よろしくお願いします。
第4回真佐杯まで残り1週間。
研究は続いていた。
正確には、研究というより最早確認に近いかもしれない。
デモリッシャー、魔サイの戦士、覇蛇大公ゴルゴンダ。
規制後のヴェンデットにおいて、リペアの為にリストに入れたこれらのカードの採用枚数。
多すぎればヴェンデットとして弱くなり、少なすぎれば意味をなさない。
初動率。
事故率。
何度も回した。
何度も数字を取った。
そして、また回した。
「……百二十七回」
悠斗にとって、初動の練習はもはや日課となっていた。
Excelへ書き込んだ数字を呟くと、何となく通話を繋いでいたしのびたるとが疑問に思ったようだった。
「それ、何の数字です?」
「今日の試行回数です」
思わず吹き出したしのびたると。
「やりすぎですね」
「言われたくないですよ」
二人は笑う。
というのも、実はしのびたるとの記録も似たようなものだったし、悠斗もそれを察していた。
研究会が解散したあの日、ヴェンデットは終わったと思った。
実際に多くのプレイヤーからNRにおいてヴェンデットという選択肢が消えた。
monoが悠斗をしのびたるとに繋ぎ、2人でAttoと言う存在を繋ぎ止めた。
人に、環境に感謝してもしきれない。
悠斗は今でも楽しくヴェンデットを使えることが奇跡のように思えていた。
「お疲れ様です」
通話にAttoも入ってきた。
「お疲れ様です、Attoさん。今日は息子さんすぐに寝ました?」
「息子が寝たところで僕もウトウトして……そのまま寝ようかと思ったんですが、息子の意味不明な寝相のせいで踵落としを食らって目が覚めたので来ました」
悠斗もしのびたるとも声を上げて笑う。
研究を共にする仲間同士、距離感も近くなっていた。
少し前までDMを送るだけで緊張していたのが嘘のようだ。
「今日はやってます? やってたら結果が聞きたいです」
Attoが聞く。
悠斗は手元のデータを見る。
「初動率はこれまでとほぼ同じです」
「僕の方も、事故率も大差ないですね」
「了解です。バッチリですね」
その声は満足そうだ。
「Attoさん」
しのびたるとが言う。
「僕思うんですけど、流石にそろそろ完成じゃないですか?」
少し沈黙。
Attoは考えて、そして……
「分かりません」
と答えた。
「またそれですか」
悠斗が笑う。
「というか、分かっていれば優勝できると思うので、そう答えるしかないんです」
Attoも少し笑う。
「でも、数字は良いですよ。大会は始まってみないと分かりませんが」
勝率が高い。
では足りない。
理論上強い。
でも足りない。
大会で優勝する。
そこまで行かないと気がすまない。
どんな妥協も許さないのがAttoだった。
「だからまだ、完成とは言いません」
その言葉で会話は終わった。
数日後。
事件は突然起きた。
しのびたるとからDMが飛んでくる。
『見ました?』
珍しく短い。
悠斗は首を傾げる。
『何をです?』
数秒後にスクリーンショットが送られてくる。
そこにはフリー対戦のリプレイ画面が映っていた。
最初は分からなかった。
数秒後。
悠斗の顔色が変わる。
「……え?」
“儀式魔人・デモリッシャー”
規制後にヴェンデットに採用されたリペアパーツ。
見覚えがある……というか、見覚えしかない。
研究会で秘匿し、ひたすら回していたヴェンデットの答えだった。
この画像の展開は完全一致ではないにしろ、悠斗達が研究していたものにかなり近い。
『箱木宝命さんという方です』
しのびたるとのメッセージ。
悠斗は慌てて通話へ入る。
そこには既にしのびたると、そしてAttoがいた。
珍しくAttoが先に話す。
「見ました」
「どうします?」
悠斗が聞く。
しのびたるとも黙っている。
数秒の沈黙。
そして……Attoがため息を吐いた。
「まぁ、仕方ないです」
二人は顔を見合わせる。
「いいんですか?」
「いいも何も」
Attoは苦笑した。
「強い構築なら、誰か辿り着きます」
その声は静かだった。
「ヴェンデットはNRの研究対象から外れたかと思いきや、まだ遊んでくれているプレイヤーがいてくれたんですね。僕はむしろ嬉しいくらいです」
悠斗は黙る。
研究していたのは自分達だけではない。
ならば、いずれ誰かは辿り着く。
Attoからすれば、それだけの話だった。
「でも、何だか悔しいですけどね」
しのびたるとが言う。
「まぁそれはそうです。でも、彼が使っているデモリッシャーの構築には数字が無い。僕達は泥臭く集めた数字という背景がある。それは、本番でもきっと僕達を支えてくれる」
Attoは笑った。
「それに箱木宝明さんのデッキは、完全に僕達と同じ構築なわけではないでしょう。同じキーカードを使ったとしても、僕らとは展開のプランも、構築の思想も違うと思います。とんでもカードを本番で使ってみんなを驚かせられなかったことは悔やまれますけどね」
「確かに。これ使って初見のknoxさんに泡吹かせたかったです」
「knoxさんですか……彼、強いですよね。何だかんだで前回の真佐杯もオポ差で2位でしたし。その後のBoss Stage主催の大会ではヴェンデットを使って優勝してましたよね」
Attoからの思わぬ情報に悠斗は驚く。
「えっ、それ知らないです。Boss StageってNo Richesの改訂をしてるサーバーの大会ですよね?」
