今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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17話

「では、また後程!荷物の方は三十分ほどで着くかと思いますので」

「はい、向こうにはもう一人いるので、よろしくお願いします」

 

酒寄が引っ越しの作業員に、礼儀正しく頭を下げる。

空っぽになったアパートの部屋のドアを、名残惜しい表情で閉めた。

 

「そんじゃ、俺は俺で向かうから」

「あ、うん。気を付けて」

 

おう、と軽く手を振って、ヘルメットを被った。

愛車にまたがって、エンジンをかける。

 

ここから出るのも、これで最後か。

……柄にもなく、ちょっと寂しいとか思っちまった。

 

まあ、しんみりしてても仕方ねえか。

エンジン音を響かせながら、新居へ向かう。

……しかし。

なんで許可下りたんだ?

引っ越しだけならまだしも、女子と同居だぞ?

しかも二人。

普通親父にぶん殴られるとこだろ、覚悟はしてたぞ。

 

……いや。

正確には、許されたっていうより、『勝手にしなさい』に近かったのかもしれねえ。

思い返せば、親父は最後まで渋い顔してたし、鶫なんか最初は青筋立てて「は?」だった。

代わりに妙に現実的だったのは、お袋の方で。

 

『ただし、仕送りの額は据え置きだからね』

 

お袋は腕を組んだまま、呆れたようにため息を吐いた。

 

『セキュリティがしっかりしてるのは安心だけど……あんた、あの家賃分かってる?

 三人で割っても、あんたの負担は今までの三倍近いんだからね』

『まあでもあそこ、お化け出そうなボロアパートだったじゃん。玄関チャイムもなかったしー』

 

鶫うるせえ、ボロアパート言うな。

お化けは出なかったわ。妙な赤ん坊は出たらしいけど。

引っ越し先が『これ』って知った途端に手のひら返して賛成しやがって。

 

バイクから降りて、ヘルメットを取る。

見上げた先には、駅直通のタワーマンションがそびえ立っていた。

しかも最上階。

 

「……4LDK、しかもメゾネットってマジかよ」

 

いまだに信じられん。

マジでここに住むの?

こんな駅前、絶対渋滞すんだろ。

 

ふと視線を横へ向ける。

道路を挟んだ向かいには、肉のハナフサ。

……まあ、買いモンには困んなそうだな。

あとででっけえ肉買いに行ったろ。

 

後ろに積んでいた荷物を抱え、バイク置き場からエントランスへ向かう。

 

エントランスの前には、既に業者のトラックが到着していた。

荷物を抱え直しながら入ると、オートロックが音もなく開いた。

 

「うお、マジで勝手に開いた……」

 

どうやら鍵を持ってるだけで反応するらしい。

不動産屋から三つ貰ったうちの一つがキーケースに収まっている。

って、ことは……。

 

「こっちも自動かよ」

 

呼んでもいないのに既に待機していたエレベーター。

これもエントランス通った時点で勝手に呼ばれてるし、乗り込んだ時点で行先のボタンが点灯してやがる。

 

「至れり尽くせりだな……」

 

やば、なんかダメ人間になりそう。

 

チン、と上品な電子音が鳴り、エレベーターの扉が開く。

内廊下を進み、指定された部屋のドアノブに手をかける。

と、ロックの解除音。

うーわ、ここも自動かよ。

 

ガチャリ、とドアを開けるとワックスの匂いと、かぐやの声が飛んできた。

 

「あ! 隼斗遅~い! 待ちくたびれたんだからね!」

「隼斗、お疲れ様。バイクなのに、私たちとあんまり到着変わらなかったね」

 

リビングの広い窓から差し込む光の中、段ボールに囲まれたかぐやと酒寄がいた。

どうやら酒寄はモノレールで先回りしていたらしい。

抱えた荷物を下ろしながら、俺はぐるりと室内を見渡した。

 

「一応、全部の部屋の写真は色々撮っといたから。変な傷とかは無かったよ」

 

スマホを片手にそう補足してくる酒寄の言葉が、半分も頭に入ってこない。

……リビングひっろ。

ダイニングひっろ。

キッチンひっろ。

窓でっか。

マジで部屋ん中に階段あるんか。

 

「……なぁ、俺の部屋どこだっけ?ここ広すぎて迷子になるわ」

 

俺の軽口を含んだ言葉に、酒寄がリビングの端にあるお洒落な螺旋階段を指差した。

 

「隼斗の部屋は、階段を上って右側。

 一応、配信部屋以外で一番広い部屋を隼斗用に割り振ったから」

「そうそう!で、左の部屋はかぐやなんだ!

