Supersonic Derby   作:七つの混沌

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第12話 秋のファン大感謝祭と、すれ違う背中

菊花賞での劇的な大逆転劇から数週間。

史上初の「無敗の三冠ウマ娘」誕生の熱狂は、トレセン学園全体を包み込む秋のファン大感謝祭において、一つのピークに達していた。

 

「い、いらっしゃいませー! ご主人様、お嬢様!」

 

学園の中庭に設営されたクラスごとの出し物テント。その一つ、手作り感あふれる『メイド喫茶』の入り口で、フリルのついたメイド服に身を包んだスペシャルウィークが、顔を真っ赤にしながら客引きをしていた。

 

「おおっ、スペシャルウィークちゃんだ!」

「三冠おめでとう! メイド服、すっごく似合ってるよ!」

「こっちにオムライス一つお願い! ケチャップで『三冠』って書いて!」

 

次々と押し寄せるファンや学園関係者たちに囲まれ、スペは目を回しながらも持ち前の愛嬌で注文を取っていく。彼女の周りには常に人だかりができ、笑顔と祝福の声が絶えない。

 

その喧騒から少し離れたテントの裏手。

黒い帽子を目深に被り、地味なジャージ姿の「人間の専属トレーナー」日高湊は、段ボール箱に入った紙コップの補充作業を黙々とこなしていた。

 

「お姉ちゃん! あ、じゃなくて、日高トレーナー! 紙コップ、こっちにお願いします!」

「はいはい、今持っていくよ。……スペ、スカート踏まないように気をつけてね。転んだらメイドじゃなくてドジっ子属性になっちゃうよ」

 

紙コップの束を渡しながら湊がからかうと、スペは「もー、からかわないでください!」と頬を膨らませた。

 

「でも、お姉ちゃんは着なくてよかったの? メイド服」

「バカ言わないで。私は『ただの人間の新人トレーナー』なんだから。ウマ娘の祭りで裏方が目立ってどうするの。それに、そういうフリフリしたのは私の柄じゃないしね」

 

湊は苦笑いしながら手をヒラヒラと振った。

世間からは「無敗の三冠ウマ娘を育て上げた凄腕の新人トレーナー」として注目を集めているものの、湊自身は極力表に出ることを避け、こうして雑用や裏方に徹している。あくまで主役はウマ娘であり、妹であるスペだ。それが湊の徹底したスタンスだった。

 

「ほら、またお客さん呼んでるよ。行ってきな」

「うんっ!」

 

元気よくファンの輪の中へ戻っていく妹の背中を、湊は優しく見送った。

 

U U U

 

お昼過ぎ。

感謝祭のメインイベントの一つである「特設ステージ・わんこそば大食い大会」が開催される頃には、学園の熱気は最高潮に達していた。

 

「さあさあ、始まりました! トレセン学園が誇る健啖家ウマ娘たちによる、意地と胃袋のぶつかり合い!」

 

実況の声と共に、ステージ上には山積みのそばの椀が用意されている。

出場者は、学園でも一、二を争う大食いとして知られるオグリキャップをはじめ、スーパークリーク、タマモクロス、そしてクラス代表として担ぎ出されたスペシャルウィークの姿があった。

 

「スペちゃん、メイド服のままやけど大丈夫か? お腹苦しくならへん?」

「大丈夫です、タマモちゃん! 今日のために朝ごはんは軽めに済ませてきましたから!」

「いや、軽めって言うても……アンタ、どんぶり三杯食べてたやんか……」

 

タマモクロスが呆れたようにツッコミを入れる中、スタートの銅鑼が鳴り響いた。

 

「はい、じゃんじゃん! はい、どしどし!」

 

給仕役の生徒たちが次々と椀にそばを放り込んでいく。

オグリキャップは表情一つ変えずに、機械のような正確さと尋常ではないスピードでそばを吸い込み続けている。

 

「オグリキャップさん、すごいです……! 私も負けません!」

 

スペも負けじと椀を煽る。菊花賞の激闘で消費したエネルギーを補給するかのように、見事な食べっぷりで次々と椀を空にしていく。

その凄まじいデッドヒートに、観客からは割れんばかりの歓声と拍手が送られていた。

 

「……またあんなに食べて。後でホイールの刑だね、こりゃ」

 

