今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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18話

自分の荷物だけ自室に押し込んだ頃には、すっかり部屋も静かになっていた。

リビングで大量の地雷を眺めながら立ち尽くしていると、玄関のロックが解除される音がした。

 

「ただいま~!隼斗、これ見て!アイスも買ってもらっちゃった!」

 

両手にスーパーの袋を下げ、上機嫌で戻ってきた地雷の仕掛け人。

どうやらちゃんと合流できたらしい。

その後ろから、大きなレジ袋を抱えた酒寄が、少し疲れたような苦笑いを浮かべて入ってきた。

かぐやはリビングに駆け込んでくるなり、山積みのままの段ボールを見て露骨に唇を尖らせる。

 

「あれえ~、隼斗全然片付けてないじゃん!サボりだ、サボり魔だ~!」

「馬鹿野郎」

 

アイスを掲げる金髪の額を、俺は容赦なく指先で弾いた。

 

「いったぁ!なにすんのぉ!」

「どれが俺の触っちゃいけないモンか、せめて指示くらいしてから行けや。

 中身の確認もできねえだろ」

「中身ぃ?別に減るもんじゃないし、何が入ってるかくらい見てくれれば」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――隼斗」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に、背後から低く冷ややかな声がした。

恐る恐る振り返ると、そこには荷物をキッチンに置いた酒寄。

腕を組んだままじっとこちらを見つめている。

やばい、完全に察してる目だ。

 

「隼斗、なんか変な箱開けた?」

「――――」

「……もしかして、下着の箱?」

 

勘が良すぎる。

底冷えのするようなジト目だ。

すっと視線を外し、リビングの螺旋階段の、一番お洒落な手すりのあたりに目を逸らした。

 

「……ガムテープがちょっと剥がれかけてたから、親切心でビッチリ補強してやっただけだ」

「それ、開けたって言うんだよ」

 

呆れたように溜息を吐く酒寄と、いまだに何のことだか分からずに「んぇ?なにが?」

と首を傾げている金髪。

 

これ以上この話掘られるのは普通にキツい。

一つ大きな咳払いをして、強引に話を切り替えた。

 

「……とにかく!晩飯食ったら、さっさと共同生活のルール決めるぞ」

「はーい、ご飯!準備、準備~♪彩葉もお腹空いたでしょ!」

「ん、まあ……そりゃね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新居での最初の飯。

普通なら『引っ越しそば』といくところだが、我が家のアイランドキッチンには、

そんな手垢のついた定番を遥かに置き去りにする「相棒」が鎮座していた。

 

「うおぁ……すごーい!鉄の塊!メカだ!」

 

キッチンカウンターの上で鈍い緑色が異彩を放つ、鋳物製の重厚な製麺機。

もう廃業したメーカー製でプレミアまで付いてる、一人暮らしじゃ到底置けない代物だ。

今回の引っ越しに合わせて、俺とかぐやの財布からかなりの犠牲を文字通り払って取り寄せた。

パスタだけじゃなく、ラーメンにもうどんにも使えるらしい。

前から自家製麵って挑戦してみたかったんだよ。

 

「よし、酒寄。そのハンドルをゆっくり回してくれ。

 生地が巻き込まれないように、均等な速度でな」

「う、うん……こう? 結構重いね……っ」

 

酒寄が真剣な顔でマシンのハンドルを握り、よいしょ、と力を込めて回し始める。

ローラーの隙間に滑り込ませた自家製の平たい生地が、綺麗な細帯となって伸びていく。

 

「あーっ! ずるい! 彩葉ばっかり楽しそうなことして! かぐやもそれやるー!」

 

すかさず、スマホを片手にしたかぐやが横から突っ込んできた。

インカメにしたスマホを俺たちに向けながら、ぐいぐいと酒寄の肩に割り込んでいく。

 

「ほら彩葉、こっち向いて~!今緊急で動画回してまーす!タワマン最初の共同作業でーす!」

「ちょっとかぐや、危ないでしょ、も~!カメラ近づけすぎだってば!」

 

ハンドルを回す手を止められず、顔を真っ赤にして避ける酒寄。

 

「おい、そこ二人とも……というか、かぐや。ちょっかいかけんな、危ねぇぞ」

 

パルミジャーノをチーズグレーターでガリガリ削りながら、かぐやに注意する。

 

「特に金髪。その長い髪巻き込むなよ。そのマシン、カバーとか無くて普通に危ねぇから。

 マジでホラー映画みたいなことになるぞ」

「んぇ、ホラー!? やだ!」

 

