アン・シャーリーという名の、ちょっと様子がいい男子 作:るきのるき
今日は湖のほとりで初夏のイベントがあるということで、おれは前日は興奮して眠れなかったらしい。
マリラは「あんたが私の宝石を取ったことになってるんだから、そんなに前日からウキウキしちゃだめだよ」と言った。でも実際にはおれが宝石を取っていないことは分かっているので、ウキウキしても別に問題はないのである。
出かける前に、マリラは夏服に着替えた私にアイスクリームの引換券を手渡してくれた。「念のために、ここでセーブしておいた方がいいよ。行く途中で湖に落っこちて、流されて海まで行く、なんてことになるかもしれないから」と、マリラは冗談めかして言った。
おれは4時にダイアナと待ち合わせをして、なかよくイベント会場へ向かった。そこは人がたくさんいて、AIでないものがどのくらい混じっているのか分からないけれど、人間の認証が必要ではあったのだろう。しばらく遊んだ後、「そろそろ時間だから」とおれたちはアイスクリームの無料配布の列に並んだ。列では「最後尾です」の札を最後尾の人が回すという、日本らしい整然とした並び方だった。
「悪いんだけど」とアイスクリーム配布のおばさんが言った。
「大学生の次に並んでいた君、もう売り切れちゃったよ」がっかりしたおれは諦め、ダイアナはアイスクリームを取らずにさっさとどこかへ行ってしまった。「ひどいな」と思いながら、おれは他の屋台を覗いてみた。食べ物屋はそこそこあったけれど、おれの頭はアイスクリームへの欲求でいっぱいで、他のものに気持ちを切り替えられなかった。
「マリラが言ってたのはこういうことか」と、おれは悟り、セーブポイントからもう一度やり直すことにした。今度はダイアナを無視して、一人でこっそり。
道の途中でつまずいて転びそうになったうえ、おれの手前でまたアイスクリームが売り切れていた。「なんだこれは、強制終了イベントかよ」と、おれは腹を立てた。
何度も繰り返しても、おれの1、2番目くらいのところで品切れになる。マリラの宝石のことで叱られても、うるせえクソババア、と言って列の2番目に並ぶと、先頭のやつが50人分ぐらい取っていってだめ。前日の夜にネット予約してもだめ。
「ほかの人の予約が入ってる、っていうちゃんとした理由があるんだよ」とアイスクリーム売りのおばさんは言った。
「だって、そこにアンと書いてあるだろ。おれのだろ」
「これはアンドリュース一家のものだよ」と言った。
「え、じゃあアンドリュースさん、わてに惚れとるんでっか」と私が言うと、「あのね、そういう『桂川連理柵』みたいなこと言っても、誰も分からないよ」と返されたので「確かにそうだね」と、俺も納得した。
おれだって、その話は落語の『胴乱の幸助』に出てくる話しか知らない。話の題材は、お半長と言われる心中物で、帯屋の旦那である長兵衛が、隣家のお半と心中するんだけど、お半が長兵衛にあてた手紙を、丁稚の長吉が自分あてだと勘違いする、ていうか勘違いするように仕向ける、ってエピソードがあるのね。ここで面白いのは、その「長吉」と「お半」の役を、一人二役で役者が演じるという、シェイクスピアみたいな演出があるんだ。「これ長吉、おっかしいなあ、さっきまでいたのに」「へえ、旦那様、なんぞご用で」「ちょっとお半さんが帯を見たいって来てるんだけど、あれ、お半さんは」「ここにおります」「あれ、また長吉がいなくなってる、おーい、どんならんな、長吉」「へえ」「お半さんは」「はい」。このネタもうやった? あっそう。
余談だけど、アンドリュースって名字の人、アヴォンリーにはやたら多いんだよなー。学校の生徒だけでもアリス・アンドリュース、ジェーン・アンドリュース、それにジェーンの兄のビリーでしょ、それからマティ・アンドリュース、ミニー・アンドリュース、忘れちゃいけねえプリシー・アンドリュース。それから学校の雑役をやっているティモシー・アンドリュースと、ピクニックのとき舟に乗せてくれたハーモン・アンドリュース。手抜きかよ。一応それぞれキャラは立ってるんだけど。
10回ぐらいリテイクしたあげく、おれはあきらめて、ジェーン・アンドリュースを舟から突き落としてグリーン・ゲイブルズに帰った。
「おかえり、アン。アイスクリームはどうだった?」とマリラはにやにやしながら聞いた。このババア、ちゃんと知ってやがるのな。
えーと、このあとアンはどう答えるんだっけ。
「うんまあ、その……想像を絶する味だったよ!」
さてここでみなさん、翻訳者の松本侑子さんもよかったら考えてくださいね。
つまり、本当にアンはピクニックでアイスクリームを食べられたのか、という問題。
実はピクニックに関しては、ほぼ「アンがマリラに語る話」、つまり伝聞情報でしか読者にその内容が示されていないんだ。
マリラのブローチについて嘘をついたアン・シャーリーが、ピクニックで本当はどんなことがあったのか、なんて、嘘をつかないわけがないと思わないか?