ノーブレス・オブリージュ   作:護身用の道具

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第2話 『昏い予感に消ゆる足音』

 

課せられた強制労働を終え、オレはフィービーを連れ『そよ風のヘイヴン』へと戻ってきた。

昼は過ぎ、日が傾きかけている。

当然、口から出るのは愚痴だった。

 

「カルネヴァーレ用の備品一式に、教団の備品の補充、その他諸々の雑用……。教団の侍祭の仕事は一般市民を使い潰すことかよ」

 

軽く二十キロはあるであろう木箱を抱えながら、教団の長い階段を上らされた時は何かの拷問かと思った。

……実は相当な怪力のくせに、自分だけ涼しい顔しやがって。

 

「ラグーナのみなさんにはそんなことさせられません。君だからです」

 

「なおさら悪い」

 

「大げさですね。カルネヴァーレはリナシータの民を救ってくださった歳主様へ敬意と感謝を捧げるお祭りです。今年は数年ぶりの開催なのですから、より大規模になるのは当然です。その準備を手伝うことは、歳主様への感謝を示すことと同義ですよ」

 

「感謝の結果としてオレの腕と腰が悲鳴を上げてるんだが」

 

「きっと、歳主様への感謝の声でしょう」

 

取り付く島もない、とはこのことだろうか。

這々の体で草むらに倒れ込むと、フィービーは満足そうにこちらを見下ろしてきた。

 

「……なら、労働の対価として今からオレは昼寝する。さっき城内で『公共音骸が暴走した』とかなんとか聞こえたが知らん。たとえ、教団本部が爆発しようがオレは起きない」

 

「もう、勝手にしてください」

 

この時間のそよ風のヘイヴンは、真昼よりさらに穏やかな風が吹いている。

木陰の芝生はお誂え向きのお昼寝ベッドだ。

 

「わたしは……その、教団の侍祭として周辺の生態調査を行ってきます。歳主の恵みである音骸たちが、健やかに過ごしているかを見守るのもわたしの務めですから」

 

「音骸を見に行きたいだけだろ」

 

「生態調査です」

 

「はいはい。そういうことにしておいてやる」

 

「ティコくん」

 

「なんだよ」

 

「……あの子たちがここに来ても、変なことを言わないでくださいね」

 

「オレは寝るって言ってるだろ」

 

「なら、いいです」

 

何がいいのかは分からない。

だが、音骸への妙な執着を取り繕っているつもりなのだから恐れ入る。

 

小走りで駆けていったフィービーを薄目で見送り、オレは睡魔に身を委ねた。

 

 

――どれくらい眠っていたのだろう。

 

「ティコくん! 起きて、起きてください……っ!」

 

体を揺さぶられ、意識が無理やり引き戻される。

……また天罰か?

 

そう思って咄嗟に身構えたが、何か違った。

 

「……んあ? なんだよフィービー、またお説教か……?」

 

寝起きの焦点が定まる。

視界に飛び込んできたのは、青ざめた顔で涙目を浮かべた幼馴染だった。

 

「バ、バブが……っ! バブが見当たらないんです!」

 

「バブ……?」

 

寝ぼけた頭で、どうにか記憶を引っ張り出す。

 

バブといえば、普段からフィービーの周りをトコトコとついて回っている小型の音骸だ。

人懐っこくて、特にフィービーによく懐いている。

 

いや、違うな。

 

フィービーにとっては、友人か家族のような存在だ。

 

「いつもいる場所にいないんです。近くを探してもどこにも見当たらないし……こんなことは今までありませんでした!」

 

「落ち着けって。そよ風のヘイヴンは広い。ちょっと遠くまで散歩にでも行ったんだろ」

 

「違います!」

 

いつもの柔らかい声ではなかった。

 

「バブが、仲間のリビアやブレノを置いて一人で遠出するはずがありません。あの子、臆病なんです。知らない場所に一人で行ける子じゃないんです」

 

「お、おい」

 

「お願い、ティコくん……一緒に探してください。バブを見つけるのを、手伝ってください……!」

 

ここまで必死に懇願されて、断れるわけがなかった。

 

だいたい、今こいつを一人で放り出したら、残像がひしめく危険地帯まで突っ込んでいきかねない。

 

――さっき城内で耳にした『公共音骸の暴走』の噂が、脳裏をよぎった。

 

バブが消えた。公共音骸が暴走した。

そして、カルネヴァーレを前に教団の連中がオレに持ちかけてきた、あの馬鹿げた話。

 

関係してないといいんだが。

 

「フィービー」

 

名前を呼ぶと、潤んだ瞳がこちらを向いた。

 

「探しにいくぞ。案外まだ近くにいるかもしれない」

 

「……っ、はい。ありがとうございます……!」

 

「礼は見つけてからでいい。リビアとブレノは?」

 

「向こうを探しています。わたしは、もう一度バブがよくいる場所を――」

 

「分かった。まずはそこからだ」

 

いつもの小言を言う元気すらなく、フィービーは小さく息を吐いた。

それが少しだけ、胸に引っかかった。

 

日が傾き始めたそよ風のヘイヴンを、オレ達はバブの行方を追って駆け出した。

 

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