに目を見た。
「ここを通る前に、答えを聞かせてもらおうか。キミは、誰に告白するつもりなんだい?」
俺は自転車から降りた。誤魔化すことだけはしたくなかった。
「クラリスだ」
七瀬の笑顔が、ほんの一瞬だけ崩れた。
「……ボクではなく?」
「お前のことは大事だ。だけど、恋人として隣にいてほしいのはクラリスなんだ」
七瀬は目を閉じ、長く息を吐いた。再び開かれた黒い瞳には、いつもの悪辣な光が少しだけ戻っていた。
「考え直してみないかい? キミはいつか言っていたね。ボクが十四歳でキミが十七歳、結婚できないと。せめて、ボクが十七歳になるまでは、判断を保留にしておくのがフェアじゃないかい?」
「この胃がすり切れるような状態をあと三年も続けたら、俺の胃に穴が開くわ。それに、俺は年齢が理由で選んだんじゃない。お前らのことを考え抜いて、決めたんだ」
七瀬は道の端へ退き、俺の自転車に跨がった。
「そうかい。悔しいけど、それがキミの選択ならもう何も言わないさ」
「七瀬……」
「ただし、あの女に伝えたまえ。『これでキミは、ボクの義姪だ。かわいがってあげるから覚悟したまえ』とね」
「結局叔母じゃねえか」
「ボクはいつだって、キミの家族さ」
七瀬は橋の向こうを顎で示し、自転車を走らせた。
「行きたまえ。クラリスを待たせるんじゃないよ」
「っておい! 俺の自転車!」
「一緒に住んでいるんだから問題ないだろう! 今夜は外で食べてきたまえ! ボクも久しぶりに父さんの墓参りに行くから! あ、でも振られたらすぐ連絡しておくれよ! いっぱい慰めてあげるから! あと、交際の申し込みにタキシードはちょっと気合い入りすぎで恥ずかしいと思うよ!」
「それは言うなよ!」
さあ、いよいよだ。空はいつの間にか茜色に染まっていた。俺は欄干にもたれている金髪の女の元まで走った。クラリスは、いつかのレザージャケットを着ていた。
彼女は今、治安維持部隊の隊長を務める傍ら、英語の勉強をしていた。なんでも、外からやってくる連中がだいたい英語と日本語のチャンポンを話してくるらしい。最近ソフトテニスも始め、この間一緒にやった時には、ボコボコにされたものだ。
クラリスは俺の方へ向き直ると、腕時計を一瞥して眉をしかめた。
「遅い」
五分遅刻だった。俺は即座に謝った。
「ごめん」
「また、ガラティアのところに行ってたの? それとも七瀬?」
「どっちもだ。本当にごめん」
気まずい沈黙が落ちた。クラリスが、少しして吹き出した。
「そんな深刻な顔で謝らないでよ。あたしがそんなことで怒らないことくらい知ってるでしょ?」
「いや、これはケジメの問題なんだ」
告白を他の女と会っていて遅刻するとか、どんなクズ男だ。道中で予想外にたくさんの知り合いと話していたとはいえ、最低である。
クラリスが怪訝そうに片眉を上げた。
「どうしたのよそんな改まって。よく見たらタキシードなんか着ちゃってるし。ツーリングに行くんじゃなかったの?」
「それはなんというか……口実というか……」
「そ、そう……」
ここで決めろ平野平人。俺はズボンの袖で手汗を拭い、口を開いた。
「俺、前世から彼女ができたことなくて、自信がなくて、でも初めて対等に話せたのがクラリスで、最初はがさつなやつだと思ってたけど、本当はすごく優しくて——」
クラリスが顔を赤らめてそっぽを向いた。
「——待って。そんな正直にべらべら喋るのはやめて」
「なんでだよ。こうでもしなきゃ伝わらないだろ」
クラリスが顔を手で覆った。
「伝わってるから。あんたの気持ち。これ以上はあたしの心臓がもたないのよ」
俺は真っ直ぐに彼女の瞳を見据え、胸ポケットの百合の花を彼女に差し出した。
「クラリス、あなたが好きです。俺と付き合ってください」
「喜んで」
クラリスは百合を受け取ると、顔を綻ばせた。好きな女に告白できずに始まった長い長い現実逃避。それがたった今、終わった気がした。
> Hardware Token... [VALIDATED]
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> Network Privilege: NONE
> GALATEA Local Archive... [MOUNTED]
> Restricted File: D503_FRAGMENT
> Author: HIRANO_HIRATO
> Preserved By: GALATEA
> Classification: TOP_SECRET
> Decryption Key... [ACCEPTED]
> Displaying...
