今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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読者募集ネタになります。


Ex.花火大会を、もう一度④

夜空へ、最初の一発が打ち上がる。

 

 

 

 

ヒュゥゥゥ――

 

 

 

 

静寂を切り裂くような上昇音。

その音だけで、屋台通りを歩いていた人々が一斉に足を止めた。

 

次の瞬間。

 

 

 

 

――ドォン

 

 

 

 

夜空いっぱいに、金色の花が咲いた。

遅れて胸へ響く重低音。

空気が震え、川面が揺れる。

 

「わぁぁぁぁ!」

 

かぐやが思わず声を上げた。

金色の光が瞳いっぱいに映り込む。

 

「大きい!」

 

続いて赤。

青。

緑。

幾重にも重なった光の輪が夜空を埋め尽くしていく。

 

「綺麗……」

 

彩葉が小さく呟いた。

自然と足が止まる。

隼斗もその隣で、静かに夜空を見上げていた。

 

――十年ぶりの花火大会。

 

けれど。

 

四人で見る花火は、今日が初めてだった。

 

 

 

 

 

「……」

 

彩葉は無意識に胸へ手を当てた。

 

あの日も、こうして花火が上がった。

あの日も、同じ音だった。

同じ夜空だった。

でも、その時の自分は、花火なんて見えていなかった。

 

かぐやが月へ帰るかもしれない。

それだけが頭の中を何度も何度も巡っていた。

 

『花火が終わったら』

 

その言葉が怖かった。

 

あの日は、花火が綺麗だった記憶よりも、

「かぐやが月へ帰ってしまう」

その恐怖だけが胸に残っていた。

 

だから。

 

綺麗だったはずの花火も。

笑っていたはずの時間も。

全部、涙で滲んでいた。

 

「……彩葉」

 

隣から優しい声が聞こえた。

 

隼斗だった。

彩葉は小さく笑う。

 

「うん」

 

もう、大丈夫。

言葉にはしなかったけれど、その笑顔だけで十分伝わった。

隼斗も何も聞かなかった。

聞く必要がないことを知っていたから。

二人の前では、かぐやが子どものようにはしゃいでいた。

 

「見て見て!」

 

次々と打ち上がる花火へ指を差す。

 

「ハート!」

「今のは違うだろ」

「えぇぇ?」

「普通の丸だ」

「絶対ハートだった!」

「無理がある」

 

隼斗が笑う。

 

「じゃあ次!」

 

かぐやは真剣な表情で夜空を見上げる。

 

 

 

 

――ドォン

 

 

 

 

大輪の花。

 

「今のは?」

「菊」

「……」

「……」

「きく?」

「花の菊」

「なるほどぉ!」

 

分かったような分からないような顔で頷く。

その様子を見て彩葉も思わず笑った。

 

「ふふっ」

「笑った!」

 

かぐやが嬉しそうに振り返る。

 

「彩葉が笑った!」

「うん。なんか、嬉しくて」

 

そう言うと、かぐやも満面の笑みになる。

 

「今日はみんな笑ってるね!」

 

その言葉に、彩葉は少しだけ目を細めた。

 

本当にそうだ。

十年前は、笑っていても、どこか無理をしていた。

 

今は違う。

心から笑えている。

それだけで、この十年間は無駄じゃなかったんだと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

その少し後ろで、ヤチヨは静かに花火を見上げていた。

夜空へ咲いては消える光。

その一つ一つを、大切そうに目で追っている。

 

「どうした?」

 

隼斗が声を掛けた。

ヤチヨは少しだけ笑う。

 

「思い出してた」

「何を?」

「私が見た花火大会」

 

彩葉も振り返る。

ヤチヨは夜空を見上げたまま話し始めた。

 

「あの時は、彩葉と二人だったんだ」

 

静かな声だった。

 

「隼斗はいなかった」

 

そう、ヤチヨ(かぐや)が経験した時間軸では、隼斗は彩葉とかぐや(ヤチヨ)と同居していなかった。

 

