今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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ちょっとフライングのハロウィンネタです。


Ex.十月三十一日の一幕

十月三十一日、午後。

 

酒寄家のリビングは、普段の倍は賑やかだった。

ソファの上には衣装が山積みになり、テーブルにはメイク道具がずらりと並んでいる。

 

「よし、セッティングはこんなもんだろ」

 

隼斗は腕を組み、満足げに頷いた。

 

「俺の役目は、ここまでだな」

「何言ってんの、お兄ちゃん」

 

鶫が衣装の山から顔を上げる。

 

「まだ本番はこれからでしょ」

「いや、追加でカボチャ使ったお菓子を作っとこうかと。材料もまだあるし」

「ダメ」

「ダメだよ、隼斗!」

 

かぐやが腕にしがみつく。

 

「みんなで仮装するの!隼斗だけ普段着なんてずるい!」

「ずるいとかじゃなくてだな」

「隼斗だけ仲間外れは、ちょっと寂しいもん」

 

ヤチヨがくすくす笑った。

 

「それに、スタイリング担当がもう準備万端だよ」

「どうも~」

 

芦花がメイクボックスを開く。

 

「美容系インフルエンサー、ROKAの本気。今日は私と鶫ちゃんで全員を仕上げるよ」

「ウチと芦花さんに任せといて!」

「……プロの道具だ」

 

彩葉が、並んだコスメの数に目を丸くした。

 

「プロですから」

 

 

 

 

 

「まずは彩葉から」

 

芦花が彩葉を椅子に座らせ、髪をまとめていく。

 

「彩葉はクラシックな魔女でいこう。黒のとんがり帽子に、紫のグラデーションのマント」

「私、こういうの慣れてなくて……」

「大丈夫、目を閉じてて」

 

メイクブラシが頬を滑る。

彩葉は言われるまま、じっと目を閉じていた。

 

「はい、完成!」

「……わ」

 

鏡を見て、彩葉が小さく声を漏らす。

鏡の中には、見慣れた自分の顔があった。

 

けれど、目元には普段より少し強い色が乗り、唇には控えめな艶がある。

巻かれた髪が頬にかかり、黒い帽子の影が瞳をいつもより大人びて見せていた。

 

いつもの白衣姿とも、配信のアバターとも違う。

ほんの少し化粧を変えただけなのに、別人になったような気がした。

 

「……なんだか、不思議」

 

彩葉はそっと頬に触れ、照れくさそうに笑った。

 

「自分じゃないみたい。でも……嫌じゃないかも」

「それなら大成功。魔女らしさは出しつつ、彩葉の可愛さは残したかったんだよね」

 

芦花が満足げに頷く。

鶫も、鏡越しに彩葉を見て嬉しそうに笑った。

 

「うん。彩葉お姉さん、すっごく似合ってるよ」

「ありがとう、二人とも」

 

その横では、鶫がかぐやの衣装を整えていた。

 

「かぐやは黒猫!耳としっぽ、動くやつ付けるね」

「やったぁ!しっぽ、ふりふりできる!」

「動くとメイクがずれるから、ちょっとだけ大人しくしてて」

「えへへ、ごめん!」

 

口ではそう言いながらもかぐやはさっそく、腰を左右に振ってみせた。

尻尾がそれに合わせてゆらゆらと揺れ、頭の上の黒い耳も、ぴんと立ったり、ぺたりと伏せたりする。

 

「見て見て!ちゃんと気分に合わせて動くんだよ!」

「気分に合わせてっていうか、かぐやが自分で動かしてるんでしょ」

 

鶫が笑いながら、耳の位置を整える。

 

「えー?でも、猫ってこういう感じじゃない?」

 

かぐやは今度はソファの背もたれに手をつき、猫のように身をかがめた。

 

「にゃーん」

「……そのまま飛びつかないでね。せっかくセットした髪が崩れるから」

「はーい!」

 

返事だけは素直だったが、尻尾はまだ楽しそうに揺れていた。

ヤチヨは、自分で選んだ小さな角を鏡の前で調整していた。

 

「ヤッチョは悪魔っ娘!赤いアイメイクでお願いしま~す」

「了解です」

 

