今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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Ex.クラスメイトの酒寄

 

最初は、ただのクラスメイトだった。

 

酒寄彩葉。

都内でも名の通った進学校の、俺と同じクラス。

成績は常に学年上位。

体育では運動部のエースと並んで走って、ほとんど息も乱さない。

いつも姿勢が良くて、誰に対しても丁寧で、無駄なことは一切しない。

 

『すげぇ、完璧超人って居るもんだな』

 

そんな感想しか持っていなかった。

一人で上京してきて、バイトで生活費と学費を賄っているらしい、と噂に聞いたのは確か四月の終わりだ。

その上で、あの成績とあの体力。

 

バケモンだな、と思った。

自分とは別の生き物だと、わりと本気で思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六月の半ば。

梅雨の晴れ間で、朝からやたらと蒸していた。

放課後の通学路は、アスファルトが熱を返して、歩いているだけで汗が噴き出してくる。

 

俺は一人で帰り道を歩いていた。

昼に食った購買のパンのせいで腹が落ち着かない、なんてどうでもいいことを考えていたと思う。

 

道の端。

電柱の影に、この二か月で見慣れた制服の誰かがしゃがみ込んでいた。

最初は靴紐でも結んでるのかと思ったが、違う。

膝を抱えるように丸まって、膝と胸の間に鞄を抱えている。

 

「……おい」

 

近づいて、見覚えのある横顔に気づいた。

 

「酒寄?」

 

顔を上げた酒寄は、驚くほど白かった。

額に汗が浮いているのに、唇の色が薄い。

 

「……高羽、くん?」

「何してんだ」

「……ちょっと、立ちくらみ。すぐ治るから、気にしないで」

 

声は普段と変わらず落ち着いている。

意識もはっきりしている。受け答えもできる。

それでも、足に力が入らないのは見れば分かった。

 

 

 

 

さすがに、クラスメイトを道端に置いて帰れるほど薄情じゃない。

 

 

 

 

肩を貸そうかとも一瞬考えたが、やめた。

相手が女子だって以前に、そこまでしたらコイツはたぶん、全力で拒否する。

そういう目をしていた。

 

「鞄、貸せ」

「え」

「持つ。歩けるなら、歩け。無理なら、そのまま座ってろ。救急車呼ぶ」

「……大丈夫、だから」

「大丈夫なやつは路上にしゃがまねえよ」

 

酒寄は、何か言い返そうとして、口を閉じた。

やがて観念したのか、胸に抱えていた鞄を、おずおずと俺に差し出す。

 

受け取った鞄は、見た目の割に軽かった。

付けられているメンダコのぬいぐるみストラップが、控えめに揺れた。

 

「家、どっちだ」

「……駅の、向こう。裏の方」

「分かった。ゆっくりでいい」

 

ゆっくり立ち上がった酒寄の歩調に合わせて、並んで歩き出す。

 

 

 

 

道中で酒寄は何度か、ほんの一瞬下腹のあたりに手を当てていた。

 

本人は気づかれないようにしているつもりだったらしい。

でも、俺には見覚えのある仕草だった。

 

実家にいたころ、妹(鶫)がたまに、似たような顔をしていたことがある。

 

……まあ、いろいろ重なったんだろう。

 

口には出さなかった。

 

「……冷てえもんは、あんまり摂らねえ方がいいぞ」

「え」

「勘だ」

「……そう」

 

それきり、お互い何も言わなかった。

蝉にはまだ早い季節で、辺りはひどく静かだった。

 

 

 

 

 

 

歩いているうちに、妙な既視感を覚えた。

 

見覚えのある道だな、と思った。

いや、見覚えどころじゃない。毎日通っている道だ。

曲がり角も、自販機も、コンビニも。

 

そのまま、酒寄はうちのアパートの前で足を止めた。

 

「……ここ」

「…………は?」

 

二階に着いてすぐのドアの前で、酒寄が鍵を出した。

その部屋は、俺の部屋の隣の部屋だった。

 

「…………マジか」

「え?」

「いや、俺んち、隣」

「……え?」

 

二人して、顔を見合わせた。

数秒の沈黙。

 

「……隣に住んでたのに、全然気づかなかったのか俺」

「私も、顔を合わせたことがなかったから」

 

ビビった。

正直、かなりビビった。

 

