Supersonic Derby   作:七つの混沌

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第19話 URAファイナルズ発表、ブルーブラー復帰

年明けのトレセン学園は、新年早々、凄まじい熱狂と混乱の渦に包まれていた。

 

事の発端は、秋川理事長から全校生徒へ向けて発表された特大のサプライズだった。

次年度より、学園とURAが総力を挙げて新設する最高峰のレース『URAファイナルズ』の開催。トゥインクル・シリーズとドリームトロフィーリーグの垣根を越え、世代の頂点を決めるというその構想だけで、学園中が湧き上がった。

 

しかし、掲示板に貼り出された詳細な要項の片隅、そこに記載された「特例出場枠」のウマ娘の名前を見た瞬間、一部の生徒や関係者たちの間で、空気が凍りついた。

 

『特別推薦枠:ブルーブラー』

 

一部のの生徒たちは「誰、それ?」「昔のウマ娘?」と首を傾げていたが、歴史を深く知る者、そして10年前のクラシック戦線を目の当たりにしていた者たちにとっては、まさに青天の霹靂であった。

 

生徒会室では、その知らせを受けたシンボリルドルフが、窓の外のターフを見つめたまま、静かに、しかし隠しきれない震えを伴って口角を上げていた。

「……帰ってくるのか。あの、届かなかった青い背中が」

彼女はまだ、学園にいる「日高湊」という新人トレーナーがブルーブラーの仮の姿であることには気づいていない。しかし、彼女はそれを見て、ある決意を固めた。

 

一方で、チーム・リギルの部室では、東条ハナが頭を抱えていた。「本当に引っ張り出したのね、あの男……」と呟く彼女の顔には、呆れと、そして底知れぬ事態の到来を予感する緊張感が張り付いていた。

 

 

U U U

 

 

同じ頃、チーム・スピカの部室には、重く、張り詰めた空気が漂っていた。

いつもなら喧嘩をしているか、ゲームをしているか、お茶を飲んで談笑している時間だ。しかし今日ばかりは、全員が真剣な面持ちで、パイプ椅子に座る沖野トレーナーと、その横に立つスペシャルウィークを見つめていた。

 

静寂を破ったのは、トウカイテイオーだった。

彼女はハチミーの入ったコップをテーブルに置くと、真剣そのものの瞳で沖野を見た。

 

「トレーナー。ボク、共同通信杯の映像は何度も見たから言うね」

 

テイオーの声には、普段の軽快さは欠片もなかった。彼女が敬愛してやまないシンボリルドルフに唯一の黒星をつけ、しかも「故障引退」という形で逃げるように去っていった幻のウマ娘。テイオーにとって、ブルーブラーという存在は絶対に認めたくない、忌むべき壁だった。

 

「すーっごい癪だけど……ブルーブラーは、とんでもないよ。カイチョーが、まだ領域に達してなかったのもあるけど、まるで止まっているみたいに見えた。あんなの、普通のウマ娘じゃない」

テイオーは、ギュッと拳を握りしめた。

「スペちゃんのことは信じてる。でも……勝ち目なんて、本当にあるの?」

 

その切実な問いかけに、ウオッカやダイワスカーレットも息を呑んで沖野を見た。あのスペが「一歩も届く気がしない」と涙を流した相手なのだ。並大抵の相手ではないことは分かっている。

 

しかし、沖野は一切の躊躇なく、ただ一言、はっきりと告げた。

 

「ある」

 

その力強い断言に、部室の空気がわずかに揺らいだ。

「さっすがトレーナー♪」

ゴールドシップが、どこから取り出したのかルービックキューブをカチャカチャと回しながら、ニヤリと笑った。

「で? その勝ち目ってのはなんだよ?」

 

沖野は立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。

「実は、菊花賞の後にあいつ……ブラーと少し話したんだがな。スペ、お前、『ソニックブースト』はあいつの真似をしたらしいな?」

 

急に話を振られ、スペは少し驚いたように目をパチクリとさせた。

「はい! 幼い頃から、お姉ちゃんに抱っこされて、その……青い光みたいなすごいスピードをたくさん体感させてもらってたんです。そしたら、私にもできるようになりました!」

 

「真似をした、ね……」

沖野は呆れたように大きなため息をつき、天井を仰いだ。

「なんで真似ができたんだと思う?」

 

「……え?」

スペはきょとんとした。真似できたから、できた。彼女にとってはそれだけのことであり、そこに疑問を差し挟む余地はなかった。

 

「はぁ……。あいつ自身も『スペは私の真似が上手いんだよー』なんて全く疑問に思ってなかったよ。揃いも揃って、まったくもってニブい姉妹だ」

沖野はガシガシと頭を掻いた。

「ただ見て、体感しただけで、あんな物理法則を無視したデタラメな急加速が真似できるわけがねえんだよ。多分……いや、間違いなく、原因は『因子継承』だ」

 

「因子継承!?」

メジロマックイーンが、ティーカップを落としそうになりながら立ち上がった。

「かのエクリプスの領域を、ポテイトーズが使ったと言われるあの……? そんな御伽噺のようなことが、現代に、本当にありえるんですの!?」

 

