よろしくお願いします。
第四回真佐杯。
決勝戦。
実況席の真佐まつりが声を張る。
「お待たせしました! 第4回真佐杯決勝戦です! 新星でありダークホース、箱木宝明! 今大会で初めて姿を見せたインフェルノイドラビュリンス!」
そして
「対するは、ヴェンデットを使用して2大会連続のチャンピオン、Atto!! ヴェンデットが規制されてから初めての大会である今日、一体なんのデッキを使っているのでしょうか! そこにも注目です!」
コメント欄が一気に流れ始める。
『きたあああああ』
『やっとAttoさんの配信卓!』
『何使ってるんだよ!』
『流石にヴェンデットじゃないだろ』
『いやYutさんとしのびたるとさんは使ってたぞ』
『規制後ヴェンデット説ある』
『いや無理だろwww』
『でもAttoだぞ』
「コメント欄、沸いてますね」
「それはそうでしょう。僕だって楽しみなんですから」
繋がったままのディスコードの通話。
しのびたるとは本当に楽しそうにそう言った。
「しのびさんはこの対戦、どう予想しますか?」
「そうですね……先行を取れればAttoさんでしょうか」
「ラビオンアースがあるから?」
「はい。あの人、掃除業者なので」
悠斗もしのびたるとも声を上げて笑った。
対戦は終わり、もうこれ以降は勝ち残ったプレイヤーに共有する情報もない。
ここにきて二人は純粋な観戦者となっていた。
ひとしきり笑った後、しのびたるとは改めて考察する。
「Yutさんからの情報をまとめると、インフェルノイドラビュリンスの強みは、インフェルノイドによる除去・墓地メタと切れ目のない罠による除去の二つですよね」
「そうです。インフェルノイドは悪魔族のテーマで、それぞれの個体にモンスター破壊、魔法・罠破壊などの効果を持っています。中でもヴェンデットに対して強力なのが……」
「ヴァエルですね」
「そうです。インフェルノイドの最上級モンスターで、戦闘終了後に場のカードを一枚除外します」
「今回僕達のヴェンデットの構築で目玉となっているのは、デモリッシャーによる対象耐性。ただし、ヴァエルはそれを貫通する除去」
「そうです。僕はこれにやられました。そして、もう一つ。インフェルノイドには共通効果があり、自身をリリースすることで相手の墓地のカードを除外できる」
「これもまた、ヴェンデットに刺さってますね」
「かなり厳しいと言えます。そして、このテーマの核が、インフェルノイドデカトロン。デッキから任意のインフェルノイドを墓地に送り、その効果をコピーできる。つまり、モンスター破壊や魔法・罠破壊を選択して発動できる」
「ここまで聞くとぶっ壊れテーマですね」
しのびたるとは軽く笑う。
「ただ、その課題は安定性です。Attoさんも指摘していましたが、これまでデカトロンのサーチ方法は存在していなかった」
「はい……しかし、今大会では“それ”が見つかった」
悠斗が情報収集のために見ていた配信卓。
デッキの全容が明らかになったその対戦は、インフェルノイドラビュリンスの完成度の高さをまざまざと見せつけられる形となった。
明らかになったデカトロンのサーチ方法。
“サブテラーの継承”
通常罠であるにもかかわらず、発動後に再セットが可能なカード。
モンスターをコストにデッキから同じ属性のモンスターをサーチすることができ、その効果により疑似的にデカトロンのサーチを実現させている。
「でも、サブテラーの継承だけでは完成されているとは言えない。引く確率が低すぎる」
「そうです……そのための、ラビュリンス」
ラビュリンスは悪魔族の罠テーマ。
その中でも強力な罠カードが
“フェアーウェルカム・ラビュリンス”
悪魔族の絡んだ戦闘を無効化し、場のカードを1枚破壊。
その後、デッキから通常罠をセットすることができる。
「攻撃を無効にして場のカードを1枚破壊するだけでも強いのに……」
「デッキからサブテラーの継承を含む、好きな罠カードをセットまでできます。そして、フェアーウェルカム自体は2種類の下級ラビュリンスモンスターからサーチが可能です」
「つまり、フェアーウェルカムが9枚あることになりますね。フェアーウェルカムからサブテラーの継承をサーチすると仮定した場合、多少のラグがあるとは言え、サブテラーの継承は12枚あることになります。そうなると初手にくる確率は……」
