そいつの開発者、俺なんだが   作:束田せんたっき

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オッケーガラティア、機密情報出して

 ウィンストンが広げられた地図の一点を指さした。一致省統制局第13セクター支部と書かれている。

 

「府馬教授はここに収容されている。そして明朝、再一致処理のために矯正局へ移送されるという情報が入った」

 

 眉根を寄せたクラリスが口を挟んだ。

 

「その根拠は? 信頼できるの?」

「情報の出所は相違教っす」

「……似内司教からね。それなら納得だわ」

 

 クラリスが苦虫をかみつぶしたような顔をした。あのスカート司教、ただの狂人じゃなくて結構有能だったのかよ。

 険しい表情のウィンストンがもう一点まで指先を滑らせた。

 

「おそらく教授は明朝、この施設に移される。私、クラリス、平人でその移送車を襲撃して教授を取り戻す。田上は逃走車両の運転、ジョンはバックアップだ」

 

 俺は机を何度か叩いた。

 

「待て待て待て。まだ俺は協力するなんて一言も言ってないぞ」

「確かに、君が府馬教授の救出を手伝う義理はない。もちろん、危険な作戦になる。しかし、今ここで教授を失えば、ガラティアに対抗する策を知る人がいなくなってしまう。人類は高城之男の呪縛から逃れられないままだ。ここはどうか、人類の未来のために力を貸してくれないだろうか?」

 

 そう言って、ウィンストンは頭を下げた。人類の未来なんか、俺には関係ない。しかし、高城之男の呪縛という言葉が引っかかった。ここでその教授とやらを見殺しにして、このふざけた体制が長引くのを助長するのも癪に障る。

 

「しょうがねえなあ」

「ありがとう。君の勇気に敬意を表する」

「で、俺からも頼みがある。こいつで俺の端末を直せないか?」

 

 俺は拾ってきたオンボロ端末を会議室の机に放った。ジョンがしげしげとそれを取り上げ、工具で中身を確認すると、頷いた。

 

「辛うじて必要な部品は生きてるっす。これなら修理できるっす」

「じゃ、頼んだ」

 

 ウィンストンがほっと胸をなで下ろした。

 

「これで平人も最低限現場で動けるな」

 

 俺は遠慮がちに手を上げた。会議室の視線が集中する。

 

「あのー、俺もジョンと一緒に後方支援じゃダメっすか? システム乗っ取るとか現場より裏方向きだと思うっすけど」

「ちょっと平人」

 

 クラリスが咎めるように名前を呼んでくるが無視だ無視。っすっすっすっす言ってるだけで後方支援になれるならいくらでも言ってやるよ。戦場に出るなんて嫌に決まっている。できれば安全なアジトでぬくぬくと遠隔操作だけしていたい。

 しっかり目にジョンが首を横に振った。

 

「移送車のシステムが外部ネットワークから切断されている可能性があるっす。その場合、平人さんがその場にいないと詰みっす。この機会を逃したら教授を助けられる確率は限りなくゼロっすから、そのリスクは取れないっす」

「そういうことだ。戦闘は極力私たちが引き受ける。すまないが、君も現場まで出てもらうことになる」

 

 眉を下げたウィンストンが言った。何でも申し訳なさそうにしてれば許されると思うなよ?

 田上が俺に目を向けながら顎をさすった。

 

「俺がいつも通り運転するのは構わねえが、この新入り、本当に役に立つんですかい?」

「ああ、平人の持つ高城因子はシステムに体制側だと誤認させる。たいていの状況は突破できるだろう」

 

 そこまで言って、ウィンストンの目線が俺のハンカチを巻かれた右手で止まった。片眉を吊り上げる。

 

「ん? 平人、怪我したのか?」

「まあ、ちょっとな」

「外で何かあったのか?」

「いや、それは別になんともねえよ」

「クラリス、何があった?」

 

 ウィンストンに見つめられたクラリスが、きまり悪そうにそっぽを向いた。

 

「別に普通よ。こいつがどんくさかったんじゃないの?」

 

 クラリスが俺のことを庇っただと? 明日は雹でも降るんじゃないか?

 しばらく俺とクラリスを見比べたウィンストンは、真顔でパソコンを指した。

 

「まあいい。平人、君にやってもらいたいことがある。これで教授の移送ルートと時間を調べてくれないか」

 

 せっかくクラリスが隠してくれたのに、これだ。まあ、今の俺は気分が良いからやってやらんこともない。なにせ端末が戻ってくることが確定したからな。

 俺はパソコンの前に座り、指を鳴らした。

 

「へいへい。生命、宇宙、万物の究極の答えでもなんでも調べてやんよ」

 

 俺がキーボードに指を置くと、反乱軍の面々が背後に立った。そんな熱心に見られるとちょっとやりづらいんだが。

 さて、統制局の移送ルートと時間を調べろと言われても、何から始めたものか。

 

