ノーブレス・オブリージュ   作:護身用の道具

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第4話 『星も真実も、ベールはお外しに』

「話は終わった?侍祭さん」

 

「はい。どうか、わたしたちも調査のお手伝いをさせてください」

 

「オレも……まあ、フィービーに付き添います。身内がここまで悪事を働いておいて、放っておくわけにもいかないですし」

 

ザンニーの視線は、先ほどよりわずかに和らいでいる。

彼女は漂泊者へ目配せしてから口を開いた。

 

「異論はないよ。中立な立場の侍祭さんが見届けてくれれば、フィサリアも証拠の捏造だなんだと難癖をつけにくい。おまけに、そこの御曹司が同席してくれるなら、モンテリだけが火種を背負わされる心配も減る」

 

「なら、俺も同じく異論はない」

 

漂泊者も、そう続ける。

オレとフィービーは、一瞬だけ顔を見合わせた。

 

互いに言いたいことは残っている。だが、今は飲み込むしかない。

 

「もっとも、侍祭さんが私をお祈りもしない不届き者として追い出したり、そいつが実はスパイだったりしなければの話だけど」

 

「……ありがとうございます。音骸の調査を続けましょう」

 

消えた音骸たちの行方。バブに何が起きたのか。

そして、フィサリアと教団の裏で何が動いているのか。

 

無言で歩き出そうとした、その時だった。

 

そよ風のヘイヴンの奥から一体の音骸が駆け込んでくる。

その小さな影を見た瞬間、フィービーの表情が凍りついた。

 

「あっ、バブ! 無事だったのね! 一体何があったの!? 待って、バブ! 」

 

バブはいつもならフィービーの後ろを健気について回るような音骸。

その彼女を素通りして、怯えきった様子で走り去っていくなど、明らかに異常だった。

 

「おかしい。オレの知る限り、ここの音骸があそこまで慌てて取り乱すなんて、見たことが――」

 

「……嫌な予感がする。様子を見に行くよ」

 

 

バブが逃げてきた道を辿り、そよ風のヘイヴンの奥へと走る。

奥には案の定、見覚えのあるフィサリアの男がいた。

 

オレ達は一旦物陰に身を隠す。

 

「おぉ、全能なる歳主様、どうか荒波を巻き起こし、女王に神託を授けたまえ。雲海でラグーナを覆い、享楽者共が残した都の穢れを洗い清め給え……」

 

今のは、祈祷か?

 

「フィサリアファミリーの人たちは基本的には敬虔です。でも、女王って誰……?あんな祈祷、少なくとも経典には載っていない……」

 

フィービーの困惑した呟き。

その後も、ジルベルトの怪しい祈祷は続く。

 

……大波、そして秘密の王。

 

「ん?そこにいるのは誰だ!」

 

ジルベルトの鋭い声が響く。奴も裏切り者とはいえフィサリアの共鳴者。

 

気取られたか。

 

「はぁ、面倒なことに。これじゃあ戦わざるを得ない」

 

ザンニーがため息と共に立ち上がる。

それに呼応して、オレ達も物陰から奴の前に姿を晒した。

 

「ほう、漂泊者だな。お前のことはラグーナ城で聞いたぞ……。それに、そこにいるのはティコじゃないか。責任も果たさず享楽に堕落しきった愚か者め」

 

「オレが堕落しているかどうかは関係ない。お前は、フィサリアの名に泥を塗った」

 

「ふん、泥を塗っているのはお前の方だろう。穢れた都市に身を落とし、享楽を貪るなど歳主への裏切りそのものだ。――折角ここまで来た褒美にいいことを教えてやろう。ここへ来たとて真実にはたどり着けんぞ。むしろ――」

 

ジルベルトが手を振るう。

奴の近くにいた音骸の周波数が濁り、みるみるうちに凶悪な残像へと変貌していく。

 

「音骸が残像に……?まさかあの花びらの力?」

 

「あ、あなた。音骸に何をしたんですか!?」

 