「先行で約9割です、しのびさん。そして、フェアーウェルカムの恐ろしさはそれだけではありません。デッキから通常罠を持ってくる効果なので、選択肢は継承だけじゃない」
「盤面に適した罠を選べるわけですね」
「そうです。スレイヤーに対象耐性がなければ除外やバウンスの汎用罠、対象耐性があれば全体除去と選択できます」
「並のデッキなら、ラビュリンスの罠要素だけでも勝てそうです。その上、ここにインフェルノイドの除去、墓地メタが加わってくる」
しのびたるとはため息をつく。
「本当に、惚れ惚れするような完成度ですね」
「これらを踏まえた上で、しのびさんはどうみますか?」
数秒の後、しのびたるとは答えた。
「僕の答えは変わりません。先行ならAttoさんだと思います。インフェルノイドラビュリンスの弱点は、初動の遅さです。強みである初動の太さとは裏腹に、その初動札を揃えるのに罠が絡むためどうしても一歩遅くなる。その一歩が、ラビオンアースにとっては致命的です」
その見立てに悠斗は同意する。
「そうですよね……ただ、後攻の場合は、初動の一歩が間に合ってしまう。そもそも、今のヴェンデットは素引きの汎用罠1枚ですら乗り越えるのに一苦労なんです。そして、時間が経てば経つほどヴェンデットは不利になる」
「まぁ、そうあれと構築していますからね。長期戦は最初から見据えていない」
「つまり、このコイントスが勝負の分かれ目と言っても過言じゃありませんね」
勝負は始まる前に決着している。
そう言ったのはどこの軍師だったか。
悠斗が昔読んだ歴史小説かもしれないし、Attoだったかもしれない。
些細な引き運も勝負を左右する要因になりえる。
引きだけで言えば、悠斗から見て大会中のAttoは少し異常だ。
ここまで常に勝つための最大値を引き当てている。
いや、勝つための構築、勝てる構築にするための環境考察の鋭さが、勝利を引き寄せる引きに見えているのかもしれない。
決勝でにらみ合う両者の武器、そのロジックは既に明かされている。
片方は短期決着を望み、片方は長期戦を望んでいる。
両者共にプレイングは最高峰。
インフェルノイドラビュリンスという緻密で精密な構築を組み上げた箱木宝命。
その男があからさまなミスをするとは思えない。
長期戦になれば相性差によりヴェンデットは負けるだろう。
運命のコイントス。
観戦者である悠斗達がその運命に立ち会うことはできない。
真佐まつりが、コメント欄が、悠斗としのびたるとのが、固唾を飲んでその行く末を見届けた。
相対する2人にしか見えないコイントス。
やがて画面が変わり、対戦が始まった。
先攻、最初のメインフェイズ。
つまり、コイントスに勝った方。
先に動いたのは……
「ぐあああああ」
悠斗は思わずうめき声を上げる。
「これは……厳しいですね」
しのびたるとも悲痛な面持ちとなる。
先行を引いた箱木宝明は、インフェルノイドデカトロンを召喚し、ヴァエルを墓地に送る。
その後、手札からカードを3枚セットした。
「しのびさん、この盤面、どう考えますか?」
ターンが返り、Attoが初手でかなり多くの時間を使っている。
Attoは如何にして戦っていくのか。
悠斗はこの盤面、しのびたるとの見え方が気になった。
「Attoさんの手札が見えないので何とも言えませんが……僕が気になるのはデカトロンを召喚した理由です」
「と言うと?」
「デカトロンは召喚時にデッキから任意のインフェルノイドを墓地に送り、その能力をコピーします。なので、本来なら相手の盤面に合わせて効果を発動したいはず」
「確かにそうですね……箱木さんの残り1枚の手札がもう1枚デカトロンだったりしますかね」
「その可能性もあります。ヴァエルをコピーしたデカトロンはリリースすることで相手の墓地のカードを除外できるので、妨害としてカウントしたかったのか……フェアーウェルカムは場に悪魔族がいないと発動できないので、その条件を満たしたかっただけなのかもしれません」
「デカトロンの墓地メタを嫌って攻撃してから展開しようとしても、フェアーウェルカムの発動機会を与えてしまう……」
「そうです。ここのデカトロンの意図を読み取れないと、こちらは攻め手が決められない」
