今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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超かぐや姫に脳を焼かれたので初投稿です。


1話

コンロの上で、深めのフライパンがぱちぱちと音を立てていた。

肉が焼け、脂が弾ける音が画面越しでも視聴者の食欲を刺激する。

 

「はい、というわけで今日は『作り置き最強メニュー』、簡単に作れて雑にうまい。

 ミートソースやっていきまーす。俺はこれで明日からの三連休を乗り切るつもり」

 

軽く言いながら、フライパンを振る。

カメラの向こうには千と数百人の視聴者。

スマホ一台での簡素な手元配信だが、その手つきには迷いがない。

 

ひき肉はすでに良い焼き色がついている。

そこにみじん切りの玉ねぎ、にんじん、セロリを投入。

じゅわっと湿った音が弾けた。

 

「ポイントはな、野菜ケチらねえこと。

 冷凍ミックスでも良いけどよ、ここで手抜くと全部ショボくなる。ここテストに出るぞ~」

 

木べらでかき混ぜながらさらっと言う。

特別な工程はない、ただの家庭料理。

だがその『雑に見えて理詰め』な感じが、俺こと高羽隼斗。

ライバー名『ジュンヨウ』の配信だ。

ま、時たま気分で凝った料理もするけど。

 

コメントが高速で流れていく。

その中で目についたコメントを適当に拾う。

 

─量やばくね?

─一人で食う量じゃねえw 合宿所か?

「作り置きっつったろ、小分けで冷凍すんだよ。毎回作るのかったるいだろ」

 

当たり前だろ、という口調で返しながら、トマト缶を開けた。

中身を一気に鍋へ投入。

ぼとり、と重たい音で落ちる赤。

 

そのまま水、コンソメ、塩胡椒。

分量はすべて目分量だが、その動きに淀みはない。

 

「で、あとは煮るだけ。はい簡単。

 あれば適当なハーブ入れるとそれっぽくなるぞ、ローリエとか」

 

ああ、でも。と一度言葉を切る。

 

「うちのリスナーの家にンなおしゃれなもんねぇか」

─は?なめんなしあるし

─ろーりえってあれだろ、うまいよな

─あったよ!ローリエ(賞味期限2025年)が!

「5年前じゃねえか、捨てろ捨てろんなもん」

 

香りが重要なのに飛びまくってかっぴかぴだろ、と軽口を叩く。

 

コメントとやり取りしながら火を少し落とし、蓋を少しずらしてかける。

湯気がゆっくりと立ち上り、部屋の空気が、一段重くなった。

 

夏だ。

夜だというのに、熱気がこもっている。

換気扇は回しているが、それでも暑い。

 

「……あっつ」

 

ぽつりとこぼす。

 

額にじわっと汗が浮く。

火の前に立ち続けているせいもあるが、それだけじゃない。

 

空気が、まとわりつくように重い。

コメントがまた流れる。

 

─エアコンつけろw

─夏に煮込みは草。正気の沙汰じゃねえ

 

「うるせえな。急に作りたくなったんだからしょうがねえだろが。

 いつも言ってんだろ、『どうせなら楽しんだもん勝ち』ってよ。

 それにこういうのはまとめて作った方が効率いいんだよ。

 ……ちっと離席して涼んでくるわ、ミュート~」

 

カメラにそう言い残して、コンロから離れた。

 

足取りは迷いなくベランダの方へ。

ガラリと窓を開けてサンダルをひっかけようとしたところで、むわっとした外気が肌を撫でた。

 

「……は?」

 

思いっきり顔を顰める。

外も暑い。

 

だが、室内よりは風がある分、数倍ましだった。

そのままベランダに出る。

節電のためとはいえ、この熱気は計算違いだ。

 

「エアコン無しは無理だったか、行けると思ったんだが。

 ……次からは料理ん時だけでも入れるかぁ」

 

遠くで、車の音がかすかに響く。

ぼんやりと空を見上げると、極彩色の流れ星が視界を横切った。

 

「ッハー、流れ星か。珍し。流星群の時期じゃねえけど」

 

その流れ星が、あろうことか市内の送電塔に直撃した。

 

――はずだった。

 

光が、弾ける。

だが送電塔には何事もない。

 

「……いやいや、珍しってレベルじゃねえな。見間違いか?

