ノーブレス・オブリージュ   作:護身用の道具

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第3話 『沈黙は、宵闇の中で』

「リビア、ブレノ。バブは見つかった?」

 

二体の音骸が、申し訳なさそうに首を振る。

 

「うーん、バブは一体どこに……。ティコくんが見つけてくれているといいけど」

 

いつもなら、リビア、ブレノと共に、フィービーのローブの裾を引っ張るようにしてバブが顔を出す。

そんな当たり前の光景が、今日はどこにもなかった。

 

ため息をつくフィービーの背中に、不意に何かがツン、と触れる。

 

「……もう!やめてブレノ!つっつかな――!あら、ブレノ、そこにいたの。じゃあ、わたしをつついたのはバブ?もう、どこに行ってたの――」

 

彼女の声が、そこで止まった。

 

「バブはいないけど、アブならいるぜ!」

 

「きゃっ!」

 

振り向いた先には、昼間ラグーナ城で出会った謎の音骸――アブが、少し得意げに滞空していた。

 

「だめだよ、アブ」

 

「なんだよ。ちょっとからかっただけだろ……」

 

後から現れた漂泊者の声に、フィービーは慌てて姿勢を正す。

 

「……っ、こほん!失礼しました。こんにちは、漂泊者さん。ラグーナ城にいなくてよろしいのですか?どうしてこのそよ風のヘイヴンに……それに、そちらの方は……?」

 

「侍祭さん、私はザンニー。アヴェラルド金庫の者です」

 

「フィービーと申します。……これまでにお会いしたことはありませんね」

 

「はは、私がほとんど教会に行かないせいかと……。そんな目で見ないでください。お説教ならまた今度で。私達がここに来たのはカルネヴァーレのリハーサルで音骸が暴走した事件について、モンテリファミリーに調査を頼まれたからです。手がかりが、ここを示していましてね」

 

「音骸の暴走……。わたしも耳にしました。漂泊者さんも巻き込まれたそうですね。教団を代表してお詫び申し上げます」

 

「気にしないでくれ。ケガもなかった」

 

漂泊者が短く答える。

その佇まいに、フィービーはハッとしたように表情を明るくした。

 

「……っ!そうだ、バブという音骸を見ませんでしたか?このくらいの身長で、急にいなくなってしまって……」

 

漂泊者とザンニーが、一瞬だけ視線を交わした。

フィービーの表情がわずかに強張る。

 

「実は、私達が見つけた手がかりは『ジルベルト』という『フィサリアファミリー』の人間と関係しているんですよ」

 

「フィサリアファミリー……!?」

 

ジルベルトという名。

そして、ティコの家の名前。

 

フィービーはフィサリアのすべてが清らかだなどと思っているわけではない。

それでも歳主への信仰を掲げる彼らが、歳主からの賜物である音骸を冒涜するなどとは考えたくなかった。

 

まして、そこにティコが関わっているなんて。

 

「そんな、信じられません。彼らに限って、それにティコくんだって……」

 

「そのティコ・フィサリアについても、少し確認したいことがあります」

 

ザンニーの声に、フィービーは唇を結んだ。

問い詰められているわけでも、責められているわけでもない。

 

それでも、その名前に疑いがかかるだけで、胸の奥がざわついた。

 

「――そのフィサリアファミリーの御曹司と侍祭さんが、一緒にいるのを見たと他の者から聞きました。彼は、今どこへ?」

 

「ティコくんでしたらバブを一緒に――」

 

「だめだ。この辺り一帯を捜索したが全く見つからない。フィービー、今日は遅いし切り上げ――。あれ、漂泊者さんと、ザンニーさん?」

 

 

これは、どういう状況だ。

 

割り込んでみたものの、オレの中では警鐘が鳴り響いていた。

 

漂泊者の方はともかく、問題はザンニーだ。

以前『トラットリア・マルゲリータ』で、新発売の変わったピザをくたびれた顔で食べていたあの女。

 

だが、今の彼女から放たれる気配はなんだ。

ここまで敵意を向けられるようなことをした覚えはない。

あの気怠げな佇まいはどこへ行った。

 

それに、フィービーの様子もおかしい。

……何かを、必死に確かめようとしているような顔に見える。

 

「これはどういう状況ですか?……オレに何か用事でも?」

 

努めて軽い声を出すと、漂泊者が無言で歩み出た。

彼は懐から一枚の花びらを取り出し、オレとフィービーの前に突き付ける。

 

妙な周波数を感じる、不気味な代物。

 

「これを、見たことはあるか?」

 

「これは花びら……? この周波数は……っ!そういえば――マーキュリー礼拝堂でアレッシオ司祭がつけているのを見かけました。まさかアレッシオ司祭まで……」

 

アレッシオ。

 

……あの日、くだらない密命を押し付けようとしてきた教団の司祭が、確かそんな名前だった。

 

嫌な予感が、一気に形を成していく。

 

