NRと言う名の未界域   作:まにゅま

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次回は月曜日の12時更新予定です。
よろしくお願いします。


第三章 失って得られるもの
turn7 ヴェンデットは与え、ヴェンデットは奪う


第3回真佐杯から数日後。

 

knox研究会のメンバーは、異様な静けさに包まれていた。

 

悠斗はモニターの前で椅子にもたれている。

画面には海外NRサーバーであるBoss Stageが作成した規制告知。

Discordの画面共有で表示されたそれを、悠斗は何度も見返した。

何度見ても実感が沸かない。

 

『Vendread Core - Forbidden(禁止)』

 

そこまでは良かった。

いや、良くはないが、予想はしていた。

コアは禁止される。

誰もがそう考えていた。

コアは言うならばヴェンデットの心臓。

儀式の補助に加え、リンク値を稼ぐ継戦能力。

任意のタイミングで墓地のアンデットを除外でき、コアは蘇生時にその後の展開に何の縛りもつかない汎用性。

 

そして何より、儀式素材にした時のスレイヤーへの対象耐性の付与。

 

ヴェンデットが環境トップになった以上、規制は避けられない。

皆覚悟していた。

問題はその後だった。

スクロールした先の、もう一枚の規制。

 

『Revendread Birth - Forbidden(禁止)』

 

無情にも禁止カードに指定されたのは、儀式魔法であるヴェンデット・バース。

 

「……いや」

 

思わず声が漏れる。

 

「いやいやいや」

 

コアがデッキの心臓だとするならば、バースは血液といったところか。

バースはデッキからモンスターを送ることで手札・墓地からスレイヤーを儀式召喚することができる。

デッキから墓地に送られるモンスターの効果でサーチ、場のスレイヤーを利用してリンク召喚、そして墓地効果。

手札を減らさずに場と墓地を増やし、スレイヤーへの付与を準備する展開。

これらの一連の展開が全てなくなってしまうのだ。

 

悠斗も含め、誰も喋らない。喋れない。

長い沈黙。

やがて、ぽん酢が言った。

 

「……どーうしましょ」

 

誰も返事をしない。

ぽん酢が続ける。

 

「コアは分かるけどさぁ……バース? マジで?」

 

その問いには、誰も答えることができなかった。

悠斗も説明できない。

これは完全に想定外だった。

NRヴェンデットに存在する儀式魔法は二種類。

その片方が消えた。

ただ一枚禁止されたわけじゃない。

テーマの骨格が吹き飛んだ。

誰かではなく、共通認識として思わずこう思ってしまう。

 

「終わったか……」

 

その夜。

研究会は遅くまで続いた。

代替案、仮説。

候補カード。

展開ルート。

皆で考えた。

何度も。

何時間も。

しかし、答えは出なかった。

翌日。

また集まった。

翌々日も。

その次の日も。

 

ある夜の研究会。

悠斗は画面を見つめていた。

仮組みしたヴェンデット。

回らない。

いや……正確には回る。

しかし、当然以前のヴェンデットではない。

スレイヤーへ辿り着くまでが重く、辿り着いた付与スレイヤーが軽い。

リソースが足りず、継戦能力も無い。

 

「……もう、無理なんですかね」

 

気づけば呟いていた。

誰へ向けた言葉でもない。

通話が静かになる。

そして、Knoxが言った。

 

「なら、僕は次を探すだけです」

 

悠斗は顔を上げる。

knoxはいつも通りだった。

いつも通り、冷静だった。

 

「環境は変わります」

 

静かに続ける。

 

「環境が変われば、強いデッキも変わります」

 

「そう……ですよね」

 

「だから次を探します。僕は勝つためにこのゲームをしています。前回は間違いなくヴェンデットが最強だった。でも、次はきっとそうではない」

 

そこに悲壮感は無い。

執着も無い。

ただ事実を言っているだけ。

それがknoxだった。

悠斗は何も言えなかった。

ぽん酢は笑う。

 

「まぁ、knoxさんらしいな」

 