大袈裟に身を引いたかぐやだったが、製麺機から次々と押し出されていく、

切り立ての生パスタにすぐ目を輝かせた。

三口コンロの一つには寸胴鍋が湯気を立てて待機している。

 

「かぐや、オリーブオイル取ってくれ。キッチンの下」

「らじゃ!オリーブオイル、オリーブオイル……はいこれ!」

「サンキュ。酒寄、ちょっとうしろ通るぞ」

 

……広いから別に声掛けなくても良かったか。

ま、良いや。

新鮮なバジルと炒った松の実、削りたてのチーズ。

オリーブオイルと適量の塩をフープロにかけ……ようとして、思いとどまる。

 

「なあ、お前ら。ニンニク入ってても良いか?」

「マシマシで!」

「二郎系か、そんなには入れねえよ」

 

挙手しながらコールするアホにツッコミを入れつつ。

 

「ん……入ってたほうが美味しいんでしょ」

「まあそりゃな。無しでもまあ、やりようはあるが」

「じゃあ、入れて。……ただ明日もバイトだから、その……響かない量で」

「りょ~かい」

 

そんなら生で入れんのはやめとくか。

ニンニクを2かけ、ラップをかけて新品のオーブンレンジで加熱。

新品特有の臭いは既に空焼きで飛ばしてある。

レンジから取り出したニンニクをフープロに放り込み、今度こそ攪拌。

 

ぶおおおん、と力強い駆動音が響き、あっという間に綺麗なグリーンのペーストが完成した。

バジルの鮮烈な香りが真新しいアイランドキッチンを満たしていく。

 

「よーし、かぐや。麵茹でてくれ」

「あいよっ!時間は?」

「勘で」

「あいよっ!」

「ちょっと、大丈夫?」

「いやマジなんだよ、生パスタって乾麺と違って茹で時間が画一的じゃねえのよ」

 

麺自体の水分量によるからな。

 

「茹で始めから1分経ったら30秒ごとに味見してくれ。皿出しとくぞ」

「あいよっ!」

「……その返事ハマったの?」

 

酒寄が呆れながら笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごーい! お店のみたい!」

 

これだけ広いキッチンだと、ソースをボウルで和えるのも格段にやりやすい。

ふわりと、熱々のパスタから湯気が立ち上る。

今度はかぐやがパルミジャーノを削り、上から追いチーズ。

最後に天辺にバジルを飾って。

 

「よし、できたぞ。伸びないうちに運べ」

「わーい! サイキョーの引っ越しパスタだ~!」

 

新品のダイニングテーブルに、三つの皿が並ぶ。

かぐやと酒寄が隣の席、俺がその対面。

 

「「「いただきます(っ!)」」」

 

フォークで巻けるだけ巻いて口いっぱいに頬張るかぐや。

対照的に一口分だけ巻いて上品に口に運ぶ酒寄。

俺も酒寄と同じように一口分、ただし口の大きさの違いで量は多め。

 

かぐやが口の端を緑に染めながら目を輝かせて、酒寄は嬉しそうに目を見開いた。

 

「ん~~~~ま~~~~~☆」

 

うん、初めての製麺にしてはちゃんとできたな。

出来栄えに満足していると、かぐやが足をバタつかせながらテーブルを離れた。

なにをするのかと思うと。

 

「やばいっ!一番、かぐや!ここ十年でサイコ~!」

 

両手を頭の上で合わせた変なポーズで、ウェーブしながら。

それを見た酒寄と目を合わせて、ふふっ、と笑いあって。

 

「「オメー(あんた)生まれて一ヶ月だろ(でしょ)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リビングのテーブルには、食後の皿とアイスのカップが散乱していた。

 

かぐやはソファに大の字になりながら棒アイスを頬張って。

酒寄はマグカップ片手に、どこか疲れた顔で椅子に座っている。

……エナドリは飲んでねえな。

そして俺は、メモ帳をテーブルに置いた。

 

「……よし、そしたら今から共同生活のルール決めるぞ」

 

ぱちん、とボールペンをノックする。

 

「えぇ~、今ぁ?」

「今だよ」

 

酒寄が即答した。

 

「絶対最初に決めた方が良いから」

「だよなぁ……」

 

今日だけで、既に事件が発生してるんだ。

このままノールールで生活したら、確実に俺の精神が死ぬ。

 

「まず基本。部屋入る時はノック。これは絶対」

「え~、別にかぐや気にしないよ?」

「俺が気にすんだよ」

 