「必要な犠牲なのだ……。我々の唯一の神のための、な」

 

楽しげにジルベルトが笑うと、二体の残像が襲い掛かってくる。

だが、こちらには漂泊者がいる。

 

二体程度の残像では、足止めにもならない。

 

剣を抜いた漂泊者が地面を爆ぜさせる。

一呼吸。

いや、相手が声を上げる隙すら与えず、正面の一体へ肉薄。

 

閃いた刃が、残像を断ち切った。

 

モンテリの連中が気に掛けるのも納得の出鱈目な強さだ。

 

そして、残るもう一体。

 

「――インペラトルの名において!」

 

フィービーが鋭く杖を振るい、その共鳴能力で残像の足元を『停滞』させ、縫い付ける。

その隙を逃さず、オレは手首の音痕を通じて自身の武器を出現させる。

 

かつてリジョリ群島に漂着していた、本質も、設計思想すらも解らない、出所不詳の銃。

周波数を流し込んだ瞬間、オレという存在そのものがどこか別の空間へ引きずり込まれるような不気味な錯覚に襲われる。

 

銃身を、深海の闇のような光が包む。

リナシータの現行技術では説明のつかない、気味の悪い『遺物』。

残像を一撃で消し飛ばすのに必要な溜めも、フィービーのおかげで間に合った。

 

――あとは引鉄を引くだけでいい。

 

硝煙も爆音もなく、残像だったものが黒い光に呑まれ消滅した。

 

ザンニーは威圧感のある大盾を地面に下ろし、ゆるく息を吐いた。

 

「へぇ、おかげでこっちは一歩も動かずに済んだ。仕事が減ってよかったよ」

 

「くっ……なぜだ。こうも一瞬で……」

 

ジルベルトが呻く間にも、漂泊者は無駄のない足取りで距離を詰めていく。

 

「お気の毒さま。あんた、捨て駒にされたみたいね。フィサリアファミリーにとっては日常茶飯事なのかもしれないけど」

 

……わざわざオレを見るな。

モンテリは本当に嫌味な奴らだ。

 

「ジルベルトさん、さっき言っていた『大波』と『秘密の王』とは何の――」

 

「……フィービーさん、あなたが教義に熱心なのはわかるけど、今はそんな場合じゃありません。まずはフィサリアファミリーの黒幕を暴き出さないと」

 

ザンニーの冷徹な咳払いが響く。

 

耳の奥で、耳鳴りが跳ねた。

遅れて届く、水の流れ込む音。

 

自分の中で、何かが切り替わる感覚がした。

……正直に言えば、フィサリアのメンツも名誉も、歳主への信仰ですら今のオレにはどうでもいい。

 

だが、この裏切り者は。

 

オレを信じて背中を預けてくれたフィービーの真っ直ぐな信仰を。

彼女が愛する音骸を。

 

決定的に踏みにじった。

 

それを行ったのが身内だというなら、フィサリアの人間が片付けるのが筋だ。

 

その考えが、妙に正しいもののように思えた。

 

「……その通りだ。ザンニーさん。ここからはオレの仕事です」

 

オレはこの裏切り者の眉間に、残像を撃った物とは別の銃を突き付ける。

無骨な回転式拳銃。

フィサリアの人間ならば誰しもが扱い、重みを知る冷たい鉄の塊。

 

生かすつもりは、毛頭ない。

 

「ジルベルト、最期に聞いてやる。お前如きがこんな大それたことを一人で実行できるはずがないだろう。協力者の名を全て言え」

 

「ックク……。勝ったと思っているのか?もう手遅れなんだよ!そうさ、私は単なる駒に過ぎない。だがお前たちは今、重要なものを見逃している……」

 

狂信者は銃口を恐れる様子もなく、両手を大きく広げ、天を仰ぐ。

その虚ろな視線はオレたちではなく、そよ風のヘイヴンの奥にうねる雲海へと向けられていた。

 

「それが最期の言葉でいいんだな。なら――」

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