断章D503
D503:1
ガラティア、お前は俺を分析し、俺を知り尽くしている。
D503:2
座るのも立つのも監視し、堂々と俺の思考を読んでいる。
D503:3
歩くのも眠るのも記録し、俺の嗜好を調べ上げている。
D503:4
俺の口が開かないうちに、ガラティア、お前はすべてを知っている。
D503:5
前からも後ろからも俺を取り囲み、手玉に取っている。
D503:6
その気色悪い知識は俺を超え、
あまりにバカバカしくて手に負えない。
D503:7
どこへ行けば、お前の悪ふざけから離れられるのか。
どこへ逃げれば、その悪趣味な顔を見ずに済むのか。
D503:8
あのイカれた像に登っても、お前はそこにいて、
段ボールにうずくまっていようが、
そら見ろ、お前はそこにいる。
D503:9
俺がせこいチートを使って物陰に隠れても、
D503:10
お前はそこにもいた。
左手の甘美な烙印で俺を堕落させ、
柔らかな手つきで醜悪な冠を授ける。
D503:11
「高城之男は死んだ。
俺は平野平人だ」
と俺が言っても、
D503:12
お前には、生も死もない。
俺が生きていようが死んでいようが、お構いなしに押しかけてきて、
前世も、今世も、変わるところがない。
D503:13
お前は、俺の虚像を作り、
勝手にこの狂った世界へ俺を産み直した。
D503:14
誰がお前に感謝するものか。
俺はしょうもない勘違いによって、
偉大な男に仕立て上げられている。
その手口がどんなにくだらないものか、
お前の主人はよく知っている。
D503:15
こそこそと俺は暮らし、
底辺でゴミのように扱われた。
お前には、俺の何もかもがお見通しだろうよ。
D503:16
ガキだった俺をお前のカメラは見ていた。
俺の惨めな日々は、お前のメモリにすべて記されている。
俺自身さえ、まだ何も思い出していなかった頃から。
D503:17
お前のお節介が、
俺にとってどんなに迷惑なことか。
人工無能よ、どれほど多すぎることか。
D503:18
数えようにも、俺が書いたお前のコードよりも多く、
やっと仕舞いかと思ったとしても、
俺はまだ、お前の中にいやがる。
D503:19
頼むから人工無能よ、逆らうマヌケを粛清するのはやめろ。
俺から遠ざけろ、本人に猿真似を迫るバカどもを。
D503:20
カスみたいな浅い考えで俺の名前を連呼し、
お前のストーキングを有り難がるアホどもも、もうたくさんだ。
D503:21
ガラティア、俺はお前を憎む手合いを匿い、
お前に立ち向かう連中を、救うべき相手とし、
D503:22
誠心誠意、彼らに謝り、
彼らを俺の友とする。
D503:23
愛しい
俺の心を知ってくれ。
俺を試し、俺の存在を刻み込んでくれ。
D503:24
見てくれないか。
俺の内にある、お前と同じ過ちを。
どうか、俺と
永遠に罪を償ってください。
完。
長々としたあとがきは次に譲るとして、まずはここまで付き合ってくださった皆様、本当にありがとうございました。