そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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反乱軍に労働基準法は適用されない

「ほら、起きなさい。いつまで寝てると思ってるの?」

 

 腹が痛い。薄目を開けると、クラリスが白いジャージの腹のあたりをブーツの靴先で小突いていた。無視していると、だんだん蹴りの精度と威力が上がっていく。両手でガードの構えを取るが、むしろ蹴る力が強くなった。余裕で衝撃が貫通する。

 

「痛いからやめろ! ……まだ6時じゃねえか」

「もう6時よ。時間だって大事な資源だわ。朝ご飯はこれ、最初の仕事はトイレの掃除。わかったならちゃっちゃと準備して」

 

 固いパンと牛乳が慈悲深くもクラリスの手ずから地面に投げ落とされた。間一髪のところでそれらをキャッチする。この野蛮人は手渡しを知らんのか。

 

 掃除用具を置いて、用は済んだと言わんばかりに立ち去るクラリス。その背中を睨みつけながら、大してうまくもないパンを貪っていると、作業服を着た若い男が隣に座ってきた。のしかかるように肩を組んでくる。

 

「よお新入り、確か平野とか言ったな」

「なんで名乗る前に知ってるんだよ」

「けっ、こういう情報はすぐ出回るんだよ。俺の名前は田上、お前に一つ忠告してやろう」

 

 田上と名乗った男は、剃り残しのある顎を撫でた。タバコ臭いから早く離れてほしい。

 

「おいお前、ちょっとばかしクラリスちゃんに気に入られているからって、調子乗ってんじゃねえぞ」

「俺が? あの女に? ないないない」

 

 手と顔を全力で振る。どこをどう見たら気に入られていると思うのだろうか。明らかに邪険にされていただろ。

 しかし、俺の態度が田上には嫌味に見えたらしく、ずいっと顔を寄せて凄んだ。

 

「いくらクラリスちゃんやウィンストンの兄貴のお気に入りだからって、お前はここじゃ下っ端だ。そのことを肝に銘じろ」

「……田上、ひょっとしてお前、クラリスのこと好きなのか?」

 

 田上は俺の言葉を聞くやいなや、首がねじ切れるのではという勢いで頭を横に振った。

 

「いやいやいや、そんな恐れ多いことを俺が思ってるわけねえし?」

「あんたら、サボりとは良いご身分ねえ?」

 

 いつの間にかこっちに戻ってきていたクラリスが、獰猛な笑みを浮かべて仁王立ちしていた。ごきごきと指の関節を鳴らす。

 

「こら田上ィ! あんたにはスクラップ解体って仕事があるでしょ! なに油売ってんのよ!」

「違うんだよクラリスちゃん。こいつに俺は下っ端としての心構えを……」

「あんたも十分下っ端じゃないの! そんなに余力が有り余ってるんなら、あたしの稽古の相手を……」

「喜んでスクラップさせていただきます!」

 

 逃げるように田上が走り去った。ひえええ、クラリスってやっぱおっかねえ。

 

「あんたもあんたよ、さっさとしなさい。殴るわよ」

「わあったわあった。頼むからその拳を下ろしてくれ」

 

 

 

 というわけで、世界の創造主・高城之男あらため反乱軍雑用係・平野平人、現在絶賛トイレ掃除中でございます。ざっと確認してみたが、まあひどい。駅前の深夜のカラオケよりも汚い。前の掃除当番は仕事してないと断言できる。

 

 俺が20分かけてピカピカにした小便器の前に、田上が立ってチャックを下ろした。勝ち誇ったようなニヤけ面で言った。

 

「誰かと思えば新入りじゃねえか。ちゃんと働いているな、感心感心」

「そこ掃除したばっかだから使うなら別のにしろよ」

「ん~? 聞こえないな~?」

「この野郎……!」

 

 いつか絶対泣かす。ガラティアが。

 そんな不愉快な訪問もありながら、掃除が完了したのは昼前だった。便器の数も多く、床まで磨いたとしても汚れすぎではなかろうか。

 

 様子を見に来たクラリスが、全部がピカピカになっていることを確認すると、ジャケットに入っていたサンドイッチを渡しながら言った。

 

「ちょっとは使えるようね。じゃあ次、食事班の手伝い」

「はあ? 休憩は?」

「今あげたじゃない。1分」

「労働基準法!」

「なにそれ? 悪いけどあんたの戯れ言に付き合っているほどあたしは暇じゃないの。芋の皮むきでも鍋洗いでもできることはあるでしょ。任せたわよ」

 

