今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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読者投稿ネタになります。


Ex.ナンパされるいろかぐヤチROKATSUGU

① 彩葉の場合

 

休日の昼下がり。

 

駅前の書店は、買い物帰りの客や新刊を探す人でほどよく賑わっていた。

その一角、新刊コーナーを眺めていた彩葉は、不意に声をかけられた。

 

「あの、良かったら連絡先交換しませんか?」

 

振り返ると、爽やかな笑みを浮かべた男が立っていた。

 

「え……?」

 

一瞬きょとんとしたものの、すぐに相手の意図を察した彩葉は、抱えていた本を持ち直す。

 

「あ……すみません、間に合ってます」

 

できるだけ角が立たないように、やんわりと断る。

 

こういうことは初めてではない。

高校生の頃のアルバイトでも、何度も声を掛けられた。

相手を刺激しないように、かといって期待を持たせないように。

適度な距離を保ちながら断るのは、彩葉なりに慣れていた。

 

「そんな堅いこと言わずに。コーヒーでもどうです?すぐそこに良い店あるんで」

「本当に結構なので。今日は買い物に来てるだけですから」

「じゃあ、買い物終わるまで待ってますよ」

「いえ、そういうことじゃなくて……」

 

男は笑顔を崩さないまま、少しずつ距離を詰めてくる。

彩葉はさりげなく半歩下がった。

周囲にはほかの客もいる。

大声を出すほどのことでもないし、できることなら穏便に済ませたい。

けれど、これ以上しつこくされるのも困る。

 

「すみません、本当に――」

 

そのときだった。

 

「悪い、待たせた」

 

聞き慣れた声が、すぐ隣から聞こえた。

隼斗が、何事もなかったかのように彩葉の隣に並ぶ。

片手にはエコバッグを提げていて、その口からは長ネギの青い部分がひょっこりと顔を出していた。

 

「探してた本、あったか?」

 

ごく自然な調子で、彩葉に話しかける。

 

「あ、うん。ちょうど見つかったところ」

 

彩葉もすぐに応じた。

さっきまで張っていた肩の力が、ふっと抜ける。

 

隼斗が来た。それだけで、もう大丈夫だと思えた。

男は、二人を交互に見た。

 

「……お連れの方でした?」

「連れというか、まあ、こういう関係なので」

 

隼斗はそう答えながら、彩葉の肩に軽く手を置いた。

特別なことをするでもなく、ただそこにいる。

けれど、その何気ない仕草だけで、二人の間柄は十分に伝わったらしい。

 

「ああ……そうですか。それは、お邪魔しました」

 

男は少し気まずそうに笑い、会釈をして立ち去った。

その背中が人混みに紛れていくのを見届けてから、彩葉は小さく息を吐いた。

 

「……絶妙なタイミング。測ってたでしょ」

「店に入ったときから、ちょっと様子が見えてたからな」

 

隼斗が肩をすくめる。

 

「見えてたなら、もうちょい早く来てよ」

「お前が自分で断れてたから、様子見てた」

「……そういうとこ、信頼されてるみたいで嬉しいような、複雑なような」

 

彩葉は苦笑しながら、隼斗の肩を軽く小突いた。

 

「まあ、助かったけど」

「そりゃ何より」

 

隼斗はそれだけ答えると、手に提げたエコバッグを持ち直した。

 

「つーか、ネギ買ったんだけどよ。思ったより長くて、袋からはみ出ちまってな」

「いや、見れば分かるけど。なんで今その話?」

「いや、別に。買い物の途中だったし」

「ふふっ、なにそれ」

 

彩葉は思わず笑った。

さっきまでの気まずさが、いつの間にか薄れている。

隼斗にとっては、彼女を助けることも、夕飯の買い物をすることも、同じ日常の延長なのだろう。

だからこそ、こちらも必要以上に構えずにいられる。

笑った彩葉を見て、隼斗の目尻が下がったように見えた。

 

