よろしくお願いします。
Attoとの研究が始まって二週間が過ぎていた。
新しい仮説。
新しい展開。
規制後のヴェンデットという未知のテーマ。
初めは楽しかった。
だが、その楽しさはすぐに消えた。
代わりに地獄がひっそりと顔を出す。
「九十六回……」
悠斗はExcelへ数字を書き込む。
展開毎の到達率。
初手の5枚から再現可能な盤面にひたすら印をつけていく。
脳内で展開し、時に迷い道に入り、メモを取りながら展開を組み立てていく。
Attoから渡された先攻展開の理想盤面。
確かにこの量は確率機で出すことは不可能だろう。
レヴナント付与、ヘルハウンド付与、レヴナント+ヘルハウンド付与、ラビオンアース、ラビオンアース+レヴナント付与、etc……
それぞれの欄にびっしりと数字が並んでいる。
「あと少しじゃないですか」
しのびたるとは共有したスクリーンショットを見て言った。
「まだあと四回もあります」
悠斗は机へ突っ伏した。
「これ本当に意味ありますかね!?」
「そりゃありますよ」
しのびたるとは即答した。
「しのびさん、Attoさんに洗脳されてません?」
「されてます。実は僕も体育会系出身なので」
「NR界隈は体育会系の巣窟だった……?」
思わず笑ってしまう。
二週間前なら考えられなかった。
百回試行。
最初に聞いた時は冗談だと思った。
だがAttoは本気だった。
そして、実際にやっていた。
ある日の通話で、悠斗は軽い気持ちで聞いた。
「ちなみにAttoさんは計算のために何回くらい回してるんですか」
「うーん……まぁ、そんなに多くないですよ」
という返事。
「いや絶対多いでしょそれ……。っていうか、いつやってるんですか?」
「あー……まぁ。昼休みはずっと……ですかね。」
「えっそれって……ボッチめs」
そこで話は終わった。
後日。
雑談しながら回している時、しのびたるとがぽつりと言った。
「この間の話。予想ですけど、多分五百は超えてますね。これまでの経験の賜物なんでしょうけど、Attoさん初手を見てから最終盤面が分かるまでが異様に早いので。僕らより遥かに作業が速いはずです」
「まぁそうですよね……。Attoさんだし」
悠斗の画面には、規制後のヴェンデット。
何度も見た初手。
何度も見た盤面。
そして何度も失敗した展開。
規制前のような安定感は無い。
だが、少しずつ変わっていた。
一人回しも最初はかなり時間がかかった。
動かし方に関しては、ある程度規制前の遺産があるとはいえ、使っているのは新しいデッキだ。
当然新しい戦い方がある。
しかし、今はある程度分かってきた。
「あっ、Attoさん。お疲れ様です」
「Yutさん、たるとさんもいますね。お疲れ様です。」
Attoが通話に入ってきたため、悠斗が気になっていたことを聞く。
「このデッキ勝てますかね」
「勝てると思いますよ」
断定はしていないが、Attoの声には自信があった。
「ちなみに根拠は?」
「数字は悪くないです。大体仮説通りの結果が出ています」
「なら構築はこれで決まりですか?」
「いえ、まだ弱いです」
悠斗は眉をひそめた。
「弱い……ですか?」
「はい」
Attoはあっけらかんとしている。
「勝てるけど弱いって、矛盾してません?」
「まぁ、確かにそうですね……。そうだなぁ、更に勝てるデッキにするために、まだ消せる弱い部分が残っているというニュアンスです」
「でも、手応え的にはかなり形になってきてません?」
「なってます」
「じゃあ……」
「ただ、“優勝できる構築だと言えるか”というところですね」
悠斗は黙る。
この人はいつもそうだ。
勝てる。
では足りないのだ。
優勝できるか。
そこしか見ていない。
「“勝てる”と“優勝できる”ではどう違うんですか?」
しのびたるとが聞く。
「再現性だと考えています」
「再現性……」
「その再現性を確かめるためにも、やっておきたいことがあります。次は、魔サイの戦士を一枚減らしてあと100回お願いします」
