臨場感ヤバかったです。
アクションシーンはがっくんがっくん揺れたので、卒業ライブは滲んだ涙が引っ込みましたね。
とある秋口の日。
隼斗と彩葉がバチバチしていた。
とは言っても殴り合いや言い合いなどの激しい喧嘩をしているわけではない。
冷戦のように、無言で圧を掛け合っていた。
「……ね、ヤチヨ」
「……うん」
「二人、なんか雰囲気悪くない?」
「……たぶん、喧嘩かも」
「どうしよう」
「どうしようね……」
かぐやとヤチヨの二人は、隼斗の作った晩御飯を食べながら身を縮こまらせている。
その二人の前では。
「…………隼斗」
「…………ん」
ひと声呼ぶだけで、彩葉にソースを手渡す隼斗。
受け取った彩葉はというと無言でとんかつにソースを回しかけている。
喧嘩をしていてもお互いの欲しいものは分かっているようだ。
尚のこと、この二人の喧嘩の原因がわからない。
「……なんか、息ぴったりなのに、空気は最悪って変じゃない?」
かぐやが小声で言った。
「うん……なんか、逆に怖い」
ヤチヨも小さく頷く。
しばらく、無言の食事が続いた。
隼斗がリモコンを手に取って、エアコンの温度表示を確認する。
「……」
じっと画面を見つめてから、温度を一度下げた。
「……」
彩葉が、その手元をちらりと見た。
そして、無言でリモコンを取り、また一度上げた。
「……」
隼斗が、また下げる。
「……」
彩葉が、また上げる。
「……」
「……」
かぐやが、恐る恐る箸を止めた。
「あ、あのさ……」
「……なんだ、かぐや」
隼斗が、初めてこちらを見た。
「……えっと、二人とも、さっきから何やってるの?」
「エアコンの温度調整」
隼斗が短く答える。
「調整、って……喧嘩してるように見えるんだけど」
「喧嘩じゃない」
彩葉がすかさず言った。
「単に、意見が食い違ってるだけ」
「それを喧嘩っていうんじゃ……」
ヤチヨが恐る恐る口を挟む。
「俺は暑いから、下げたい」
隼斗が言う。
「私は下げすぎると寒くなるから、上げたい」
彩葉も言う。
「……それだけ?」
かぐやが目を丸くした。
「それだけって、大事なことだろ」
「体温調節、軽視しないでほしいんだけど」
「いや、それは分かるけど……」
かぐやとヤチヨが顔を見合わせた。
しばらく、リモコンを巡る攻防が続いた。
「暑いんだって」
「私は寒いんだって」
「着りゃいいだろ寒いなら」
「そっちこそ暑いなら脱げばいいじゃない」
「脱ぐのには限度があるだろ」
「家でなら半裸でも別に良いじゃん。私は気にしないわよ」
「俺が気にするわ」
「……」
「……」
かぐやとヤチヨが、揃って箸を置いた。
「「どーでもよくない?」」
二人の声が綺麗に重なった。
「「え」」
隼斗と彩葉が、同時に振り返った。
「いや、どうでもよくはないだろ」
隼斗が言う。
「体感温度の問題は」
「そうそう、快適さは大事」
彩葉も同調した。
「……さっきまで睨み合ってたのに、急に息合ってる」
かぐやが呆れたように言った。
「敵は暑さと寒さでしょ」
「私たちの箸が止まってるの、二人がやりあってるせいなんだけど」
ヤチヨが言うと、隼斗と彩葉が少し気まずそうな顔をした。
「……で、結局どうすんの~?」
かぐやが聞いた。
「どうするって……」
「実際隼斗の言うように、脱ぐには限界あるんだし」
「彩葉が上着羽織れば良いんじゃない~?」
「まあ、隼斗が半裸でもかぐやたちは気にしないけど~♪」
「その目止めろ。そんで気にしろ」
隼斗が半眼で二人を睨んだ。
「見た目の話じゃなくて、体感温度の話だっつってんだろ」
「分かってるよぉ。でも、彩葉が上着羽織るのは全然アリだと思うけど」
かぐやが言う。
「……そう言われると、それはそうなんだけど」
彩葉が渋々といった様子で認めた。
「なんで最初からそれで納得できなかったの?」
ヤチヨが不思議そうに聞いた。
「……最初からそう言われてたら、多分すんなり納得してた」
彩葉が言う。
「でも、隼斗が『下げたい』しか言わないから、なんか意地になった」
「お前もな。上げたい以外何も言わなかっただろ」
「そっちこそ」
「……」
「……」
少しだけ二人の雰囲気がピリッとし始めた。
その雰囲気を敏感に察知したかぐやとヤチヨが、また揃って箸を止めた。
「ねえ、もう一回言うけど」
「「どーでもよくない?」」
「「うっ」」
隼斗と彩葉が、同時に言葉を詰まらせる。
「じゃあかぐやが言ってあげる。彩葉は上着きて!」
「隼斗はエアコンの温度、弄らないでね~」
「……分かった」