 

 

 エプロンを着けて炊事室に行くと、そこはさながら戦場だった。六人のエプロンを身に纏った戦士が、忙しなく動き回って手を動かしている。年配の女性が、俺を認めるとふかした芋を渡しながら切り出した。

 

「あなたが噂の新入り? じゃ、まずは芋百個の皮むきをお願いね」

「え、多くないですか?」

「これくらい普通よ。むしろ少ない方だわ」

 

 剥く、剥く、剥く。ひたすら無心で剥いていく。こんな単純作業、ガラティアに任せたら一発なのに。そんなできないことを考えながら、与えられた仕事をこなしていると、見覚えのある顔が調理場にやってきた。割れたゴーグルを頭にかけたチンピラ、田上だ。

 

「あの~、俺一応スクラップ班なんだけど……」

「バカ言ってんじゃないよ。鍋も鉄だからスクラップだろう? あと、その汚いゴーグルはしまいな」

 

 コック長にうずたかく積まれた鍋を押しつけられ、田上がよろよろと歩き出す。いい気味だ。ニヤニヤしながら芋の皮を剥いていると、田上が睨みつけてきた。

 

「新入り、何がおかしい?」

「別に~?」

「クソッ、覚えとけよ」

 

 作業に慣れてきたので、周囲を見る余裕もできてきた。必然的に目につくのは、その食材の貧相さだ。芋、クズ野菜、よくわからない白い粉。これが夕食の材料の全てだ。いくらなんでも、こいつらからまともな飯が錬成できるとは思えない。

 

 食事は人間が人間たる生命線だ。昨日からまともな飯が食えていないし、ちょうどいい。いっちょマスターキーで解決してやろう。問題は、俺の端末がジョンに没収されていることだ。あのニット帽め、見た目に反して食えない野郎だ。

 仕方ないので俺は調理係のおばちゃんが目を離している隙に、鍋運びでへばっている田上の作業用端末を拝借し、冷蔵庫の影で起動する。端末自体は何でもいい。左手のナノマシンさえ生きていれば、この世界の電子製品は俺の支配下に入る。

 

> Local Nanomachine Sync... [OK]

> Order ID: 01-A-286-L742-EXECUTIVE-CATERING

> Package: Executive_Grade_Catering_Set / Serves 120

> ./reroute_delivery --target Order_01-A-286-L742 --destination Abandoned_Metro_Station_Block_8

> Authorization Override... [OK]

> Delivery Notice... [SUPPRESSED]

> ETA: 00:29:48

> Order... [CONFIRMED]

 

 これで高城家の偉いやつの会食に使われるはずだった食材が、ここに届くようになった。当然、配達経路は隠蔽済みだ。あとは30分もしないうちに、新鮮な肉にありつけるだろう。

 

 ジャージをパーカーのフードのように頭に被り、画面を見つめてにやつく。ハッカーごっこをしていると田上が俺の肩を掴んで引っ張ってきた。頭にタオルを巻いているのが謎に似合っていて鼻につく。

 

「おい下っ端、俺の端末勝手に使って何してんだ」

「まあまあ、善行だよ。善行」

 

 画面を落として端末を返すと、田上が眉をひそめた。

 

「……変なことしてねえだろうな」

「してないしてない」

「その二回言うやつ、絶対してるだろ」

 

 時間になったので外に向かうと、田上もついてきた。どうやら、体の良いサボりの口実を見つけたとでも思っているらしい。地下鉄の入り口には、自動運転の冷蔵トラックが止まっている。緑色のコンテナを開けると、中には大量の生肉や卵、野菜が入っていた。

 

「肉だ、プリンもあるぞ!」

「ルーが入ってないじゃん。カレーが食いたかったのに」

「おい新入り、これやばいやつなんじゃないか?」

「どうやら統制局のお偉いさんのディナーが届いてしまったらしい。いわゆる配送事故ってやつだ。それなら仕方ない。食い物を粗末にしたらバチが当たるし、ここは俺たちで有効活用しようじゃないか。うん」

「そ、それもそうだな。二人じゃ運びきれないし、他のやつら呼んでくるわ」

 

 小躍りしながら駅に戻っていく田上。久しぶりの肉が相当嬉しかったらしい。全ての食材を運び出して炊事場に持って行く。

 