たった1枚。
レベル1の下級モンスター。
そのモンスター1体でここまで動きを縛られている。
Attoはかなりの時間を使い、そして、動き出した。
初めに伏せカードを1枚セット。
その後、手札交換カードを発動した。
「手札交換……悪くないです。落ちたカードは、デモリッシャーとスカー、ヘルハウンドですか」
「デモリッシャーは墓地からでも儀式素材になれますし、ヘルハウンドは蘇生効果があります。墓地のスカーはデッキからヴェンデットカードをサーチできる。全部いいカードですね!」
「はい。箱木さんのデカトロンの墓地メタでどのカードを除外するのか。そこがポイントになりそうです」
「Attoさんの墓地を削る為にデカトロンをリリースすれば、箱木さんの場から悪魔族がいなくなる。フェアーウェルカムがあったとしても発動できない!」
悠斗は思わず声が大きくなる。
先程まで沼に沈んでいくような、状況を打開するための進み方すら分からなかった。
しかし、たった一手で今度は箱木宝明に墓地メタの択を押し付けている。
先程とは打って変わって、箱木宝明が時間を使う番となった。
どこを通すのか、何を止めるのか。
状況の整理、マストカウンターの距離感。
やがて操作がAttoに移り、箱木宝明を攻め立てるべく、怒涛の攻撃を開始した。
その第一歩は、墓地のヘルハウンドの蘇生。
「この蘇生が通ってヘルハウンドを儀式素材にすれば、魔法・罠を除外できる」
「箱木さんのデカトロンで除外するのはヘルハウンドか、デモリッシャーか……」
ここでも箱木宝明は時間を使い、ヘルハウンドの蘇生を通す。
間髪を入れずにAttoが儀式魔法を発動。
それにチェーンする形で箱木宝明がデカトロンをリリースし、デモリッシャーを除外する
「ここはノータイム。決め打ちでしたね」
「はい。これでAttoさんはヘルハウンド付与に対象耐性を付けられない」
そのまま儀式召喚の処理が行われるかと思いきや、更に箱木宝明が罠をチェーンして発動。
「あれはドラグマパニッシュメント……汎用破壊カード!」
「はい。対象はヘルハウンド。これが通ればAttoさんはヘルハウンド付与は疎か、素材不足で儀式召喚そのものができない可能性も……」
「いや! しのびさん、今度はAttoさんのチェーンです!」
ヘルハウンドを対象とした箱木宝明の罠にチェーンし、Attoはヴェンデットチャージを発動。
「ヘルハウンドの破壊を墓地からでも身代わりできるアルグールマゼラを捨てて、ヴェンデットチャージ!?」
「これでドラグマパニッシュメントの効果からヘルハウンドを守りつつ、モンスターを展開できる!」
度重なるチェーン合戦。
この攻防の意味を深く理解できる者は多くない。
しかし、鍔迫り合いさながらのインファイトに配信のコメント欄も盛り上がりを見せる。
『うおおおおチェーン何回目だこれ!』
『お互い全部リソースつぎ込む気か?www』
『解決した時どうなってるのかもう分からん!』
『2人とも何手先まで読んでるんだ……?』
Attoがマゼラをコストとして捨ててから、箱木宝明のチェーン確認が入る。
悠斗の体感で少なくない時間が過ぎていく。
「しのびさん……ひょっとしてここのマゼラって、箱木さんに見せない方がいいんじゃないですか?」
「それは僕も思いました。マゼラをコストとして墓地に送ることで手札は1枚得をしますが、隠しておいた方がヘルハウンド付与は確実に通るはずです。マゼラがヘルハウンドの身代わりになる前に、ヘルハウンドに別の除去を当てる可能性が生まれます」
「Attoさんのミス……?」
「どうでしょう、あのAttoさんがミスをするとも思えません」
永遠にも感じる長考の末、箱木宝明はAttoにチェーンし、伏せてあったもう1枚の罠を発動する。
「あれは……強制脱出装置!」
「対象はヘルハウンドですね。墓地から蘇生したヘルハウンドは場から離れた時に除外される。つまり、Attoさんのヘルハウンド付与は通りません」
『これはどうなった……!?』
『Attoさん儀式失敗?』
『わからんwwwなにこれwww』
「しのびさん……これは……」
「そうですね……ひとまず見てみましょう」
積み重なったチェーンは逆順で処理されていく。