芦花が筆を持ち、ヤチヨの目元に赤を乗せていく。

 

「……八千年やってきたけど、悪魔に扮するのは初めてかも」

「ふふ、いいでしょ」

 

ヤチヨは鏡の前で顔を左右に傾け、赤く彩られた目元をじっくりと眺めた。

頭の小さな角に指を添え、続いて腰の後ろへ伸びた尻尾を軽く振ってみる。

 

「なるほどなるほど。こういう姿も、なかなか新鮮だね~」

「気に入った?」

 

芦花が尋ねると、ヤチヨはにっこりと微笑んだ。

 

「うん。せっかくだし、今日はみんなをいっぱい驚かせちゃおうかな」

「……ほどほどにしてくださいね」

 

鶫が釘を刺す。

 

「大丈夫だよ~。ちょっとした悪戯くらいだから」

 

そう言いながらもヤチヨの尻尾が、鶫の背後でこっそり揺れた。

そして、残ったのは。

 

「…………」

 

芦花と鶫が、ゆっくりと隼斗の方を向いた。

 

「…………嫌な予感がする」

「お兄ちゃん、逃げないでね」

「逃げ場がねえ。自宅なのに」

「隼斗くんは、狼男で」

 

芦花が広げた衣装は、思っていたよりも本格的だった。

耳の先が少し尖った狼の耳に、毛並みを模した肩当て。

手首には黒いファーがあしらわれ、牙も、ただ口元に付けるだけの簡単なものではない。

 

「……ずいぶん気合い入ってるな」

「せっかくなんだから、ちゃんと作り込まないとね」

 

芦花が楽しそうに答える。

 

「隼斗くん、背が高いからシルエットが映えるんだよ。肩周りにボリュームを出して、目元に少し陰影をつければ、かなり雰囲気が出るはず」

「それ、褒めてるのか?」

「もちろん!」

 

鶫も力強く頷いた。

 

「お兄ちゃん、こういうの絶対似合うと思ってたんだよね」

「……お前ら、俺で遊んでないか?」

「遊んでないよ。真剣に仕上げてるの」

 

芦花の返事は、妙に力強かった。

 

「ウチと芦花さんで、全力でカッコよくするから」

「……頼むから普通にしてくれ」

「「無理(!)」」

 

二人の声が揃った。

隼斗は観念して、椅子に腰を下ろす。

 

「ちょっと顔、上げて」

「はいはい」

「動かないで」

「はいはい」

「お兄ちゃん、牙つけるから口開けて」

「待て、それは自分でやる」

「ダメ」

「あががが」

 

それから十分後。

 

「できた」

 

芦花がメイクブラシを置き、鶫と顔を見合わせてハイタッチした。

これで、彩葉、かぐや、ヤチヨ、隼斗の四人のスタイリングが終わった。

鏡の前で仕上がりを確認した芦花は、満足そうに頷く。

 

「よし。それじゃあ、みんなで並んで記念撮影しようか」

 

芦花の声に、彩葉、かぐや、ヤチヨが並ぶ。

 

「私から?」

 

彩葉が少し照れながら、一歩前に出た。

 

黒のとんがり帽子に、紫のマント。

髪は軽く巻かれ、頬にほんのりラメが光っている。

 

「かわいい……!」

「彩葉、似合ってるよ」

「ありがとう。芦花と鶫ちゃんのおかげだよ」

「素材が良いからです」

 

芦花が自信満々に胸を張る。

続いて、かぐやが黒猫の耳をぴこぴこ動かしながら登場する。

かぐやは両手を胸の前で丸め、膝を軽く曲げて、ちょこんと首を傾げた。

頭の耳がぴこりと動き、後ろの尻尾が得意げに跳ねる。

 

「にゃあ!」

 

そのあまりに堂に入った仕草に、芦花は思わず感心したように目を細めた。

 

「それはちょっとあざと──」

「えへへ、似合う?」

「……似合うけど」

 

芦花が首を傾げる。

 

「……選んでおいてあれだけど、あの猫耳なんで動いてるんだろ」

「「…………」」

 

彩葉と隼斗が、揃って目を逸らした。

 

「そこの研究者二人、あれ、表に出していい技術だよね?」

 

