アン・シャーリーという名の、ちょっと様子がいい男子 作:るきのるき
町のサクラはそろそろ盛りを越えて、一部葉桜になりつつあり、陽気も昼間はぶるぶる震えるほどではないけど暑いというほどでもない、微妙な季節だった。
「こないだNHKのアニメ『アン・シャーリー』を見たんだけどさ」と、作者は言った。
「ああ、おれも見たよ、また悪口?」とおれは答えた。出来の悪い作品を叩くことくらい楽しいことはない。しかしこの作品は。
「なんか、思ってたより全然よかったよ」と作者はいい、おれも同感した。
「そうだね、全24話でシリーズの3巻までやるんだから、1巻を6話のペースだからね。ファスト映画見てる感じだった。ただ、最近のラノベ原作のアニメなら、6巻分ぐらい1クールでやるのもあるから、今の時代的には妥当かな、あ、水おかわりください」と、おれは言ったので、ワイングラスっぽいグラスに水をついでもらった。
「あの大きなサクラの木の下で、ってアンが指差すサクラの木が、あんまり大きく見えないのは作画的な指定ミスかな」
「それは別に脚本の高橋ナツコさんのせいじゃないけどね。なんか、ネットだとなんでもかんでも脚本家のせいにしすぎ! 「全財産だけど、とっても軽いの!」とか、アンのセリフ、いいよね」と、おれは水を一口飲んで話を続けた。
「NHK,あんたはバカげたことをしているよ!」
「ははは、それはマリラを訪ねたときのリンド夫人のセリフだね。あのグラスは少し時代的には無理がある薄さかな。おっとっと」と、作者はおれのグラスに触れて、床に落として割りそうになったところを、喫茶『黒白亭』の雇われメイドの白猫は素早く拾って、マスターのところに持っていき、新しく分厚いグラスに換えてくれた。
「で、面白いのはファストアニメにしてるだけじゃなくて、原典には多分に含まれてる宗教的な考えとか引用、だいたいカットしてるところなんだよね」と、作者は言った。
「そうそう、駅舎でのマリラがカバンを手にして言うセリフも松本侑子さんの訳では「少しも重くないの。この世での私の全財産が入っている」ってなってて、英国国教会の祈祷書からの引用だったりね」
「さすが、国際コミュニケーション学科、よく知ってるなあ」
「そんな曖昧な学科じゃないの、おれは英文学科。英文科でもないんだから」
「あー、確かそういう設定だったね、ごめんごめん。素人作家の日本語感覚でも「少しも重くないの」よりは「とっても軽いの!」のほうがアンの性格よく出てる。別に松本侑子さんの翻訳批判する気はないんだけど。実際にはその感覚が村岡花子さんのものなのかどうかは、そっちの翻訳読んでないんで曖昧な言い方で申し訳ない」
「あと、1話の最後、アンが神様にお祈りするところも、本当はマリラが正しいお祈りのしかたを教えたりするんだけど、実に簡単に切っちゃってるね。グリーンゲイブルズの家を離れて、スペンサー夫人のところに行くところも、ほんのちょっとだけマシューに手を振るだけで、「さようなら、みんな!」なんて大げさには言わない」
「比較して考えてみると、高畑勲のアニメって、アンの過去の話を語るのも含めて、全体に暗いかな。それがある種、1970年代末の時代的雰囲気でもあるんだろうか。ところで、あなたは1985年の映画『赤毛のアン』って見たっけ? アマゾン・プライムでも見られるんだけど」
「ああ、アニメのティザービジュアル、ってあの映画の影響もろ受けてるね。それも高橋ナツコさんのせいじゃないのに」
(この話は続くかもしれない)