そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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クラリスっていつもそうですよね……!

「よう運び屋」

「おはよう運び屋さん」

「運び屋じゃねえか」

 

 ここに来て数日が経ち、俺は運び屋の平野として反乱軍で通るようになった。理由はジュースや石鹸、トイレットペーパーなんかを、その辺の作業端末経由で配給網から融通していたら、なんか謎のルートから色々と仕入れてくる便利なやつポジションに収まっていたのだ。別に自分が快適に過ごしたいからそうしていただけだが、結果として下っ端連中の信用は稼げているので良しとしよう。もっとも、ウィンストンやジョンといった幹部格からすると、俺はまだ得体の知れない危険人物のようだが。

 

 駅のホームだった場所には段ボールと毛布が並べられている。昨日やった石鹸の礼を言う老人や、ジュースの在庫をそれとなく探ってくるガキどもを適当にあしらいながら歩く。シケモクをほぐして紙に詰め、せっせと手巻きタバコを作っていた田上が、俺を見つけて「一本吸いたきゃ何かくれ」とかほざいてきた。いらねえよ。

 

 内部事情もだいたい見えてきた。まず、俺の拉致されたこの廃駅は貧民街、一致省が第13セクターと呼んでいる場所にあるらしい。ガラティアにとって都合の悪い人間、要するに反逆者・思考犯罪者・執行対象者、そういう社会からの落伍者が最後に行き着く場所だという。俺の末路はここだったのかもしれない。

 

 そんなあぶれ者をまとめて、曲がりなりにも食わせているのがウィンストンらしい。反乱軍と名乗っちゃいるが、実情は互助会のようなものなのだろう。彼らを結びつけているのは実利と、体制への憎悪なのだ。

 

 連れてこられた身で言うのもなんだが、今の俺に安全な行き先はない。統制局に捕まるのは論外、ガラティアに泣きつくのも論外、野宿はもっと論外。消去法で反乱軍の飯を食っている。

 

「あ、いたいた。おーい平野っち」

 

 配給係の少女、エリが手を振りながら駆けてきた。人懐っこい笑みを浮かべている。

 

「エリか。何か用か?」

「えー何か用事がないと平野っちに話しかけちゃだめなの?」

「そうじゃないけど、明らかに用事があるような呼び方してただろ」

「やった。ねえねえ平野っちー、何か美味しいもの持ってるんじゃないの?」

「タカるな。早く用件を言え」

 

 エリは少しふてくされたように唇を尖らせると、人差し指と親指を擦り合わせる仕草をした。ほとほと可愛くないやつだ。反乱軍の女はこんなのしかいないのか。

 チョコレートを放ると、エリはいそいそと短パンのポケットにねじ込みながら口を開いた。

 

「あざーっす。やっぱ平野っち太っ腹~」

「用件」

「あ、忘れるところだった。ジョンさんが呼んでたよ」

「なんでジョンはさん付けで俺は平野っちとかいうふざけたあだ名なんだよ」

「だって平野っちは平野っちだしい?」

 

 ガキどもとチョコを分け合って食べる伝言係を尻目に、俺は目当ての場所、ジョンの自室までやって来た。ジョンのやつ、ついに部品が手に入ったのか? これまでは田上や周囲の人間の端末を拝借して誤魔化していたが、不便にも程がある。

 ノックをすると、気の抜けた「入るっす~」という声が聞こえた。

 

 中は薄暗い。色とりどりのコードが床に散らばり、コンピューターを冷やすファンの音がかすかに鳴っている。部屋の隅には、やけに存在感のある黒い塊が鎮座している。ゲーミングチェアに座ったジョンがアイマスクを外した。

 

「平野さん、調子はどうすか?」

「ぼちぼちだ。端末は直ったのか?」

「ごめんなさいっす。まだっす」

「なんでだよ。結構時間経ってるだろ」

「あー、それは……」

 

 突然、部屋の隅で黒い塊が動いた。

 

「君が凄腕のハッカーじゃなくて、とんでもない爆弾だってわかったからだ」

「いたのかよ」

 

 薄暗がりの中、ウィンストンが腕組みをしたまま立ち上がった。完全に家具だと思っていた。

 

「どういうことだよ」

 

 おもむろに懸垂を始めながら、ウィンストンが言った。

 