「で、連れって何よ」

 

ふと思い出したように、彩葉が尋ねた。

 

「他に言い方あったか?」

「…………旦那、とか。夫、とか」

「それは……まあ、その、事実だけどよ」

 

隼斗が、わずかに視線を逸らした。

 

「今更照れる?」

「照れるわ」

 

あまりにも即答だった。

彩葉は一瞬きょとんとして、それから堪えきれずに吹き出した。

 

「そこは否定しないんだ?」

「それも事実だしな。そこ否定しても仕方ねえ」

「そうだけど!そうだけどさぁ……!」

 

笑いながら言い返す彩葉に、隼斗もつられて口元を緩める。

 

「……ほら、行くぞ。ほかにも買うもんあんだろ?」

「はいはい。あ、ちょっと待って。私、もう一冊だけ見たいのある」

「まだ買うのかよ」

「いいでしょ、別に!」

「はいはい」

 

呆れたように言いながらも、隼斗は歩き出しかけた足を止めて待っていた。

彩葉はそんな彼の隣に並び、今度こそ目当ての本を手に取る。

二人は、どちらからともなく笑い合いながら、書店を後にした。

 

 

 

 

 

 

② かぐやの場合

 

昼下がりのショッピングモール。

 

「待ち合わせしてみたい!」

 

買い物に出かける前、かぐやが突然そんなことを言い出した。

普段は隼斗の方が行動が早い。

出かけるにしても、待ち合わせるにしても、気づけば隼斗が先に準備を終えていることがほとんどだった。

だからこそ、今日は自分が待つ側になってみたいらしい。

 

「……別に、普通に一緒に行きゃいいだろ」

「やだ!今日はかぐやが待つ方ね!」

「……はいはい、しょーがねえなぁ」

 

結局、隼斗が折れた。

そうして二人は、あの夏に水着を買いに行ったショッピングモールの中央広場で待ち合わせすることになった。

ベンチに座り、通行人を眺めて待ち人を探していたかぐやに、一人の男が声をかけた。

 

「お姉さん、一人?」

「ん?うん!」

 

かぐやが、屈託なく答える。

 

「よかったら一緒に――」

 

そこまで言いかけたところで。

 

「おい、かぐや。な~にしてんだ?」

 

サングラスを掛けた隼斗が、背後からひょいと顔を出した。

 

「お?隼斗ぉ♪」

 

かぐやが、ぱっと振り返って笑う。

 

「おめー、なにナンパされてんだよ」

「ナンパってこれ?」

「そうだよ」

「へえ~!」

 

まるで初めて知ったとでもいうように、感心した声を上げるかぐや。

 

「へえ~じゃねえよ、ったく……」

 

隼斗が、呆れたように額を押さえた。

その様子を見て、ナンパ男が隼斗とかぐやを交互に見る。

 

「……彼氏?」

「違うよ!」

 

かぐやが、食い気味に即答した。

それを受けたナンパ男が、笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、俺と――」

「彼氏じゃなくて、旦那さん!」

 

かぐやが、満面の笑みで言い切った。

 

「…………」

 

隼斗が固まる。

 

「…………」

 

ナンパ男も固まる。

 

「ね?」

 

場の空気に気づかず、かぐやだけが得意げな顔をしていた。

男は、何度か口を開きかけては閉じ、結局「……し、失礼しました」とだけ言い残して、逃げるように去っていった。

隼斗は、その背中が見えなくなるまで無言で見送っていた。

 

「……行くかぁ」

「うん!」

 

何事もなかったかのように歩き出すかぐやの隣で、隼斗は深いため息をついた。

 

「お前なあ……」

「なに?」

 

かぐやが、きょとんとした顔で見上げる。

 

「なんでああいうとこで、簡単にあんなこと言えるんだよ」

「だって本当じゃん!」

 

かぐやが、悪びれもせずに答えた。

 