 いや、あれ当たってたよな?スマコンARモードだっけか?誤作動?」

 

反射的に目元を擦るが、スマートコンタクトは未起動のまま。

視界の端に微かにインターフェースの残像がちらついた気がしたが、通知も警告も出ていない。

 

もう一度送電塔を見る。

 

 

 

――なにも、ない。

いつも通りの夜景だ。

焦げ跡も、煙も、流れ星の痕跡すら。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

ありえない。

 

あの距離で、あの光量で。

何も起きていないはずがない。

無事なわけがない。

だが、現実は残酷なほどに静まり返っている。

虫の鳴き声が聞こえるくらいに。

小さく舌打ちした。

 

「……暑さで、脳がバグったか?」

 

 

 

そう結論づけるには、ほんの少しだけ引っかかる。

 

だが、理由は思い当たる。

 

長時間の調理。

火の熱。

軽い脱水。

幻覚の言い訳には十分な条件が揃っていた。

部屋の中から、ぐつぐつとミートソースが煮える現実の音が聞こえてくる。

 

 

 

「……配信中だったわ」

 

 

 

ため息をひとつ。

 

サンダルを脱ぎ捨てベランダから一歩、室内に戻る。

その瞬間。

 

 

 

ぱちっ

 

 

ほんの一瞬だけ、部屋の照明が明滅した。

ピタッと足が止まる。

 

 

 

「……おいおい」

 

 

 

流れ星が落ちた送電塔。

いまの一瞬の『瞬き』。

 

 

 

頭の中で点と点が嫌な繋がり方をした。

 

 

 

だが、すぐに何事もなかったように照明は安定した。

冷蔵庫のコンプレッサーも換気扇も、普段通りに動いている。

 

 

 

数秒だけ天井を見上げてから、肩をすくめた。

 

「……配信終わったらはよ寝るかぁ」

 

 

 

 

 

 

「おっけ、こんなもんだろ。冷凍するときは荒熱取れてから冷凍庫な、解凍は500wで大体7分。

 冷たい部分があったらかき混ぜてから、30秒ずつ様子見ながら追加で加熱な」

─有能すぎるまとめ助かる

─500w7分メモった

─こういう具体的なのありがてぇマジ

─700wだったらどのくらい?

「おーう今質問コメあったから拾うわ。大体w数と分数を掛けた数字を目安にすれば良いぞ。

 500w7分なら3500だから、700wなら5分だ」

 

ベランダから戻ると、リスナーと軽くやり取りをしながら完成したミートソースを一食分ずつタッパーに小分けにしていく。

 

「おーし、今日はこの辺にしとくかぁ。明日からの三連休も、まあ暇だったら配信するわ~」

─配信するわ(するとは言ってない)

─どうせ気まぐれ配信

─通知オンにしとくか…

 

「気が向いたらな~。お前ら三連休楽しめよ~」

 

─お前が楽しませろ定期

─おつ~

─おつかれー

 

配信を終了すると、そのタイミングでドタタタ、バタン。と隣室の住人が帰ってきた音が響く。

 

「お、ちょうどいいや」

 

アパートの隣室には自分と同じく一人暮らしのクラスメイトが住んでいる。

そいつは生活費に留まらず、学費まで自身で稼ぎ出して自活している超人だ。

ある日、学校の帰宅途中にへたり込んでいるそいつを自宅まで送ったら隣人だったことに驚き、節約のため、とか抜かして碌な物を食べていないことに二度驚き。

見ちゃいられねえと自宅の食材で飯を作り置きして冷蔵庫にぶち込んで以来の仲だ。

冷蔵庫の中がほぼエナジードリンクで埋まってたことにはドン引いた。

後日復調したそいつがタッパーと、材料費を返すと断固として曲げねえもんで連絡先を渡したものの、それ以来何かと差し入れをしている。

 

「(あいつ今日も授業中目ぇ開けたまま気絶してたからな、また寝てねえんだろ)」

 

今日のミートソースも三連休中持たすとは配信では言ったものの、実際には差し入れの比重が大きい。

作りすぎたから押し付ける、の体でないと受け取らないのがあいつの強情なところだ。

実際タッパー幾つか分はうちの冷凍庫には入りきらない。

 

外行き用のサンダルを履き、タッパーを入れた紙袋を片手に部屋を出る。

鍵……は、良いか徒歩0秒だし、とそのまま隣室のドアをノック。

なぜか室内で慌てている気配と―――赤ん坊の泣き声。

 

 

 

ん?と首を傾げる。

あいつ、こんな音量で配信見るか?

