よろしくお願いします。
『面白そうですね』
たった一行。
それだけだった。
だが、悠斗はその短い文章を何度も見返していた。
Atto。
第2回真佐杯で競技に初めてヴェンデットを持ち込み、そのまま優勝した男。
第3回真佐杯で環境の頂点に立った男。
そして、研究会が何週間考えても辿り着けなかった場所へ、一人で辿り着いていた男。
『もしYutさんがよろしければ、今度通話で現状を擦り合わせませんか?』
そんな人間が、自分とDMでやり取りしている。
「……どうしましょう」
思わず呟く。
しばらくしていると、しのびたるとから返信があった。
『メッセージ送るのに緊張してるんです?』
悠斗は思わず吹き出した。
『そりゃしますよ。しのびさんだって僕の立場ならするでしょ!』
『当然です』
『するんかい!』
しのびたるととのやり取りで、少しだけ肩の力が抜けた。
Attoと何回かメッセージを送り合い、数日後、三人で通話することになった。
通話当日。
悠斗としのびたるとはどこか落ち着かなく、緊張した様子でAttoの入室を待っていた。
「しのびさん、Attoさんってどんな方なんでしょうね」
「そうですねぇ。無口で話すのが苦手……とか?」
「うーーーん……」
あり得る。
これまでのAttoの行動から、少なくとも集団は好まないだろうことは想像に難くない。
「あるいは、凄い理論派? 理論派というか、理詰めでくるような……」
「うーーーーーーーん……」
あり……得る。
人の好みは構築に出やすい。
ワンポイントの採用で個性を出す構築もあれば、一見纏まりが無いように見えて作成者の中では完結しているような構築もある。
Attoのヴェンデットはまるで、一部の隙もない程遊び心が無く、良く言えば研ぎ澄まされた構築に違いなかった。
「まぁ、どんな方でも楽しくやりましょう」
「はは……そうですね」
何だか気分が落ち込んでた。
部活の部長やアルバイト先の店長、配属先の上司など、悠斗はこれまでお世話になってきた方を思い出す。
中には悠斗と合わなかった人も……と思わなくもないが、これはゲームだ。
関係を続けるしかない現実とは違う。
「(Attoさんがあまりにもアレな人だったら、こっそりフェードアウトして最悪しのびさんと遊び続けよう。うん、そうしよう)」
悠斗は心の中で決断をした。
その開き直った決断は、悠斗の心を楽にするのだった。
時間になり、通話へ一人入ってくる。
「……!」
悠斗は思わず息を飲む。
アイコンはデフォルト。
名前はAtto。
それだけ。
これまで何度も見てきた名前。
対戦の映像やNoteで背中を追い続けた人物。
だが、実際に会話するのは初めてだった。
「おっ、初めまして」
先に挨拶をしたのはAttoだった。
思っていたより高い声。
そして、思っていたより普通だった。
「は、初めまして」
悠斗も返す。
「しのびたるとです。お時間をいただきありがとうございます」
しのびたるとも続く。
「いやいや、そんな硬くならなくていいですよ。僕も緊張してきちゃうじゃないですか」
Attoは笑いながらと答える。
なんというかこう、仕事ができる大人という印象を受けた。
このやり取りだけで、先程までの悠斗達の大変失礼極まりない妄想はある程度否定された気がした。
聞き取りやすい発音に声量。
声色から察して、こちらの緊張も取ろうとしてくれる。
「土曜日とは言え、今は割と時間遅いです。Attoさん明日の予定とか大丈夫でしたか?」
社会人として、最低限のマナー。
悠斗は社交辞令ではあるが、対応してくれたことに対する労いと、ある種の探りを入れてみた。
「大丈夫ですよ、Yutさん。息子が寝た後にしかゲームができないので、むしろこの時間の方がありがたいです。」
なんと。
「えっ!……む、息子さんですか? 凄い! それじゃ、性別はどちらで?」
悠斗は元々の緊張や、自らの交友関係にはいない父親という属性に焦り、空回りしてしまった。
「いや、そりゃ息子なので……男の子ですよ。今一歳くらいで、ようやく夜泣きもなくなりましたし、僕のゲームタイムが復活したってわけです」
笑いを堪えながら、まるでサムズアップでもしていそうに軽快に答えるAtto。
悠斗達の想像していた孤高を好む冷たそうなイメージとも違い、まるで逆だった。
「Yutさん今のボケです?」
「しのびさん、聞かなかったことにしてください」
Attoはひとしきり笑った。
その後、やや真面目なトーンでこう切り出した。
「では早速本題ですが……規制後のヴェンデットでしたよね。僕も規制後のヴェンデットは面白そうだと思ってたので、こうして話ができるのはとても嬉しいです」
その言葉に悠斗は少し違和感を覚えた。
「面白そう……ですか?」
研究会では、誰もそんなことを言わなかった。
皆、終わった、弱くなった、無理だ。
そういう話ばかりだった。
なのにAttoは今何といった?