「そういう問題じゃねえんだよ……」

「じゃあ、どういう問題?」

「どういうって……いや、間違っちゃいねえんだが……」

 

隼斗が、言葉に詰まって頭をかく。

 

「間違ってないなら良くない?」

「良くないっていうか……破壊力があるんだよ、お前のそれ」

「へ?」

 

かぐやが、不思議そうに首を傾げた。

 

「お前、変な迷いも恥じらいも無しに、ただの事実として言っただろ」

「言ったけど」

「ああいうの、妙に効くんだわ……こっちに」

 

隼斗が、気まずそうに視線を逸らした。

 

「……照れてる?」

「照れてねえ」

「照れてるじゃん!顔赤いもん!」

 

かぐやが、サングラスを外して隼斗の目を覗き込む。

 

「近い近い」

「照れてる照れてる!」

「わーったわーった。照れてる、照れてるよ。悪いか」

 

隼斗が、観念したように白状した。

 

「悪くない!むしろ嬉しい!」

 

かぐやが、花が咲いたように笑う。

 

「……ったく。お前が待ち合わせしたいとか言い出すからだろ」

「でも、ああいうのもよくあるじゃん?」

 

かぐやが、楽しそうに隼斗の顔を覗き込んだ。

 

「……ああいうのって、どれだよ」

「待ってる間に声かけられて、旦那さんが迎えに来てくれるの!」

 

隼斗が、思わず足を止めた。

 

「……お前、そういうのどこで覚えた?」

「んー?なんか、そういうのもデートっぽいなって!」

 

かぐやが、けらけらと笑う。

 

「……さいですか」

 

隼斗はもう一度ため息をついたが、その口元はわずかに緩んでいた。

 

「ほら、次どこ行くんだよ」

「んーとね!あっち!」

 

かぐやは隼斗の手を取ると、ショッピングモールの奥へ向かって駆け出した。

 

「おい、走んな!」

「早く早くー!」

 

今日もまた、隼斗はかぐやに振り回される。

けれど、その手を振りほどく気は、少しもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

③ ヤチヨの場合

 

夕方の住宅街。

買い物帰りのヤチヨが、ゆったりとした足取りで歩いていた。

 

「すみません」

 

通りすがりの男性が、ふいに声をかけてくる。

 

「はい?」

 

ヤチヨが、穏やかに振り返った。

 

「突然で申し訳ないんですけど……目に入ってからずっと気になってました。……一目惚れで」

 

男性は、緊張を隠しきれない様子で、まっすぐにヤチヨを見つめる。

 

「連絡先とか、交換できませんか?」

 

ヤチヨは困ったように笑った。

 

「ありがとう。でも、ごめんね~」

 

やんわりと、けれどはっきりと断る。

普段なら、これで大抵は収まる。

ヤチヨ一人でも、十分に対応できる範囲だった。

 

ところが。

 

「少しだけ、付き合ってもらえませんか?後悔させませんから」

 

男性は、思いのほか食い下がってきた。

 

「……う~ん」

 

ヤチヨが、わずかに困ったように微笑んだ、そのとき。

 

「――ヤチヨ」

 

少し離れたところから、隼斗の声がした。

 

「……あ、隼斗」

 

ヤチヨの表情が、ふっと和らぐ。

 

「帰るぞ」

「うん」

 

迷いなく、ヤチヨが隼斗の方へ歩き出す。

その様子を見て、男性が隼斗に視線を向けた。

 

「彼氏さんですか?」

「違う」

 

即答。

 

「じゃあ……」

「夫です」

 

隼斗が、あっさりと言い切る。

そしてヤチヨが、隼斗の横に並びながら、にこにこと。

 

「妻で~す」

「……夫、婦?」

 

男性が、状況を飲み込めないまま、ぽかんと二人を見比べていた。

ヤチヨと隼斗は、特に気にする様子もなく、その場を後にする。

 

「……ごめんね、隼斗。また呼んじゃって」

 

少し歩いたところで、ヤチヨが申し訳なさそうに言った。

 

