よろしくお願いします。
第3回真佐杯、終盤。
配信のコメント欄のお祭り状態は終わらない。
『ミラー戦あまりにも熱い』
『当然のようにAttoが勝ってるの何?』
『Knoxも一敗でくらいついてるぞ』
『この環境で勝鬨が勝ってるぞwww』
コメント欄が高速で流れていく。
大会配信には、常時百人近い視聴者が張り付いていた。
NR限定大会。
ほんの数カ月前まで、一部の物好きが遊んでいたレギュレーション。
それが今、一つの“競技”として認識され始めていた。
悠斗は配信画面を見つめる。
Atto、全勝。
ぽん酢、全勝。
knox、一敗。
そして自分、二敗。
スイスドロー形式で行われている今大会は、残り試合の消化こそあるものの、優勝争いができないことは確定している。
悔しくないと言えば嘘になる。
だが、気持ちは沈んでいなかった。
むしろ熱い。
自分が負けたknoxは、今も上位卓で入賞を目指し戦っている。
ぽん酢においては無敗で勝ち続けており優勝も狙える。
この数週間、大会の参加者達は皆本気で研究しただろう。
本気で勝ちに来ているだろう。
その中心にヴェンデットがいて、自分はそれを操る実力が足りなかったというだけだ。
「いやー、ここまで出来がいいと笑えてくるな!」
通話でぽん酢が笑った。
だがその声には、普段より少しだけ硬さがあった。
「次、Attoさんですね」
悠斗が探るように言う。
通話が少し静かになる。
順位的にAttoと当たる確率は二分の一だったが、今しがた対戦相手が決定した。
全勝卓。
ぽん酢 vs Atto。
第3回真佐杯において、悠斗達の中では事実上の決勝戦。
「……ついに来ましたね」
knoxが小さく呟く。
その声は静かだった。
だが、悠斗には分かった。
knoxも高揚している。
それは、嫉妬でも悔しさでもない。
純粋な興味。
“今の自分達が、どこまで届くのか”
それを知りたがっていたのだろう。
「俺はもちろん、勝って優勝するぜ!」
「ぽん酢さん、ちょっと気負いすぎじゃない?」
悠斗が苦笑する。
「うるせぇ! 冷ややっこ用意しながらそこで俺を待ってな!」
ぽん酢は笑った。
だが、その声も微かに震えている。
数週間。
悠斗から見ても、ぽん酢は誰よりもヴェンデットを回していた。
それに、誰よりも対話していた。
誰よりも楽しそうにヴェンデットを語っていたのだってぽん酢かもしれない。
だからこそ分かる。
ぽん酢も本気だ。そして、普段のぽん酢は強い。
だからこそ、いつものように悠斗は冗談で返した。
「冷ややっこは醤油派なんで。ファイトです!!」
なんじゃそりゃと言いながら通話を切ったぽん酢の声は、いつものような気楽さを取り戻していた。
悠斗も緊張の面持ちで配信画面を見つめる。
対戦開始。
コメント欄が爆速で流れる。
『来た』
『怪物Attoを止めてくれ!』
『俺は昔からぽん酢と戦ってきたんだ! お前ならやれる! 頑張れ!!』
悠斗は一手たりとも見逃すまいとモニターを凝視する。
画面手前、ぽん酢。
画面奥、Atto。
この2人は対照的だった。
ぽん酢は、通話でもコメントでもにぎやかに騒ぐ。
メイトもガチャガチャと喧しいのに対し、Attoは違う。
アイコンやメイトはデフォルトから変更していない。
静かだった。
Attoは挨拶以外、一言も喋らない。
Discordにもめったに来ない。
誰かと研究しているという話も聞かない。
ただ、彼を中心に環境が回っているのは間違いない。
Attoの先攻で試合は開始された。
定石は先攻有利。
特にヴェンデットミラーでの先攻は大きい。
しかし、それは完璧な先行制圧を完成させた場合のみの話だ。
そして、動き始めを見れば今回のAttoの手札はそれ程質がよくないのは明らかだった。
「これは……っ!」
思わず悠斗は身を乗り出す。
この数週間同じデッキを回していたから分かる。
Attoの苦しさが、焦りが手に取るように感じられた。
ターンが返り、ぽん酢が展開を始める。
墓地肥やし。
儀式準備。
スレイヤー。
展開は綺麗だった。
相手の妨害を貰いつつ、こちらの展開を通して相手のリソースを削る。
一方的な勝利とまでは行かないが、既にこの時点で形勢は明らかにぽん酢が優勢だ。
1つのミスもなく、誰の目から見ても最適な展開だった。
“完成している”
ここ数週間、研究会で積み上げてきたもの。
最適化された付与。
継戦能力。
リソース管理。
全てが噛み合っている。
「……やっぱあんた強ぇぜ、ぽん酢さん」
悠斗は身を乗り出し、笑みを浮かべる。
画面の向こうではknoxは何も言わず、ただ静かに画面を見ている。
Attoのターン。
一手一手詰められる苦しさを見せながら、ギリギリのラインでゲームを成立させている。
この芸当だけでもデッキの全てを手足のように扱う異端な実力を感じさせた。
しかし、デッキは“同じ”。