「えっと……?」
悠斗が口を開く。
「正直に言うと、かなり厳しくないですか?」
「そうですね。Yutさん的には、どのあたりが厳しそうに思っていますか?」
やんわりと投げかけられた質問。
しかし、悠斗は気づく。
Attoは今、どの程度のレベルに合わせてこちらに話せばいいのか見極めようとしている。
「コア禁止もそうなんですけど、バース禁止が本当に重いです」
「……というのは?」
「スレイヤーへ辿り着くまでが遠いですし、辿り着いてもリソースが足りません」
「まぁ、そうですね」
Attoは静かに聞いている。
否定もしないし、肯定もしない。
ただ聞いている。
しのびたるとが続ける。
「僕達も色々試しました」
「ほう」
「規制前の動きを再現しようとしたんです」
「それができれば一番いいですよね」
「ただ……」
「ただ?」
「どれだけリストを探しても、コアとバースの代わりになるようなカードはありませんでした」
少しの沈黙。
Attoは言った。
「コアもバースもしばらくは戻ってこないでしょう。なら、失った前提で考えるべきで、失うということは、弱くなるということです。そこは素直に認めるしかないですね」
悠斗は黙る。
それは正論だった。あまりにも正論だった。
だからこそ、今まで誰も言わなかった。
研究会では皆、どうやって失った強さを埋めるか。どうやって失った強さを戻すか。
そればかりを考えていた。
過去の栄光に縋るように、喪失から目を背けるように、かつての姿を追っていた。
「ただ」
Attoは続ける
「失うということが、弱くなることが、必ずしも勝てなくなるということでもありません」
悠斗は俯いていた顔を上げる。
モニターには通話中のAttoのアイコンが大きく輝いていた。
「それって……どういう?」
悠斗はAttoの言っている意味が分からず、混乱した。
「例えば、継戦能力」
「はい」
「継戦と言っても様々ですが、今回の規制では、ヴェンデットの勢いを抑える意味でアルグールマゼラも制限カードに指定されています。ヴェンデットのテーマ外のカードですが……アンデット族の汎用サポートなので、実質ヴェンデットの規制ですね。これはスレイヤーを含むアンデット族の破壊を無効にするとても貴重なモンスターでした。これを踏まえると、更に継戦能力は失われたと皆考えますよね。」
「実際失われてません?」
しのびたるとが聞いた。
「失われてます」
即答だった。
「えっ……じゃあ?」
「じゃあ捨てればいいんです」
沈黙。
悠斗は思わず天井を見上げた。
この人の考え方はやっぱり少し違う。
「いやいやいや」
思わず笑う。
「継戦能力がヴェンデットの強みだったじゃないですか」
「そうですね」
「捨てるんですか?」
「はい」
あまりにも自然だった。
まるで、天気の話でもしているみたいに。
「でも」
Attoは続ける。
「先ほども言いましたが、継戦能力と勝利はイコールではありません。捨てるのも戦術です。それに、捨てるということは新たな物を手に入れられる可能性も秘めています。それは……とても面白そうだと思いませんか?」
はっ……と気付いた。
たしかに、弱くなった箇所を補うことしか考えていなかった。
弱くなったから勝率が下がると思っていた。
しかし、弱い部分で勝負を避けるのは当たり前で、Attoには今のヴェンデットの強みで戦うという視点を持っている。
しのびたるとも、悠斗も、ヴェンデットには残された強みがあることは分かっていた。
分かっていたつもりだった。
しかし、それは失った故のネガティブな感情。
Attoの言う残された強みとは、他の強みを付け加えられるという余白。
悠斗達とは、捉え方がまるで違った。
「それは……そうかもしれないです」
第3回真佐杯。