鶫がジト目で二人を睨みつけた。

 

「大丈夫、大丈夫」

「ツクヨミのアバターで耳なり尻尾なり動かせるだろ。あれの応用だから」

「……一応、信用しときましょうか」

 

その隣のヤチヨは小さな角を指先でつつくと、赤く縁取られた目を細め、いたずらっぽく笑った。

矢印のように尖った尻尾が、まるで自分の意思を持っているかのように、ゆったりと宙を泳ぐ。

 

「ヤッチョ、悪魔になっちゃった~。悪い子にしちゃうぞ~」

「冗談に聞こえないな」

 

隼斗が眉をひそめる。

 

「冗談だよ~。……今のところはね?」

 

ヤチヨは人差し指を唇に当てて、楽しそうに笑った。

 

「最後の一言が余計なんだよ」

 

そして、最後に隼斗。

 

「…………」

 

肩当ての毛並みが首元まで自然につながり、狼の耳も、頭に載せただけの飾りには見えない。

目元に落とされた陰影が、普段の穏やかな表情に、どこか獣めいた鋭さを加えていた。

本人は相変わらず居心地が悪そうにしているが、立ち姿は思いのほか様になっている。

 

「……これ、本当に俺か?」

 

隼斗は鏡を覗き込み、少しだけ眉を寄せた。

見慣れた自分の顔なのに、耳と牙が加わるだけで、ずいぶん印象が変わる。

 

口を開けばいつもの自分の声がする。

その当たり前のことさえ、今は妙にちぐはぐに感じられた。

 

「「「「「…………」」」」」

 

隼斗が少し居心地悪そうに立っていると、みんなの視線が集まった。

狼の耳が不安げに倒れる。

 

「なんか言えよ」

「いや……」

 

彩葉がぽつりと呟く。

 

「普通にかっこいい」

「えっ」

「お兄ちゃん、似合ってるよ」

「隼斗、強そう!」

「隼斗くん、ちょっと危ない雰囲気が出てるね~」

「待て、そんな言い方されるとこっちが恥ずかしい」

「成功です!」

 

芦花と鶫が、再びハイタッチをした。

 

「さて」

 

芦花が、にっこりと鶫の方を向く。

 

「次は鶫ちゃんの番だね」

「えっ、ウチ?」

「ウチ?じゃないでしょ。みんなを仕上げて、自分だけ普段着で済ませるつもりだった?」

「……バレた」

 

鶫が気まずそうに視線を逸らす。

 

「ウチは裏方だし、準備するのに忙しくて……」

「お兄ちゃんも似たようなこと言ってたね」

「……」

「ほら、座って。今度は私が仕上げるから」

 

芦花に背中を押され、鶫は渋々椅子に腰を下ろした。

 

「仮装はもう決めてあるんでしょ?」

「……一応」

 

鶫が、ソファの山の底から、小さな紙袋を引っ張り出した。

中から出てきたのは、真っ赤なフード付きのケープ。

 

「赤ずきん!」

 

かぐやが思わず声を上げた。

 

「やるんなら、ウチは最初から赤ずきんにするって決めてたの」

「……なんで赤ずきんなんだ?」

 

隼斗が、嫌な予感を覚えたように呟く。

 

「だって、狼男がいるでしょ」

「は?」

「ウチが赤ずきんなら、お兄ちゃんが狼でちょうどいいじゃん」

「最初から俺を狼にする気だったのか」

「うん」

「即答するな」

 

かぐやが、目を輝かせた。

 

「じゃあ、隼斗が鶫ちゃんを食べちゃうの!?」

「食べねえよ」

「ええっ、童話だと食べちゃうのに?」

「それは話が違う。俺は食わん。そもそも童話のは狼『男』じゃねえ」

「じゃあ、鶫ちゃんがおばあちゃんを守るんだね!」

「それも話が違うな」

 

ヤチヨが、くすくす笑った。

 

「でも、いい組み合わせだと思うよ。狼男と赤ずきん」

「でしょ?」

 

彩葉が納得したように頷いた。

 

「兄妹で童話コンビ、ってことだね」

 

芦花は、鶫の髪を丁寧にまとめながら、淡々と筆を動かした。

 