「そうです。Boss Stageでは毎週末大会を開いているんですけど、knoxさんが海外ではまだあまり浸透していないヴェンデットを持ち込んで無双してました」
「それってひょっとして、ヴェンデットに重い規制がかかったのはknoxさんのせいなんじゃ……」
「言われてみればそうかもしれないですね。ただ僕としては、僕の考えたデッキが世界に轟いたってことの方がロマンに溢れてて嬉しかったので全然OKです」
「さすがAttoさん、ポジティブですね」
「今回も優勝できたらもっといいんですけどね。そうですね……もし優勝したら、オフ会でもしましょうか。たるとさんにはバケツ一杯のビールをプレゼントします」
「いやいやいや、僕お酒だめなんで。ガチで」
「あー、じゃあ炭酸でいいですよ」
「待って下さい。Attoさんが参加してる飲み会って、いつも全員生きて帰ってます?」
少しだけ空気が軽くなる。
そうだ。
結局やることは変わらない。
回して、考えて、話し合って、試して。
できることは全部やって、その数字を自信に変えて戦う。
それだけだ。
「後は本番……か」
結果が全てになる。
だからこそ、不安も生まれる。
真佐杯前日、しのびたるとが珍しく弱音を吐いた。
「本当にいけますかね」
悠斗は少し驚いた。
しのびたるとは基本的に前向きだった。
「今更どうしました?」
Attoが聞く。
「いや……」
しのびたるとは少し笑う。
「僕、これまでで1番準備をしました。もちろん主導してくれたのはAttoさんで、僕は付いてきただけですけど。それでも、絶対に負けたくないっていう気持ちがどんどん強くなってきました」
「僕も大体同じ気持ちです。Attoさんはこういう時、どうしてるんですか?」
沈黙。
Attoにしては長い沈黙だった。
誰も喋らない。
そして。
Attoが言った。
「部屋の掃除でもしませんか?」
「「部屋掃除……?」」
悠斗としのびたるとは綺麗にシンクロした。
「そうです。僕は、遊戯王の決着に必要な要素は3つだと考えています。構築とプレイング、それから運です」
「運も入ってくるんですね。でも、Attoさんはガチガチに合理主義じゃないですか」
「そうです。この3つの割合がどうであれ、相手よりも円グラフの周径が大きくなった方が勝つと考えています。そして、運以外の2つは、理論上は事前の準備で100点を取ることができます。」
「Attoさんの構築が必ず40枚なのもそれが理由ですか?」
「そうですね。41枚にしたところで1種類のカードを引く確率は数%しか違わないかもしれません。でも、遊戯王は組み合わせのゲームです。その数%の歪みが段々と大きくなって、勝敗に関わることもある。そこを妥協したくないんです」
「なるほど……つまり、構築とプレイングは十全に準備をした。部屋掃除は残りの運を引き出すためってことですか?」
「そうです。ちなみに第3回真佐杯では、ほぼ負け確からぽん酢さんが回線落ちして勝ちになりました。もちろん、僕は直前に部屋掃除をしていました」
「……それは信用に足るオカルトです。ここまでやりましたからね。Attoさん、僕も部屋掃除付き合います」
「おっ、Yutさんも体育会系に染まってきたんじゃないですか?」
「嫌なこと言わないでください!」
「嫌なこと……ですか? 楽しいことも多いですよ」
「怖いものみたさで聞きますけど、ライトな話だとどんなのがあるんですか?」
「たるとさんのリクエストは難しいのが多いですね……。そうだなぁ、飲み会で焼酎の一升瓶を3人で空けないと帰れなかった時の話でもしましょうか?」
「えぇ……?」
こうしてまた、夜も更けていく。
通話からはいつまでも笑い声が聞こえてくるのだった。
第四回真佐杯。
競技大会には、新しい環境がある。
環境が変われば、新しい強者がいる。
だから結果は分からない。
それでもやることはやった。
その覚悟だった。その確信があった。
大会の直前。
三人は最後の通話をしていた。
特に話すことは無い。
後は戦うだけ。
しのびたるとが笑う。
「不思議ですね」
「何がです?」
悠斗が聞く。
「Yutさんと知り合って、Attoさんに声をかけてからのこの数週間。もう何年もこうしていたような感覚です」
悠斗は笑った。
純粋に、楽しそうに、心から笑った。
しのびたるとの言ったことに、一語一句本当にそう思っていたからだ。
絶望。
迷走。
あの日、こんな感情でここにいれるとは思っていなかった。
「そうですね……」
Attoも神妙に答えた。
「僕も凄く長く感じました。ありがとうございます」
悠斗は思わず笑う。
「何だかAttoさんが素直ですね」
「もちろんです。僕のヘソは真っすぐすぎて服を突き破るレベルですから」
しのびたるとも笑った。
「じゃあ録音しておけば良かったです」
「それはやめてください」
三人の笑い声が重なる。
研究会が解散した日には想像もできなかった光景だ。
第四回真佐杯のエントリー画面。
使用デッキはヴェンデット。
規制されたテーマ。
終わったと言われたテーマ。
だが、今は違う。
そこから三人で積み上げた。
しのびたるとがエントリーし、悠斗もエントリーをした。
そして最後に。
Attoがエントリーボタンを押した。
「勝ちましょう」
短い言葉だった。
だが。
悠斗を奮い立たせるにはそれで十分だった。
第四回真佐杯が、今始まる。