ツクヨミ、ジュンヨウのプライベートハウス。
家主が席を外している和風建築の広間の真ん中で、ヤチヨは淡く光る小瓶を指先でくるくると回していた。
「ふふふ~。できちゃった♪」
ツクヨミには、他者の感情を動かしたユーザーに、運営からふじゅ~が支払われる仕組みがある。
誰かを笑わせても、泣かせても、感動させても、それは等しく「感情を動かした」ことになる。
そのためツクヨミの感情表現はオーバーかつ、元々感情を隠すことが難しい仕様になっている。
ヤチヨが目をつけたのは、そこだった。
「感情の出力を、ドストレートにするドリンク。名付けて『すなおドリンク(かり)』」
飲むと、感情の出力から抑制が外れる。
気持ちそのものが増えるわけではない。
内側にあるものが、そのまま外へ出るだけだ。
「プレ実装ってことで、まずは試飲してくれる人を探さないとね~」
おまけに感情の動きを数値化する都合で、効果中は光の花びらが溢れ出て視覚化される仕様だ。
試飲した時点で、被験者本人も含めた周囲の感情測定ログが自動出力されるように設定している。
そのため、効果測定も漏らしようがない。
「候補は彩葉と、かぐやと……」
かぐやは、そもそも素直すぎて差が出ない。
彩葉は時たま素直じゃない上、無理をしがちなので適任ではある。
けれど、論文の締め切り前で、ただでさえ疲れている。
何が飛び出すか分からない。
「うーん……」
そこへ、ふらりと隼斗───ジュンヨウが入ってきた。
「お?ヤチヨ、それ新アイテムか?」
「そうだよ~」
「ドリンクタイプか。飲んでみてもいいか?」
ヤチヨは小瓶を見つめたまま、考え込んでいた。
「良いよ~。ん~でも誰に飲ませようかな~。感情表現が素直じゃない人が適任だけど……」
しまいには目を瞑ってまで、深く考え込んでしまう。
だから気が付かなかった。
「乃依ちゃんとか?…………ん?」
いつの間にかジュンヨウが来ていて、手元が軽くなっていることに。
顔を上げると、空になった小瓶を持ったジュンヨウが立っていた。
「ぶどう味か。悪くねえな」
「…………飲んだ?」
「え、飲んでいいって言ったよな」
「言った。言ったけど。………………言ったね」
ヤチヨは額に手を当てた。
「ちなみに、効果は感情の出力が、ぜーんぶストレートになります」
「は?」
「内側にあるものが、全部そのまま出ちゃうの」
「……なんでそれを先に言わねえんだ」
「言う前に飲んじゃったのは隼斗で~す」
文句を言いかけて、ジュンヨウは言葉を止めた。
足元から、ぽんっ、と小さな光の花びらが弾けた。
ぽん、ぽんぽんっと、光の花びらが床から次々に舞い上がる。
「……なんだこれ」
「感情の可視化エフェクトだよ~。それが出てるってことは、問題なく効いてきたね」
「なんてもん作ってくれてんだ」
「せっかくだから、普段は聞けないこと聞いちゃおっかな~」
「マジでロクでもないモン作ったな」
「…………ね、隼斗。私のこと、どう思ってるの?」
ヤチヨは、おずおずとジュンヨウに尋ねた。
その目には好奇心と───少しばかりの恐怖。
ジュンヨウは、じっとヤチヨを見た。
いつもなら照れ隠しにそっぽを向くはずの視線が、今はヤチヨにまっすぐ向けられている。
「……ヤチヨ」
「は、はい」
「会見じゃ、照れくさいで済ませちまったけどな」
「え」
「八千年、長い間歩き続けてきたお前が、今は同じ家に帰ってくる。それが毎日、嬉しいんだよ」
光の花びらが、足元から膝まで一気に舞い上がった。
「お前が朝に『おはよう』って言うたびに、ああ、ちゃんといるなって思う」
「えぅ」
「ずっとそうしててほしい。俺が、俺たちがそうさせたい」
「……え、あ、あの」
「八千年も頑張ってきたお前に、もう我慢はさせたくねえ。我儘を言っていいんだ。もっと言え」