「別に謝ることじゃねえだろ」

「でも、本当は私だけで大丈夫だったのに」

「それは分かってる」

 

隼斗が、何気ない調子で答える。

 

「でも、お前が困った顔してるの見えたら、放っとけねえだろ」

「……ふふ」

 

ヤチヨが、くすりと笑みをこぼした。

 

「それにしても、早かったね。バルコニーから見えてたりした?」

「ツクヨミ経由でメッセージ送ってきただろ」

「あ、やっぱり気づいてた?」

「そりゃな。義体の裏技ってやつか?」

「ふふっ。こういうときは便利だよね~」

 

ヤチヨが、少し得意げに笑う。

 

「八千年も生きてきたのに、誰かが助けに来てくれるのって、未だに慣れないな」

「慣れなくていいだろ、別に」

「そう?」

「その方が、俺も呼ばれた甲斐があるってもんだ」

 

隼斗が、照れ隠しのように早口で言った。

 

「……ふふっ、そういうところ、ずるいなぁ」

 

ヤチヨは、満足そうに笑って、隼斗の隣に寄り添うようにして歩いた。

 

「それにしても、さっきの人。『夫婦?』って、相当混乱してたね」

「そりゃそうだろ、いきなり夫婦宣言されりゃ」

「でも、本当のことだからね」

「……気恥ずかしいな、まだ」

 

隼斗が、小さく笑いながら頷いた。

 

「……ふふっ」

 

小さく笑ったヤチヨは、「えいっ」と言いながら隼斗の腕に抱き着いた。

隼斗は眉を顰めたが、少しだけその頬は赤く染まっている。

 

「さっきは『夫です』って言ってくれたのに、そこ恥ずかしがっちゃうの?」

「ありゃその場の勢いだ」

「勢いで恥ずかしいこと言っちゃうくらい、焦ってくれたんだ?」

「揶揄うな」

「ふふ、は~い♪」

 

夕暮れの道を、二人は腕を組んでゆっくりと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

④ 鶫の場合

 

夕方、友人と別れたばかりの鶫が、一人で駅へ向かって歩いていた。

 

「ねえ、今から暇?」

 

横から、軽い調子の男が声をかけてくる。

 

「……暇じゃないです、今から帰るんで」

 

鶫が、素っ気なく答えた。

しかし、男はそれを聞いて喜色を浮かべた。

 

「帰るんなら予定ないってことっしょ?ちょっとだけ付き合ってよ」

「いや、本当に――」

 

言葉を遮るように、低い声が割って入った。

 

「鶫」

 

振り返ると、隼斗が立っている。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

鶫の表情が、ぱっと明るくなった。

 

「帰るぞ」

「うん」

 

迷いなく、鶫が隼斗の方へ歩み寄る。

その様子を見て、ナンパ男が隼斗に目を向けた。

 

「お兄さん?」

「兄です」

「……彼氏じゃなくて?」

「兄です」

 

隼斗が、同じ調子で繰り返す。

その声には、怒鳴るでも凄むでもない、ただ静かな圧があった。

 

「……」

 

男は、それ以上何も言えなくなったように押し黙る。

 

「何か?」

 

隼斗が、短く言った。

それだけだった。

 

「い、いえぇ、なにも。じゃ、じゃあ俺はこれで」

 

男は小さく首を振って、そそくさとその場を離れていった。

ところが、安心したのも束の間。

 

「お兄ちゃん、ちょっと怖いよ」

 

鶫が、少し身を引きながら言った。

 

「何がだよ」

「声」

「普通だろ」

「普通じゃない。圧強すぎ」

 

鶫が、じとっとした目で隼斗を見上げる。

 

「……とりあえず、うち来い。車で送ってやるから」

 

隼斗は、特に取り合う様子もなく、話を進めた。

 

「楽だから良いんだけどさぁ、ちょっと過保護じゃない?あと、車は?」

「車なら家だ。そこのハナフサで買い物してたとこだったからよ」

 