「そうですかね。ただ……ヴェンデットはいいデッキでした。盛者必衰は遊戯王の常と言えど、残念な気持ちはあります。またいつか、規制が解除される時が来ることを願っています」

 

その夜、研究会は解散した。

正式な宣言は無かったし、誰もそんなことは言わなかった。

ただ、皆理解していた。

もうヴェンデットは終わりだと。

 

通話が切れ、画面が暗くなる。

悠斗はしばらくモニターを見ていた。

 

「これでしばらくヴェンデットとはお別れか……。今までお疲れ様だったな、スレイヤー」

 

そして翌日から。

別のデッキを触り始めた。

 

マジェスペクター

鉄獣戦線

メタルフォーゼ

ラビュリンス

 

どれも悪くないし、ヴェンデットのいない環境であれば恐らく強い気がした。

 

「けど何かこう……違うんだよな」

 

はっきりとは言語化ができない。

強いて言うならば、墓地や除外、対戦中の脳が擦り切れるような負荷が無い。

パズルのような複雑怪奇なルートの開拓も存在しない。

 

「あんなに難しいデッキだったけど、使えるようになった時は楽しかったんだよなぁ。knoxさんとかmonoさんはいつも新しいルート開拓してたし……ははっ、あの人たちやっぱ凄かったんだな」

 

悠斗は笑うが、笑顔ではなかった。

楽しかった日々を思い出し、あの人達に勝てるようにと色々なデッキを調べ、触ってみる。

次の環境では何が強いのかを把握するために対戦部屋に潜る。

ただ、勝っても負けても言いようのない虚無感に襲われてしまう。

 

「こんなんじゃ駄目だ、もっと勝たないと……」

 

その虚無感の正体に気付かないまま、悠斗はデッキを試し続ける。

勝ち続けることが、悠斗にポッカリと空いた穴を埋めてくれると思っているかのように。

 

そこから更に数日後。

環境にいると思われるデッキを片っ端から試し終え、悠斗はようやく理解した。

今の悠斗に必要なのは、勝ちでも負けでも無かった。

どんな強いデッキを使っても満足できない心の渇き。

何勝しても埋まらない虚無感。

 

「あぁ……そうか」

 

悠斗は背もたれに力なくもたれ、天井を見つめた。

手で顔を覆い、触れた髪を握りしめる。

 

悠斗を縛っていたのは、デッキの強さでも、展開の爽快感でも無かった。

NRという出会いをくれた禍々しいヒーロー。

NRで仲間を作ってくれた漆黒のヒーロー。

NRの熱い戦いに導いてくれた、あのknox研究会で知り合った仲間達と一緒に戦ってくれた悠斗のヒーロー。

 

「俺……ヴェンデットが好きだったんだな」

 

弱々しい声で呟いた。

悠斗にとって、NRの始まりのデッキ。

 

ヴェンデットとは、この2ヶ月間、毎日を共にした。

恐れも、憧れも、楽しさも、悔しさも、全て一緒に乗り越えた悠斗の相棒となっていった。

様々な思い出をくれたデッキが、悠斗はどうしようもなく好きになっていた。

 

その事実に気付いても、悠斗にはヴェンデットを救う方法を見つけることができなかった。

悠斗を導いてくれたスレイヤーを、悠斗は導くことができない。

 

今の悠斗にできることは、己の力不足に嘆き、ただ希望に縋ってカードリストを眺めることだけだった。

 

翌日も、その翌日も答えは出ない。

 

そんな日々がどのくらい続いただろうか。

悠斗にとって長く苦しい夜。

途方に暮れ続けた夜だった。

 

久々にDiscordの通知が鳴った。

 

『mono:最近対戦部屋にも来なくなりましたが、ひょっとしてまだヴェンデットを触ってたりしますか?』

 

悠斗は少し笑った。

 

『一応。ただ、上手くはいっていません。monoさんは?』

 

『私は触っていないです。どちらかと言うと、コンボを見つけたりデッキを組んだりするのが好きなので……ほら、私は大会にも出てないですし』

 

『確かに……そうでしたね。では、僕に何か用が? もちろん様子伺いだけでも嬉しいですけど』

 

返信した数秒後、返事が来た。

 