「…………」
「俺にも、彩葉にも、かぐやにも。全部、聞いてやる」
「…………が、我慢なんて」
「お前の我儘なら全部、叶えてやりたいんだよ。俺たち全員、そう思ってる」
「……っ」
「家族になってくれて、ありがとな」
「ま、待って!隼斗、ちょっと待って!」
ヤチヨは両手で顔を覆った。
耳まで真っ赤になっている。
「ストレートすぎるでしょ!?」
「出力が素直になるんだろ。俺は悪くねえ」
「そこも素直だね!?」
そのとき、広間の入り口から声がした。
「ヤチヨ~、呼ばれたから来たよ~!」
「あれ、隼斗もいる。……ヤチヨ、顔赤くない?」
かぐやといろPが、並んで入ってきた。
「ひぇぇ~、来ちゃったやばやば」
「……お、彩葉。ちょうどよかった」
ジュンヨウが、いろPの方へ向き直る。
「え?なに、その光。新しいエフェクト?」
「彩葉」
「な、なに」
「お前、昨日も研究室で寝てただろ」
「えっ。……う、うん、ちょっと」
「所長になっても、全部一人でやろうとするな。心配してんだよ。ずっと」
光の花びらが、いろPの足元にまで届いた。
「お前が倒れたら、俺は嫌だ。本気で嫌だ。だから、ちゃんと休め。俺が全部見てるから」
「……っ」
「頑張ってるのは知ってる。頑張りすぎなんだよ。もっと、頼れ。……頼ってくれ」
「ちょ、ちょっと」
「俺はお前と、ちゃんとじいさんばあさんになりたい。だから長生きしてほしいんだよ」
「おじっ、おばぁちゃ」
「……それとも、まだ俺は頼りないか?」
いろPは、口を開けたまま固まった。
一拍遅れて、首筋から頬まで、一気に赤くなっていく。
「な、な、ななな……」
「……お前、そんな顔もするんだな。可愛いぞ」
「待って!待って待って待って!」
いろPが両手を前にやってバタバタさせている。
ジュンヨウに顔を見られたくないのか、それともジュンヨウの顔が見られないのか。
かぐやは、そんな二人をぽかんとした顔で見ていた。
「え、隼斗、どうしたの?何かヤバいもの食べた?ってかこれ本当に隼斗!?ホンモノ!?」
「間違いなくホンモノだよ~……」
「かぐや」
「ん?」
「お前が飯食って『おいしい』って笑う顔、毎回見たくて作ってんだよ。それが一番、嬉しい」
「…………え」
「10年前のあの日。お前が来てから、人生楽しくなった。毎日、『おかえり』って言われるのが、本当に好きだ。ありがとな」
「えっ、あっ、えっ、えっ」
かぐやの顔が、みるみる赤くなった。
赤くなるだけでは足りなかったのか、耳まで真っ赤に染まったうえで、ぴょんと跳ねる。
「ど、ど、どうしよう彩葉!隼斗がおかしい!隼斗が、隼斗じゃないみたい!」
「私に聞かないで!」
「でもこういう隼斗もなんかイイ!」
「変な癖開花しないで!!」
「俺は俺だ」
「そういうとこが!」
「それとな。三人とも」
「え、まだあるの!?」
「全員、スキンシップが激しい時があるだろ」
三人の動きが、ぴたりと止まった。
「……俺も男だから、嬉しい。本当に嬉しいんだが」
ジュンヨウの周りで、光の花びらが視界を埋めるほどに舞い散っている。
「時と場所を選んでほしい。時々、我慢が利かなくなりそうな時がある」
「…………」
「…………」
「…………?」
ヤチヨは顔を覆い、いろPは明後日の方向を向き、かぐやだけが首を傾げた。
「え、ぎゅってしたらダメな時があるってこと?」
「ダメじゃない。時と場所を選べって話だ。例えば外出中に、薄着で抱き着いてくるのやめろ」
「それ、あるって事じゃん?でも隼斗、ぎゅってされたら嬉しいって言った!」
「嬉しいから困ってんだわ」
いろPが、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