近所迷惑になるようなことはしねえハズだが。

不審に思い、ふとドアノブをひねる。

鍵が掛かっていない、開いている。

 

「酒寄~?なんかあったか、入って大丈夫か?」

「たっ、高羽!?いや、今はちょっとまずくて……!」

「ふやぁ~~~~~!!!!」

 

隣人の焦った声と、先ほど同様の赤ん坊の泣き声。

 

「――入るぞ」

 

返事を待たず、ドアを開けた。

 

むわっとした空気。

エナジードリンクと、妙に生活感の薄い部屋の匂い。

その中心で。

 

隣室の住人、クラスメイトの酒寄彩葉が、明らかにキャパオーバーの顔で固まっていた。

 

その腕の中には――

 

「……おい」

 

小さな赤ん坊。

顔を真っ赤にして泣き叫んでいる。

 

「いやちょっ、これはその、あの……!」

 

酒寄が何か言い訳をしようとするが、言葉になっていない。

一瞬だけ目を細め、ため息をひとつ吐きながら紙袋を足元に置く。

 

「――こっち寄越せ」

 

「は?」

 

半ば反射で、酒寄の腕から赤ん坊を受け取る。

首の座っていない体。壊れそうなほどに柔らかい感触。

 

「っ、ふえぁ……!」

 

腕の中で暴れていたそれが、一瞬だけ泣き方を変える。

 

「大丈夫かよこれ……こんな柔っちかったけか」

 

慎重に支えながら、顔を覗き込む。

酒寄は呆然とそれを見ている。

 

「いやいやいや待て待てなんでそんな落ち着いてんの!?」

 

実際のところ内心パニックではある。

8年ぶりくらいの赤ん坊との邂逅に、慌ててはいるのだが。

 

「(……鶫が赤ん坊だった頃以来か。手の位置、これで合ってたか?)

 ……落ち着いてねえよ、内心おろおろだわ。ただ――」

 

首すわってねえ子供の抱き方ってこんなんで良いんだっけか?と。

手の位置を何度も変えながら、自分の体ごと赤ん坊を軽く揺らす。

ぎこちなく、だが一定のリズムで。

 

「――いま優先はこっちだろ」

 

泣き声が、ほんの少しだけ弱まる。

 

「……あー……腹減ってんのか?それとも暑いのか?」

 

室内を見回す。

エアコンは付いていない。

 

「お前、これでエアコンもつけてねえのかよ」

「いやその、いま帰ってきたばっかだし、電気代が――」

「バカか」

 

即答だった。

 

「お前だけの場合でも問題なのに、赤ん坊だぞ。節約してる場合じゃねえだろ」

 

リモコンを拾い、迷いなく電源を入れる。

 

ぶおん、と風が回り始める。

すぐに涼しくなるわけでもないが、赤ん坊の泣き声が少しずつ落ち着いていく。

だが、まだ赤ん坊は泣き止まずぐずっている。

 

「あ~……あとは、子守歌とかか?さすがにレパートリーにねぇな」

「子守歌子守歌~……わたくしめの記憶にも御座いませんな……」

 

酒寄が笑えない冗談と共に肩を落とす。

頭を抱えようとした酒寄、その瞬間。

彼女の目に入ったのは、自室に飾っているAIライバー月見ヤチヨの神棚アクリルスタンド。

すうっと息を吸って、歌いだす。

 

――大切なメロディーは、流れてるよ――

――あなたのハートに――

 

ヤチヨのデビュー曲、『Remember』。

ワンコーラスも歌い終わらない間に、赤ん坊は腕の中で寝息を立てていた。

 

「ヤチヨパワーすげぇ~」

「……布団、寝かしていいか?」

「あ、うん。ありがと」

 