『紹介したい人がいます』

 

『今の僕に……ですか?』

 

 

 

翌日。

悠斗は新しい通話に招待された。

参加者は三人。

monoと悠斗。

そして

 

“しのびたると”

 

「初めまして」

 

声だけでは正確に分からないが、恐らく悠斗と歳は同じくらいだろうか。

 

「初めまして。Yutです。違ってたら申し訳ないですが、しのびたるとさんって……確か第3回真佐杯三位の? あの勝鬨の?」

 

「まぁ一応。知っててもらえて光栄です。」

 

勝鬨使い。

あの時、ブッチギリで環境トップだったヴェンデットへメタを当て続けた男。

環境を1点読みした勝負強いデッキの選択から、もっと尖った人間を想像していた。

だが、違った。

むしろ穏やかな印象を受けた。

 

「早速ですが、monoさんから、Yutさんがヴェンデットを諦めてないって聞きました。今でもそうですか?」

 

「はい……ただ、自分の力では構築の正解が分かりません」

 

「Yutさんが使っていてくれただけでも良かったです。あれだけの規制ですから、戦えるようにするだけでも難しいことは理解しています。でも……僕もまだ、ヴェンデットは死んでないと思っているんです」

 

しのびたるとはそう言った。

 

誰かがそう言ってくれることが、今の悠斗にとってどれほどありがたかっただろう。

独りで悩み、出口の無い、退路も無い真っ暗な道を進む悠斗にとって、どれほど救いになっただろうか。 

 

顔を上げ、悠斗は思わず聞き返す。

 

「本気ですか?」

 

「本気です」

 

即答だった。

 

「だって今は、皆が見てないじゃないですか」

 

しのびたるとは続ける。

 

「だからこそ、むしろ今は強いかもしれません。弱くなっても、強みはあります」

 

悠斗は面食らった。

確かにその発想は無かった。

規制を受けて、確実にヴェンデットは弱くなった。

だが、皆が使わなくなったということは、つまり皆が対策しなくなる。

残された強みを生かすことさえできれば、また戦えるのかもしれない。

それはとても競技的な考え方だった。

 

 

そこから数日、二人で研究を始めた。

お互いの知見を持ち寄った。

ヴェンデットの残された強みを探し、ヴェンデットが失った弱さと向き合った。

 

回し、組み直す。

何度も。

何度も。

何度も。

しかし、やはり答えは見えない。

どのくらい考えただろう。

どのくらい話し合っただろう。

一向に出ない答え。納得できない構築。

しのびたるとが言った。

 

「ここまでやっても答えが出ませんか……このままじゃ、勝てるビジョンが見えないままです。正直、ここまで難しいとは思っていませんでした」

 

「ですね。対戦部屋で使ってみても、中堅どころのテーマにも当たり負けしました。これがあのヴェンデットがと思うと……ちょっと泣きそうです」

 

「僕もヴェンデットは好きなテーマなので、この状況は何とかしたいんですが……」

 

「え? しのびさんってヴェンデット好きだったんですか? 勝鬨でヴェンデットを狩ろうとしてた手前、てっきり嫌いなのかと……」

 

「好きですよ。ただ……あの時は自信が無くて」

 

「と言いますと?」

 

「第2回真佐杯。僕はあれでAttoさんのヴェンデットを見ました。NRでこんな動きがでるのかって、衝撃を受けました。その後僕も使おうと練習したんですが……とても完璧とは言えませんでした」

 

悠斗はその気持ちが痛いほど分かった。

悠斗がヴェンデットを使うことに折れなかったのは、knox達との研鑽があったから。

1人で回し続けていたままだったら、しのびたるとと同じように、きっと悠斗も挫折していた。

 

「その気持ち、分かります。」

 

「それに、第3回真佐杯の後にAttoさんが公開したnote。あそこまで構築と展開ルートを詰めて大会にヴェンデットを持ち込んだ人はきっと他にいないでしょう。もし僕が仮にヴェンデットを持ち込んでAttoさんに運で勝てたとしても、それ以外の全部で負けてる。それでは勝った気がしません」

 