「鶫ちゃんは、ふんわり可愛い方向でいこう。ほっぺたに薄いピンクを乗せて、目元はナチュラルに」

「え、そんな可愛くしなくても……」

「可愛くするよ」

「でも、お兄ちゃんの横に並ぶんだし」

「だからこそ、だよ」

 

芦花が、鏡越しに鶫を見て笑った。

 

「隼斗くんは狼で、強そうでカッコいい。だから鶫ちゃんは、可愛い赤ずきん。バランスって大事だから」

「……そう言われると、反論できないです」

「じゃあ、大人しく任せて。思いっきり可愛くしてあげるから」

 

十五分後。

 

「できた」

 

芦花が筆を置く。

 

鶫は、真っ赤なケープを羽織り、白いブラウスに黒のスカート。

手には小さなバスケットを提げていた。

バスケットの中には、手作りらしい小さなクッキーが並んでいる。

髪は緩く編み込まれ、頬にはほんのり桜色。

目元には、控えめなラメが光っていた。

 

「「「「「…………」」」」」

 

鶫が椅子から立ち上がると、みんなの表情がふっと緩んだ。

 

「な、何」

「……かわいい」

 

彩葉が、ぽつりと呟いた。

 

「めちゃくちゃかわいい」

「鶫、すっごく似合ってる!」

「ヤッチョも、ぎゅってしたくなっちゃうな~」

「ちょ、やめてよ」

 

鶫は顔を赤くして、バスケットで顔を隠した。

 

「お兄ちゃんも、なんか言ってよ」

 

視線を向けられた隼斗は、一瞬だけ固まった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

狼の耳が、ぴくりと動く。

 

「……似合ってる」

「それだけ?」

「いや、その、だな……」

 

隼斗は、わざとらしく咳払いをした。

 

「……ちゃんと可愛くなってる。芦花、ありがとう」

「どういたしまして」

「ちょっと、ウチへの感想じゃなくて芦花さんへのお礼になってるんだけど」

「今のは照れ隠しだね」

「照れ隠しだね~」

「隼斗、顔赤い!」

「赤くねえ、メイクの陰影だ」

「お兄ちゃん、それ逆に言い訳として苦しいよ」

 

笑い声が、リビングに弾けた。

鶫は、バスケットを抱えたまま、小さく笑った。

 

「……ありがと、お兄ちゃん」

「……おう」

 

 

 

 

 

 

ひとしきり隼斗をからかったあと、鶫が芦花を振り返った。

 

「次は芦花さんの番だよ」

「私は自分でやるから大丈夫」

「それはダメ。さっきの仕返しもあるし、ウチがやる」

 

鶫が、メイクブラシを手に取った。

 

「芦花さんの仮装は、吸血鬼ね」

「衣装は決めてあるけど、メイクまで任せちゃっていいの?」

「もちろん。さっきウチらを仕上げてくれたお礼も兼ねて、今度はウチが仕上げるから」

「……それじゃあ、お願いします」

 

鶫は満足げに頷くと、芦花の顔にブラシを近づけた。

 

 

 

 

 

 

 

三十分後。

 

芦花は、黒いジャケットに白いシャツ、深紅のベストを合わせ、細身のスラックスに身を包んでいた。

首元にはクラバットを優雅に結び、肩には黒いマントを羽織っている。

 

整った襟元と無駄のないシルエットが、すらりとした立ち姿をいっそう引き立てていた。

白い肌には真紅の唇が鮮やかに映え、いつもの華やかな雰囲気に、凛々しさと妖しい気配が加わっている。

 

露わな肌で魅せるのではなく、端正な装いと優雅な所作で人を惹きつける――まさに、男装の麗人を思わせる吸血鬼だった。

 

「すごい……。芦花、すごく似合ってる」

「思った通りです!芦花さんの雰囲気なら露出を増やすより、こっちの方が似合うと思ったんですよ!」

「芦花、カッコいいね~」

「かぐやも吸血鬼する!」

「かぐやちゃんは黒猫でしょ」

 

芦花が苦笑して返し、笑い声が部屋に満ちる。

仮装のお披露目がひと段落すると、リビングは和やかな空気に包まれた。

互いの衣装を褒め合ったり、写真を撮ったりしているうちに、窓の外の日差しも少しずつ傾き始めていた。

 