腕の中の小さな命を酒寄の布団に横たえる。

スッと腕を引き抜いて、小さく息を吐いた。

 

「……で?」

 

横目でちら、と酒寄を見る。

 

「説明、してくれるよな?」

 

 

 

酒寄は視線を右上へ逃がしながら数秒、言葉を探すように口を開閉し。

観念したように、肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~ん……七色に光るゲーミング電柱から赤ん坊が産まれた、ねぇ……。で、どうすんだ」

「え……信じて、くれるの?」

 

酒寄は目を丸くする。

まあ、頭からケツまで丸っとそのまま信じたわけじゃない。

 

「お前、荒唐無稽な嘘吐ける程器用じゃねえだろ」

「嬉しいはずなんだけどなんかムカつく」

 

酒寄以外にこんな説明をされたら、迷いなく119をコールするところではある。

あとまあ、嘘吐いてる風にも見えなかった。

 

「で、どうすんだ?警察に届けるか?」

「警察は……状況を説明できる気がしないから、無しで」

「ま、だろうな。最悪誘拐犯扱いだ」

 

どうする?育てる?いやでも……と百面相をする酒寄を横目にスマートフォンを操作。

メッセージを送り、既読とリアクションのスタンプがついたことを確認すると。

 

「どうするにしてもよ、明日から三連休だ。ってことは、お役所が開くのもまだ先」

「……とりあえず、この三連休の間は面倒見ようと思う。

 ワケわかんないけど、関わっちゃった責任があるし。その先は……その時、考える」

「りょ~かい。んじゃ、ちっと家行ってくるわ」

「家?家って……」

 

隣じゃなくて?と首を傾げる。

 

「数日の間だけでも世話すんなら何かと入用だろ。

 実家行ってベビー用品取ってくるわ。もう連絡済み」

 

メッセージアプリを開いたスマートフォンを見せびらかす。

家族のグループを映すそれには既読とリアクションのスタンプ。

 

「実家って……あんた実家が狭いから一人暮らししてるんじゃなかった?

 ベビーグッズなんて捨てちゃってるんじゃないの?」

「押入れに人が住めるってんなら住んでても良かったけどよ、夏冬地獄なんだわ断熱性無いから。

 その上エアコンも設置できねえし」

「試したことあるんかい」

「市内つっても多少時間はかかるからよ、先寝てていいぞ」

「待ってるに決まってるでしょ」

「律儀なこって」

 

酒寄の部屋を後にして自室に戻り、厚手のデニムに履き替えてジャケットを羽織る。

この暑さでやってられないが、安全には変えられない。

しっかりと戸締りをして愛車のスズキ・GSX250Rに跨り、夜の街を走る。

20分ほどで同市内にある実家に到着し、1階の車庫に愛車を停めてエンジンを切る。

鍵を開けると廊下の先のリビングには電気が点いていて、人の気配がした。

 

「ん?」

「おに~ちゃんじゃ~ん」

「まだ起きてんのか、早めに寝ろよ小4」

「良いじゃん明日っから三連休なんだから今日くらい~」

 

起きていたのは小学4年生の妹、鶫だった。

リビングのTVでサブスクの映画を見て夜更かししていたようだ。

そのTVの前のローテーブルには段ボールがひと箱。

鶫は細い棒型のチョコ菓子でそれを指しながら。

 

「おかーさんが言ってたけど、なんで赤ちゃんグッズ?

 これウチが赤ちゃんだった時のヤツだよね、ウチこんなん着てたの?」

「着てたぞ、そのうさ耳ロンパース。

 な~んか友達がよ、どっかから赤んぼ拾ってきちまったんよ」

「絶対嘘じゃ~ん」

 

チョコ菓子を咥えながら、ソファの背もたれに体を預ける鶫。

開いている段ボールにガムテープで封をして、抱えつつ。

 

「んでその赤んぼの面倒見る手伝いするから、この三連休は配信ねーかも」

「へー、珍しいね。普段あんなん言っといてなんだかんだ配信するのに。

 じゃホントなんだ赤ちゃん。見に行ってもいい?」

「見せもんじゃねえからダーメ。

 そいつ待たせてっからもう行くわ、はよ寝ろよ。おやすみ~」

「ちぇっ、おやすみ~」

 

