アン・シャーリーという名の、ちょっと様子がいい男子 作:るきのるき
冷蔵庫の無記名アイスクリームだったら食べてもいいかなあ、と、おれはマリラに聞いてみた。うーん、一応日曜学校の夏のパーティで、アンははじめてアイスクリームを口にする、ってことになってるんで、駄目かな、と、マリラは言った。今から2か月後ぐらいなんだけど、作者が頑張ればひと月後ぐらいには書けるんじゃないの。そうかな。そうだよ。頑張れよ作者。別に食べてもいいんだけど、パーティではじめて、みたいな顔をするんだよ、と、マリラは言った。今食べると別料金。なんでも別料金なんだな。コンビニでちょっと高めのリアルアイスクリームを買えるぐらいの値段だから問題ないか。
「アンはとりあえずここでお休み。ゲストのかたはここでお休みください」と、マリラは二階の予備室(スペア・ルーム)におれを案内し、仮想のアンとリアルのおれの両方に挨拶した。
室内は、楕円形のラウンデルの敷物とか、薄い緑色のカーテンとか、茶色と黒の掛け布団とか、室内で顔が洗える洗面台とか、だいたい原作のとおりなんで、興味のある人は原作読んでください。こざっぱりとして、ほどほどに広くて(ということはつまり、アン・シャーリーにとってはかなり広くて)、居心地のよさそうなところだった。
「フリーWi-Fiだから、アニメもエロ動画も見放題だよ。アボンリーだったらどこでも接続できるようになってるはず。あと、窓の外とドアの上のところに防犯カメラがあるから、夜中に変質者とか牛泥棒が出てきたら、枕元のブザーとか押せば、すぐに私かマシューが駆けつけるんで」
いたれりつくせりである。
「だけど、なんでトイレとか室内便器とかないのよ」
それを聞くとマリラは首をかしげた。
「そんなもん、必要なの。あんた、いろいろ飲み食いしたけど、トイレに行きたくなったりしてないやん」
言われて見るとそうだね。仮想世界で仮想の飲食物をいくら口からものを入れても、下から出したりしないのは、この手の異世界・仮想世界では普通なのだった。
「でも、エロ動画が見られるならトイレ必要なんだよ。男子には」
「どうして。いいじゃん、今のあんたは女子だしぃ。あと、夜中に下のキッチン言ってなんか食べたりしないようにね。太るから」
どうもここらへんの、仮想とリアルの差が不明なんだよな。
「それじゃ、女子が学校の女子トイレの中で無駄話するって設定もないのね。なんかさあ、あいつ感じ悪くね、だよねー、って、手洗いのところで悪口がハウリングになって、個室に入ってた女子高生が出られなくなる、みたいな」
「あんた、ろくでもないアニメしか見てないんだな。そういう噂話は、だいたいリンド夫人に言えば村の女子全員に伝わることになってるから。ねえ聞きました、リンドさん、みたいな。あ、これ、ここだけの話なんだけど、って最後に言うと、確実に回るね」
おれは納得した。
なお、別棟の馬小屋に風呂もあって、特に入る必要はない(入らなくても、いつまでも髪も肌もつやつやのさらさらなのである)けど、精神をリラックスさせる沐浴効果があるから、どうぞご自由に、だそうである。入浴セット(タオルと石鹸)も宿泊者用に新品のが用意してあるけど、もしご希望なら、やや薄汚れたのもあるよ、と、マリラは言った。
「しかしこの予備室を使うのも4年ぶりだねえ」
「使ってなくてもきれいだね。ああ、マリラが毎日掃除してたのか。ところで」と、おれは聞いた。
「4年前、マリラはなんのためにこの部屋を使ったの」
「え、え、えーと、え。原作に書いてなかったかな。覚えてないよ」
「マリラの双子のきょうだいが死んだんだっけ」
「それはない」と、マリラはおれの頭に軽くチョップをくらわせた。兄のマシューより力があると思われるマリラのチョップは、おれを涙目にするには十分だった。