今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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2話

朝起きて、昨日寝る前に干したベビー服と布おむつをベランダから回収。

さすがにこの時期だから夜から干しても問題なく乾いていた。

畳んで紙袋に入れて、隣室のドアをノックする。

ややあって、キイッと音を立ててドアが開いた。

 

「おはよう、高羽……」

「はよさん。夢じゃねえぞ」

「そうみたい……」

 

迎えてくれたのは部屋着の酒寄。

赤ん坊が電柱から出てきたというのが疲れから見た夢だと思いたかったようだが、

自分の布団ですやすや眠る赤ん坊に現実を受け入れざるを得なかったようだ。

 

「ごめん、助かった。あの子寝てる間にお漏らししてたみたいで」

「おう、んじゃこれ。……ってかよ」

 

紙袋を手渡し、酒寄の姿越しに赤ん坊が見える。

すやすや眠っているその姿は、どう見ても。

 

「なんか……デカくなってねえか?え?赤ん坊って成長早いっつーけど一晩でそんな?」

「やっぱりそう?高羽が言うならそうか……」

 

昨日は首も座ってなかった赤ん坊が、随分としっかりした大きさになっているように見える。

1歳になるかならないかくらい?

サンプルが妹しかないから細かいとこ分かんねえな。

ってか漏らしたってことは布団まで濡れてんじゃねえか?

 

「お前んとこの洗濯機、布団洗える?」

「なんでそう言ったのか分かるは分かるけど、話飛びすぎでしょ」

 

ちなみにそんな大物は洗えません、どうしよ。と肩を竦める酒寄。

まあそれはそうだ、一般家庭の洗濯機には敷布団は荷が重い。

 

「ランドリー持ってくしかねえか。圧縮袋ねえか?」

「これが入るような大きさのは、無いかも」

「ならしゃーない、うちにあるからそれ使え。掃除機いらねえやつだから」

「いや、流石に申し訳ないよ。汚れちゃうし」

 

あのな、昨日も言ったが。と前置いて。

 

「お前さ、冷静に考えていま『申し訳ない』って言ってる余裕あると思うか?」

 

苦笑混じりに指で順番を数える。

 

「赤ん坊一人、布団びしょ濡れ、洗濯機は対応外」

 

一つずつ潰すように。

 

「で、お前はここから動けない。こいつ放置できねえからな」

 

自分を指差す。

 

「俺は動けるし、足もある。ランドリーも買い出しも一発で済む」

 

軽く肩を竦める。

 

「ほら、役割分担できてんだろ。無理に一人で抱え込む方がよっぽど非効率」

 

少しだけ声を落として。

 

「今回は『借り』とか考えなくていい状況だろ。非常事態だって昨日言ったじゃねえか」

 

最後は軽く締める。

 

「なら、俺がやるのが一番効率が良い。はい論破、反論あるか?」

 

昨日と同じような顔でんぐ、と声を詰まらせる酒寄。

右上に目をを逸らしながら口を開いたかと思えば。

 

「買い出しは、この子連れて私でも出来ると思うんだけど」

「昨日も言った『隠し子疑惑』が学校中に蔓延するぞ」

 

肩を落とした酒寄から、今度こそ反論は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オムツのサイズとかわっかんねぇ~……」

 

敷布団をランドリーに突っ込み、そのまま『子育ての味方』こと西竹屋へ。

買い物カゴを片手に棚の前で腕を組む。

 

S、M、L、ビッグ。

テープ、パンツ。

新生児用、~5kg、~10kg。

男児用、女児用、性別不問。

 

「いや待て待て待て、昨日首座ってなかったよな?

 でも今朝見たら1歳手前くらいに見えたぞ……?」

 

頭を抱える。

 

「(基準が通用しねえの一番厄介なんだがぁ~?しかも性別どっちかもわっかんねえぞ)」

 

とりあえず棚の端にある説明書きをしゃがみ込んで読む。

 

『テープタイプ:ねんね期の赤ちゃん向け』

『パンツタイプ:寝返り、ハイハイなど動き始めたら』

 

「……動き始めたら、ね」

 

脳裏に浮かぶのは、昨日暴れていた赤ん坊の様子。

 

「どっちとも言えねえなこれ……」

 

少し考えて、結論を出す。

 

「よし、両方買うか」

 

即断。

 

「サイズも……とりあえず真ん中だな。デカすぎると漏れる、小さすぎると入らん」

 

Mサイズのテープタイプ、パンツタイプを両方手に取ってカゴに入れる。

 

「最悪合わなきゃ買い直しゃいいしな、消耗品だし」

 

次に粉ミルクの棚へ移動。

ずらっと並ぶ缶を見て、再び止まる。

 

「……種類多すぎだろ、企業努力すげえな」

 

『母乳に近い成分』

『おなかにやさしい』

『鉄分強化』

 

「(全部それっぽいこと書いてあんな……)」

 

