アン・シャーリーという名の、ちょっと様子がいい男子 作:るきのるき
「よーいっとせーっ」
グリーン・ゲイブルズの2階、予備室の窓からマリラによって放り投げられたおれは、たくましい6人の青年たちによって張られた布の上に落ちた。青年たちは女子向けアニメに出てくるような、イケメンで脱ぐと腹筋が割れてる系ではなく、ガチムチの、マリラと比べても見劣りしない筋肉を、シャツ一枚の下に持っていた。
ぼよん、と落ちると、せーのっ、って感じで上に放り上げる。
ぼよん、ふわーん。ぼよよーん、ふわわーん。
おれの体は3回、宙に舞った。
「どうだ、面白いだろう、お嬢ちゃん」と、青年のひとりが言った。
これは確かに面白い。リアル世界では小学校低学年ぐらいだったら体験したことはあったかもしれないけど、ここまで派手にふわふわしたことはなかったと思うな。
「これはねえ、火事で燃えてる家の2階から、村の消防団が子供を助ける体験、というイベントなんだよ」と、マリラは上のほうから説明した。
「助けられる体験、じゃないんだ。なんか悪いな、みなさんに」
「なお、中の人はリアル世界では全員女子だからね」
たしかに、やったー、ってハイタッチしている人たちや、腕の筋肉を見せあってる人たちは、女子高生であってもおかしくない。
「じゃあ次は、これ持って上にあがってみて」と、おれは1メートルぐらいの棒に、赤い布切れが不規則に貼りつけられているものと、扇風機を渡された。
これは、おしゃれなインテリア・ショップでまれに見かける、中で暖炉の火が燃えているように見えるグッズ。
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「ヘルプ、ヘールプーッ」と、おれは偽の火みたいなのを後ろで燃やして(というより、単に扇風機でひらひらさせて)、窓の外に向かって叫んだ。
マリラは、どうしましょう、まだ中に子供が、というモーションと口の動きを、サイレント映画の一場面のように演じて、消防団(仮。本当は女子高生だと思う)の人たちに訴えかけていた。アン・シャーリーの時代には、火つけは元孤児女子の、強盗は元孤児男子の仕事だったようである。井戸に毒を入れるのは、特に男女関係なかったらしい。
青年たちは手際よく、屋敷の庭に布を広げ、おれはちゃんと飛び降りようとしたら、下の連中は右へ行ったり左へ戻ったりして、飛び込むタイミングがうまくつかめない。これもどうやら演出らしい。
「ね、ね、ねえ、これもう1回やってもいいかな」
「3回まではいいんだけど、それ以上やりたいなら別料金ね」
別料金は、旧としまえんで一番安い乗り物に乗ったときぐらいの金額だった。キッズ割引とかないの、と聞いたけど、それは身長110センチ以下だから無理かな、というのがマリラの答えだった。
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「なお、別の遊び道具もあるよ」と、予備室の窓から消防団の人たちに手を振って別れを告げたマリラは、ベッドの下から、安眠するによさそうな箱を引き出した。
「これは、棺だね」
「どうもベッドではうまく寝られない人とか、うっかり死んじゃった人のために置いてあるんだ。中は真紅のフェルト貼りで、蓋をしめておくと朝が来たのも気づかないぐらい安眠できるはず」
おれを棺に乗せてくれると、階段の上からマリラはそれを蹴り落としたので、がらがらがら、と、おれと棺は下に落ち、下のソファで仮寝をしていたマシューは飛び起きた。
「これも3回まではツアー料金に含まれてるけど、こんなことやってるといつまでも話が進まないので、そろそろ部屋に戻ってお休み」と、マリラは言った。
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おれは持ってきたバッグの中から、自分の持ち物を取り出して、三角形の机と、子供にはやや高めの椅子、およびベッドの上に広げた。普通サイズとタブレット(石版)サイズの携帯端末、充電器、煮干しその他夜食用に持ってきたおやつ、それに替えの上着と下着と寝間着。それに本。
「意外と本は持ってないんだ。ああ、今どきだとみんな電子書籍になってるからか。原書房『赤毛のアン注釈版』はリアル本だけど」と、マリラは言った。
「うん、あれ、どういうわけか電子書籍じゃ手に入らないんだよね。って、ちょっと待ってよ。ここ、仮想世界だろ。仮想世界の中では、リアル本しかない本の扱いってどうなってんだよ」
「気にすんな」と、マリラはジュラル星人のリーダーのように、力強く言った。