沈黙。
「3枚のカードを2枚に減らしてもう一セット……ですか?」
「えっ、Attoさん、冗談です?」
「いや、マジです。ここはこのデッキの肝なので」
再び沈黙。
「えっ、いや、え、それだけの違いで100回もやるんですか? そんなに結果って変わるものです?」
「その答えは結果が教えてくれます」
「Attoさんってマジで妥協しないですよね」
「負けた時の悔しさに比べたら……作業の量くらい何ともありません」
途端にAttoの声が暗く沈んだ。
悠斗は純粋に驚いた。
悠斗が知っている限り、AttoがNRに参入した第2回真佐杯、そして第3回真佐杯は無敗の優勝だったはずだ。
「あれ? Attoさんって負けたことありましたっけ?」
「そうですよね。真佐杯連覇してるじゃないですか」
「それがあるんです。Yutさんもたるとさんも、LRって知っていますか?」
“LR”
No Riches発祥のBoss Stageで生まれたもう一つのレギュレーション。
マスターデュエルは定期的に追加される商業的なパックの他に、常設されたリソースで引くことのできるレガシーパックというものがある。
レガシーパックから排出されるカードはパワーがあまり高くない。
LRはレガシーパックから排出されるカード+No Richesで構成されるルールで、レガシーパックと言えどもレアリティのSR、URがNRのカードプールに加わることで、純粋なNRのデッキと比べるとパワーは上がる。
代表的なデッキは「No.4 猛毒刺胞ステルス・クラーゲン」を使用したデッキや、ペンギンデッキなどが挙げられる。
前回開催されたLRは、改訂前のNo Richesの規制で行われていたはずだ。
つまり、ヴェンデット全盛期に行われたことから、LRの大会にも関わらず、NRのカードのみで参戦したヴェンデットが大会を荒らし回ったという内容になってしまったのである。
「あれ? でもその大会って……?」
「そうですね、僕が優勝しました」
「そうですよね、SNSでも話題になってました。Boss Stage側の人は割と怒ってましたね」
「あはは……。まぁルール違反をしていたわけじゃないので」
Attoはややバツが悪そうだった。
だが、優勝しているということは、やはり負けていない。
「その大会、真佐まつりさんも出ていたんです。彼女は準優勝でした」
「いつも主催者側だから忘れがちですけど、真佐さんもプレイヤーですもんね」
「そうです。それで、大会前にまつりさんと練習してたんですが、その時に実は1回……」
「……えっ、ちょ、ちょっと待って下さい。Attoさんの言ってる勝敗って、公式戦じゃなくて、フリーマッチも戦績に入れてるんですか?」
「当然です。あの負けは死ぬ程悔しかったです」
「えぇ……」
悠斗は若干引きながらも、冷静になって今の話を考えてみた。
確かにAttoの使うヴェンデットは規格外の強さを誇っていたが、それにしてもおかしな話だ。
第2回真佐杯から第3回真佐杯まで、いくらAttoがNRコミュニティに姿を表す回数が少ないからといって、対戦部屋で調整していた時だってあるだろう。
それに、第3回真佐杯後に発表された規制が適応される直前、Attoは対戦部屋でフルパワーヴェンデットのお別れ会と称して多くのチャレンジャーの相手をしていたはずだ。
「それでいくと、まさかこれまでの全部の対戦を含めて1回しか負けてないってことですか?」
「そういうことになります」
「「えぇ……?」」
悠斗もしのびたるとも完全に引いていた。
何なんだこの人は。
その強さもそうだが、負けず嫌いにも程があるだろう。
「それはまぁ何というか……真佐さんって強いんですね」
翌日。
悠斗としのびたるとは久々に対戦部屋に潜った。
大会用の構築は秘匿するように言われているため、核となるカードは伏せ、汎用札で代用した構築を使用した。
