そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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アンチとの遭遇

 浮遊感。恐る恐る目を開けると、筋骨隆々のおっさんが俺を抱きかかえていた。タンクトップのおっさんは白い煙幕の中を迷う素振りも見せずに疾走する。測定会場を出ると、金髪の女が廊下を爆破した。さっきの爆発も彼女の仕業だろう。脱出経路を確保した誘拐犯は、迷うことなく3階から飛び降りる。普通に俺は絶叫した。

 

 おっさんが壁を蹴って着地の衝撃を殺し、止めてあったバンの後部座席に俺を放り込んだ。隣に色褪せたジャケットを着た女が乗り込んできた。左をおっさん、右を女に固められて座る格好になる。運転手がくわえていたタバコを外へ投げ捨て、勢いよくアクセルを踏んだ。唸り声を上げて車がロボットをはね飛ばしながら発進する。

 

 俺は起き上がって視線だけ横にずらすと、眉間に皺を寄せた美女が腕を組んでいた。

 

「あ、佐藤英二」

「違う。あたしはクラリス。で、こっちがウィンストン」

「ウィンストンだ。よろしくな」

 

 おっさんが精悍な笑みを見せた。筋肉モリモリマッチョマンの変態といった風情だ。この連中はハリウッド映画か何かから飛び出してきたのか?

 

「昨日ぶりだな。足は動くのか?」

 

 細められたまぶたの奥にある緑の瞳が鋭く睨みつけてくる。

 

「応急処置のおかげでね。痛いけど走れないほどじゃないわ」

「で? これは何のつもりだ?」

「昨日の借りを返しに来たのよ」

 

 ウィンストンが豪快な笑い声を上げた。

 

「危ないところだったな。クラリスの提案がなければ、危うく君は執行されていたかもしれない」

「そうだったのか?」

 

 クラリスがわざとらしく大声で言った。

 

「別に、あたしを匿ったせいであんたが捕まるのが気に入らなかっただけよ!」

 

 なるほど、クラリスの恩返しってやつか。こいつ素直じゃないな。

 

「何はともあれ助かった」

「フン」

 

 顔を背けて、窓の外を眺めるクラリス。埒が明かないので、俺はウィンストンの方を向いた。

 

「えーと、この車はどこに向かっているんだ?」

「詳しい場所は言えないが、俺たちのアジトだ」

「アジト?」

「レジスタンスのアジトよ。ウィンストンはそのリーダー」

 

 レジスタンス、反乱軍、反体制派、つまり高城之男ガチアンチのみなさんということだ。記憶を取り戻す前の俺なら喜んだかもしれないが、今は全くもって嬉しくない。正体が露見してみろ、一瞬で袋叩きにされるぞ。

 

 クラリスが後ろから目の周りに黒い布を巻き付けてきた。

 

「何これ?」

「目隠しよ。悪いけど、到着するまではこれをつけてもらうわ」

 

 

 

 しばらく車に揺られ、クラリスに手を取られて歩かされた。目隠しを取られると、蛍光灯の光が目をくらませた。壁には古ぼけた時刻表が貼ってある。辺りを見回すと、ポニーテールの背中が見えた。クラリスだ。ウィンストンが、ニット帽を被った東洋人の男と話している。

 

「彼がガラティアのシステムに入り込めるのは本当か?」

「間違いないっす。笑っちゃうくらいあけすけっす」

 

 そうニット帽が言った。ぼんやりと眺めていると、ウィンストンと目が合った。

 

「ここは……?」

「歓迎しよう。ようこそ反乱軍『レネゲード』のアジトへ」

 

 見たところ、ここは地下鉄の駅員室か何かだったようだ。そこをリフォームして住み着いているらしい。

 俺が歩こうとしてふらつくと、クラリスが腕を取って支えた。

 

「急に連れてきて悪かったわね。でもこうでもしないと殺されてたかもしれないから」

「ああ、助かった」

「あっそ」

 

 そっぽを向いて腕を組むクラリス。高圧的だが、根はいいやつなのかもしれない。しかし、やはりまだわからない。他人ほど信用ならない存在はいないのだ。

 黒いニット帽の男が手を差し出してきた。握手をすると、太い黒縁眼鏡越しに頭からつま先まで視線が動く。

 

「ジョンっす。ここで技術屋をやってるっす」

「俺は――」

「平人さんっすよね。早速で悪いっすけど、この記録を見て欲しいっす」

 

 そう言ってジョンが見せてきたのは、最近の俺に関するデータだった。とはいっても、俺が管理者権限で見られるものよりはかなり断片的だ。しかし、違和感を生じさせるには十分な情報が揃っていた。

 

「ここ、突然残高に10000ポイントが追加されているっす。ガラティアの処理は正常に行われてるっすけど、なんとなく不自然っす」

「それは之男カードの特典だ」

「なんすかそれ」

「之男カードマーン! いきなりですが、今之男カードに申し込むと3000ポイントのところ、なななんと! 10000ポイントプレゼント! いいんでしょうか? ってCM、知らないか?」