そんな中、隼斗がキッチンへ向かった。

しばらくして、大皿を手に戻ってくる。

 

「さて」

 

隼斗は、大皿をテーブルの真ん中に置いた。

 

「ハロウィンといえば、これだろ」

 

クッキー、カボチャのパイ、マシュマロのおばけ。

 

「えっ、手作り!?」

「やったぁ!隼斗のお菓子、久々!」

「ありがとう、隼斗」

「たくさん作ったから、遠慮せずに食え」

「いただきます!」

 

かぐやが真っ先に手を伸ばした。

 

「あ、私も」

「ヤッチョも~」

「ウチもウチも!」

「私も、一つ」

 

あっという間に、大皿のお菓子が減っていく。

 

「おい、ちょっと食うの早くないか」

「だって美味しいんだもん」

「いや、そりゃ良いんだが」

 

隼斗は減っていく皿を見て、ふと動きを止めた。

 

「…………」

「どうしたの、お兄ちゃん」

「……今、何時だ?」

「えっと、十六時」

 

鶫が時計を見て答える。

 

「…………」

 

その時。

 

ピンポーン。

 

リビングに、インターホンの呼び出し音が響いた。

 

「あれ、お客さん?」

 

鶫が顔を上げる。

 

隼斗は一瞬だけ考え込み、それから、はっとしたように顔を上げた。

 

「あ」

 

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「……そうだ。今日、真実と双子も来るんだった」

「えっ、そうなの?」

「完全に忘れてた……」

「隼斗くん。私、朝にちゃんと話したよね?」

 

芦花が面白そうな顔を隠さずに隼斗を揶揄う。

隼斗は慌てて立ち上がり、リビングのインターホンへ向かった。

モニターに映っていたのは、オバケの仮装をした真実と、その両脇に並ぶ双子だった。

三人とも、すっかり準備万端といった様子だ。

 

「隼斗くーん!Trick or Treat!」

 

モニター越しにも聞こえる、真実の弾んだ声。

 

「はいはい、今開ける」

 

隼斗はエントランスの解錠ボタンを押した。

 

「……しまった、菓子足りねえかも」

 

ぼそりと呟きながら、隼斗は玄関へ向かう。

その間にも、リビングでは残ったお菓子が次々と手に取られていた。

 

やがて、玄関のチャイムが鳴る。

隼斗が扉を開けると、そこには、オバケの仮装をした真実と双子が並んでいた。

 

「「「Trick or Treat(とりっくおあとりーと)!!!」」」

 

三人の声が、玄関いっぱいに響き渡る。

 

「はいはい、いらっしゃい。……って、ちょっと待て」

 

隼斗は三人を出迎えながら、ふと嫌な予感を覚えた。

リビングに戻ると、テーブルの大皿はほぼ空になっていた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

全員の視線が、残りわずかなお菓子に集まる。

 

「…………お菓子、ある?」

 

真実が、期待を込めて首を傾げた。

 

「…………クッキーが、あと一枚」

 

鶫が、そっとバスケットに掛けてあった布巾を取った。

中には鶫の言う通り、クッキーがちょこんと一枚。

 

「「「ええええええ!?」」」

 

真実と双子の悲鳴が、リビングに響く。

 

「隼斗、どうするの?」

 

彩葉が小声で尋ねた。

隼斗は、狼の耳をぴくりとさせてから、そっと立ち上がった。

 

「……台所に生地が残ってるし、他の材料もまだあるから追加で焼く」

「「やったぁ!」」

「ただし、全員手伝え」

「「「「「「はーい!」」」」」」

 

賑やかな返事がリビングに響いた。

ただ、双子だけは台所へ向かわず、顔を見合わせてにやりと笑った。

 

「でもさ、みんなぶんのおかしはなかったよね」

「うん。ひとりいっこもないね」

「じゃあ、ルールだよね」

「「いたずらだ!」」

 

 

 

 

 

 

「……えっ」

 

隼斗の動きが止まった。

 

「待て待て、今から焼くって言っただろ」

「それはあとでもらうおかしでしょ!」

「いまはたりないもん!」

「ルールはルールだよね~」

 