ドアを開けて、酒寄を玄関に入れる。

玄関先で鞄を渡して帰るつもりだった。

が、ふらつく足取りを見て、そのまま上がり込んでしまった

ここで帰るのは、さすがに無責任だと思った。

 

 

 

 

 

部屋には、驚くほど物が少なかった。

勉強机、冷蔵庫に洗濯機、ローテーブルにカラーボックス。

生活感が薄いというより、必要最低限のものしか置かない、と決めているような部屋。

 

その中で一つだけ、やたらと目を引くものがあった。

 

参考書やらがぎっしり詰まったカラーボックスの上に、木製の小さな鳥居。

思ったよりしっかりしたつくりの、それの真ん中に。

 

 

 

 

月見ヤチヨの、アクリルスタンドが立っていた。

 

 

 

 

ツクヨミの管理人で、トップライバー。

推しの祭壇、というやつだろう。そういう扱いの。

やたら真剣な顔で飾られていて、周りだけ異様に整っている。

 

視線を机に移すと、梱包材の山と、納品書の端が見えた。

「月見ヤチヨ アクリルスタンド(大)」。

合計金額の桁は、高校生の財布事情にしては、景気のいい数字だった。

 

……なるほどな。

 

「座ってろ。水分、摂れ」

「……自分でやるから」

「いいから座ってろ」

 

酒寄を勉強机の椅子に座らせて、俺は台所に回った。

冷蔵庫を開けた。

 

 

 

 

 

 

エナドリが、整然と並んでいた。

それ以外には、何もなかった。

 

「…………は?」

「……なに?」

「……いや。お前、これ、飯は」

「それが、栄養補給」

「栄養じゃねえだろ、こんなもん」

 

ドン引きした。

ついさっきまで完璧超人だと思っていた相手の冷蔵庫の中身がこれだ。

落差が激しすぎる。

 

俺は何も言わず、一度部屋を出た。

自分の部屋に戻って、冷蔵庫から麦茶を出す。

冷たいまま持っていくのはやめて、レンジで少しだけ温めた。

人肌より少しぬるいくらい。

 

隣のドアをノックする。

返事はない。

もう一度ノックしてから、ノブに手をかけた。

鍵はかかっていなかった。

……閉め忘れたのか?

 

「入るぞ」

「……え」

「飲め」

「麦茶……?」

「ぬるいけど、そっちの方が今はいいだろ」

 

酒寄は、少し迷ってから、両手でコップを受け取った。

一口、二口。ゆっくり、喉が動く。

とりあえず、飲むことはできるらしい。

俺はコップを置くまで、黙って様子を見ていた。

 

「飯は食えそうか?」

 

酒寄は、ほんの少しだけ間を置いた。

 

「……大丈夫」

 

声は、さっきより少し硬かった。

大丈夫、の後ろに、見えない言葉が続いていた。

 

――だから、これ以上、借りを作らせないで。

 

そういう拒絶だった。

言葉にはしていないのに、はっきり伝わった。

 

「……そうか」

 

俺はそれ以上、何も言わずに部屋を出た。

 

 

 

 

自分の部屋に戻って、しばらく突っ立っていた。

 

夏バテ対策。

熱中症気味。

塩分とミネラル。

倒れたやつに、いきなりがっつり食わせるのも違う。

 

台所に立つ。

考えている間にも、手は勝手に動いていた。

冷凍うどんを二玉、レンジに放り込む。

その間に、冷蔵庫で寝かせていた茹で塩豚を薄切りにして、オクラは種ごとみじん切り。

チョッパーを回すたびに、オクラの粘りが糸を引く。

 

ついでに冷蔵庫から青ネギとショウガを取り出して、ネギは小口切り。

ショウガは千切りにしておく。

 

温まったうどんを氷水で締めて、一玉分ずつ丼に盛る。

塩豚とオクラを乗せて、めんつゆをぶっかけて、薬味のネギとショウガをひとつまみ。

 

丼二つ分のぶっかけうどんが、あっという間に出来上がった。

 

 

 

 

 

 

……俺は、何をやってるんだ。

 

自分で自分に突っ込みながらも丼をひとつ、トレイに乗せていた。

さっき、あんなにきっぱり「大丈夫」と言われたばかりだというのに。

 

隣のドアを、ノックする。

出てきた酒寄は、少しだけ目を丸くした。

 