隼斗が、手に提げたエコバッグを軽く持ち上げる。

覗いた中には、保冷バッグに包まれた肉と、アイスの箱が見えた。

 

「冷凍のやつ入ってるから、先に家に放り込んでから車出す。お前も一緒に来い」

「……うん」

 

直前まで絡まれていたこともあって、鶫も一人で待つより隼斗についていく方を選んだ。

 

駅直結のタワーマンション。

エントランスを抜け、エレベーターで上がった先の部屋に、二人は上がり込んだ。

 

「お邪魔しまーす」

「毎回言うなそれ、もう邪魔でもねえだろ」

「礼儀ってもんがあるでしょ~。彩葉お義姉さんとヤチヨさんと、かぐやの家でもあるんだし」

「……一応、かぐやとヤチヨも義姉(あね)だぞ?」

「ヤチヨさんはともかく、かぐやはちょっと『おねえさん』って呼ばれるガラじゃなくない?」

「…………本人には言うなよ、それ」

 

隼斗がキッチンに直行し、エコバッグの中身を手早く取り出していく。

 

「ほら、お前もちょっと手伝え」

「はいはい」

 

鶫も隣に並んで、渡された保冷バッグから肉のパックを受け取った。

 

「これ、冷凍?冷蔵?」

「そっちは冷凍。アイスの箱は一番上の段な」

「了解」

 

二人で手分けしながら、次々と冷蔵庫・冷凍庫に食材を収めていく。

慣れた様子の鶫を見て、隼斗がふと口を開いた。

 

「……お前、来るたびにこういうの手伝ってくれるよな」

「お兄ちゃんの家、よく来るし。勝手知ったるってやつ」

 

鶫が、肩をすくめながら答える。

 

「それに、さっきみたいなことあった後だし。一人で突っ立って待つより、ここで手伝ってた方がマシだったし」

 

ぽつりと付け足された本音に、隼斗は一瞬だけ手を止めた。

 

「……そうか」

「そうだよ」

 

最後の袋を冷蔵庫に収め終えると、隼斗は軽く伸びをした。

 

「よし、終わり。車出すぞ」

「うん」

 

二人は連れ立って部屋を出て、地下駐車場へ向かった。

 

隼斗が車のロックを解除すると、鶫はするりと助手席に乗り込んだ。

エンジンが静かに立ち上がり、駐車場から出発する。

車内、信号待ちの静けさの中で。

 

「……お兄ちゃんって、ウチが絡まれてると怖くなるよね」

 

鶫が、ぽつりと言った。

 

「そうか?」

「そうだよ」

 

鶫が、少し呆れたように続ける。

 

「さっきも、声低くなってたし、目も笑ってなかったし」

「別に、普通に対応しただけだが」

「傍から見たら普通じゃなかったよ。それが怖いんだってば」

 

鶫は、シートに深く座り直しながら、ちらりと隼斗を見た。

 

「……まあ、でも」

 

少し間を置いて、ぼそりと付け足す。

 

「怖いけど、そういうとこ、ちょっと頼りになるとは思ってる」

「……素直に言えよ、それ」

「言ったじゃん、今。それにお兄ちゃんに素直になれとか言われたくない」

「どういう意味だそれは」

「でも、さっきのは助かった。……ありがと」

 

鶫はふいっと窓の外に視線を逃がしながら、ぶっきらぼうに言った。

隼斗は、小さく息を吐いて、前を向いたままハンドルを握り直す。

 

「……まあ、送るたびに過保護とか言われても、やめるつもりはねえけどな」

「知ってる」

 

鶫は、口元だけ少し緩めて、それ以上は何も言わなかった。

車は、夕暮れの住宅街を静かに進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

⑤ 芦花の場合

 

