アン・シャーリーという名の、ちょっと様子がいい男子 作:るきのるき
そう言えば、今日はギルバートが登校してくるんだっけ、とおれは思って、タブレットの端をぎゅっと握りしめた。『赤毛のアン』を読んだことがある人はぼんやり覚えていて、読んでない人もなんとなく知っている石板アタックをしなければならないのだった。この時代は、石板はスレート、って言って、別にタブレットとは言わないんだけど、アン・シャーリーであるおれも含めて、机の上に置いて学習している道具は、ほどほどの大きさのタブレットで、たいていはその傍らに通常使いの携帯端末を置いている。フィリップス先生は、タコのプリシーの側に坐っていて、ノートPCを広げて、端末を通して生徒の質問に回答したりしている。正直なところ、最後部から観察されているほうが、サボっているのが丸わかりすぎて困る人もいるだろう。
突然、教室の後ろのドアが、ばたん、と開く音がして、や、やあ、ギルバート、と、緊張ぎみの先生のか細い声が聞こえた。
おれのリアル身長より10センチぐらいは大きい、痩せマッチョな男子で、両耳に複数のピアスをしている。おまけにサングラス。さらにスキンヘッドの上にはニット帽をかぶっている。
「あぁ、なんだ、今日は誰かの葬式か!」と、ギルバートは大きな声で言って、自分の席に座ると、前の女子の頭を足の裏で蹴飛ばした。
なんだこいつは、よう実の龍園か、NANAのヤスさんかよ。とにかく圧倒的な力で、この教室の雰囲気を支配している。ギルバートはサングラスを外して、おれの顔を、にや、と笑いながらみた。
たしかにギルバートの設定として「長身」「ごろつきのヘーゼルアイズ」というのは間違ってない。「カールした褐色の髪の毛」じゃなくて「体毛」かな。アバター設定として外れているものはなかった。
ちなみに、アン・シャーリーの場合のアバター設定も、それなりのゆるさはあるんだけど。
体型は、いくらガリガリでもいい。
そばかすは、いくらあってもいい。
髪の毛は、いくら赤くてもいい。
という「いくら」度なので、おれは初期設定のままで、この仮想世界で生活しているのである。
ギルバートは、おれの髪の毛をつかんで、ぐい、と体を持ち上げられたので、おれは『天空の城ラピュタ』でムスカ大佐につかまったリュシータ・トエル・ウル・ラピュタのように抵抗した。
「きょうから、こいつの名前は「にんじん」だ!」と、ギルバートは言った。原作では「にんじん」は、三つ編みがふたつだから複数形で、おまけにアン・シャーリーにしか聞こえないぐらいの声で言うはずなんだけど、おれ以外のキャラの自由度、高すぎないか?
ギルバートは手を放すと席につき、ニット帽を脱いでおれに頭を出し、ほら、と言った。
「殴るんだろ? 早くしろよ」
その頭はぼこぼこで、殴り慣れてる頭のように見えた。
いくらアン・シャーリーの癇癪でも、ヤス、じゃなくてギルバートの図体に勝てる気はしない。