「それも分かります。僕も、第3回に向けてかなり練習しました。練習して、練習して、ようやくAttoさんに届いたと思ったんです。でも、そうじゃなかった。あの人はまるで環境という枠組みの外側にいるようでした」

 

「そうですね……本当にそうです。そして、やはりそこでです。Yutさん」

 

「……どこでしょうか?」

 

「今の僕たちの現状。考えられる可能性は試し、手は尽くしました。要するに八方ふさがりです。これを打開できるとしら、1人しかいません。言ってる意味……分かりますよね?」

 

悠斗は当然すぐに分かった。

何度も脳裏をよぎっていた。

ギリギリまで足掻くことで、まだやれることをやり切っていないことで、その選択肢を見ないようにしていた。

しかし、しのびたるとの言う通り、考えられることは試し切っている。

ここから先に進むのに必要なのは、新たな扉だ。

 

Atto。

 

第2回真佐杯ではAttoのnoteを読み、ヴェンデットを学んだ。

第3回真佐杯ではAttoを遠くから見て、熱狂した。

 

だが、実際に話したことはない。

 

Attoが思っている以上に、悠斗はAttoのことを知っている。

彼は集団を好まず、独りで環境を創り上げた男だ。

今更悠斗達と研究などするだろうか?

Attoにとって、そんな必要があるだろうか?

 

「いや……」

 

悠斗は苦笑する。

 

「無理じゃないですか?」

 

「いえ、聞くだけ聞きましょう。Attoさんが無理なら、多分もう無理です。悠斗さんも僕もバカじゃありません。考えられる可能性は探りました。それに、そのダメだったという結果でさえ、もしかしたらAttoさんにとって意味のある情報になり得るかもしれない。僕達が何も差し出せないわけじゃない」

 

しのびたるとは平然としていた。

 

「幸いNRサーバーにAttoさんの名前はあるので、DMはできますし」

 

「……そうですね。分かりました。しのびさんの言う通りです。ただ、大事な問題が一つだけあります。……これ、どっちが連絡しますか?」

 

一拍置いて、しのびたるとは楽しそうに言った。

 

「それこそ、これでいいじゃないですか」

 

しのびたるとはニヤリと笑い、対戦を申し込んできた。

悠斗は軽く笑い、対戦のボタンをクリックする。

 

悠斗は対戦ボタンを押す自分の指の軽さに驚いた。

この数週間、泥に浸かったような腕の重さが、その時は感じなかった。

 

「しのびさん、これは最も負けられない勝負かもしれないですね」

 

 

 

 

その夜、悠斗はAttoのアカウントから、DMの入力欄を開いた。

閉じて、開く。

そして、また閉じる。

何度も。

それから、ようやく打ち込んだ。

 

『やり取りをするのは初めてです。Yutと申します。以前1度だけ、配信の対戦部屋で対戦をさせていただきました。私がメガリスで、Attoさんのヴェンデットに完敗しています。第3回真佐杯ではヴェンデットを使用しました。今でもヴェンデット使おうと試しているのですが、上手くいきません。規制後のヴェンデットについて、相談をさせていただけないでしょうか』

 

誤字が無いか、失礼なところはないかを何度も確認し、震える指で送信を押した。

ふぅと背もたれにもたれ、息を吐く。

仕事の連絡でもここまで緊張することはそうそう無い。

大人になっても一体何をしてるんだかと自嘲しつつ、しかし落ち着かない様子で返信を待った。 

 

一分。

返信なし。

五分。

返信なし。

十分。

返信なし。

 

そんな直ぐに返信なんて来ないよな……そう思った時だった。

通知が光る。

悠斗は反射的に画面を見た。

送り主の名は、Atto。

返信はたった一行の短い文章。

 

『面白そうですね』

 

それだけだった。

悠斗は思わず拳を握り、笑った。

その返信をすぐさまスクリーンショットで撮り、深夜であることを気にもせずしのびたるとに送信した。

 

画面の向こうで、悠斗からのメッセージを見て、しのびたるとも笑っていた。

 

終わったはずのヴェンデットが、もう一度動き出そうとしていた。

 




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