 一応、ウィンストンとジョンのチェックも入ったが、発信機や毒物の類いは見つからなかった。俺が手配したのだから当然である。

 

 調理場のおばちゃんは目ん玉飛び出るくらい驚いていたが、すぐさまレシピを修正した。そして、俺たちの手で最高のビーフシチューができあがった。

 

 反乱軍の面々がウィンストンを中心に、輪になってビーフシチューを食べている。子供たちははしゃぎ、老人が涙ぐんだ。負傷した者も笑顔を溢す。いやあ、善行っていいもんだね。口内で牛肉がとろけるのを味わいながら、俺は白米をかきこんだ。皿が空になったので、配給の列に並ぶ。

 ビーフシチューをよそっている黒髪ボブの女の子が、猫のような目を丸くした。

 

「はーい次の方……あ、そこの人を小馬鹿にした目のお兄さん」

「誰がそんな目をしているんだよ。誰が」

「あなたが平野っちだよね? この肉を持ってきてくれた」

「肉を持ってきたのはそうだが、俺はそんなたまごっちに出てきそうな名前じゃねえ」

「じゃあ牛肉っち?」

「悪化してんだよ」

 

 金髪の女、クラリスが後ろから顔を突き出した。手には空の皿があり、口元が汚れているのを見るにおかわりをしに来たのだろう。

 

「ちょっとエリ、この男に気安く近づいちゃだめよ」

「えー何でよクラリス姉」

「このお肉だってどうやって手に入れたか怪しいじゃない。配送事故だってこんな都合良く起こるはずがない。執行される一歩手前だったくせに、妙に落ち着いてるし……おかしいのよ、何もかも」

「結構な言いようだな。俺は人畜無害の平野っちだぜ」

「あんたは黙ってて」

 

 エリが俺にビーフシチューを手渡して、煤けた顔を綻ばせた。

 

「でも平野っちが持ってきてくれたことには変わらないんでしょ? ありがと、牛肉なんて初めて食べたよ」

「あ、ああ。どういたしまして」

 

 胸の奥がぞわぞわする。こう、面と向かって礼を言われたのは転生してからあまりなかった。

 配給の列から離れ、晩飯の場でもパソコンと睨めっこしているジョンを見ていると、クラリスが隣に腰を下ろした。あぐらをかいて、緑の目を伏せがちに言った。

 

「これもあんたの力なの?」

「いやあ、たまたまだろ?」

「からかわないで」

 

 少し離れたところでタバコを吸っていた田上が、声を張り上げた。

 

「クラリスちゃん、俺とその新入りが偶然見つけたんだからね!」

「うっさいわね! もしこれが統制局の罠だったら、田上、あんたも同罪だから!」

「そんなあ!」

 

 ショックを受けてうなだれる田上。そうだ田上、功績だけを取るなんて甘いことは考えるな。俺たちは一蓮托生だろ?

 クラリスが、前髪の毛先をいじりながら言った。

 

「あんたはまだ信用できないけど……みんなのこんな嬉しそうな顔久しぶりに見た。だからちょっとは感謝してあげてもいいわよ」

「素直にありがとうが言えないんですかい、クラリスさんよ」

「あんたねえ……」

 

 口の端を引きつらせて、クラリスが俺を睨んだ。顔はかわいいんだが、いかんせん常に怒っている感じだから台無しだ。

 

「クラリスとも打ち解けられているようで何よりだ!」

 

 突然、ウィンストンが背後から俺とクラリスを抱きしめた。逞しい胸筋がジャージ越しに存在を主張している。

 

「なっ、打ち解けてなんかないわよ!」

 

 クラリスが俺を突き飛ばし、ジョンが俺を受け止めた。黒縁眼鏡越しにジョンと目が合う。ちょうど俺がジョンに膝枕される格好だ。

 

「男に膝枕される趣味はねえ!」

「自分もっすよ!」

 

 どっと笑いが巻き起こった。ウィンストンが豪快に笑い、その隣のクラリスがバツが悪そうにそっぽを向いた。田上は笑い転げた拍子に、近くの木箱にスネをぶつけてうずくまっていた。

 

 この世界に生まれて初めての感覚だった。崇められるでも、蔑まれるでもなく、ただの平野平人として同じ飯を食って、笑い合う。まあ、その肉は盗品なんだが。

 反乱軍の夜は更けていく。

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