「府馬、移送、明朝……っと」

「検索窓に入れてるっすね」

「検索窓があるなら検索するだろ。現代っ子のサガだ」

「統制局の機密記録を検索窓で探そうとする時点でおかしいっす」

「うるせえな。出ればいいんだよ」

 

 エンターキーを押す。オッケーガラティア、統制局の機密情報。

 

> Privilege Level: ROOT

> Access Scope: ALL

 

「……ROOTっす」

 

 ジョンが呟いた。

 

「何それ」

「最上位権限っす。少なくとも、統制局の移送記録を開けるなんて目じゃないっす」

「ならいいじゃねえか」

「Fランクが持っていていい権限じゃないっす」

 

 そりゃそうだ。だって俺、高城之男なんだもん。

 

> Result Found... [OK]

> Current Facility: Ministry of Alignment / Control Bureau Sector 13 Branch

> Next Process: Transfer to Correction Bureau

> Transfer Time: 06:20

> Route: North Service Exit -> Outer Ruin Road R-17 -> Observation Facility 2

> Escort: Armored Transport x3 / Drone x4 / Controller x6

 

 画面に府馬教授の移送記録が表示された。

 

 現在位置は一致省統制局第13セクター支部。移送は明朝6時20分。北側搬出口から装甲移送車で出され、外縁廃道R-17を経由して、一致省矯正局第2観察施設へ向かう。

 護衛は装甲移送車三台、無人随伴機四機、統制官六名。

 

「外縁廃道R-17ならいけるっす」

 

 ジョンが地図を覗き込んだ。

 

「監視密度も低い。先導車と後続車を分断できれば、移送車を孤立させられるっす」

「よし」

 

 ウィンストンが地図に印をつける。

 画面には、府馬教授の移送先が表示されたままだった。一致省矯正局第2観察施設。その文字を見た瞬間、クラリスの顔がわずかに強張った。

 

「……なんだよ」

「何でもない」

「何でもない顔じゃないだろ」

 

 田上が気まずそうに目を逸らした。ジョンの手も止まっている。なんだよこの空気。

 

「そこ、サユリもいるんじゃ……」

「田上」

 

 クラリスの声が低くなった。

 

「サユリって確かエリの――」

「今は関係ない」

「そう露骨に言われると気になるだろ」

「平人」

「場所を見るだけだから」

 

 俺は検索欄にローマ字で入力した。

 

> ./search_person --name "SAYURI" --deep

> Result Found... [OK]

> Name: HASHIMOTO_SAYURI

> Registered ID: 53-C-288-C321

> Current Facility: Correction Bureau / Observation Facility 2

> Officer in Charge: TERUI [REDACTED]

> Process Type: Re-Alignment

 

 サユリはすでに移送済みだった。

 現在位置は一致省矯正局第2観察施設。担当官は照井。処置区分、再一致。

 

「閉じて」

 

 クラリスが言った。

 

「でも――」

「閉じろって言ってるの」

 

 その声は静かだった。怒鳴られるよりよほど怖い。俺は反射的にセッションを閉じる。

 

「消えたっす」

 

 ジョンが呆然と呟いた。

 

「じゃあいいだろ」

「よくないっす」

「今度は何だよ。消えただろ」

 

 ジョンの顔から血の気が引いた。

 

「ログは消えた。でも今のアクセス、強すぎるっす」

「強すぎる?」

「普通の不正アクセスは足跡が残るんす。平人さんのは違う。足跡じゃない。クレーターっす」

「人を隕石扱いするな」

 

> ROOT Session Output... [ABNORMAL]

> Authentication Pulse... [BROADCAST]

> GALATEA Core Ping... [RETURNED]

> Observer Node... [AWAKE]

> ROOT Session... [DETECTED]

> Location Estimate: Sector_13... [APPROXIMATE]

> Status... [OBSERVED]

 

「誰かに今のを見られたっす」

「ログは消えたんだろ」

「ログじゃないっす。反応っす。ガラティアの中枢が、平人さんのROOTアクセスに返事をした」

 

 会議室の空気が凍った。

 府馬教授の居場所はわかった。サユリの居場所もわかった。ログも消した。

 なのに、最悪なことだけが残っている。俺はどうやら、静かに鍵を開けたのではない。世界の真ん中にいる化け物の耳元で、自分の名前を叫んだらしい。

 

 ウィンストンが沈黙を破った。

 

「とにかく情報は揃った。向こうが気づいたならなおさら時間はない。明朝、決行する」

 

 

 

 翌朝、俺はあくびを噛み殺しながら田上が運転するバンに揺られていた。開けた窓の上に肘をついて、田上がタバコを吸っている。その後頭部を見て俺は反乱軍に救出された時のことを思い出した。

 

「ああ、あの時運転してたの田上だったのか」

 

 外に紫煙を吐き出して、田上がハンドルを握りなおした。

 