「どうもこうもない。ジョン、彼に説明してくれ」

「っす。平野さんの端末のログを解析した結果、平野さんは高城因子が異常に高いことがわかったっす」

「高城因子?」

 

 なんだその因子は。高城菌みたいなもんか? あの小学生が一時期パンデミックを起こすあれ。だとしたら最悪だな。

 

「高城家の人間が受け継いでいる、いわばガラティアに対する生体認証みたいなものっす。平野さんの高城因子はその値が直系の子孫じゃなきゃ説明がつかないレベルだったっす。つまり、その……」

「私は、君が高城家の関係者か、ガラティアに仕込まれた罠じゃないかって疑っている」

「待って」

 

 部屋の戸口からいけ好かない声が聞こえた。振り返ると、金髪のポニテガール、クラリスがジーンズのポケットに手を突っ込んで歩いてきた。ジトッとした目を向けてくる。

 

「こいつはあたしのことを統制局に通報しなかった。だから、そういうのじゃないと思う」

 

 ウィンストンが困ったように眉を下げた。

 

「しかし、それで私たち全員が危険に晒されたら意味がないだろう?」

「それはわかってる。だから、説明して。あんたが高城家の犬でも、ガラティアに仕込まれた罠でもないってこと。できないなら、ここには置いておけない」

 

 翡翠の瞳が細められる。冗談ではなさそうだ。そして、冗談じゃねえ。スマホなしでほっぽり出されるとかどんな罰ゲームだ。

 

「クラリスっていつもそうですよね……! 俺のことなんだと思ってるんですか!?」

「茶化さないで真面目に答えて。大事なことなの」

「あのなあ……」

 

 クソッ、どうする。下手に嘘をつけば蹴りだされかねない空気だ。だが、バカ正直に俺が高城之男だと打ち明けることもできない。ここ数日で、反乱軍のメンツがガラティアや高城家にどれほどの仕打ちを受けてきたかは痛感した。恨みは根深い。

 

「俺が高城サイドなら、Fランクの焼き印なんか押されてねえよ」

 

 左手を突き出す。大きく刻まれたFの文字。七年前、俺の人生をゴミ箱に叩き込んだ烙印。

 

「高城家の人間が好き好んでこんなもん背負うか?」

「カモフラージュかもしれない」

「だったら高城家は演技派揃いだな。十歳のガキに焼き印入れて、七年間底辺寮に放り込んで、学食の無料ペースト食わせて、カツカレー買うために残高いじる駒を育てたわけだ。どんな作戦だよ。考えたやつのマヌケ面を拝んでみたいもんだね」

 

 ウィンストンの眉がわずかに動いた。

 

「しかし」

 

 俺はため息をついた。

 

「お前らが疑う理由も分かる。俺の中に変なものがあるのは事実だ」

「変なもの?」

「ガラティアのシステムが俺を妙な形で通すんだよ。高城因子とかいうのが何なのかは知らん。高城家の血なのか、ナノマシンのバグなのか、ガラティアのエラーなのか。俺はお偉いさんから何も聞かされてない。むしろ俺が一番知りたい」

「君は知らないで済むと思ってるのか?」

「済むなら済ませたいね」

 

 うっすらと俺が笑って答えると、クラリスが眉間に皺を寄せた。

 

「平人」

「本当に知らねえんだよ」

 

 思ったより低い声が出た。高城之男の記憶が戻っちゃいるが、この七年で受けた屈辱は本物だ。誰にも否定させねえ。

 

「俺はずっとFランクだった。ガラティアに人生を否定されたせいで、学校じゃゴミ扱いだ。その俺に、お前らまで高城家の手下だって言うのか。だったら俺は誰なんだよ」

 

 沈黙が場を支配した。クラリスはしばらく俺を睨んでいた。やがて、静かに表情を和らげた。

 

「……わかったわ」

「信じてくれるのか?」

「今ここで追い出す理由もなくなった。それだけよ」

「そりゃどうも。寿命が3分伸びた気分だ」

「調子に乗らないで」

 

 天井の梁にぶら下がったまま、ウィンストンが爽やかな笑みを浮かべた。

 

「話はまとまったな。よし平人、クラリスと闇市に行け」

「闇市?」

「当局の監視をかいくぐって開かれている違法市場だ。正規ルートで照会をかければ統制局に足がつく。だが闇市なら、焼けた通信モジュールや認証チップの代替品が流れているかもしれない」