研究所近くの通り。

仕事を終えた芦花は、信号待ちをしながらスマホの画面を眺めていた。

今日は、彩葉やかぐや、ヤチヨ、真実、鶫たちとの女子会。

研究所にいるメンバーを迎えに来たところだった。

 

そろそろみんなも仕事が終わる頃かな~、などと考えていると。

 

「お姉さん、めっちゃ可愛いね」

 

横から、軽い調子の男が声をかけてきた。

 

「ありがと~」

 

芦花は、顔色一つ変えずに軽く返す。

 

「今からお茶しない?」

「ごめんね、そういうの興味ないの」

「いやいや、ちょっとだけ――」

「この後予定あるから」

 

やんわりと、けれど確実に断り続ける芦花。

 

慣れた対応だった。

うんざりした様子も、怯えた様子もない。

ところが、男はなかなか引き下がらなかった。

 

「そんなこと言わずにさ。ちょっとくらいいいじゃん」

 

芦花が、困ったように肩をすくめた、そのとき。

 

「……ん?」

 

少し離れたところから、こちらへ歩いてくる見慣れた姿が目に入った。

 

研究所には喫煙所がない。

そのため、隼斗はわざわざ近場の喫煙所まで一服しに来ていたのだろうか。

 

ちょうど吸い終わり、研究所へ戻る途中だったらしい。

 

「芦花」

 

隼斗が、彼女の姿に気づいて立ち止まった。

 

「あ、隼斗くん」

 

芦花が、振り返って軽く首を傾げる。

近づいてきた隼斗から、ふわりと煙草の匂いが漂った。

 

「……何してんだ?」

「ナンパされてる」

「そうか」

「うん」

 

やけにあっさりとしたやり取り。

隼斗は、特に威圧するでも、牽制するでもなく、ただ芦花の隣に普通に立った。

男が、その様子を見て聞く。

 

「え、彼氏?」

 

芦花は、一瞬だけ考えて。

 

「うん」

「!?」

 

男が、驚いたように目を見開いた。

 

「は?」

 

隼斗も、思わず声を漏らす。

 

その直後。

 

芦花が、隼斗の腕にするりと自分の腕を絡めた。

 

「ちょっと話合わせて」

 

耳元で、小さく囁く。

 

不意に腕に触れた感触と、すぐそばに寄ってきた芦花の顔。

隼斗の心臓が、どくんと大きく跳ねた。

 

――おい、いきなり何しやがる。

 

内心では盛大に動揺していたが、ここでそれを表に出すわけにもいかない。

隼斗は一瞬だけ固まったものの、すぐに何事もなかったかのような顔を取り繕った。

芦花は、そんな隼斗の内心など知る由もなく、男に向き直る。

 

「ごめんね。この人、私の彼氏だから。この後デートだし」

 

絡めた腕を軽く引き寄せながら、にこりと笑った。

 

「あ~……そういうワケだから、お引き取り願えるか?」

 

隼斗も、できるだけ平然とした声で続ける。

 

「……あ、そうなんですね。お邪魔しました」

 

男は、あっさりと引き下がり、逃げるように去っていった。

その背中が見えなくなったところで、芦花はようやく隼斗の腕を離した。

 

「……おい」

 

隼斗が、不服そうに芦花を見た。

 

「……なんで俺を使った」

「便利だったから」

「便利ってなんだよ」

 

隼斗が、半眼で芦花を見る。

 

「俺がナンパされてんのかと思ったわ」

「それはごめん」

 

芦花は、特に悪びれる様子もなく、あっさりと謝った。

 

「不倫になっちまうって」

 

隼斗が、ため息混じりにぼやく。

 

「別にいいじゃん。この場だけのことだしさ」

「だけでも困るんだよ、こっちは色々と」

「彩葉たちに正直に言えば良いんじゃない?『芦花の彼氏役やりました』って」

「余計に話がややこしくなるだろうが」

 

隼斗が、頭を抱えるように額を押さえた。

 

「……でも、まあ」

 

少し間を置いて、芦花が続ける。

 