 彩葉は下が良いって言うから、上は隼斗とかぐやのエリアだよ~」

 

嬉しそうに胸を張るかぐやの言葉に、俺は一瞬考え込んだ。

階段を上って右と、左。

要するに。

 

「……隣、かぐやか。壁薄くはなさそうだけど、夜中うるさくすんなよ?」

「ひどぉい!?」

「そろそろトラックもつく頃でしょ、準備するよ」

「あ、もう下にはいたぞ。多分そろそろ……」

 

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

 

話していると呼び出しベルの音。

TVドアホンで酒寄が応対すると、話していた通り引っ越し業者だった。

 

「お荷物失礼しまーす!」

 

と同時に、プロの集団が文字通り「おだやかな暴風」のように室内に流れ込んできた。

玄関からリビング、そしてあの螺旋階段の手すりに至るまで、あっという間に青い保護パネルで「養生」されていく。

絶対に傷つけないという、タワマン引っ越しのガチなやつだ。

 

「うお、手際良っ……」

 

見覚えのある、アパート時代の生き残りたち。

『かぐやの!(ふく)』『かぐやの!(はいしんよう)』とみみずののたくった字で書かれたかぐやの

箱が山をなし、対照的に『酒寄・参考書・重い』『PC機材・精密機器』と、

几帳面な字で書かれた酒寄の箱が積み上がる。

 

「ご主人、これは上でよろしいですか?」

「あ、はい。階段上って右の部屋で……」

 

主人じゃねえが。

俺まだ高校生だぞ。

男手が俺しかいないからって、勝手に世帯主扱いすんじゃねえ。

いや否定するとそれはそれで面倒事になりそうだから口には出さねえけど。

……そんな老けて見えんのか?

 

段ボールの山に続いて運び込まれてきたのは、今回の引っ越しに合わせて文字通り「ふじゅ~」を

湯水のように注ぎ込んで新調した、ピカピカの新品たちだった。

まずリビングの主役として鎮座したのは、大人が三人並んで座っても余裕がある、

深い青色の大型ローソファだ。

 

「うおーっ! ふっかふか! 隼斗、これめっちゃ沈むよ!」

「こら、かぐや! まだ脚のカバーも外してないのに飛び乗らないの! 作業員さんの邪魔!」

 

案の定、搬入直後のソファにダイブした金髪を酒寄が引き剥がしている。

そんな二人を横目に、俺の視線は別の「主役」に釘付けになっていた。

 

配送業者の手によってキッチンの定位置に設置された、鈍いシルバーに輝くドデカい塊。

六ドアのクソデカ冷蔵庫。

 

タッチパネル付きのドアを開けると、冷気と共に新品特有のプラスチックの匂いが鼻をくすぐる。

これならハナフサでどんなデカい塊肉を買ってきても、気にせずそのままチルド室にぶち込める。

続けて搬入されてくる、二段調理が可能な最高級オーブンレンジ。

アイランドキッチンには三口コンロ。

鍋三つ、余裕で同時に調理できる。

調理スペースも馬鹿みたいに広い。

まだ傷一つない人工大理石の天板に、そっと手のひらを滑らせてみる。

 

 

 

 

「……ふっ、最高だなおい」

 

 

 

 

思わず口元が緩む。

ボロアパートのコンロと狭いスペースで、タイマーと格闘しながら料理していた日々が嘘のようだ。

これで美味い飯が作れないわけがない。

なにより広いのが良い。

パン生地だろうが麺だろうが、好きなだけ捏ねられる。

 

最後にダイニングテーブルとチェアのセットが運び込まれ、引っ越し作業自体は終わった。

作業員が帽子を取って頭を下げ、ドアから出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイキョーになった気分~」

 

新品のソファーに身を投げ出し、だらしなくくつろいでいるかぐや。

……目に被せてんのなに?ガチャガチャのカプセル?