「今更気づいたのか。そうだよ、お前が今生きているのも俺のお陰だ。感謝するんだな」

「超偉そうだな」

「ったりめえよ。なんせ俺は天下の田上様だからな」

 

 隣席に座っているクラリスが鼻をつまみながら煙を散らした。

 

「ちょっと田上、タバコ臭いわよ」

「ごめんねクラリスちゃん! 今やめるからね!」

 

 田上がすぐさまタバコを外に投げ捨てようとする。

 

「火くらい消しなさいよ」

「はい!」

 

 灰皿でタバコをすり潰している田上の横の助手席では、ウィンストンが一心不乱にプロテインのシェイカーを振っている。朝飯のつもりだろうか。俺がぼーっと見ていると、視線に気づいたウィンストンが笑顔で振り返った。

 

「どうした平人、君も飲むか?」

「いや、遠慮しとく。学園のディストピア飯を思い出しそうだ」

「そりゃ残念」

「ウィンストンの兄貴、俺はいただきますよ」

 

 田上がウィンストンからカップを受け取り、片手で飲んだ。

 俺は座席にもたれ、限界まで背もたれを倒した。

 

「はーあ、なんで俺がこんな朝っぱらから働かなきゃいけないんだか」

「あんたの仕事だからに決まってるでしょ。ていうか平人、あんた朝ごはんは?」

「んなもん持ってきてねえよ。途中でサービスエリアに寄ると思ってた」

「遠足じゃないのよ」

 

 クラリスが俺の目の前にラップでくるまれたサンドイッチを突きつけてきた。

 

「ん。どうせ何も食べてないと思った」

「くれるのか?」

「そう言ってるでしょ」

「そりゃどうも」

 

 適当に礼を言って受け取ったサンドイッチをしげしげと眺める。ハム、レタス、トマト、チーズを食パンが挟んでいる。いたって普通のサンドイッチだ。特別な味ではない。それなのに、どこか懐かしいというか、温かみがあった。

 

「おい平人だけズルいぞ」

「田上はウィンストンから貰ってたじゃない」

「そんなー!」

 

 あっという間に平らげてしまった。上体を起こしてクラリスを見つめる。不機嫌そうな翡翠の瞳と目が合った。

 

「何?」

「これお前が作ったのか?」

「そうよ。何か文句ある?」

「いや、すごくうまかった」

 

 一瞬驚いたように目を見開くと、急にクラリスは窓を開けた。白い首筋が朱に染まっている。

 クラリスは「あっそ」と言って、ジャケットのファスナーを開けた。外の景色を見始める。カラスの代わりにドローンが飛び、遠目に一致省の巨大高城之男像がそびえる街並みを。

 車の中に落ちていた雑誌を顔の上に載せる。腹が満たされたら眠くなってきた。

 

「クラリス、着いたら起こしてくれ」

「あたしはあんたのお母さんじゃない」

「クラリスママー」

「最低。あと残念だったわね、着いたわよ」

 

 クラリスが俺から雑誌『週刊一致時代』を取り上げた。バンが高架下に停車する。

 田上以外はここで下車だ。降りた俺を運転席の田上が睨みつけた。

 

「うまくクラリスちゃんに取り入ったようだな、新入り」

「そうか?」

「平人が? ありえないわ」

「ほら、俺は名字なのに平野だけ名前で呼んでる! 不公平だ!」

 

 田上がみっともなく喚いた。クラリスは顎に手を当てて考え込む。

 

「うーん、田上は田上だし、平人は平人。それだけよ」

「クッソー!」

 

 涙目の田上がアクセルを踏み、バンは高架下を離れていった。腕組みをしたウィンストンが口を開いた。

 

「平人、ジョンが言っているが、インカムをつけていないのか?」

「あー、あれ邪魔でしょうがないんだよな」

 

 クラリスが脛を小突いてきた。何すんだこいつ。

 

「バカ言ってないでつけなさい。大事な連絡手段よ」

「だからって蹴るこたねえだろ」

「作戦の成功とあたしたちの命が懸かってるの。わかったなら早くして」

「へいへい」

 

 耳にインカムをはめると、その瞬間から騒がしいジョンの声が聞こえてきた。思わず耳から取り外すも、微かに聞こえてくる。音量おかしいだろ。

 

『やっとつけてくれたっすね平人さん! ……ってあー! 外さないでっすー!』

「うるせえ! 鼓膜破れるかと思ったわ!」

『それはごめんなさいっす! 今調節するっす!』

 

 低いエンジン音が聞こえてきた。道路脇のコンクリートブロックに足をかけたクラリスが、道の向こうを見据えた。

 

「来たわね」

 

 口を引き結んだウィンストンが端末を渡してきた。インカムからジョンの声がする。

 

『頼まれてた端末っす』

「今かよ」

『ジャストタイミングっす』

 

 爽やかに口の端を吊り上げたウィンストンが、拾った鉄パイプの具合を確かめるように軽く振った。

 

「それじゃ、作戦開始だ」

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