ひとつ手に取って裏面を見るが、専門用語だらけで頭に入らない。

 

「……こういう時は経験者だな」

 

スマホを取り出す。

 

検索――ではなく、メッセージアプリを開く。

 

『昨日言った通り、友達が赤ん坊拾った、たぶん1歳前後』

『ミルクとオムツのおすすめプリーズ』

 

送信。

数秒経ち。

既読。

 

『とりあえずオムツはMのテープ、よく動く子ならパンツ。あんたはその頃パンツだったよ』

『ミルクは普通のでいい、アレルギー無ければ大差ないから』

 

「お~、わが母上は仕事が早え、余計な情報もあるが」

 

短く笑ってスマホをしまう。

『悩んだらこれ』とPOPに書かれた粉ミルクを一つ選び、カゴにぶち込む。

 

「完璧じゃねえけど、ゼロよりはマシ」

 

カゴの中を一度見下ろして、小さく息を吐く。

 

「(ほんとに『3日で終わる案件』か?これ)……考えてもしゃーねえか」

 

内心の不安を打ち捨てつつ、踵を返してレジへ向かった。

 

「あ、やべやべ。哺乳瓶の消毒液忘れてた」

 

また踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい、とりあえずパッと思いついた消耗品類な。最優先の紙オムツ、粉ミルク。

 あとおしりふきにベビーローション、ベビーソープに消毒液エトセトラエトセトラ……。

 無限にあるわ赤んぼ用の消耗品って」

 

西竹屋のロゴが入った段ボールを、酒寄の部屋の床にドサリと置く。

タンデムシートに括り付けて走ってきたせいか、ジャケットと段ボールには微かに外気とエンジンの熱が残っていた。

 

「……こんなに。高羽、これ全部一人で?」

「おう、店員に生温い目で見られながらな」

 

あらあら新米のパパさんかしら?みたいな視線で見られたわ、と軽く愚痴を零す。

 

「……で、これ。サイズ合うか分かんねえけど、履き替えさせとけ。布より手間ねえだろ」

 

愚痴を零しながら、段ボールの中の紙オムツを指さす。

酒寄はそれを受け取ると、申し訳なさそうに、けれど決然とした顔でスマホを取り出した。

 

「ありがと……本当に助かる。それで、レシート。いくらだった?」

「レシートォ? あー……悪い、癖で捨てちまった」

 

後頭部を掻き目線を外しながら、さも白々しく吐き捨てる。

 

「は? 癖って……あんた、普段から経費とかでレシート管理してるって……」

「あー……それはそれ、これはこれだ。性格だ、察しろよ」

「嘘おっしゃい」

 

酒寄のジト目が横っ面を射抜く。

彼女は自分の頑固さを自覚している。

だからこそ、隼斗の「貸しを作らせないための嘘」が透けて見えるのが、嬉しくもあり、同時にひどく居心地が悪かった。

 

「大体の金額でいいから。西竹屋なら調べればわかるんだからね」

「しつけえな……。あー、それより。ランドリーの布団、そろそろ乾燥終わる頃だわ。

 湿気ってるとカビるし、今から取ってくるからよ。お前はそいつ――」

 

親指で布団の上でモゾモゾと動き出した赤ん坊を指した、その瞬間。

 

「……ふぇ、あぁーーーーーーん!!!」

 

火がついたような泣き声が、狭いワンルームに響き渡る。

大きくなった分か昨日より一段と声量が上がり、喉の奥まで見えるような元気な泣き声だ。

 

「っ! ほら、あっち最優先だろ。メシか、オムツか……お前の担当だ、いったいった」

 

シッシッ、と手で追い払うジェスチャーをする。

酒寄は「でも!」と言いかけたが、赤ん坊の顔がみるみる真っ赤になっていくのを見て、堪らずそちらへ駆け寄った。

 

「あ、よしよし……すぐだからね、ごめんね……!えーっとミルクかオムツか……」

 

酒寄が赤ん坊を抱き上げ、四苦八苦しながら段ボールの中身を探り始めた。

その背中を確認すると、音を立てないように素早くドアへと手をかける。

 

「じゃ、行ってくるわ」

「待って、高羽! お金――」

 

振り返ったときには、既にドアは閉まっていた。

「あっ」と声を上げ赤ん坊を抱えたまま玄関まで走った。

しかし、外からはカンカンと高羽が階段を駆け下りる軽快な足音が響くのみ。

やがて階下で、並列二気筒のエンジンが力強く目覚める音がした。

 

「……もう、バカじゃないの」

 

窓の外。

法定速度を守りながらも迷いなく走り去っていくテールランプを見送り、酒寄はぽつりと呟く。

手元に残されたのは、山のようなベビー用品。

 

そして高羽が残していった安心感と、それを受け取ってしまった自分への少しだけの嫌悪感だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十数分後。

