アン・シャーリーという名の、ちょっと様子がいい男子 作:るきのるき
チャリティイベントに関するハモンドさんとの打ち合わせをすませ、料理と演目もあらかた決まった。
予定日は夏の避暑客があらかた帰った晩夏のとある一日。新学期がはじまるすこし前のことだった。
アンははりきって練習をしていたのだけれど、気がつくとほかの仲間の出演者はどこか別の場所に消えている。
そのほうが邪魔がないからいいや、と思って、アンはホテルの庭から海へ向かって、大声で歌の練習をした。
いつも見かける漁船は、いつもよりかなり遠くのほうを動いているのだけれど、私の歌が魅力的なら、むしろ惹かれて近づきすぎて暗礁に乗り上げるはずだろう、とアンは思った。
※
チャリティの当日。
当日の出席を確認しようと、おれはアボンリーの連絡係として動いていたダイアナと話をした。
「村のみんなはどうかな。喜んで来る、って言ってただろ。農作業用具屋の店長は」
「それがどうも、何日か前からすごい熱を出して。医者の見立てでは夏風邪だろうということで、今ふせってて、とてもいかれるような状態じゃない、とか。なんでも97度もあると話してた」
「摂氏で?」
「摂氏……なんかあんまり聞いたことのない言葉だね、アンが勝手に作ったんじゃないの。華氏に決まってるよ」
摂氏に直すと36.1度。平熱よりすこし低いぐらいの温度だ。
摂氏とは、アンデルス・セルシウスに由来する温度の単位で、ケルビン=ボルツマン定数を1.380649×10の23乗JKとすることによって定まる温度から、273.15を減じたものである。
普通の人は水が凍る温度と沸騰する温度ぐらいに漠然と覚えている。
華氏はガブリエル・ファーレンハイトに由来する温度の単位で、ケルビン温度の値を1.8倍して459.17を引いたもの。
計算が面倒くさくても、携帯端末では簡単にわかる。なんで摂氏と華氏という漢字表記になったかは、二人の姓の漢字表記の関係である。
もちろんおれが勝手に作ったものではない。ヤード・ポンド法の世界では、華氏のほうが一般的だった時代もある、というだけのことだ。
「……まあいいや。小間物屋の奥さんは」
「それが明日までに、パフスリーブのブラウスを100着作るという依頼を受けてしまったらしく」
「100着は無理だろ」
「ああそうそう、10着。とにかく今晩のイベントには出られないと」
「ああそうそう、ってのが気になるな。荒物屋さんは」
「携帯端末で連絡してみたんだけど、なぜか、ブチ、って切れちゃうのよね。しょうがないから店のほうまで確認に行くと、わたしの顔を見ると急いで店の戸締りをしはじめて、本日は休み、という看板が出てて、いくら戸を叩いても返事がない」
「郵便局の人は」
「これは本当に、今日届けなければならない石版サイズの携帯端末が100台届いて、朝一番から手助けの人も使って配送してるんだけど、留守だったり時間指定の変更があったりして、とてもイベントには間に合いそうにない、と」
「本当に、ってのはなんだよ。牧場主の旦那と奥さんは」
「今晩、子牛が生まれる、ということで、ふたりとネコがどちらもつきっきりで、ネコも含めて、あきらめてください、と」
「ネコはどうでもいいけどね。結局村の人は誰も来ないのか。学校のみんなは」
「えっ」
ジョーシー・パイは屋根から落ちて足が動かせない、ジェーンはやり残した宿題をやりはじめたらやめられなくなった、ルビーは眼病と腰痛。
「ダイアナ、あんたは」
「行けなくもないけど、親がその話を聞いたら、命にかかわるから絶対に行くな、って止められて」
「ひどいな。ギルバートだったら大丈夫だろう」
「これは安心してよ、絶対に嫌だ、ってしっかり言ってたから。で、マシューとマリラはどうなんだよ、アン」
「今朝からコルクで耳栓作ってたな。それで耳ふさいで、最後尾で寝ててもいいなら行ってやらないこともない、と約束してくれた」
結局、アンが「歌う」ということは中止になり、かわりに「朗読」なら我慢する、ということで話がまとまった。
ただし朗読の途中で、変に感情をこめたり、盛り上げたりしないこと。ユーチューバーで音楽紹介してるサッカリンさんみたいに、淡々とやること、を約束させられた。
それでも、イベントのあとの食事会には、体調不良で先に帰った者も何人かいたらしい。
原作者のモンゴメリ自身も、歌がうまかった、なんて話は聞いてないから、歌がうまい登場人物はかけなかったんじゃないかな。