口を尖らせ不満げな妹を尻目に、ベビー服や哺乳瓶、折り畳み式のベビーバスまでが入った段ボールを抱えて外に出る。

ツーリングネットで荷物をタンデムシートにガッチリ固定し、エンジンを始動した。

 

「やっべ、もう補導される時間じゃねえか。……ま、メット被ってりゃバレやしねえか」

 

アクセルを軽く吹かす。

行きは20分で飛ばした道を、帰りは荷物を。

そして律儀に起きて待っているであろう隣人を気遣うように、慎重にバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

警察に止められることもなく無事に帰宅すると、隣室の電気はまだ点いていた。

段ボールを一旦脇に置き、ノックをするとすぐにドアが開く。

 

「やっぱ起きてやがったか、寝てろっつったのに」

「使い走りみたいにさせといて、そんなこと出来ないって」

 

船を漕ぎ、目元を擦りながら部屋の主が応える。

 

「はいはい。ほれ、これ例のブツな」

「あ、ありがと」

 

段ボールを手渡す。

中にはベビー服に始まり、抱っこひもや哺乳瓶、沐浴用の折り畳みベビーバス。

あらかたの消耗品以外の育児用品が一通り揃っていた。

 

「中確認したら、ベビー服とか……ああ、あと布おむつとかあったらこっちに渡してくれ」

「ん?なんで?」

「洗って干しとくんだよ。そのまま着せるわけにもいかんべ」

「そのくらい、こっちでやっとくけど……」

「オメーはさっさと寝ろ。普段からロクに寝てねえ上にこれから3日間赤んぼの世話だぞ」

 

体力勝負になるんだから、と。

反論しにくいのか、酒寄はむぐぐ、と悔しそうな顔をしている。

 

「で、明日はどう動くよ。

 さしあたり、足りてねえ消耗品やら粉ミルクやらを調達する必要があるわけだが」

「開店を待って、西竹屋かドラッグストアに行こうと思ってたけど」

「おっけ、じゃあ俺が行くわ。足あるしな」

 

そう告げると、露骨に不満そうな顔をする。

わたしも行く、と言いたげだが、その視線は赤ん坊と俺を行ったり来たりしている。

 

「わかってるじゃねえか。

 俺のバイクだと乗れんのは二人までだし、そいつの面倒見る必要もある」

「でも……」

「普段からお前がヒトに頼るまい、貸しを作るまいとしてるのは見てりゃ分かるがよ」

 

一度、言葉を切って視線を合わせる。

 

「こんな非常事態の時くれえは頼れよ」

「……っ」

 

言っていることは、分かる。

分かっている。

正しいのは、間違いなく彼の方だ。

 

けれど――

 

――無理は怠けモンの言い訳や

 

頭の奥で、声が響く。

 

――助けて?そないなこと気軽に言えるのが私の娘やなんて、ほんま驚きやわ

 

ぎゅっと、奥歯を噛み締める。

 

――この世で頼れるんは自分一人や言うたよな?

 

違う。

いまは違う。

そんな場合ではないのに。

そう分かっているのに。

喉の奥が、ひどく詰まった。

何かを言おうとして――結局、何も出てこない。

 

拳をぎゅっと握って、口を結んだ。

 

「……分かってる」

 

出てきたのは、そんな言葉だけ。

 

 

 

 

 

その一言を、否定せずに受け取る。

 

「おう、分かってんなら良いんだがよ」

 

それ以上は踏み込まない。

代わりに、わざとらしく肩をすくめる。

 

「それとも二人で徒歩で買い出し行くか?赤んぼ抱えてよ」

 

一拍置いて、ニヤッと笑う。

 

「で、んなとこ学校のやつにでも見られてみろよ。

 『お前らいつの間に子どもこさえたんだ?』ってなるぞ」

「なっ……!?」

「先生に見られたらもっと面白ぇな。進路指導室直行コースだ」

 

もしかしたら親にも連絡行くかもな、とわざと軽く言う。

 

「で?それでも行くか?」

 

んぐぐぐ……と頭を抱える酒寄。

数分間たっぷり悩んだ末に、頭を下げながら口から吐いた言葉は。

 

「よろしく、お願い、します……」

 

 

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