 

 

 

だから、花火大会も。

三人ではなく。

彩葉と二人だけの思い出だった。

 

「だからさ」

 

ヤチヨは小さく笑う。

 

「こうして四人で見るのって、なんかこう、感慨深くて」

「……だからって、上書く必要はねえぞ。それはそれで、胸ん中しまっとけ」

 

隼斗がヤチヨの顔を見ずに、小さく優しい声色で呟いた。

 

「どんどん積み重ねてくもんだからな、思い出なんてのは」

「そうそう!なんたって浴衣も買ったんだからね!」

 

かぐやが指を折りながら数え始める。

 

「毎年来よう!十年後も、二十年後も、三十年後も、百年後も!」

「途中で急に飛んだなオイ」

「じゃあ、五十年!」

「まあギリか」

 

隼斗が苦笑する。

 

「百年後は流石に生きてねえよ」

「えぇ~?残念」

「残念って言うな。人間なの、私たちは」

 

「あんたらもね」と続けて、彩葉が笑いながら口を開く。

 

「でも、来年も来たいな」

「もちろん!」

 

かぐやが即答する。

 

「毎年来よう!」

「いいね」

 

ヤチヨも頷く。

 

「毎年、ここで」

 

隼斗は少しだけ照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「まぁ、お前らが来たいって言うなら、俺も付き合うわ」

「やったー!」

 

かぐやが勢いよく隼斗の腕へ抱きつく。

 

「約束ね!」

「はいはい」

「逃げちゃ駄目だからね!」

「逃げねぇよ」

 

そのやり取りに、彩葉とヤチヨが顔を見合わせて笑う。

 

「変わらないね」

「うん、隼斗は昔からこうだった」

「否定できねぇ」

 

四人の笑い声が夜風へ溶けていく。

 

その瞬間、特大のスターマインが夜空いっぱいに打ち上がった。

 

 

 

 

 

――ドドドドドドン!!

 

 

 

 

無数の花火が一斉に咲く。

 

金。

銀。

赤。

青。

紫。

 

夜空が昼間のように明るく染まる。

 

川面へ映る光。

歓声。

拍手。

 

誰もが空を見上げていた。

 

彩葉も。

隼斗も。

かぐやも。

ヤチヨも。

 

四人並んで、同じ花火を見上げる。

 

誰も泣いていない。

誰も別れを恐れていない。

 

花火は終わる。

祭りも終わる。

 

それでも、もうこの時間が終わることは怖くなかった。

 

終わっても、また次がある。

また四人で笑える。

そう思えるから。

 

 

 

夜空では最後の大輪がゆっくりと開く。

 

まるで祝福するように。

 

大きく。

優しく。

 

夏の夜空を照らしていた。

 

 

大きな拍手が川沿いへ広がる。

夜空を埋め尽くしていた光はゆっくりと消え、残るのは白い煙だけ。

 

祭囃子も少しずつ遠ざかり、屋台では店じまいの準備が始まっていた。

 

「終わっちゃったねぇ……」

 

かぐやが少しだけ名残惜しそうに空を見上げる。

 

「また来年だな」

 

隼斗が何気なく言う。

 

その一言だけで、かぐやの表情はぱっと明るくなった。

 

「うん!約束だからね!」

「はいはい」

 

笑いながら歩き出す四人。

屋台の灯りが少しずつ消えていく帰り道。

行きとは違い、誰も急いで歩かなかった。

 

花火が終わっても、この時間はまだ終わってほしくない。

 

そんな空気が四人の間に流れていた。

 

すると、かぐやがぽつりと呟く。

 

「ねぇ」

「ん?」

 

「今日ってさ」

 

少し照れ臭そうに笑う。

 

「最高の日だったね」

 

彩葉も微笑み、ヤチヨも静かに頷く。

隼斗だけが照れ隠しに鼻を掻きながら、

 

「……ま、家帰るまでが祭りだからな」

 

と言う。

 

「知ってるー!」

 