真実が、にこにこと双子の後ろで頷く。

 

「お前、止めろよ」

「え、だってルールだし~」

「どこのルールだ」

 

その隙に、双子はテーブルの上のメイクボックスへ駆け寄った。

 

「あ、それ私の――」

 

芦花が声を上げるより早く、双子の手には黒いアイペンシルとリップが握られていた。

片方が隼斗の背中に飛び乗り、もう片方が正面から迫った。

 

「じゅん兄ちゃん、かくごー!」

「待て、俺は今、牙が――」

「うごかないでー!」

「おひげ、かくね!」

「やめろ、ちょっと待て。牙が外れる、あががが」

 

逃げようにも、背中と正面を塞がれている。

隼斗が抵抗する間もなく、双子のいたずらは着々と進んでいく。

 

あまりにもスピーディーに繰り広げられたその惨状を、誰も止められなかった。

あるいは、矛先が自分に向くのを恐れた事もあるかもしれない。

 

 

 

 

数十秒後。

 

「「できた!」」

 

双子は、使い終えたメイク道具を誇らしげに掲げた。

隼斗の頬には、大きなぐるぐる。

鼻の下には、くるんと跳ね上がった立派なカイゼル髭。

額には、「ワンワン」と、ご丁寧に書き添えられていた。

 

「…………」

 

リビングが、一瞬だけ静まり返る。

 

「……ぷっ」

 

誰かが吹き出した。

次の瞬間、笑い声が一斉に弾けた。

 

「あははは!隼斗、かわいい!」

「いい出来だね~。ヤッチョ、写真撮っちゃお~」

「お兄ちゃん、ちょっと動かないで。……よし、撮れた」

「あ、私のアイペンシル……まあ、落ちるやつだから」

「落ちるやつなら、大丈夫か……?」

 

隼斗は、鏡の前でゆっくり顔を傾けた。

 

「……誰だこれ」

「おおかみおとこのじゅん兄ちゃん!」

「ひげは、そのままでいてね!」

「やきあがるまで、とっちゃだめ!」

「勝手にルール増やすな」

「ルールはルールだよ」

 

真実が楽しそうに言う。

 

「……はあ。勝手にメイク道具使ったんだ。芦花には謝っとけよ」

「「……ごめんなさい」」

「私は気にしてないけど。イタズラでしょ?」

 

隼斗は肩を落とすと、ぐるぐる頬のまま台所へ向かった。

 

 

 

それから、台所は一気に大騒ぎになった。

 

「かぐや、それカボチャじゃなくて謎の生命体になってるぞ」

「えーっ!かわいいじゃん!」

「ヤチヨ、その紫色のクリームは何だ?」

「ハロウィンだし~、ちょっと悪戯心ほしいかなって」

「普通のカボチャパイを作ろうな、普通の」

「じゅん兄ちゃん、あじみしていい?」

「腹壊すぞ、焼く前の生地は食うなよ」

「あははっ!お兄ちゃん、今日ずっと忙しいね!」

「……来年はもう少し、段取りよくやりてえな」

「「「「「いや、それは無理!」」」」」

「なんでだよ」

 

やがて、オーブンから甘い匂いが漂い始めた頃。

双子が、満足そうに隼斗の顔を指さした。

 

「「じゅん兄ちゃん、おひげ、にあってる!」」

「……そりゃどうも」

 

隼斗は、複雑な顔で返した。

粉をはたいた手で頬をぬぐったせいで、ぐるぐるは少しだけ滲んでいる。

 

賑やかな声と笑い声は、夜が更けるまで絶えなかった。




如月円さん、オニデレラさん、前島亜美さん、yohechiborakeさん、評価いただきありがとうございます。

かずちんさん、ブラックスミスさん、感想いただきありがとうございます。

基本的に返信はしていませんが、全ての感想に目を通しております。

お気に入り登録、ここすきをしていただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。

活動報告の方でネタの募集をしておりますので、ご一読いただければと思います。




現在いろかぐヤチはやの競馬場ネタを書いていますが、2R目終了時点で1万文字を超えてしまっている……。
メインレースまであと何文字かかるんだ……。
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