呆れながら改めて部屋を見回すと、螺旋階段の主柱に沿うように設置された青い筐体。

ガチャガチャの本体なんてどこで売ってんだよ。

こんなん買ってたらそりゃあのアパートじゃ狭くもなるわ。

 

「私は全然落ち着かないよ……」

「奇遇だな俺もだ。……でもキッチンはテンション上がってる、すまん」

 

ソファに沈み込んでいたかぐやが、突然ばね仕掛けみたいに飛び起きた。

 

「――うわ、ちょっと待って!バルコニーやっば!」

 

ぺたぺたと裸足で駆けていき、そのまま大きな窓を開け放つ。

ぶわっ、と高層階特有の強い風がリビングへ吹き込んできた。

 

「あ、おい!」

 

制止する間もなく、かぐやはバルコニーへ飛び出していく。

最上階の風に、金色の髪がふわりと大きくたなびいた。

手すりに寄りかかりながら、胸いっぱいに空気を吸い込む。

 

「わっ!すっご~!アハハッ」

 

子どもみたいにはしゃぐ声が、風に混じって響く。

 

「落ちんなよ、マジで」

「落ちないもーん!」

 

くるりと振り返るかぐや。

陽に照らされた金髪が風に揺れて、妙に目を引いた。

 

 

 

 

……いや、うん。

顔は良いんだよな、こいつ。

調子に乗るから本人には絶対言わんが。

そんな俺たちのやり取りをリビングの段ボール越しに見ていた酒寄が、ふっと思い出したように声をかけてきた。

 

「あ、そうだ。かぐやのシャンプー切れてるから買ってくるね」

「さみしいから一緒行く!」

 

間髪入れずにバルコニーから部屋に飛び込んできて、段ボールに寄りかかりながら前のめりなかぐや。

 

「ちょっと、荷解き死ぬほどあるでしょ」

「んぇ~!!」

 

不満全開の変なポーズで放った変な声がリビングに響く。

酒寄は慣れた様子で財布を持つと、

 

「すぐ戻るから。二人ともちゃんと片付け進めといてね」

 

と言い残し、一人で部屋を出ていった。

 

「むぅぅぅ~~……」

 

ソファに戻ったかぐやが、ぶつくさ文句を言いながら段ボールを睨んでいる。

 

『かぐやの!(ふく)』

『かぐやの!(はいしんよう》』

『かぐやの!(ぬいぐるみ)』

 

主張の激しい箱がリビングに山積みだった。

 

「……お前、荷物多すぎんだろ」

「だって全部必要なんだもん」

 

必要だと言い張る圧がすごい。

かぐやは渋々段ボールを開け始めたものの、五分もしないうちに床へへたり込んだ。

 

「むりぃ……」

「早」

 

さすがに見かねて、ため息を吐く。

 

「俺が触っていいモンなら俺がやっとくから、買い出し行ってこい」

「へ?」

 

かぐやが顔を上げる。

 

「オメーのシャンプーなんだろ。ならオメーが選んだほうが良いじゃねえか」

「……!」

 

ぱぁぁぁ、と顔が明るくなった。

 

「良いの!?」

「その代わり、あとで文句は――」

「じゃあこれやっといて!全部!」

 

食い気味だった。

かぐやは勢いよく立ち上がると、『かぐやの!』と書かれた大量の段ボールをびしぃっと指差す。

 

「え、全部?」

「じゃ、いってきまーす!!」

「ちょっと待て、せめてどれが部屋に置くやつとか」

 

返事を待たず、嵐みたいな勢いで部屋を飛び出していった。

 

「……」

 

取り残された段ボールの山。

 

「ホントーに俺が触って良いもんなんだろうな、これ」

 

嫌な予感しかしねえ。

……仕方ねえ、やるか。

中のモンは書いてはあるが、どこに置くもんかもわからん。

とりあえず一番上の箱を開ける。

中には――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

一番上に見えたのは、薄いグレーの布。

ロゴ入りのウエストゴムが視界に入った瞬間、

 

パタン、と。

反射で箱を閉じる。

ついでにガムテまで貼り直す。

なんならさっきより綺麗にビッチリ封印した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深呼吸。

さっき見えたものを努めて忘れようとする。

 

「……共同生活のルール、さっさと決めねえとなぁ」

 

ぽつりと呟く。

 

「……俺の精神が持たん」

 

いや、引っ越しのテンションに吞まれた俺も悪いか、これは。

大量の『かぐやの!』と書かれた段ボールが、この瞬間まとめて地雷に変わった。

 

 




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