Attoの場からヘルハウンドは除外され、チャージによってスカーが呼び出される。
かろうじて儀式召喚は行えたものの、Attoのスレイヤーに付与は無い。
Attoの場にはスレイヤー、手札は0。
箱木宝明の場には伏せカードが1枚、手札が1枚。
お互いが決死の攻防で切り合い、場が、手札が、焼け野原のようになっていた。
Attoがバトルフェイズに入り、スレイヤーが箱木宝明のライフポイントを削る。
「これは……どっちが有利なんだ?」
「わかりません。箱木さんのあの伏せ次第かと。Attoさんは手札を全て注ぎ込んだ。箱木さんの伏せが有効な何かであれば、苦しいどころじゃない。負けです」
既にカードを使い果たしたAttoは、メインフェイズ2を素通りし、ターンを終了する。
そのターン終了時、操作権が箱木宝明に移る。
「何か……あるのか?」
数瞬にも満たない僅かな演出。
伏せられたカードが開くその瞬間が、スローモーションのように再生される。
箱木宝命に残された最後の伏せカード。
それはデッキの核にして、心臓。
体を繋ぎ止め、デッキという名の身体に血液を循環させることができる唯一のカード。
サブテラーの継承
箱木宝明は手札の魔神童を墓地へ送り、下級ラビュリンスをサーチする。
墓地へ送られた魔神童は、その効果により裏側で蘇生され、Attoと箱木宝明のカード枚数が開く。
返しのターン。
箱木宝明は魔神童をリバースし、次の魔神童を墓地へ送り裏側で蘇生。
手札から下級ラビュリンスを召喚し、魔神童とエクシーズ召喚。
「ランク3……ジャジャ……か」
第3回真佐杯でAttoがスレイヤーを倒すために採用していたカード。
汎用ランク3であるジャジャは、戦闘破壊耐性と戦闘終了時に相手を除外する効果を持っている。
箱木宝命はスレイヤーを墓地へ送ることなく、一切のリソースを残さずAttoのカード全てを処理仕切った。
Attoの場にも、手札にもカードは無い。
対して、箱木宝明はサブテラーの継承によって場と手札を次々と回復させていく。
そこから先の数ターンは、悠斗としのびたるとにとって苦痛なものとなった。
不敗の王、不可侵の栄光。
その伝説は今、過去のものとなった。
Attoは抵抗できず、カードを引き、ターンを返す。
ライフポイントが徐々に削られ、リソース差は絶望的に増えていく。
カードを引き、Attoはターンを返す。
しかし、彼は降参せず、堂々と前を向いた。
ライフポイントの0を、箱木宝命に刻ませた。
衝撃の結末に、コメント欄はかつて無いほどの盛り上がりを見せる。
『Attoさん負けた!!?!?』
『ってかマジでヴェンデット使ってたなwww』
『インフェルノイドラビュリンス強過ぎ!!』
『最初のターンのチェーン合戦クッソ熱かった』
『箱木さんめっちゃ強かった!』
『ヴェンデットが壊滅的な規制受けてるって嘘だろこれwww普通に戦ってるやんけwww』
『Attoさんを禁止にした方がいいんじゃないか?』
素早く流れていくコメント欄を見て、悠斗は放心した。
あのAttoが負けた。
いつでも悠斗の先を進み、導き、応えてくれたあのAttoが、敗北した。
「しのびさん……僕、今凄く悔しいです」
「そうですね。あのAttoさんが負けるところは、正直見たくなかった。どれだけ相性に差があっても、不利な状況からのスタートでも、心の何処かでは勝つんじゃないかと思ってました」
「僕は……もっと強くなりたいです。それこそ、Attoさんに勝てるくらいに」
「はい。僕もそう思います……そうなると、Yutさん、競争ですね」
悠斗もしのびたるとも、力なく笑い合った。
「あっ、でもこれは2人だけの秘密にしましょう」
悠斗はしのびたるとの狙いが分からず聞き返す。
「それまた何でですか?」
「あの負けず嫌いなAttoさんのことだから、僕達で研究したデッキに勝つために、更に自分で研究し始める可能性がある。身体を壊されても困ります」
「ははは……それもそうですね」
悠斗の中にはじんわりと温かな火が灯っていた。
しのびたるとは仲間でもあるが、同時に悠斗にとってライバルにもなった。
同じゴールを見据えた心地の良い関係。
Attoがこのことを知ったら、実際は何て言うのだろう。