研究だけでは分からないことも多く、また、ひたすら初動の計算をし続けていた悠斗には、実戦が必要だと感じていた。
そのことを相談すると、Attoは勿論いいですよと快諾。
しのびたるとは面白そうだと付いてきた。
一戦目。
勝利。
二戦目。
敗北。
三戦目。
勝利。
四戦目。
勝利。
五戦目。
勝利。
気付けば連勝していた。
悠斗もしのびたるとも、Attoと研究を始める前に使用していた構築を使用しているにも関わらず、何故か勝てている。
悠斗はリプレイを見返した。
研究を始める前と比較し、構築は変わらないが、後攻1ターン目の展開の着地は以前よりバリエーションが増えている。
もちろん規制前に比べると、リソースは細く、継戦能力も落ちているのは確かだ。
しかし、展開にかかる時間は大きく減っていた。
特に先攻展開に関しては、依然と比べてターンを返した時の残り時間が明らかに多い。
ヴェンデットの先攻展開は、最も強い手札であれば迷うことはないが、そんな手札はそうそう来ない。
そのため、先攻展開においては、成立する中で最も強い妥協展開を素早く見極めることが重要となる。
そして、展開に使う時間が減るということは、考える時間が増えるということ。
考える時間が増えれば、相手の妨害ケア、リソースの把握が正確になり、結果としてこちらの指し手の鋭さが増す。
「これは……」
思わず呟く。
100回試行も、単なる確率計算のための作業かと思っていた。
しかし、思わぬ副次的な収穫が得られていたのだ。
その夜通話へ入ったら、しのびたるとが先にいた。
「見てました?」
「見てましたよ。勝ってましたね」
「そうなんです。これは凄いことですよ!」
空気が明るくなる。
研究が結果へ繋がり始めていた。
そこへAttoが入室する。
「お疲れ様です、Attoさん。研究を始める前の、汎用札を入れたヴェンデットで対戦部屋に潜ってきました」
開口一番、悠斗は報告した。
「おっ、この間言っていたやつですね。どうでしたか?」
「勝てましたよ!」
悠斗が言う。
少し自慢げだったかもしれない。
だが、Attoは嬉しそうな反応をする。
「おぉ! 凄いですね。勝因は何だと思いますか?」
「展開の最大値の見極め、操作がかなり速くなってました! これはAttoさんの100回試行のおかげです。もうこれまでとは全然使用感が違ってました……これも見越しての無茶振りだったんですね! 流石です!」
「は、はぇー……。そうなんですね」
この時、Attoは完全に面食らっていた。
100回試行で初動の展開が上達するのは、まぁ言われてみればそうかもしれない。
しかし、そんな事を意識して指示を出したつもりは全くない。
それに、Attoは100回程度の試行回数など、そもそも無茶振りとも何とも思っていなかった。
むしろAtto本人は優しめに回数を設定したとさえ思っていた。
はしゃいでいる悠斗はAttoの内心に気付くことはなかったが、しのびたるとは完全にそれを見抜いていた。
「(これAttoさん予想外って感じしてるよな……。ナチュラルに努力し続ける人ってこういうとこあるんだよなぁ)」
しばらくやり取りを聞いていて、しのびたるとが吹き出した。
「まぁ、本当に戦えるようになってよかったです。Yutさんも前進してることが分かって自信が付いたんじゃないです?」
「そうですね! もうそりゃその通りです! Attoさん、次は何しましょうか?」
悠斗は目を輝かせていた。
Atto信者の爆誕である。
「そうですねぇ……。勝てたと言っても、対戦部屋にいるデッキが環境トップ層であることは稀ですし、トッププレイヤーが使っていることはもっと稀です。つまり、まだ弱いです」
「弱い……ですか」
「そうです、Yutさん。今は生き残っているという認識くらいがいいと思います。」
生き残った。
その表現は妙にしっくり来た。
確かにそうだ。
ヴェンデットは死んでいことが分かった。
だが、環境トップでもなければ、優勝候補でもない。