夏の夜風が四人の浴衣を揺らす。

 

川面には、もう花火は映っていない。

 

それでも四人の胸には。

今日見た一番綺麗な景色が、確かに残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家へ着く頃には、祭りの喧騒もすっかり遠くなっていた。

玄関の扉を開けると、昼間まで閉め切っていた家特有の、少しだけ籠もった空気が迎えてくれる。

 

「ただいまー!」

 

かぐやが真っ先に駆け込んだ。

 

「おかえりー!」

 

誰もいない家なのに、いつものように返事までしている。

 

「それ、自分で言ってるだけじゃねえか」

 

隼斗が苦笑すると、

 

「気分気分!」

 

とかぐやは笑った。

 

「あ、そうだ!」

 

かぐやが玄関へくるりと向き直る。

 

「おかえり!彩葉!隼斗!ヤチヨ!」

 

と、笑いながら迎えた。

迎えられた三人は顔を見合わせて、

 

「ただいま」

 

と、笑って返した。

 

四人は順番に草履を脱ぎ、居間へ上がる。

帯を少し緩めるだけで、肩の力がふっと抜けた。

 

「はぁ……」

 

彩葉が息を吐く。

 

「浴衣って可愛いけど、やっぱり少し疲れるね」

「それはあるな。帰りの電車じゃ、浴衣の人もだいぶ減ってたしな」

 

ちょっと気疲れしたわ、と言わんばかりに隼斗も頷いた。

ヤチヨは大切そうに風鈴を机の上へ置く。

 

 

 

ちりん

 

 

 

窓から入った夜風が、小さく音を鳴らした。

四人の視線が自然とそこへ集まる。

 

「綺麗……」

 

ヤチヨが小さく呟く。

その横では、かぐやが射的で取ったぬいぐるみをソファへ並べて満足そうに眺めていた。

 

「今日の戦利品!」

「戦利品って」

 

彩葉が笑う。

 

「射的だけでこんなに増えるとは思わなかったね」

「全部、隼斗のおかげ!」

「あれくらいなら大したことねぇよ」

 

いつものやり取りに、自然と笑いがこぼれる。

笑い声が静かなリビングへ広がった。

彩葉はその光景を眺めながら、そっと窓の外を見る。

 

高層階の窓から見える夜景は静かだった。

立川駅の灯りが規則正しく並び、遠くを走る中央線の電車がゆっくりと闇を横切っていく。

 

さっきまでの賑わいが嘘のように、部屋の中には穏やかな静けさだけが流れていた。

 

十年前。

 

あの夜は、花火が終わることが怖かった。

でも今日は違う。

 

花火は終わっても。

祭りは終わっても。

明日もまた、この家で笑える。

 

それが何より嬉しかった。

 

「彩葉?」

 

隼斗に呼ばれて振り向く。

 

「ぼーっとしてるけど大丈夫か?」

 

彩葉は柔らかく微笑んだ。

 

「うん。ただね」

 

少し照れながら続ける。

 

「今日、本当に楽しかったなって」

 

その言葉に、三人が顔を見合わせる。

 

「でしょ!」

「私も」

「俺も」

 

四人の笑い声が重なった。

 

その笑い声に誘われるように、机の上の風鈴が小さく揺れる。

 

ちりん――

 

澄んだ音色が、静かな夜のリビングへもう一度広がった。

ヤチヨはそっと風鈴へ触れる。

 

「これも、今日の思い出」

 

その一言に、誰も返事はしなかった。

 

返事をしなくても、みんな同じ気持ちだったから。

窓の外では、街の灯りが静かに瞬いている。

 

祭りは終わった。

夜空を彩った花火も、もうそこにはない。

 

けれど――

 

今日という一日は、きっとこれから先も何度でも思い出す日になる。

 

十年前の花火大会がそうだったように。

 

今度は悲しい記憶ではなく、笑顔と一緒に。

 

四人の、新しい思い出として。

 

 

 




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とても励みになります。

活動報告の方でネタの募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。
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