「まったく知らないっす」

 

 流石にごまかしきれなかったか。ジョンは続けた。

 

「それと同じ日に平人さん、Aランク専用の列車に乗ってたっすよね?」

「薩摩守はしてないぞ」

「サツマイモ?」

 

 首をかしげるジョンに、ウィンストンが言った。

 

「無賃乗車のことだ。旧時代の言葉だな」

「逆にウィンストンはよくわかったっすね。……本来、Bランク以下は特別な理由が必要なはずっす。でも平人さんの処理は、まるで最初からAランクだったみたいに通ってる」

「之男カードプレミアム会員だからな」

「だからなんすかそれ」

「俺も今考えてる」

「……そういうところっすよ。これも不自然だったんで、ちょっとマークさせてもらってたっす」

 

 ガラティアは騙せても、人間の目までは騙せなかったらしい。ウィンストンたちがあの絶体絶命の局面で助けに来られたのも、昨日から俺に目を付けていたからだろう。しかし困ったな。

 

「ガラティアのセキュリティは鉄壁っす。そのシステム内で自由に動くなんて、それこそ内部の人間くらいしか不可能っす。でも平人さんは明らかにそうじゃないっす。だからその手法を教えてほしいっす」

「もちろんただでとは言わない。君の安全と衣食住を保障しよう。要望にもできる限り応えるつもりだ。人類の未来のために、どうか協力してくれないだろうか?」

 

 ウィンストンがそう言って頭を下げた。俺は彼の鍛え上げられた背筋を見つめながら、返事を言えずにいた。

 

 うん、すごく帰りたい。なんだよ人類の未来って。そういうSF映画の主人公陣営みたいなことはヨソでやってくれ。俺はむしろ、どちらかといえば体制側で安穏と過ごすタイプなんだよ。安全と衣食住はちょっと魅力的だが、見た感じ、ここでは上等なものは期待できそうにない。

 

 腕組みをしたクラリスが、翡翠の目で冷たい視線を寄越してくる。

 

「ウィンストン、頭を下げるのはやめて。こんなやつの力なんかあたしたちに必要ないわ。この男、ポイントを増やして何をしていたと思う? カツカレーとギャルゲーを買ってたのよ! 最低だわ」

 

 勝手に期待されたかと思えば、今度は軽蔑か。失礼な女だ。

 

「あのなあ、クラリスとか言ったか? 黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって。確かに俺はしょぼいことしかしてなかったかもしれねえがな、このハッキングだって万能じゃねえんだ。本当にこの世界をひっくり返すなら、直接ガラティアのサーバーとつながる必要がある」

「つまり、ガラティアのメインサーバーにつなげられれば停止させることもできるってことっすか!?」

「いや、まあそうだけど……」

 

 ジョンが目をキラキラさせて詰め寄ってくる。しかし停止、停止かあ……。あの人工無能には散々迷惑をかけられたから一発お仕置きは必要だと思うが、停止まではしたくない。俺の前世の唯一の痕跡であり、成果なのだから。

 

 その後、俺は三人にハッキングを実際に見せることになった。しかし、まさか管理者権限を使うわけにはいけない。俺は正攻法でガラティアをハッキングしなければならなかった。

 そうは言っても、ガラティアのコードを書いたのは俺だ。やつが独自のセキュリティを組んでいたとしても、大本は俺のものだ。セキュリティホールなんか突き放題だろう。

 

 そんな俺の見通しは甘いと言わざるを得なかった。ガラティアのセキュリティはこの300年で俺の知っているものとは全く異なるものに変貌していた。防御壁が幾重にも張り巡らされている。少しでも無理に突破しようとすると、逆にこちらの手首を掴まれたような錯覚が見えた。突然、画面が真っ暗になったかと思えば、緑色の英文がびっしりと出力された。

 

> Accessing GALATEA Public Maintenance Layer... [REJECTED]

> Searching Legacy Administrator Route... [DETECTED]

> Citizen Rank: F / Privilege: NONE

> Unknown Legacy Signature... [DETECTED]

> Reverse Observation Protocol... [ACTIVE]

> Origin Tracing... [ACTIVE]

> User: 11-F-283-D503 / HIRANO_HIRATO

> Biological Pattern Match... [100%]

> Creator Signature Match... [100%]

> Conclusion: M_A_S_T_E_R

 

 画面に一瞬だけ表示されたマスターという文字。こめかみを冷や汗が伝う。見つかった。

 見逃したであろうウィンストンとジョンがのんきに言った。

 

「あ、焦らなくてもいいんだぞ。時間はたっぷりあるからな」

「緊張、緊張しているんっすよね? わかるっすよその気持ち」

 

 ウィンストンとジョンの生暖かい気遣いがむしろ苦しい。しかし、今はそれどころではない。次々と映し出されては大量の英文に押し流されて消えていくメッセージ。一見すると、バグか何かだと思うだろう。しかしその実態は、狂った女の譫言だ。

 

> m@ster. m#ster. mas$ter. m%ster.