乾燥機から上がったばかりの敷布団を抱えて戻る

圧縮袋から解放されたそれから、太陽の匂いが広がった。

 

「あい、乾燥終了。これで今夜の寝床は確保だ」

「あ……おかえり、高羽。わざわざ悪いね、本当に……」

「謝んな。それより、さっきのミルクかオムツ、どっちだった?」

 

敷布団を部屋の隅に三つ折りで置くと、状況を確認する。

 

「えっと、オムツだったみたい。……あ、それでね。今朝オムツ替える時にも確認したんだけど」

 

酒寄が少し言いづらそうに、でも大切な情報を共有するように声を落とした。

 

「この子、女の子……みたい」

 

一瞬、反応が遅れた。

 

「……あー、お姫様、ね。了~解、なら今のうちに色々と決めるべきところ決めちまうか」

 

自分が言っといてなんだが、なにが今のうちに、なのか。

誤魔化すようにジャケットの内ポケットからスマホを取り出し、メモアプリを起動する。

 

「さて、したらこの三日間を乗り切るための役割分担を決める。

 感情論は抜き、効率優先でいく。反論はあとで纏めてなら受け付けるぞ?」

 

酒寄は少し驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な表情で頷いた。

 

「まずミルク。

 1歳前後なら4時間は間隔空くっつー話だが、こいつの成長速度を考えると読めねえ。

 とりあえずミルク自体は3時間おき、俺たちは夜間交代制にする。んで、内訳な」

 

・酒寄担当:21:00~02:00

・高羽担当:02:00~08:00

 

「ちょっと待って、高羽の担当の方がキツい時間帯じゃん。

 それに流石にそんなに時間割いてもらうのは申し訳ないよ、全部私で――」

「却下。ワンオペは非効率にも程がある。感情論は抜きっつったろ」

 

それに俺は配信なりで夜更かしは慣れてる、と反論をぶった切る。

次、とメモアプリのテキストを改行し『オムツ替え』のタイトルをつける。

 

「ま、ここはシンプルに『気づいたやつがやる』で良いだろ」

 

お互い押し付けあう余裕もねえだろうし、とわざと楽観的に流す。

 

「……お互いの時間にあったら、その時の担当が対応する、ってことで良い?」

 

不満そうな顔を隠しもせずに提案してくる酒寄。

それで良いぞ、と口の端を吊り上げながら返す。

 

「最後、沐浴だ。実家から持ってきた折り畳みベビーバスを使う。

 ……酒寄、ここはお前がメイン担当。俺はサポートに回る。

 着替えの用意だったり、身体拭いたりな」

「……私が入れてあげるの?」

「女の子なんだろ。将来、こいつが物心ついた時に『隣の高校生男子に丸洗いされました』。

 なんて記憶が残ってたら、俺が社会的に死ぬ。

 ……ま、この調子なら、連休明けには成人してる可能性もゼロじゃねえけどな」

 

冗談めかした言葉に、酒寄がふっと小さく笑った。

 

 

 

 

 

「とりあえず、ルールはこんなとこか。何か追加とか提案あるか?」

 

スマホの画面を見せると、酒寄はしばらくそれを見つめてから、小さく首を振った。

 

「……ううん。完璧。私一人じゃ、何から手をつけていいか分からなかったと思う」

「んなことねえだろ、オメーは自己評価が低すぎんだよ」

 

フンっと不満げに鼻を鳴らし、立ち上がる。

 

「じゃ、俺は一度帰って、当番の時間まで配信……は流石に無理か。

 仮眠しとくわ。何かあったらメッセージ飛ばせ。既読つかなきゃ壁ドンでもしろ」

「了解。……高羽」

「ん?」

 

ドアノブに手をかけると、酒寄がまっすぐ視線を向ける。

 

「レシートの件、まだ諦めてないからね。落ち着いたらちゃんと計算して請求して」

「あー……気が向いたらな」

 

誤魔化すのは無理かもな、と頭を掻きながら今度こそドアを開けた。

隣の自分の部屋に飛び込み、そのままの勢いでベッドに倒れ込む。

 

「(1歳児、か。……あの成長速度、明日には歩き出すんじゃねえか?)」

 

 

 

 

結果的には、その心配『は』杞憂だったといえるだろう。

細々としたトラブルや問題はあったが、初日に役割分担をきっちり決めたおかげでこの三日間は大きな問題もなく、乗り切ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから少し、気が抜けていたのかもしれない。

最終日の深夜。

ミルク当番の交代のために酒寄の部屋に尋ねた時に、酒寄ではなく見知らぬ少女がドアを開け。

赤ん坊の来ていたうさ耳ロンパースが弾けたように打ち捨ててあり。

 

「はやと~お腹空いた~。たすけて~?」

「……は?」

 

剰え、自身の名前を呼んで飯を要求するという事態になるなど、予想もできていなかった。

 

 

 

「……とりあえず、上がらせてもらうわ」

 

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