アン・シャーリーという名の、ちょっと様子がいい男子   作:るきのるき

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26話 アン・シャーリー、ダイアナと西部劇+相撲ごっこをする

 おれ、アン・シャーリー(中の人は男子)と、その心の友であるダイアナちゃん(やはり中の人は男子)とは、シラカバ林の中にある空き地で、気絶ごっこ、じゃなくて西部劇の決闘ごっこをしていた。

 

 そういう遊びが子供たちの間で流行るのは、20世紀の半ばぐらいまでは映画、それ以降はテレビの影響が大きい。日本人ならチャンバラごっこ、それが仮面ライダーごっこになるとか、そんな感じ。ただし、映画が生まれて普及したのは20世紀のはじめからのことなので、それ以前はお芝居(演劇)でそういう「ごっこ遊び」を知ることになる。江戸とかロンドンみたいな大都会なら、丁稚の小僧でも暇を見て、豪華な芝居を一幕見席で見ることもできただろう。しかし日本もカナダも、田舎(地方)では田舎(地方)の素人芝居に毛の生えたような興行しか普通は見ることができない。アン・シャーリーって、そういうの、どこで見たり聞いたりしたんだろうね。とにかく、原作では気絶ごっこ、というのをやってるんだ。お互い首を締めあって、本当に気絶するわけじゃないよ。そんなことうかつにやってたら、実際に死んじゃうかもしれないからね。

 

 ここは西部の宿場町の大通り、のつもり。

 

 町の人たちが建物の影からひっそりと、決闘を見守ってる、つもり。

 

 おれは保安官で、ダイアナちゃんは悪者、のつもり。

 

 風が吹くなか、悪者は銃に手をかけ、おれに向けようとするところを、おれがものすごい早さで狙い撃ちする。

 

 西部劇のセオリーとしては、善玉が先に銃を抜く、ということはありえないのである。それだと正当防衛にならないからね。誰も見ていないところだとそういうことする善玉もいたかもしれないけど、町の人たちが見守ってるなかでは無理だろう。だいたい、映画を見ている人たちがいる。

 

 だーん、と、おれが口で言うと、ダイアナちゃんは、うううっ、と、大げさなモーションでばたりと倒れる。これも、後ろに倒れると役者が危ないから、前に倒れることになっている。膝からくずれおちて、胸とかおさえながら死ぬ(死んだふりをする)のもいいね。

 

 ふっ、と銃口から出る煙を吹いたあと(これ、本当にそんなことやってたかどうかはさっぱり不明である)、悪者に背を向けて立ち去ろうとする保安官に向かって、なぜか死んだはずの悪者が、伏せた姿勢のまま、ばーん、とその背中を撃つ。撃たれた保安官は、え、という顔をして、倒れる、つもり。

 

 悪者は、決闘の前にこっそり、胸に当てておいた鉄板を、からん、と投げ捨てる、つもり。

 

 せせら笑いながら、保安官のところに死に顔を見に行った悪者が、足で相手の体を仰向けにすると、クリント・イーストウッドみたいな顔でにやりと笑う保安官が立ち上がって、相手のガンベルトに手をかける。

 

 のこったのこった、のこりました保安官、悪者と左四つ。さあこれはどちらが勝つかわからない、と実況する町の人(これも実際は、おれが実況することになる)。相撲ごっこだな。テレビ中継のない時代には、型をみんなで練習して、ラジオ中継の声を真似してたんだろうね。

 

「寄り切った寄り切った。でも土俵がないから寄り切り・押し出しの技は使えない。ここでダイアナの海の回しをつかんで、出し投げの体制を取るアンの川。ねばるダイアナの海、おっと、ここで突き落とし」

 

 再び倒れたダイアナ(ダイアナの海)が、ま、待ってくれ、俺が悪かった、と、命乞いしながら片手で落とした銃を探ってるところを無表情で見ているおれ(アンの川)。伸ばされた手を片足でおさえると、頭を狙って止めをさす、つもり。

 

 なお、銃を使った殺人事件が起きた場合、警察は頭を撃った容疑者については「正当防衛の域を越えている」という判断がなされ、裁判上で問題視される、ということになっている。要するに、銃を持った悪者に対して、正当防衛と言えるのは動きを止めるため、つまり頭より下の部分を撃った場合である。

 

「ところで、なんで背中に鍋背負ってたん。悪者は背後から撃つだろう、って推測とか」と、ダイアナはおれに聞いた。

 

 おれたちは立ち上がって、お互い背中についた木の枝・葉っぱを払い落とした。

 

「いのしし鍋するときに、これがないと不便だろ」と、おれは答えた。

 

 しかし、西部劇ごっこ、って、撃たれる側のほうがかっこよく殺される演技できていいね。撃つ側は、銃口、ふっ、って吹くだけだもんな。

 

     *

 

「だいたい、あなたは話をくだらなくしすぎです」と、鏡の中のおれ(の昔の女)であるケティ・モーリスはぷんぷんである。ケティちゃんとは、一度携帯端末で会ったときに、いちいちアプリ立ち上げるの面倒だから、と言って、おれにこの時代の貴婦人だったら持っていたかもしれないコンパクト・ミラーを渡してくれた。平成の時代の携帯端末のように二つ折りになっていて、ぱかっと開けるとケティちゃんが着替えているところであわててたり(中身がおっさんだったりしたら嫌だけど)、赤いカーテンみたいなものが下がってて「本番開始まであと○分」という字幕が出てたりする。バーチャルユーチューバーと同じようなものである。

 

「そんなこと言ったってー、おれはこの話のただの登場人物だしー、おれに責任ないしー」と、おれは答えた。

 

「ときどき、私が出てきて、もうすこし話をまともなものにしなくちゃ、と思うのですよ」と、ケティは言うけど、それは難しいんじゃないかな。

 

 ケティはアン・シャーリーと同じで、美人というにはほど遠いけど、鼻の形だけはいい。ただし、正面を向いておれと話しているときは、鼻はほぼないものとして扱われるので、ぷん、として横顔を向けたときだけ見えるため、ときどきおれはケティをぷんぷんさせるのである。

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