あの時と同じだった。
他のプレイヤーが付与スレイヤーを立てる方法を考えていた時。
Attoだけは、付与スレイヤーを超える方法を考えていた。
今も同じようなものだ。
皆が失ったものを埋めようとしていた。
Attoだけが、新たに何ができるかを考えている。
しのびたるとが聞いた。
「つまり、勝ち筋の違う全く別のデッキにするってことです?」
「いえ、そこまでは言いません。リペア可能な代替札があればそれに変えますし、守れるところは守ります。まだ使えるルートもありますしね。それに、ヴェンデットは“コアとバースが使えなくなっただけ”なので、実際強みはまだまだあります」
Attoは続ける。
「これまでが”強すぎた”んです。むしろ、今の方がちょどいいパワーバランスで戦えるかもしれませんよ」
「そんな……」
しのびたるとは黙り込む。
悠斗も同じだった。
そんな風に考えたことは無かった。
皆あの時の、環境の支配者だったヴェンデットを基準にしていた。
しかし、Attoはどうやら違う。
NRと言う“環境”に対して、相対的な強さを定義している。
確かに言われてみれば、ヴェンデットというデッキは明らかに強すぎた。
第3回真佐杯では圧倒的なTier0とまで言われるほどに。
明確なメタすらまともに無い、ミラーマッチが最も勝率が高いと考えられていたほどに。
悠斗は今回の規制でデッキの核が吹き飛んだような衝撃を受けた。
悠斗を含め皆が失った物を嘆く中、唯一Attoだけがヴェンデットというデッキを誰よりも冷静に評価していた。
しかし、悠斗には納得の出来ない部分もある。
悠斗は規制後の対戦部屋で自分の構築を何度か試したが、現在のヴェンデットには足りないものが多すぎるのだ。
汎用札で枠を埋めても、それらを引きすぎればヴェンデットの動きができなくなるし、かと言って無駄なヴェンデットネームのカードを増やす意味はない。
「ちなみにですが……」
しのびたるとが聞く。
「何か案はあるんですか?」
「あります」
即答だった。
悠斗は思わず小さく笑った。
これまで誰もが考え、立ち止まり、進めなくなってしまった今の状況を、こうもあっさり超えていこうとする。
この人は持っている。
どんな時でも答えを持っているタイプの人だ。
「どんな案です?」
しのびたると。
少しだけ興奮しているのが分かる。
Attoは少し考えてから言った。
「今のヴェンデットはある程度長期戦を捨てるべきでしょうね」
悠斗は眉をひそめる。
リソースを補うわけではなく、Attoの発想はその逆だった。
「その代わり」
Attoは続ける。
「短いターンで勝てるようにしましょう」
「できるんですか?」
「もちろんできますよ」
涼しい声でAttoは言った。
「ただ、仮説には検証が必要です。だから、試す必要があります。そして、Yutさん、たるとさん。あなた方がいる今だからこそ、できる調整方法があります」
「いや、正直、僕らではAttoさんにアドバイスできることなんて……」
「いやいや、できますとも。僕だってこのデッキを完璧に使いこなせているわけじゃない。それに、視点は多いほうが良い。今から共有するリストは他言無用でお願いしますよ?」
その言葉に、悠斗は頷いた。
第3回真佐杯まで、Attoは怪物だった。
何でも知っていて、何でもできる。
そんな存在に見えていた。
でも違った。
悠斗は答えを持っていると思ったが、Attoが持っているのは、正しくは仮説だった。
そして、恐らく今までそれを試して、試し続けてきたのだろう。
しのびたるとがくすりと笑う。
「安心しました」
「……何がです?」
Attoが聞く。
「Attoさんでもヴェンデットを完璧に使いこなせないなんて思ったりするんですね。程度差はあれど、そこの感覚は少なくとも僕たちと一緒です。」