ヤチヨは顔を覆ったまま、小さく頷いた。
「……善処しますぅ」
「……私も、善処します」
「かぐやは、何をどうすればいいの?」
「かぐや、お前が一番頻度高ぇんだぞ」
「そうなの!?」
そこへ、ヤチヨの目の前にぽんとウィンドウが開いた。
『感情変動値、規定値を超過しました』
『対象:月見ヤチヨ、いろP、かぐや』
『付与者:ジュンヨウ』
『ふじゅ~を支払います』
古銭のアイコンが、ちゃりちゃりと弾けた。
「……あ」
ヤチヨが、気まずそうに画面を見る。
「ふじゅ~、払い出し始まっちゃった」
「は?」
ジュンヨウの手元にも、ウィンドウがぽんと開く。
古銭のアイコンが連続して降ってくる。三桁、四桁、さらに桁が増えていく。
「…………待て。なんだこの額」
「三人ぶん。しかも、規定値を大きく超えてるから、ボーナス加算も入ってる」
「俺は何もして――」
言いかけたところで、足元に散っていた光の花びらが、すうっと消えた。
「あ、切れた」
「…………」
「感情の出力が一定量を超えると、自動で終わるようにしてたんだよね。安全装置」
「…………」
「隼斗?」
ジュンヨウは、顔を片手で覆った。
指の隙間から見える頬が、じわじわと赤くなっていく。
「……俺、何て言った」
「全部覚えてるでしょ」
「……殺せ、もしくは記憶消してくれ。俺のだけで良い」
「物騒だなぁ」
「FUSHIどこだ、アイツならそう言うの出来んだろ」
「出来るけど、後遺症の有無は保証できないし~」
「だから俺だけで良いって言ってる」
「ヤッチョたちがそれを良しとすると思って~?」
彩葉が、ようやく息を吐いた。
「……あのさ、ヤチヨ」
「はい」
「録画、してないよね」
「残念だけど、突然の実験だったから動画は撮れてないんだ~」
「ほっ……」
「でも感情測定ログは自動出力だから残ってるよ♪」
「ああ、でもログなら隼斗のだけか」
「ううん、周囲のも含めたヤツだよ」
「消して!!」
「かぐやは保存したい!!」
「やめろォ!!」
ジュンヨウは、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「……ヤチヨ」
「はい」
「そのふじゅ~、全部突き返す」
「無理だよ~。運営の規定で、感情を動かした正当な対価として付与されるものだから」
「…………」
「受け取り拒否もできないの」
「…………」
「どうする?」
ジュンヨウは顔を上げず、しばらく黙っていた。
右手で額を覆って、長く息を吸いながら天を仰いでいる。
やがて、小さな声で言った。
「……全額、家計に入れる」
「それも素直な隼斗?」
「違う!!不本意な収入だから、俺だけで使うのはスッキリしねえんだよ!」
「どうせ全部、同じ財布でしょ」
「…………」
「ありがとう」
「ありがとうね」
「ありがと~!」
三人の声が重なった。
ジュンヨウの耳が、最後に一番赤くなった。
――この日、ツクヨミの運営ログには、ひとつの記録が残された。
『すなおドリンク(かり):プレ実装テスト、完了』
『被験者の感情出力:極めて良好』
『ただし、使用には効果を説明後の被験者本人の同意を必須とする』
ochicaさん、評価いただきありがとうございます。
ブラックスミスさん、感想いただきありがとうございます。
お気に入り登録、ここすきをしていただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。
活動報告の方でネタの募集、こちらも活動報告でマシュマロ雑談の質問募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。
マシュマロ雑談の質問募集については期限を延長しておりまずが、10/25(日)までとさせていただきます。