アン・シャーリーという名の、ちょっと様子がいい男子 作:るきのるき
バッターボックスに誰か立ってないと、ちゃんとしたピッチャーの投球練習にならないから、と、クルミがバットを持ってかまえてくれた。バットの先をくるくる回して、いかにもヒット打つぞ、という感じで、やる気まんまんである。
これは……。
これは………。
これは…………!
あのときと同じだ、と小声でつぶやいて固まっていたら、作者に注意された。
「こら、こら、こらこらこらこら、なに勝手に回想トラウマモードになってんだよ」
金属バットの、グリップのほうで、こつこつ、と。
痛いな、と言ったら、作者も自分の頭で試して、ごめん、思った以上に痛かった、とあやまった。
*
「あのときもそのときも、あんきももないの。わたしの物語の登場人物は、そういうのない設定にしてあるんだから」
「登場人物とか設定とか、非リアルにこだわるのはともかくとして、じゃあ、村が巨人に襲われて、村人と母親が食い殺される、とか、両親が交通事故で、おれと妹だけ生き残って、引取先を親族会議して、夜の公園で不思議な女の子と出会う、とかも、ないの?」
「どこのエレン・イェーガーだよ、わたしはねえ、勇者パーティで強力なモンスターとダンジョンで出くわして、メンバーが待ち構える体勢になったところで、主人公が、あのときと同じだ、って、過去のトラウマがよみがえって身動きできなくなる、という異世界ファンタジーのテンプレが大嫌いなんだよ」
「わっ、すごく具体的な説明ありがとう。たしかに、この世界の登場人物って、リアルか非リアルかはともかくとして、過去のトラウマを含む、子ども時代の話って語られないね」
ルキフェルぐらいかな、神様との因縁みたいなところで過去になにかあったようなキャラ。
プリムラ(プリシー)はタコ型宇宙人だけど、なにしに地球に来たかは不明だし、ナナミ(ナンシー)もなんで非リアル的なまでに厨二病なのかは不明だし、ダイチ(ダイアナ)はなんで『赤毛のアン』に興味を持ったのかは不明だし。
「大丈夫だ、今のお前はひとりじゃない! 共に戦う仲間がいるじゃないか!」と、バッターボックスのクルミ(ステイシー先生)は、ゴールデンテンプレみたいな感じで大声で言った。
確かに今のおれには仲間がいる! 駆逐してやる!
という話はともかく。
*
血を吐き涙を流し汗をふき、体中の体液を毎日5リットルぐらい出しながら猛特訓に励んだみんなにも、いよいよシンキバ(ギルバート)チームとの、リアルを賭けた一戦の日がやってきた。
当日は、公営のちゃんとした草野球場を借りて、両チームの野球道具もレンタルで、え、わたしが金出すの、とほほ、と作者がとほほ感をただよわせながらそろえてくれたおかげで、勝ってもまけてもいい試合になることは間違いない。
朝一番の電車で現地につくと、おれたちはチーム名の書いてあるユニフォームに着替えた。
チーム名は………。
「覿」
え、読めないの、いやみんな知ってるはずだよ。絶対知ってるって。ユニフォームというか、そろいのTシャツを作ったとき、親父が、そんな字はない、って言い張ったので、あったらTシャツ代をただにするか、と聞いてみたけど、それは無理だった。親父は、えっ、あるんだ、と検索して驚いてましたけど。
「こうかはてきめんだ」の「てきめん」、「覿面」だね。
シンキバ(ギルバート)のチーム名は……。
「譎」
え、これも読めないのかー、ネットで明日までに検索してくるといいよ。