数秒の沈黙。
それから、Attoが少しだけ困ったように言った。
「僕が完璧にできることなんてこの世にないですよ。だからこそ努力をするんです。……なんて、ちょっとおっさんの説教みたいですかね」
悠斗は吹き出した。
「いや、それ言われると腹立ちますね」
「どうしてですか?」
Attoはきょとんとして聞いた。
「第3回真佐杯見ました?」
「見ました。というか、出てました」
「みんな努力して、それでもあなたは全てを超えていった。そんな人が我々に努力が必要だと説くのは、やっぱり説教に聞こえます……なんて、ちょっと生意気な若者みたいですかね」
「むむっ、Yutさん。これは一本取られました。若いのならそこの瓶ビールを開けるまで帰らないように」
「知ってます? 今の時代にそれやるとアルハラで無職になりますよ」
「いやいやいやいや、僕が体育会系出身ってだけで、あなた方と大きく年齢は変わらないはずでしょ!」
通話が笑いに包まれる。
初めてだった。
Attoが、伝説じゃなく、怪物でもなく、ただのプレイヤーに見えた。
その後。
三人は何時間も話し続けた。
Attoが考える、残ったカードと可能性。
リペアで残せる古い勝ち筋と新しい勝ち筋。
気づけば深夜を回っていた。
だが、誰も眠そうではない。
久しぶりだった。
研究会が解散してからずっと感じていた空白。
それが少しずつ埋まっていくような、そんな気がした。
通話が終わる直前、Attoが言った。
「そういうわけなので、みなさんにはこのリストで初手5枚からどの盤面が作れるか、一人100回試してもらいます」
きっとここにモニターが無ければ、悠斗としのびたるとは顔を見合わせていたに違いない。
なんてことの無いようにAttoが言ったが、これは途方もなく時間のかかる作業だ。
「えっ……100?」
「そうです」
Attoは答える。
「母数が多い方が、統計は有利ですから」
「初動の確立計算を人力でするってことで合ってます?」
「合っています、たるとさん。遊戯王の初動は確立計算できるものもありますが、このデッキはゴールが多様です。それに、展開途中にドローを挟むこともある。つまり、全ての展開のパターンを確率機で計算することはできないんです。人力で数をこなすのが、一番実戦の数字に近付くはずです」
悠斗は呆然とすると同時に、この人の強さの理由が少し分かった気がした。
きっとこれまで、一人で何度も何度も初動を試してきたのだろう。
100回試すことをなんてことの無いように思うまで。
途方もない時間をかけて。
それこそ、初手を見れば反射でどこまでいけるのかが分かるくらい。
あの一切ラグの無い、迷いのない展開は練習量に裏打ちされた、最も得難い確かな能力。
経験則の賜物なのかもしれない。
「一人100戦の根拠は? いや、僕は統計とかに得意なわけじゃないですけど、何となく」
しのびたるとが聞く。
数秒Attoは考え、そして言った。
「まぁ、200戦でもいいですよ。サンプルは多い方がいいですし」
悠斗もしのびたるとも言葉が出ない。
「……言ったでしょ? 僕は体育会系出身だって」
ニヤリと言ったAttoに、2人は同時に笑った。
通話が終了し、悠斗は椅子にもたれた。
規制前と同じ答えはきっともう無い。
だが、悠斗の中の不安も無くなっていた。
モニターには三人のチャットログが残っている。
ひたすらに強さを求めたknox研究会は終わった。
だが、新しい研究が始まっている。
ヴェンデットの歩む新たな道を探す旅は、これまでと同じように、それ以上にワクワクするものになってきた。
そしてその中心には、パーツをもがれようと戦い続ける漆黒のアンデットヒーロー、そのデッキの産みの親がいた。