アン・シャーリーという名の、ちょっと様子がいい男子 作:るきのるき
リリちゃんは伯爵令嬢で、ビスケット色のショートボブのはずが縦ロールつきの金色の髪になっていて(かつらか何かかな)、濃い青色のドレスと濃い灰色のヒールのある靴がよく似合っていて、アン・シャーリーであるおれよりすこし大きかった。リリちゃんは馬車の中の人とすこし話をして、その、ほぼリリちゃんと同じだけど、やや青さと灰色さが弱い服・靴の女子は、降りてきて右手を胸の上に置いて頭を下げた。これは臣下としての礼だった。
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湖に落とした紫水晶のブローチを嘆いているおれに、リリちゃんは宝箱(宝石箱)の中身を見せて、どれでも好きなのを選びねぃ、と江戸っ言葉(こ)で言った。
「はじめはパンツ一丁で、青い髪で、とほほ、って感じだったから、アン・シャーリーとはわからなかったのよ。私が飛び込むの止めたら、髪の毛が赤すぎる赤毛になったけどね」
これ、食べられるの、と、一応おれは確認した。
「んー、んんー、赤いのはリンゴの味がして毒、黄色いのはバナナの味で長すぎるから毒、黒いのはダークマターで黒すぎるから毒、白いのはスズランだからどう考えても毒、茶色のは……」
「こら、こらこらこら。なんでいちいち味見すんのよ。で、一度舐めた宝石を箱に戻すんじゃねぇ」
「うるさい、汚いこと抜かすな」
とりあえず、なんでも口に入れられるのか、この世界のものは。
おれは、落としてしまったブローチと、色も形も同じような紫水晶を選んで、これにするよ、とリリちゃんに渡した。それじゃ、これをブローチに加工するから、小一時間ほど待ってね、と、馬車に戻ろうとしたリリちゃんは、かかとの高い靴と、でこぼこした板のせいで転んで、宝石箱とその中の宝石を全部湖に落としてしまった。
今までに見たこともないきらきら加減で、無数の宝石は湖の橋の周りにちらばり、それ目がけて無数の、大きいのは2メートル、小さいのでも50センチはあるような、コイだかフナだかわからない魚が集まってむさぼり喰った。
え、え、えーっ、と動転するリリちゃんに、おれは、しーっ、と人差し指を口に当てた。
魚たちによる波はしばらく待つと消え、鏡のようになった湖面から、ぶくぶく、と、鏡の中に住んでいるおれの分身、ケティ・モーリスがあらわれた。今日は演出の都合からか、頭に花かんむりをつけて、白を中心にしたふわっとした服を着ていて、目の前にテーブルみたいなものを置いていた。テーブルには、赤いやや大きめの宝石から、紫色の普通サイズの宝石が7種類、スペクトル順に、ブローチの形で並べられていた。
「はい、この中で、アン・シャーリーが落としたブローチはどれ」
「これ、と言いたいけど、これも捨てがたいなあ。うーん、これもこれもこれも」
「あなたは嘘つきね」と、ケティは断定した。
ケティは7つの宝石に7つの紙コップをかぶせ、複雑ごちゃごちゃと動かして、スリーシェルゲームのセブンシェル版をやってみせた。
「はい、どれでしょう」
「わかんねーよ」
おれが適当に指差した紙コップを開くと、中には宝石はなく、「はずれ」と書いた紙が入っていた。
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数回それを繰り返し、おれは全部失敗した。
ケティは、とりあえず今日はこのくらいにしてあげる、と言い残して、紫水晶のブローチをおれの手に握らせ、再びぶくぶくと湖の中に潜っていった。
「わ、私の宝石は」と、リリちゃんは半泣きの顔でおれの目を見たけど、おれは黙って首を横に振った。
「そういうのは自分でなんとかしろよ、リリ」
「友だちだって言ったじゃん、アン」
「それはそれ、これはこれ、だ」
頭に来たと思われるリリちゃんは、再び馬車のほうに、今度は慎重に戻ると、どこぞへ携帯端末で連絡をしはじめた。
ダイナマイトを500本、ダイナマイト漁、という不吉な言葉が聞こえたけれど、おれはダイアナちゃんと約束してて、先を急いでたのでその場を離れた。
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「というわけです、ごめんなさい、マリラ」と、おれはブローチの本来の持ち主であるマリラに謝った。
「駄目じゃないの、そんなことをしちゃ、アン。面白い嘘でもついちゃいけないんだよ」と、マリラは笑いながら、おれにブローチを見せた。
「あー、やっぱ原作の通り、服をしまうときにブローチもうっかり一緒にしまっちゃったんだね」
「いや、これは湖の、私の友だちで半魚人のミリセントが届けてくれたのよ。お宅のお嬢さんが落としたのよね、って。あと、残りの宝石と宝石箱も、ミリセントの娘さんとその仲間が拾い集めてくれたって」
おれは飛び回りながら、宮崎駿の描く女の子のように喜んだ。
「おれ、その子と友だちになりたい。なんて名前なの」
「マーシィ」と、マリラは言った。
おれはさっそくリリちゃんと連絡を取って、ダイナマイト漁はやめさせた。
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ケティにもらった、鏡の中の紫水晶のブローチは、本物のブローチと並べて比較してみたら、裏の留め具の形が違っていた。要するに鏡像的に、左右が入れ替わっているものだった。
今晩、ケティに会ったらちゃんと礼を言って、これは返すことにしよう。