「逆に、他に考えられねぇんだよ」

沖野は険しい顔でマックイーンに応えた。

「ソニックブーストは、俺もあいつが現役の時、誰もいないコースでこっそり見せてもらったことがある。青いオーラが吹き出して、最高速度が上がった上にその速度に発動直後に達する。大体、時速20kmくらい上がってた。無法にもほどがある。」

 

一度沖野は息を吸う。

 

「あれは、ウマ娘の領域以上に、『特殊能力』としか言いようがない代物だ。『普通の強いウマ娘』であるスペがそれをポンと使えるとしたら、血縁以上の何か、魂の根幹に関わる因子が譲渡されたとしか考えられねぇんだよ」

 

その説明に、部室は再び水を打ったように静まり返った。

エクリプスからポテイトーズへの因子継承。ウマ娘の歴史において神話のように語り継がれる奇跡が、目の前の少女に起こっているという事実に、誰もが圧倒されていた。

 

だが、テイオーはすぐに眉をひそめた。

「ちょっと待って。真似をしたのでも因子継承でもなんでもいいケドサ、それってあの共同通信杯の時の異常な走りに、さらにソニックブーストが加わるってことでしょ?」

「そうなるな」と沖野が頷く。

 

「テイオーがそんなに言うってことは、相手は素の走りだけでもとんでもねえバケモンなんだろ?」

ウオッカが顔をしかめた。「そこにブーストまで乗っかってくるなら、ますます勝ち目がねぇんじゃねぇか?」

 

沖野はニヤリと口角を上げた。

「だから、ここからが重要なんだ。ソニックブーストは『領域』じゃねぇ」

沖野はホワイトボードに『ソニックブースト』と『領域』という二つの単語を書き、その間に大きな線を引いた。

「別物なんだよ。だから、ソニックブーストとは別に、スペはあいつから『領域』も受け継いでいるはずなんだ」

 

「えっ……?」

スズカが不安そうに首を傾げた。「それって、スペちゃんが領域を使えるようになるのは良いことですけど……相手のブラーさんも、ブーストに加えて領域を使えるってことですよね? それも、ますますブラーさんとの差がついてるんじゃ……?」

 

「なにをやってんのよトレーナー……。わざわざ相手の強さをアピールして、私達を絶望させたいわけ?」

ダイワスカーレットがジト目で沖野を睨む。

 

だが、沖野の笑みは消えなかった。

「あいつの元担当の俺が断言するが……あいつは、自分の『領域』を知らないだろう」

 

「……え?」

スペが驚いて沖野を見た。

 

「発動条件も、その効果もな。もしかしたら自分が領域を持っているかどうかさえ気にしてないかもしれない。……だって、達するまでもないからな」

沖野の言葉は、ブルーブラーというウマ娘の底知れぬ実力を示すと同時に、彼女の決定的な「隙」を指摘していた。

「相手がいねえんだ。通常走行だけで誰もが置き去りになる。さらにおまけで好きな時に使えるブーストだ。自分の限界を引き出してくれる相手がいなきゃ、ウマ娘は領域に目覚めることすらできねえ。あいつは、強すぎるがゆえに、自分自身の底の底を知らないんだよ」

 

「なるほどなぁ」

ゴールドシップが、完成させたルービックキューブをポンと放り投げた。

「つまり、あの真っ青トゲトゲ野郎から受け継いだ領域の発動条件を、スペ自身が解き明かせば、あいつの知らない武器でぶん殴れるってことだな?」

 

「真っ青……どの辺がトゲトゲなんですの?」

マックイーンが至極真っ当なツッコミを入れたが、ゴルシは「心の目で見るんだよ」と鼻で笑った。

「こほん。……とにかく、相手の持っていない、いや、引き出せていない武器を私達が先に手にする。それが、勝ち目ということですわね」

 

「そういうことだ」

沖野はホワイトボードをバンッと叩き、スペを真っ直ぐに指差した。

 

「スペ。お前のシニア級は、あいつの領域の発動条件を探ることが大テーマになる。……今の『シューティングスター』の先にある、お前が受け継いだ本当の力だ。いいか、それを引っ張り出さない限り、あの化け物と同じ土俵には上がれねえぞ。分かったな?」

 

真っ直ぐに自分に向けられた沖野の言葉と、チームメイトたちの熱い視線。

それは、途方もない壁に挑むスペにとって、これ以上ないほど心強い道標だった。

 

お姉ちゃんは、一人じゃない。

私も、一人じゃない。

みんなが一緒に、あの果てしない高みへ手を伸ばしてくれている。

 

「はいっ!」

 

スペシャルウィークは、力強く頷いた。

その瞳には、かつてないほど強い決意と、まだ見ぬ自分の可能性への期待が、星のようにきらきらと輝いていた。

 

シニア級。

それは、絶対的な孤独の中で止まっていた時計の針を動かし、歴史の闇に消えた「青い閃光」を、本当の意味で日の当たる場所へと連れ出すための、長くて熱い戦いの始まりだった。

 

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