「ナンパ、慣れてるとはいえあしらうの面倒だったから、助かった。ありがとね、隼斗くん」

 

ぽつりとした礼の言葉に、隼斗は一瞬、言葉に詰まった。

 

「……次からは、抱き着く前に言え。心臓に悪ぃ」

「善処するね」

「その言い方、絶対直す気ねえだろ」

「さあ、どうでしょ?」

 

芦花は、いつもの調子で肩をすくめた。

 

「ほら、女子会なんだろ。行くぞ」

「はーい」

 

二人は並んで、研究所の方へ歩き出した。

しばらく歩いたところで、隼斗がふと思い出したように口を開く。

 

「……なあ、芦花」

「ん~?」

「ああいうあしらい方、他でもやってんのか?」

 

何気なく尋ねたつもりだった。

 

芦花は、少し考えるように視線を上へ向ける。

それから、顎に指を当てて。

 

「ん~……ん~ん、腕まで絡めたのは隼斗くんだけかな」

 

さらりと答えた。

 

「……そうか」

 

隼斗は、前を向いたまま短く返す。

 

――いや、なんで俺だけなんだよ。

 

そう思ったものの、わざわざ口にするのも違う気がした。

すると、芦花が隣から顔を覗き込んでくる。

 

「ドキドキした?」

 

にこにこと、楽しそうな顔。

 

「色んな意味でな」

 

隼斗は、ため息混じりに答えた。

 

「ふふっ。隼斗くんだったら変な勘違いもしなさそうだし」

 

芦花は、何でもないことのように言う。

 

「……信頼なのか?それは」

 

思わず、隼斗が横目で芦花を見た。

 

「そういうことにしといて」

 

芦花は、ひらひらと手を振って、また前を向く。

 

「お前なぁ……」

 

隼斗は小さく息を吐いた。

先ほど腕に抱き着かれた感触も、芦花の言葉も、まだ妙に頭に残っている。

けれど、隣を歩く芦花は、そんな隼斗の様子に気づいているのかいないのか。

 

「今日の女子会、楽しみだな」

 

いつもどおりの調子で、楽しそうに笑っていた。

……芦花のことだから、分かっていてやっていそうだ。

 

「……ったく」

 

隼斗は、もう一度小さくぼやいて、研究所へ向かう足を進めた。

 

 

 

 

 




真実さんは旦那さんか双子ちゃんが助けてくれますからね。

かずちんさん、Zelretchさん、感想いただきありがとうございます。

お気に入り登録、ここすきをしていただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。

活動報告の方でネタの募集、こちらも活動報告でマシュマロ雑談の質問募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。

マシュマロ雑談の質問募集については期限を延長し10/25(日)とさせていただきます。
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この作品は、男をぶち込んでいます。▼男が、います。▼は?彩葉はかぐやとしかイチャイチャしないんだが。という人は見ない事をお勧めします。▼いや、別に男と彩葉がそんなにイチャイチャするという訳でもないです。▼(終盤になって怪しいとの感想が……)▼(完結しちゃったのですが、もうイチャイチャしちゃってますねぇこれは)▼


総合評価:2565/評価:7.8/完結:42話/更新日時:2026年09月05日(土) 15:21 小説情報

この生に、意味があるのなら(作者:生姜醤油)(原作:超かぐや姫!)

仮想世界ツクヨミ。そこには、とある1人のプレイヤーがいた。▼名を『影狼』、人呼んで【プロフェッサー】。▼ツクヨミ最強として君臨する彼の心は、いつも諦めと絶望に満ちていた。▼色褪せた日々を過ごす転生者――『影狼』こと景浦琥太郎。▼琥太郎の隣人にして苦学生――酒寄彩葉。▼そして、月からやってきたという謎の少女――かぐや。▼三者が出会った時、運命の歯車が動き出す。…


総合評価:545/評価:8.64/連載:10話/更新日時:2026年08月13日(木) 23:00 小説情報


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