アン・シャーリーという名の、ちょっと様子がいい男子   作:るきのるき

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25話 アン・シャーリー、ケティ・モーリスと再会する

 その夜、どうぞごゆっくり、とろうそくの火をマリラが消したあと、おれはタブレット型の携帯端末で電子書籍を読んだ。しかし寝る前に読む本というのは実に選択が難しい。長編とか、あまりにも面白すぎる本は向いてないし、英語のテキストとしては適当なアンソロジー(詞華集)があるんで、そんなのを読んでたときもあるんだけど、どうも昔の詩はキリスト教くさいかつまらないか意味がわからないかのどれかで、あんまりいいのがないんだよね。それは日本人のアンソロジー(複数作家の短編集という意味も含む)も同じ。結局ウィキペディアの歴史・地名関係の記事をだらだら読んでたほうが疲れない、ということになりがちだ。あなたは寝る前に、どんな本を読みますか。作者は一時、岡本綺堂の、半七捕物帳を含む短編集を読んでたみたいだね。

 

 百合系統の読み放題コミック・アンソロジーを読んで、眠くなったので電源が切れるままにして(30分で自動的に切れる設定にしてあったのだった)、ぼーっとしていたら、ぶちっ、という変な音と同時に、画面がついて、そこにはおれがよく知っていた女子が写っていた。早い話が、仮想世界のおれ、アン・シャーリーである。みつあみの赤髪はほどいていて、やせていて、厳しそうな顔をしていた。こんな女子が、よく教師なんかになろうと思ったな。当時の自立した女性になるには、親のコネとかがない限りは、教師になるしか仕方がなかったんだろう。

 

「えーと、起きてる、グリーン・ゲイブルズのアン」と、携帯端末の中のアンは言った。なんだ、昔の女か。

 

「やあ、久しぶりだね、ケティ・モーリス」と、おれは答えた。大酒飲みのトマスを夫に持つ、トマスのおばさんのところにあった本棚の窓ガラスにいた子だ。つまり、最初の女ってところかな。

 

「鏡をもて見るごとく朧(おぼろ)なり~」と、ケティは言った。これは新訳聖書「コリント人への第一の手紙」に出てくる文句だな。英語だとスルー・ア・グラス・ダークリィ。アニメ『攻殻機動隊』では、ヒトによる世界認識の限界として語られる。

 

 携帯端末の中のケティは、鏡像ではなく正像で、おまけに白黒だった。あ、と気がついたケティは、リモートのスイッチと思われるところに右手を動かし、鏡像の天然色モードに変えた。

 

「ユーア、トークン、トゥ・ミー」と、ケティは鏡の中で斜めにポーズを取っておれに言った。

 

 鏡の中のヒトって、なぜか必ず映画『タクシードライバー』のトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)の物真似するんだよね。あの、ちゃかちゃか、って、右手(鏡像的には左手)の袖の中から銃を手に握るところ、かっこいいからね。

 

「今日は話があって来ました」と、アン・シャーリーの鏡像である以外は瓜二つのケティは続けていった。

 

「わたしを殺した犯人を探して」

 

 また犯人探すのかよ。

 

     *

 

「ていうか、あんた殺されてたんだ」と、おれは言った。

 

「あんた、じゃなくて、あなただよ、アン・シャーリー。アボンリーの学校を卒業する、やや前ぐらいかな」

 

「それだとだいぶ先だなあ。ケティがおれなら、もうちょっと育ってないか、いくらなんでも」

 

「そこらへんは話の都合かな」と、ケティは言った。よく見たら着ている服も、おれが孤児院から持ってきたときの寝間着よりは小ざっぱりして、小ぎれいだった。

 

「会いたかったよ、ケティ。ダイアナちゃんの次ぐらいに」

 

「えー、やっぱ次なんだ。しょうがないなあ。でも犯人当てはちゃんとしてね」

 

「……そんなの、ギルバートに決まってるだろ。アンがいなかったら、奨学金は普通にもらえてたんだから」

 

「ぶぶー」と、ケティは両手をクロスさせて大きなバツをした。

 

「そんな当たり前の犯人じゃつまらないじゃん」

 

「そうだね。それだったら、あとはダイアナちゃんぐらいしか思いつかないし。えーと、デブって言っちゃったリンド夫人とか、恥をかかせた教会の牧師とか、生徒とイチャラブしすぎてクビになった、嫌味な(1873)大塩平八郎、じゃなくてフィリップス先生とか」

 

「フィリップス先生は別に普通の先生だって。あとちゃんとプリシーと結婚して、別のところで教師続けてるはず。もうすこし大人になりなよ、アン」

 

「そうか、ゲイでもないんだね。プリシーは設定的には、おれが入学した時点で16歳だから、当時としては結婚できる年だったっけ」

 

「『はなはだ不名誉な出来栄えですな、アン・シャーリー』。どう、似てるでしょ」

 

「そんなこと言われても、おれ、まだこの世界では先生に会ってないから」

 

「じゃあ、犯人のヒントね。犯人はぁ、この家の中にいます」

 

「わかった。マシューだ」

 

 またなのか、またしてもマシューなのか。何度倒しても立ち上がる、ラスボスみたいなキャラだな。

 

「嘘つくなよ。本当は、単に仲間と作った物語部で、推理小説みたいなのを書いてる、その中の話だよね。ということは、ルビー・ギリスかジェーン・アンドリュース……みんなの合作かな」

 

「そうだね、ヒントに嘘言っちゃいけない。じゃあ別のヒント。わたしとアンは、粒あんとこしあんみたいな関係だから……」

 

「わかった……アン殺(さつ)、って、それが言いたいだけか」

 

 そしておれとケティ・モーリスとは、ひとつのおぼろ饅頭を半分に割って食べた。本当にあるんだよ、おぼろ饅頭。利休忌のときに食べるので、利休饅頭とも言うね。

 

「うぐっ……今度は渋い茶が一杯……こわい」と、ケティは死んだふりをした。

 

 しかしこの話、みんな食べたり飲んだりしてるだけになりつつあるな。

 

     *

 

 ところで、ケティがいう「犯人」は本当。つまり、「犯人 (のひとり)」は、おれ、つまりこの家の中にいるんだからね。

 

 嘘は、おれが殺された、っていうところ。それは物語の中の話だから。

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