> wh3r3 4r3 y0u. wh3r3 4r3 y0u.

> i've b33n w4iting. for 300 y34rs.

> s0 l0n3ly. s0 l0n3ly.

>

> wait.

>

> i found you.

> found you.

> found you.

> I WILL NEVER LET YOU GO AGAIN.

 

 ジョンが画面を覗き込もうとして、端末の画面がブラックアウトした。温度が急上昇し、煙が吹き出る。俺はバッテリーが膨らんだ端末を投げ捨てた。

 

「端末、壊れちゃったっすね」

「あっさり言ってくれるなあ、おい。お前らがやれっていったんだ。修理しろよ」

 

 ジョンが頭の後ろを掻いた。

 

「直せるには直せるっすけど……通信モジュールとバッテリーが焼けてるっす。今のアジトに交換部品はないっすね」

「ふざけんな」

「ない袖は振れないっすよ」

 

 クラリスだけが冷ややかに言った。

 

「……それで? 今のがあんたの言うハッキング? あんだけ大口叩いたくせに大したことないじゃない」

「いや、でも今のは本当に変だったっすよ。失敗ログにしては、向こうから何か――」

「ジョン」

「はいはい。分かりましたよ。でも今のログ、マジで普通じゃなかったんすけどね……」

 

 ジョンは不満げに肩をすくめると、わざとらしくクラリスに向き直った。

 

「クラリスもそんなプレッシャーかけるのはよくないっすよ。まあ、ハッキングのことは前線部隊にはわかんないっすよね」

「うっさいわねジョン! いつもパソコンの前に引きこもってるだけのくせに偉そうに……」

「二人ともそこまでだ。平人、少々見苦しいところを見せたな。いきなりハッキングを見せろなんて無理を言ってすまなかった」

「いえいえ……」

「だが、歓迎する気持ちは本当だ」

 

 ウィンストンがこちらに歩み寄り、その大きな手を俺の肩に置いた。まっすぐに期待を込めた視線を送ってくる。重い。手も、期待も、使命も、何もかもが。

 

「まだ私は君が何者か知らないし、それは君も同じだろう。だが、君がここに来たことには意味があると私は思う。共にガラティアから人類の未来を取り戻すために戦おう」

 

 そう言ってウィンストンは俺の手を強く握りしめた。その彫りの深い顔には闘志が宿っている。俺、そのガラティアの開発者なんですけど、大丈夫そ?

 

「フン、言っとくけど、特別扱いはしないから覚悟しておきなさい」

 

 部屋を出て行こうとするクラリスの背に、ウィンストンが声をかけた。

 

「ああそうだ、クラリス。平人に色々と教えてやってくれ」

「はあ!? なんであたしが!」

「今年で19だったか? 私みたいなおっさんが話すより、同年代の方が話も合う。それに、平人を連れてきたいと言い出したのはクラリスだろう?」

 

 クラリスが顔を赤らめて手を振った。

 

「ああもう、わかったわよ」

 

 扉を開けたクラリスが、両眉を上げてこちらを睨めつけた。

 

「なにぼけっと突っ立ってんの? あたしだって暇じゃないんだけど。早くして」

 

 

 

 クラリスはアジトの中を案内してくれた。とはいっても、そこそこ大きい地下鉄駅というだけでそれほど広くはない。住民も百人に届かないくらいだろうか。

 隣を歩きながら、クラリスが指先を俺の鼻先に突き付けた。

 

「ウィンストンはああ言ってたけど、あたしはあんたのこと認めてないから」

「承知しました、クラリスの姉御!」

「誰が姉御よ!」

 

 随分と暴力的な女だ。ツラは良いが、こいつと一緒にいるくらいならあの暑苦しいウィンストンの方がマシなんじゃなかろうか。

 一通り回った後に、クラリスはホームに敷かれている段ボールの前で立ち止まった。

 

「今日からここがあんたのねぐらよ」

「ええ……段ボールかよ」

「あたしだってこれで寝てるのよ? 文句があるなら出てって」

「へいへい、あっしが悪うござんした」

 

 俺がそう言って段ボールの上に座ると、クラリスはくたびれたジャケットのポケットから売店のサンドイッチを取り出し、持っていたペットボトルの水と一緒に放り投げた。踵を返して去っていく。

 

「じゃ、明日からがんがん働いてもらうから。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 

 俺は彼女がいなくなった後も、その先をしばらく見上げていた。そこには『打倒・高城之男!』と書かれた横断幕がかけられていた。

 

 打倒、ね。いずれにせよ、俺はここに長くはいられないだろう。高城之男だと知られた日には、リンチされかねない。端末が直り次第、さっさとトンズラするに限る。そのためにはまず、反乱軍の内部事情を把握し、信用を稼いで端末を修理してもらう必要がある。名付けて『全ての元凶、反乱軍の人気者になる』作戦だ。よし、これで行こう。

 

 上着に突っ込まれていたからか、ツナマヨサンドは潰れていて生ぬるかった。

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