悠斗がいつかAttoに勝った時、改めて聞いてみよう。
そう思った。
「お疲れ様です」
Attoが通話に入ってきた。
その声色は決して落ち込んではいない。
もちろん楽しそうでもなかったが。
「Attoさん! お疲れ様でした!」
「Attoさん! お疲れ様です!」
「いやぁすみません、負けてしまいました。箱木さん、強かったです」
「ですね……デッキも、プレイングも隙が無かったです。今配信卓は敗者トーナメントの決勝なので、Attoさんの対戦まではもう少し時間がありそうです。ゆっくり休んで下さい」
「はい、かなりカロリーを消費した気がします」
Attoがドサりと背もたれにもたれた音が聞こえる。
悠斗は先程の対戦でどうしても聞きたかったことがあった。
「……Attoさん、1点だけ」
「何でしょう」
「序盤のプレイングです。チャージのコストでマゼラを捨てていましたが、マゼラを見せなければヘルハウンド付与は通ったんじゃないですか?」
あのシーンだけは、しのびたるととの会話でも答えが出なかった。
Attoらしくないが、ミスとしか考えられない。
悠斗はAttoが口を開くのを待つ。
「そうですね……。細かい検討は大会後にするとして、そこだけ先にお話しましょうか。あの時、箱木さんの伏せは3枚でした。伏せが全てアクティブなら、場のデカトロンを含めて4妨害。これはもう越えられません。対戦が長引けばどうなるかは……ご覧の通りです」
「はい。あのデッキのリソース回復は異常です。短期決戦じゃなければ勝ち目は薄い」
「対戦が長引けば負けに近付きますが……ではもし、長引くのが“1ターンのみ”であれば、どうなりますか?」
「……ま、さか?」
悠斗は戦慄した。
遊戯王に数多ある特殊勝利。
そのどれでもなく、マスターデュエルというゲームにのみ存在する勝ち筋。
「Attoさん……まさかタイムアウトを狙って……?」
「そうです。この大会の待ち時間は300秒。最初に僕が手札交換をした時、箱木さんは僕の墓地を見て、かなりの時間を使っていました。元々伏せがアクティブなら越えられない。そう割り切って、攻めるだけ攻めていきました。もっとも、箱木さんの伏せも素引きしたものなので、ブラフや状況に嚙み合わない罠であればそのまま突破できますしね」
悠斗も思い返す。
確かに、Attoのターンにも関わらず、箱木宝明は長考を繰り返していた。
Attoが長考すれば、Attoの時間を使用して箱木宝明に考える時間を与えてしまうだろう。
今思い返せば、Attoが長考したのは最初だけであった。
「箱木さんが確定で行う除去はデモリッシャーの除外。逆に言うと、それ以外はアドリブで考えなければならない。そこに活路があるんじゃないかと思いました」
「じゃあ、情報量を増やすために“敢えて”マゼラを見せた……?」
しのびたるとの声が震えている。
悠斗だってそうだ。声どころじゃない。マウスに触れている指も震えている。
そんなこと聞いたことがない。
聞いたことがないどころか、思いつきもしなかった。
伏せがアクティブでないならそのまま押し切る。
そうでないなら、相手の脳が処理落ちするまで選択肢を多く与えて“委ねる”。
そんな戦法を機能させるにはどれ程の条件が必要なのだろう。
「そんなのって……ははは。やっぱりAttoさんは凄いです」
「ただの思い付きですよ。伏せによってはマゼラを見せない方が良かったかもしれませんし。僕の感覚ではタイムアウトギリギリまで時間を使わせたとは思ったんですが……流石にそう上手くはいかないですね」
そう言ってAttoは軽く笑った。
悠斗は知らない。
しのびたるとも知らない。
Attoでさえも、知る由の無いことだった。
数々の択を押し付けられ、脳が焼き切れる程の演算を迫られた箱木宝命。
あの2ターン目、Attoのエンドフェイズに箱木宝命が発動したサブテラーの継承。
その処理が終わった時、箱木宝明に残された時間。
“1”
マスターデュエルの敗北を示す、最も近い数字。
その数字が示す意味は、箱木宝明による完璧な時間配分だったのか、追いつめられた敗北までの距離だったのか。
あのターンを終えた時、箱木宝明の心臓はこれまでにない程速く拍動していた。
その答えは、箱木宝明にしか分からない。