即答だった。

酒寄がこくこく頷く。

 

「うん、それは必要」

「あと、居ないときに勝手に部屋入るな」

「はーい」

「今の、絶対守らねぇ返事だろ」

 

かぐやがへらへら笑いながらアイスを食っている。

不安しかねえ。

 

「次。風呂」

「あ、はい! かぐや一番風呂派です!」

「聞いてねえしそこじゃねえ」

 

挙手すんな。

 

「長風呂禁止。後ろ詰まるから」

「むぅ」

「あと風呂上がりの格好でリビングうろつくな」

「え?」

「え?じゃねえ」

 

酒寄が静かにはちみつ入りのホットミルクを吹き出しかけた。

 

「っ、コホッ……」

 

慌てて口元を押さえ、何事もなかったかのようにマグカップを置く。

作ってやったんだからやめてくれ、牛乳の臭いって落ちねぇんだぞ。

 

「……隼斗、そこ気にするんだ」

「当たり前だろ、男女だぞ」

「えぇ~、家なのに~」

「家でもだ。というか、お前。絶対タオル一枚のまま冷蔵庫とか漁るタイプだろ」

「なんで知ってるの!?」

「やる気満々じゃねえか」

 

前科あったわ。

酒寄が額を押さえていた。

 

「……かぐや、せめて服は着よう?」

「はーい」

 

絶対守らねえ。

そもそも今の黒Tシャツ一枚でもどうかと思ってんだぞ。

俺は頭を抱えそうになるのを堪えながら、次の項目を書く。

 

『洗濯』

 

「下着は各自で洗濯。今度中が見えねぇボックス買ってきて脱衣所に置いとくから、

 そん中に入れとけ」

「えー」

「えーじゃねえ」

 

なにが不満なんだ。

 

「別に一緒でも――」

「ダメだ」

 

食い気味に遮る。

 

「絶対ぇダメ」

「そんな全力否定しなくても……でも、まぁ、そりゃそうか」

 

酒寄が(あ、さっきの箱の件を気にしてるんだな……)という、すべてを察した生温かい目を

こちらに向けている。

その目やめろ。

違ぇから。

いや違くはないけど。

 

「あと洗濯機回した奴が、乾燥終わったら出す」

「じゃあ、かぐや干す係やるー」

「いやドラム式だから干さねえけど」

「文明すご」

 

今さらかよ。

 

「次、ゴミ捨て」

「あ、それは大丈夫。ここ、各階に24時間出せるダストステーションがあるから」

「マジか」

「朝早起きしなくて良いんだ!」

 

酒寄が小さく笑っている。

 

「あと冷蔵庫」

「プリンは共有!」

「違う」

 

なんで真っ先にプリンなんだ。

 

「名前書いてない食材は共有」

「えぇ~!?」

「その代わり、名前書いてあるもんは勝手に食うな」

「……」

「今目ェ逸らしたな?」

「いーえぇ?」

 

こいつ絶対やる。

酒寄が苦笑しながらスマホにメモを取っていた。

 

「あと配信」

「あー」

 

かぐやが露骨に視線を逸らした。

 

「配信部屋あるとはいえ、夜中に叫ぶな」

「ホラゲーは!?」

「防音室」

「ぐぬぬ……」

 

不満そうに唇を尖らせる。

 

「あと、酒寄の勉強中は突撃禁止」

「え~」

「え~じゃない」

 

酒寄は大学受験組なんだぞ。

 

「……まあでも」

 

酒寄が少し笑う。

 

「楽しそうなら、ちょっとくらいは混ざるかも」

「やったぁ!」

「ただし静かなゲーム限定」

「ホラゲー!」

「却下」

 

即死だった。

ひと通り書き終えて、俺はメモ帳を見下ろした。

 

『ノック必須』

『勝手に部屋入らない』

『風呂上がりに薄着でうろつかない』

『下着は各自で洗濯』

『ゴミ当番』

『食材ルール』

『深夜配信禁止』

 

……なんか。

 

「共同生活ってより寮みてえだな」

「でも、ちゃんと『暮らす』って感じするね」

 

酒寄が少しだけ嬉しそうに笑う。

その隣で、かぐやがソファにごろんと転がった。

 

「ん~、でもなんか良いかも!」

 

アイスの棒を咥えたまま、天井を見上げる。

 

「一人じゃないって感じ!」

 

その言葉に。

酒寄がふっと目を細めた。

俺も、なんとなく苦笑する。

……まあ。

悪くねえか。

こういうのも。

 




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