観衆の輪のずっと後ろ、木陰のベンチに座っていた湊は、ステージ上のドタバタ劇を眺めながら小さく笑った。

手には出店で買った焼きそばのパック。一人でそれを突っつきながら、祭りの喧騒を遠巻きに楽しんでいる。

三冠ウマ娘のトレーナーとしてVIP席や関係者席に座ることもできたはずだが、湊はあえて「部外者」のような距離感を選んでいた。

 

(私は、歴史から降りた人間だからね。あの子たちの輝く世界には、これくらい離れた場所から見てるのがちょうどいい)

 

自分がウマ娘であることを隠し、過去の伝説を封印し、ただの「裏方」として妹を支える。

その生き方に後悔はなかった。スペがこうして大勢の人に愛され、輝いている姿を見られるだけで、湊の胸は満たされていた。

 

---

 

夕暮れ時。

感謝祭も終盤に差し掛かり、空は茜色に染まり始めていた。中庭では後夜祭のキャンプファイヤーの準備が進められ、ウマ娘たちとファンが入り乱れて写真撮影や談笑を楽しんでいる。

 

大食い大会でオグリキャップに次ぐ準優勝(とはいえ食べた量は常軌を逸していた)という成績を収め、すっかりお腹を満たしたスペは、ファンのサインや握手の求めに丁寧に応えていた。

 

「スペちゃん、これからの目標は?」

「はい! もっともっと強くなって、本当の『日本一』のウマ娘になることです!」

 

笑顔で答えるスペ。

菊花賞を制し、クラシック三冠という偉業を成し遂げた。世間的には、彼女はすでに同世代のトップであり、日本一に最も近い存在の一人と言っていい。

だがスペからすれば、まだ見ぬシニア級のウマ娘との戦いが残っていた。

今の時点で勝てるかは分からない。だが、いつか絶対に日本一になる。

 

(もっと強く……。お姉ちゃんと一緒に)

 

ふと、スペは群衆の頭越しに視線を巡らせた。

賑やかな輪の中心にいる自分とは対照的に、お姉ちゃんはどこで何をしているだろうか。

 

視線の先、少し離れたイチョウの木の下。

オレンジ色の夕日を背に受けて、一本の木に寄りかかるようにして立っている黒い帽子の姿を見つけた。

 

湊だった。

周囲には、楽しそうに笑い合うウマ娘たちや、トレーナーと生徒のグループがたくさんいる。

だが、湊の周りだけ、まるで透明な壁で仕切られているかのように人がいなかった。

 

誰とも言葉を交わさず。

ただ静かに、少しうつむき加減で、ターフの方角を見つめている。

 

その時、スペの胸の奥で、微かな、しかし確かな違和感が波打った。

 

(……お姉ちゃん、どうしてあんなに……ひとりぼっちに見えるの?)

 

人が溢れる学園祭の喧騒の中にいるのに。

自分という担当ウマ娘がいて、無敗の三冠という栄光を手にしたはずなのに。

なぜ、あの背中はあんなにも孤高で、冷たく、世界から切り離されているように見えるのだろうか。

 

スペは、なぜか菊花賞の最後の10秒間を思い出した。

自分でも制御しきれないほどの爆発的なエネルギーを解放し、絶対的な速度でライバルを置き去りにしたあの瞬間。

あの時、自分は「どんな相手でも、差し切れる」という勘違いをしそうになった。

 

 

 

ただ、1人だけ差せない人も、明確に思い浮かんだ。

 

 

 

 

「……お姉ちゃん」

 

スペが思わず呟いたその時、湊がふと顔を上げ、こちらを見た。

そして、いつものように帽子のツバを少しだけ上げ、柔らかく、姉らしい笑顔を向けてくれた。

 

その笑顔を見て、スペはハッと我に返った。

ファンから「スペシャルウィークちゃん?」と声をかけられ、慌てて振り返って笑顔を作る。

 

気のせいだ。お姉ちゃんは、いつも私を優しく見てくれている。私を一番に考えてくれている。

でも。

 

(なんだか、変な感じがする……)

 

祭りの賑やかな音楽と人々の笑い声の中で、スペシャルウィークの心に落ちたその小さな「違和感」の種は、確かな根を張り始めていた。

無敗の三冠ウマ娘となった彼女の本当の戦い。

絶対的な強者であり、最愛の姉でもある存在との「果てしない距離」に直面する日が、秋の深まりと共に、すぐそこまで迫っていた。

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