「じゃあ次に必要なことは何ですか? 数字もかなり出揃ってきたと思います」
悠斗の問いに、Attoは少し考える。
「我々が優勝するのに必要な最後のピースは、環境です」
「環境?」
「はい」
ホワイトボード代わりの共有画面が開かれる。
そこに記されていたのは環境予想。
有力テーマ、対面想定、メタカード。
タイトルはーーー第四回真佐杯。
悠斗は思わず苦笑した。
「もうリサーチ済みですか」
「当然です。というか、100回試行で作る盤面はある程度この環境トップに勝てるようなものを選んでいます」
Attoは言う。
「勝つための調整なので」
その言葉に、第3回真佐杯のAttoを思い出した。
付与スレイヤーを超える発想。
あの時もこの人は一歩先を見ていた。
いや、一歩どころではない。
皆がこれから見る場所を、最初から見ている。
しのびたるとが資料を見ながら言う。
「正直、ここまでこれるとは思いませんでした」
「僕もです」
悠斗も頷く。
規制発表の日は終わったと思った。
研究会解散の日、実際に強者達の研究は終わった。
だが、終わっていなかった。
「前にも言いましたが、失ったことで弱くなったとしても、それと勝敗はまた別です。規制されたカードの枠には新しいカードが入れられます。つまり、新しい戦い方ができるようになるということです。コンボパーツを入れても、汎用札を入れてもそれは一緒です」
Attoは静かな声で事実を述べている。
その時悠斗はふと思った。
最近になって、Attoの正体が少しずつ見えてきた。
特別な才能や神がかった発想。
もちろんそれもある。
だが、本質は違う。
負けたくない、勝ちたい。
だから考え、回し、準備をする。
それも誰よりも濃い密度で。
ただそれだけだ。
そしてその量が異常なのだ。
「じゃあ」
しのびたるとが言う。
「魔サイの戦士を2枚にして100回やってきますか」
「ですね。僕、初動の判断が前より早くなったので、作業効率も上がってきました」
少し沈黙。
それから。
Attoが静かに答える。
「みなさん……ありがとうございます」
悠斗はモニターを見る。
そこからAttoの表情を知ることはできない。
しかし、その声色はいつもの堂々としたものではなく、何となく気恥ずかしそうな、ぶっきらぼうなお礼に聞こえた気がした。
画面の向こう側でAttoは思った。
画面から目をそらしながら、何なら顔もそらしながらAttoはお礼を言った。
そんな自分の醜態を見られずに済んで良かったと。
ゲーム自体に不慣れであり、Discordも登録はしたものの、イマイチ馴染みが無い。
みんな和気あいあいとNRを楽しんでいるみたいだが、Attoには実績もあり、何となく自分から声をかけづらくなっていた。
そのため、Attoはこれまで独りで歩んできた。
Yutとしのびたるとは、Attoにとって初めてのゲーム仲間。
YutがDMをくれた時、そして、Attoの愛して止まないヴェンデットの話をしてくれた時、本当に嬉しかった。
Attoは2人に対等な関係を望んでいたが、Attoの年齢がやや上なこともあり、いつの間にか自分が指導するような立場になっていた。
Yutもしのびたるとも、Attoに付き合ってもらっていると感じているが、Attoはそうは思っていない。
むしろ、付き合ってもらっていると思っているのも、遊んでもらっていると思っているのも、今の状況に1番感謝していたのも、Attoなのだった。
大人になって正面から友達にお礼を言ったことなどこれまでに無かった。
たださり気なく感謝を伝えたかっただけなのに、無意識に恥ずかしがってしまった。
そんな自分のダサさに気付かれることがなく、本当に良かったと思うのだった。
規制前のヴェンデットはもう返ってはこない。
だが、新しいヴェンデットは新しい仲間と共に生まれようとしている。
いつの日も、ヴェンデットは優勝するために使われる。
それを証明する舞台が、少しずつ近づいていた。