「マジかよ!」

 

 クラリスがポケットに手を突っ込んだ。

 

「なんであたしなのよ。男どもで行けば良いじゃないの」

「私はこれから司教と連絡の時間だ。ジョンも作業がある。手隙なのは君しかいない」

「そんな気持ち悪い体勢で言われても納得できないわ」

 

 クラリスの暴言はウィンストンに効果抜群だ。静かに地面に足を下ろすと、無表情で壁を見つめ出した。良かった。異常だと思っていたのは俺だけじゃなかったようだ。

 それはそれとして、俺はクラリスに対して小馬鹿にするように全力で口の端を吊り上げた。

 

「お前なんかの案内なんかいらねえよ。俺一人で行くし」

「なんですって?」

 

 俺はそう言って、手を振りながら部屋を出る。狙い通り、クラリスが後を追ってきた。

 

「ちょっと、待ちなさい!」

「待たないね。俺は修理部品を手に入れるんだ」

「あんた、行き方知ってんの?」

 

 ぎくりと俺は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。腰に手を当てたクラリスが、にんまりと笑みを浮かべた。

 

「残念だったわね。あたしが闇市に連れて行かない限り、あんたがそこへたどり着くことはない。絶対に連れて行かないけど」

「卑怯だぞ」

「んー? 言葉には気をつけた方が良いわよ?」

 

 腹の立つ表情で俺の胸を指先で突くと、クラリスは引き返していく。そこへ、慌ただしくエリが走ってきた。

 

「平野っち、闇市行くって本当!?」

「そうしたいところは山々なんだが、このドケチ女が場所を教えてくれないから無理だな」

「じゃ、あたしが連れて行こっか?」

「マジで!?」

 

 俺が肩を掴んで揺さぶると、エリがあくどい笑みを見せた。親指と人差し指で輪っかを作って上下に揺らす。

 

「その代わり、報酬は弾んでよね?」

「当然だ。チョコでもなんでもくれてやる」

「わーい、平野っち大好きー」

「まずは、ありがとう」

 

 スキップして二人で行こうとすると、クラリスが俺たちの腕を掴んだ。

 

「エリをあんただけには任せられないわ」

「だったらどうするんだよ。行くなはナシな。どうせ行くから」

「あんたねえ……仕方ないからあたしも行くわよ」

 

 かくして、俺たちは闇市を探しに出かけていった。

 

 

 

「あれ? ここになきゃもうないよ」

 

 エリが広場を見回して言った。もうすでに何か所も回っているが、それらしき市場はどこにもない。

 ベンチで寝ていた爺さんが、にやつきながら言った。

 

「あんたら、闇市を探しているなら無駄だよ」

「どういうこと?」

 

 クラリスが小汚い爺さんを見下ろした。爺さんは歯の欠けた口からガムを吐き捨てた。

 

「統制局のガサ入れが入った。なんでも、矯正局とつながりがある闇市を潰しに来たらしい」

「なんで矯正局とつながりがあるのに潰すんだよ。同じ一致省だろ」

「局長同士仲が悪いって噂だ。いずれにせよ、こりゃしばらく開きそうにないね」

 

 俺は肩を落とした。ああ、スマホが遠のいていく……。

 歯っ欠け爺さんは俺の顔を見ると、のそりと起き上がった。

 

「あんた、運び屋の平野か?」

「そうだけど」

「酒くれや酒。もちろんただでとは言わねえ」

 

 爺さんは懐から、薄汚れた五百円玉を取り出した。

 

「旧時代の硬貨らしい。ここじゃガラクタ扱いだが、物好きなら欲しがるかと思ってな」

 

 令和七年と書かれている。俺はその久しく忘れていた手触りに、なぜかもの寂しさを感じた。

 

「懐かしいな……」

 

 ジーンズのポケットに手を突っ込んでいたクラリスが目を細めた。

 

「懐かしい?」

「ああいや、すごいレトロだなって! あはは!」

「……ふうん」

 

 クラリスはそれ以上追及しなかったが、その横目だけが妙に痛かった。

 無理やり笑って見せる俺に、爺さんが期待した目を向けてきた。

 