ザンニーたちが追う音骸暴走事件の裏に、フィサリアが絡んでいることは予感していた。

実際は、教団のアレッシオがその裏で糸を引いていたということは……。

オレが蹴った命令を、あの司祭はジルベルトに持っていったわけか。

 

まずい。

思考が、一瞬だけ表情に出た。

 

「何か、思い当たることがあるようだな。ティコ」

 

「……」

 

内心で舌を打つ。

 

無意識のうちに丸まっていた背筋を伸ばし、表情を作り上げる。

オレの『余所行きの仮面』は、完璧なはずだった。

 

「……すみませんが、オレにも分かりません。オレは確かにフィサリアの人間ですが、今は本家からほとんど追い出されたような身です。オレにまで回ってくる情報は僅かですし、今ファミリーが何を考えているのかすら――」

 

「嘘、ですね」

 

いつもより数段低い、冷え切ったフィービーの声が聞こえた。

 

「君が本気で嘘をつくときだけ、いつも無意識に背筋を伸ばすのを、わたしは知っています。……教えてください。本当のことを」

 

「……オレの身の上は、お前も知っているだろ?それを今更――」

 

「そこじゃありません。バブのこと……何か、知っているんですよね」

 

静かな声だった。

けれど、その静けさの奥に、押し殺した震えがある。

 

「……ッ」

 

オレは、長年愚痴を聞き続けていた幼馴染を侮っていた。

漂泊者とザンニーは、完全に退路を断つような目でオレを見つめている。

 

……これ以上しらばっくれても、傷口を広げるだけか。

 

ゆっくりと肩の力を抜き、いつもの猫背に戻る。

 

「……分かった。今の話は半分嘘だ」

 

フィービーの眉が、わずかに震えた。

一度だけフィービーから目を逸らし、漂泊者とザンニーへ向き直る。

 

「オレは確かに本邸から距離を置いています。けど、フィサリアと完全に切れているわけじゃありません」

 

一度、息を吐く。

ここから先は、もう隠せない。

 

「先代当主の実子で、今はカンタレラ現当主の養子。……名目上は今でも、フィサリア本家に連なる人間です」

 

周囲の空気が、ぴきりと凍りついたのが分かった。

 

「なるほど。御曹司、という呼び方は思った以上に正しかったわけか」

 

ザンニーが、静かに目を細める。

 

「……モンテリの記録で、ティコ・フィサリアの名前は見たことがある。過去の抗争で、フィサリア内部の重要人物として扱われていた。ただ、先代当主の実子で現当主の養子だったとはね」

 

……そこまで調べられているのか。

 

ここまでは、フィービーも既に知っている。

だからこそ、彼女の沈黙が痛かった。

 

「数日前、オレのもとに教団の司祭――アレッシオが来ました」

 

覚悟を決めて、言葉を続ける。

 

「首座からの命だとか言って、モンテリファミリーが画策していることを止めろと命令してきました。カルネヴァーレの開催に関わる何かを妨害しろ、と」

 

「……教団が?」

 

フィービーの顔を見るのが辛くて、オレは視線を向けられなかった。

 

「まぁ、命令自体は拒絶しました。過去に教団立ち会いのもとで、モンテリと交わした不可侵条約を盾にして。けど、オレが断ったことで、アレッシオは話の通じるジルベルトへ持っていったのでしょう」

 

「つまり、フィサリアファミリーが関係していることは事実と?」

 

ザンニーが、低く気怠げな声で続きを促してくる。

眼光の鋭さは、とてもあのピザを食っていた人間と同一人物とは思えない。

 

やりにくいこと、この上ない。

 

「……ファミリーとしての組織的な関与をオレの口から認めることはできません。ですが、ジルベルトが動いているのであれば彼個人として何かしらの目的を持っていることは確実です」

 

「ティコ、くん……」

 

「黙っていてすまなかった。フィービー」

 

短くて、長い沈黙が落ちた。

 

「……怒っています」

 

消え入りそうな、小さな声だった。

 

「嘘をつかれたことに、怒っています。君がまた、一人で抱え込もうとしたことも」

 

フィービーは唇を噛み、震える声で続けた。

 

「でも、違うんです。きっとそこじゃ、ないんです」

 

俯いた彼女の手が、ローブの裾をきゅっと握る。

 

「教団が、君にそんなことを命じたって知っていたのに。君がそれを、わたしに隠していたことが……一番、嫌でした」

 

一度、言葉が途切れる。

 

「それでも……信じていました。フィサリアファミリーが関わっていると聞いた時も、君が、バブを傷つけるはずがないって」

 

ゆっくりと、顔を上げるフィービー。

その視線から、逃げられなかった。

 

「でも、アレッシオ司祭からの命令を突っぱねてくれたことだけは、流石だと、思いました」

 

「フィービー……」

 

「勘違いしないでください! 許したわけではありませんからね!この件が終わったらたっぷりと天罰を与えますから!」

 

ふん、といつもの調子で言い放つフィービーを見て、心の底から安堵した。

 

一度潰れたオレと違って本当に、とんでもなく強い。

 

そう、思った。

 

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