少なくとも今は、研究会で見続けたヴェンデットと、大きな違いは無い。
ぽん酢は部屋でスマホ版のマスターデュエルを操作しつつ、同じことを思ったのか、少しだけ余裕が出てくる。
適度な余裕はリラックスを生み、集中力が増す。
「……見えてきたな。もう少しでその背中に追いついてやるぞ……Atto!」
ぽん酢のターン。
墓地、リソース、相手の盤面の確認。
そして展開。
一切迷いが無い。
ミラー研究を積み重ね、その全てが盤面へ現れていた。
“今、NRで最も深くヴェンデットを理解している者達”
その戦いと言ってもいいだろう。
スレイヤー同士がぶつかる。
墓地が削れ、除外に飛ぶ。
互いに相手の未来を削り合う。
コメント欄が沸騰するのは必然だった。
『うっっっま』
『そこ切るのか』
『マジでレベル高い』
『何ターン先を見てるんだ』
悠斗は画面を見つめる。
ただただ凄かった。
数週間前の自分では理解すらできなかっただろうが、今なら分かる。
何を残し、何を切り、どこで妥協するか。
全部に意味がある。
そして、ぽん酢が今あの怪物を押していることも。
「……っ!!!」
ぽん酢が小さく息を飲んだ。
再度冷静に盤面を把握し、脳が、血液が沸騰する。
序盤のアドバンテージを失わず進んできた展開。
徐々に開いた、いや、その手でこじ開けたリソースの差。
ぽん酢だけではなく、悠斗も、knoxも電流が走った。
「ここだ! ぽん酢さん!!」
画面の前で悠斗は身を乗り出し、拳を振り上げた。
展開を始めるぽん酢は迷わない。
既にゲームは進み、お互いの残りデッキ、手札、盤面は全て把握している。
超至近距離でのインファイト。
退路はなく、Attoは既にコーナーに追い詰められている。
故に見えた一筋の光。
その展開は、noteでAttoが公開したものだった。
NR界隈に衝撃を与えた、突破不可能な妨害の要塞。
汎用リンクモンスターでレベルを変更し、不可能とされる3種類の付与を可能とする非凡な発想。
その異次元の剛腕展開を今ーーぽん酢が、怪物に叩きつけた。
怪物の喉元に今、その手が届いた!!
――行ける!
コメント欄もざわめき始める。
『ぽん酢勝ってね?』
『これAtto無理でしょ』
『政権交代?』
『うおおおお』
画面の前でぽん酢は静かだった。
その心拍数を表すように、体中の熱気を吐き出すように、浅く、小刻みに息をする。
ただ、瞬きすら忘れ、盤面だけを見ている。
次のターン。
なすすべもなくAttoはターンを返す。
ぽん酢が震える手でデッキへと手を伸ばす。
それから。
小さく笑った。
「……勝った!」
画面を見つめる悠斗も思わず声を張り上げた。
「行けぇぇえ!!」
コメント欄も大絶叫だった。
『勝てる!!』
『Atto落ちる!?』
『うおおおおお!!』
届く……いや、届いたのだ。あのAttoへ。
一人で環境を変えた怪物へ。
研究会が。皆で積み重ねたものが。
後少しで。
ぽん酢が最後のカードへ手を伸ばす。
その瞬間だった。
画面手前、ぽん酢の盤面、手札が砕けた。
――え?
コメント欄が止まった。
悠斗は画面を見つめる。
理解が追いつかない。
タイムアウトでは無いはずだ。
それほど時間のかかるやり取りは行われていない
なら、何故……?
数秒。
沈黙。
それから、配信コメントに本人が現れた。
『ぽん酢です。回線落ちです』
コメント欄が爆発した。
『おいおいおい!!』
『マジかよ!!』
『嘘だろ!?』
『最悪すぎる!!』
knox研究会の通話には、ぽん酢の声は無かった。
通話へ戻ってこない。
Attoも反応はない。
ただ、対戦画面と大会処理だけが、静かに進んでいく。
やがて。
勝者“Atto”
コメント欄が荒れている。
『いやこれは……』
『ぽん酢さん勝ってただろ』
『悲しすぎる』
『まぁ、ルールはルールだよな……』
悠斗は通話画面を見る。
誰も喋らない。
しばらくして、ようやくぽん酢が戻ってきた。
「いやーーーーーー!!!」
絶叫。
「持ってねぇーーーー!!!」
「お疲れ様でした……ぽん酢さん」
ぽん酢は笑っていた。
いつもの調子。
だが、もちろんそんなわけはないだろう。
「……あれは勝ってましたね」
静かに言ったのはknoxだった。
通話が少し静まる。
「少なくとも、届いていた」
ぽん酢が少し黙る。
それから。
「……まぁ、次だろ。次勝ちゃいい」
笑う。
でもその声は、少し掠れていた。
悠斗はモニターを見る。
画面中央。
勝者 “Atto”
数週間前まで、Attoは“怪物”だった。
理解不能の存在。
でも今は違う。
届くかもしれない。
勝てるかもしれない。
研究すれば。
積み重ねれば。
皆で考えれば。
その可能性が、確かに見えた。
だが同時に、最後のターン、Attoは残ったライフで何かに賭けるように、手札を貯めていたようにも見えた。
なぜだろう。
その事実だけが、悠斗の胸に引っかかっていた。