「……なに、まだなんか」

「これ」

「え」

「食え」

「……いらない。大丈夫って、言った」

「お前が食わねえなら、冷蔵庫に入れてくだけだぞ」

 

「俺の分はもう他にあるんだ、これは余った分」と付け足して、押し付けるようにトレイを差し出す。

 

「別に、無理に食えとは言わねえ。冷蔵庫の中、エナドリしかねえんだ。空いてるだろ」

「…………」

「どうする?」

 

酒寄は、しばらく俺の顔と丼を見比べていた。

やがて、小さく息を吐いて、トレイを受け取った。

 

「……ありがとう。いただきます」

「おう」

「……借りは、必ず」

「借りじゃねえよ。隣人のクラスメイトに部屋ん中でぶっ倒れられたら、俺も困る」

 

そのまま、ドアが閉まった。

 

自分の部屋に戻って、ベッドに倒れ込んだ。

天井を見上げて、思う。

 

理由がねえと、受け入れねえなアイツ。

 

誰かに何かをしてもらうのを、極端に嫌がる。

貸し借りを作りたくない。

一人で、全部やろうとする。

 

そりゃ、倒れるわけだ。

完璧超人なんかじゃなかった。

 

……ただの、バケモン並に頑張りすぎる、無茶なやつだった。

 

 

 

 

 

 

翌日の教室で、酒寄はいつも通りの顔をしていた。

背筋を伸ばして、教科書を広げて、誰に対しても丁寧で。

昨日のことなんて、まるでなかったみたいに。

 

……と思っていたら、休み時間に、俺の席の横に立った。

 

「……高羽くん」

「ん」

「昨日の、うどん。お金、いくら払えばいい?」

 

酒寄は財布を手に持っていた。

やっぱりな、と思った。

 

「は?いらねえよ」

「材料費と、手間賃。ちゃんと払うから」

「だから、いらねえって」

「でも」

「あれは作りすぎたんだよ。豚は作り置きの余りだし、オクラも安売りで買いすぎた。余らせても腐るだけだ」

 

自分でも、下手な嘘だと思った。

一人分をきっちり丼に盛っておいて、何が作りすぎたのか。

 

「作りすぎたもん処分してもらって、値段つけるやつがいるか」

 

酒寄は、何か言い返そうとして、口を閉じた。

財布を握りしめたまま、少しだけ眉を寄せて、俺の顔を見る。

 

「……そう」

 

納得したわけじゃないのは、見れば分かった。

けれど、それ以上は何も言わず、財布を鞄にしまった。

 

「……ごちそうさま。美味しかった」

「おう、丼だけ洗って返してくれりゃそれでいいぞ」

 

小声でそう付け足して、酒寄は自分の席に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

その夜、配信で飯を作った。

 

『今日の晩飯、作りすぎたわ』

 

画面の向こうのリスナーに、そう言ってみせる。

実際には、最初から二人前を作っていた。

配信が終わったら、余った分をタッパーに詰める。

それを紙袋に入れて、隣のドアをノックした。

 

出てきた酒寄に、紙袋を差し出す。

 

「作りすぎた」

「……また?」

「また。冷蔵庫、どうせエナドリしかねえだろ」

「…………」

「タッパーは洗って返せ。うち、それしかねえから」

 

嘘だ。タッパーは戸棚に山ほどある。

けれど返すものがあるなら、それは借りじゃなくてただの貸し出しだ。

そう思えば、こいつは受け取れる。

 

酒寄は、紙袋を両手で受け取った。

 

「……洗って、返す」

「おう」

 

ドアと廊下の境界越しの、短いやりとり。

それだけだった。

 

 

 

 

 

 

理由さえあれば、受け取る。

それが分かっていたから、俺は毎回、理由を用意した。

 

世話焼きのつもりなんて、最初はなかった。

ただ、隣で倒れられたら寝覚めが悪い。それだけのことだった。

 

――その「それだけ」が、一年後にあんなことになって。

十年以上先まで続くなんて、あの時の俺は、想像もしていなかった。

 




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活動報告の方でネタの募集、こちらも活動報告でマシュマロ雑談の質問募集も始めておりますので、ご一読いただければと思います。

マシュマロ雑談の質問募集については明日の10/25(日)までとさせていただきます。
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