「それで、交換してくれるか?」

「ああするとも。ただ、今は酒持ってないからチョコとタバコでいいか?」

「十分だ」

 

 俺はありったけの手持ちを爺さんに渡した。クラリスが睨んでくる。

 

「酒だのタバコだの持ち歩いてんじゃないわよ。ガキの癖に」

「別に俺が使ってるんじゃないんだからいいだろ」

「どうだか」

 

 前世入れたらお前の方がガキだわ。暴力女め。

 俺たちは爺さんと別れて、広場を後にした。ポケットの中の硬貨だけが、俺の知っている世界の存在を肯定していた。

 

 

 

 帰り道をクラリスと歩く。一日中歩き回って疲れたエリは、俺の背で寝ていた。

 

 道端の自販機は中身がくり抜かれ、車輪だけになった自転車がうち捨てられている。塗装の剥がれた薄い金属板がそこに落ちていた。拾い上げてみると、どうやら旧式の端末のようだ。

 

「お、ラッキー」

 

 電源を入れてみると、充電はあと1パーセントと表示された。しかし、画面がありえない割れ方をしていてまともに使えそうにない。まあ、ないよりはマシだな。

 

 遠くのビル群の中には、例の敬礼をしている高城之男の超巨大像が立っている。あれがタカギニアの中枢、一致省の建物らしい。像をそのまま省庁の建造物にするってどんな神経しているんだ。

 

 それを眺めているクラリスの横顔に夕日が差した。スッと通った鼻筋の影が頬に落ちる。黙っていれば美人なのにな。癪だから絶対にこいつには言わないが。

 俺は空き缶を蹴りながらぼやいた。

 

「あーあ、期待して損した。せっかく俺のスマホライフが戻ると思ったのに、燃えないゴミしか手に入らないし。おまけに同行者は色気ねえし」

「本ッ当にとことん最低な男ね」

 

 呆れたようにため息を吐くと、クラリスは大きく伸びをした。

 

「ま、それがあんたで、あんたの向き合い方なのよね。あたしは嫌いだけど、良いんじゃない? あんたが来てからちょっとだけエリも明るくなったし」

「なんかあったのかよ」

「サユリ……あの子の親友が、先月統制局に連れ去られたのよ。それからずっと塞いでたんだけど、気持ちの整理がついたみたいね」

 

 重い。こういう話を聞くと、この世界がディストピアだということを実感する。

 

「その子は無事なのか?」

「わからないわ。執行されたか……最悪、矯正局の再一致処理送りね」

「そうか……」

「平人」

 

 角を曲がったところで、クラリスが突然立ち止まった。路地の先に、柄の悪い男が三人待ち構えていた。

 色褪せたスーツを着たオールバックの男が、妙に小綺麗な革靴の音を鳴らして歩み寄った。柔和な笑み。しかし、目の奥が笑っていない。

 

「君が運び屋の平野クン?」

「そうだ」

「俺は手崎、踵落としの手崎っつった方が通りが良いかな?」

 

 うん、知らん。というか、手崎のくせに踵落としなのかよ。通り名が微妙にかみ合ってないぞ。

 合成革ジャンの手下を従えた手崎から目を離して、隣のクラリスに顔を向ける。

 

「なんだこの連中」

「こいつらはここ一帯を縄張りにしてるゴロツキよ。平人、あんたまた何かやらかしたの?」

「してねえよ。つか、またってなんだよ、またって」

 

 手崎は左手を振りながら歩き回った。烙印を覆い隠すグローブが目につく。

 

「平野クンさあ、君、困るんだよね~。タバコ、酒、チョコレート、石鹸。俺たちのシノギ荒らしてくれちゃってさ。この落とし前、どうしてくれんの?」

「あ、そこは手崎パイセンの領分でしたか。知りませんでした。すんません」

「知らなかったで済むなら法律はいらないよね?」

「反社が法律語るとかどんなギャグだよ」

 

 俺の呟きを聞いてこめかみに青筋を立てた手崎が、ゴキゴキと首を鳴らした。

 

「へえ、余裕じゃん。じゃ、そんな景気よさそうな平野クンに賠償してもらおうかな。ちょうどそこに上玉もいることだし」

 

 ナイフを取り出す手崎の子分二人を見ながら、俺は思った。これ、戦わなきゃダメなやつ?

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