彩葉が観念したように立ち上がって、自室へ向かう。
戻ってきたその手には紺色の薄手のカーディガン。
皆の前で袖を通した。
「これで良い?」
「良いんじゃないか」
隼斗も少し気まずそうに頷く。
「最初からそうすればよかったじゃん!」
かぐやが胸を張る。
「ね~」
ヤチヨも笑う。
「でもさ~」
ヤチヨが、しみじみと彩葉を見る。
「なによ」
「昔は『お金が掛かるから~』って、エアコン点けるのすら渋ってた彩葉がさ~」
「…………」
彩葉の動きが止まった。
「今じゃエアコンの温度で隼斗と喧嘩か~」
「…………」
「なんか、感慨深いな~」
「……ヤチヨ」
「はい?」
「それ、言う必要あった?」
「あるよ~。だって、なんか嬉しくない?」
「…………」
彩葉の頬が、じわっと赤くなる。
「別に……」
「赤くなってる~」
かぐやが横から覗き込む。
「なってない」
「なってるよ?」
「暑いだけ」
「じゃあエアコン下げる?」
「上げて」
「ほらぁ!」
「何がほらなのよ!」
「だって、さっきまで『下げたい』『上げたい』で喧嘩してたのに、今はちゃんと答えが一致したじゃん!」
「それは……」
彩葉が言葉に詰まる。
すると。
「……まあ、確かにな」
隼斗が、ぽつりと口を挟んだ。
「何が?」
かぐやが聞く。
隼斗は、彩葉のほうを見る。
「
「…………」
彩葉の顔が、今度こそ真っ赤になった。
「ちょっと、隼斗!」
「いや、事実だろ」
「それは昔の話でしょ!いま蒸し返す!?」
「そうだな」
隼斗はあっさり頷いた。
「だから、今こうして温度で喧嘩できるようになったんだろ」
「…………」
彩葉が黙る。
隼斗は、少しだけ笑った。
「ま、良いんじゃねえの」
「……?」
「また倒れるよりは、設定温度で喧嘩できるようになった今の方が」
「…………」
彩葉が、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……そうかも」
小さな声で答える。
その横で、かぐやがにっこりと笑った。
「喧嘩するんだったら、いまみたいなしょーもないのでしてほしいな~」
「深刻なやつは嫌だもんね~」
ヤチヨも続ける。
「……まあ、それもそうかもな」
隼斗が答える。
「でも、これで一件落着!」
かぐやが手を叩く。
「エアコンはそのまま!」
「彩葉はカーディガン!」
「そして晩ご飯を再開!」
「そうそう~」
ヤチヨも箸を持ち直す。
「冷めちゃうよ~」
「……ああ」
隼斗も箸を取り直した。
彩葉も席に戻る。
「……」
そのとき。
かぐやが、ふと彩葉の袖口を見た。
紺色のカーディガン。
彩葉には、かなりオーバーサイズに見える。
袖も、捲っているがそれでも余っている。
「…………あれ?」
「どうしたの?」
かぐやが聞く。
「……ねえ、彩葉」
「なによ」
「そのカーディガン……」
「これ?」
彩葉が袖をつまむ。
「うん」
かぐやがじっと見る。
「……なんか、大きくない?」
「そう?」
「うん。彩葉のカーディガンじゃなくない?」
「……」
彩葉が一瞬だけ黙る。
そして。
「あ」
小さく声を漏らした。
「……これ、隼斗のだ」
「…………」
「…………」
「…………」
食卓が静まり返った。
「え?」
かぐやの目が見開かれる。
「隼斗の!?」
「……そうみたい」
彩葉が自分の袖を見下ろす。
「いや、ちょっと待て」
隼斗もカーディガンを見る。
「本当だ、俺のじゃねえか。高校ん時のヤツだぞそれ」
「だからそう言ってるでしょ。……え、学生の時の?」
「なんでお前が俺のカーディガン着てんだよ」
「知らないわよ!部屋暗かったから自分のだと思ったの!」
「いや、なんで俺の部屋にあったやつを持ってくんだよ」
「自分の部屋に置いてあったからよ!」
「なんで俺のカーディガンが彩葉の部屋にあるんだよ」
「し、ししし知らないってば!」
「お前また勝手に持ってったのか?」
「いや私のだと思ったの!」
「…………」
かぐやとヤチヨが、また顔を見合わせる。
そして。
「……ねえ、ヤチヨ」
「……うん」
「これ……」
「うん」
「さっきよりややこしくなってない?」
「……なってるねぇ」
二人は静かに箸を置いた。
「「どーでもよくない?」」
「「いや、今度はちょっと気になる!」」
隼斗と彩葉の声が、また綺麗に重なった。
「「ほらぁ~!」」
かぐやとヤチヨが、同時に頭を抱えた。
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