【お前らはただの文字】
画面の端を流れるコメントに、俺は鼻で笑った。
「出るわけねぇだろ。俺、6位だぞ?
上位陣のキラキラしたステージに俺みてぇなのが混じってみろ、配信事故だろ」
「アホ。お前ら現実見ろ。歌はともかく、俺はダンスとか一切出来ねぇからな?
ステージの真ん中で棒立ちしてろってか。そもそもオリジナル曲すら持ってねぇぞ、俺は」
「お前らなぁ……。ギターはまだ部屋でこっそり爪弾いてるレベルなんだよ。
人前で演奏できるレベルじゃねぇんだわ。ほら、脱線してないでゲーム画面見ろ」
「文字じゃんお前ら」
【脱衣所のシャッター】
「……おぉ」
「おぉじゃないが。さっさと閉めろや」
夏の朝シャン後。
蒸し暑さに負けて上は裸、下は下着とステテコだけという無防備すぎる格好でドライヤーをかけていた俺は、背後の引き戸から現れた金髪を鏡越しに睨みつけた。
「でも鍵してなかった隼斗が悪くない?」
「脱衣所の扉に鍵なんか付いてねぇだろ」
「ドアのプレート『空き』だったよ?」
「え、嘘。マジか」
自分の裏返し忘れか――そう思って思考が一瞬、完全に停止した。
パシャ
シャッター音がやけに大きく響いた。
「じゃっ!」
「おいコラなに撮ってんだ写真消せコラァ!」
にんまりと勝ち誇った笑みを残し、全力で廊下を駆け抜けていく金髪。
怒り心頭で追いかけようと、開け放たれた引き戸を掴んだ――その時。
戸の表側に吊るされた100均のプレートが、これ以上ないほど堂々と。
裏返されることもなく、赤い文字をこちらに向けて主張していた。
『利用中』
「……ちゃんと『利用中』じゃねえかオラァ!!! 息を吸うように嘘つくな!!!」
「あっ、これ再生数伸びるやつかも」
「やめろォ!!」
「もう、騒がしいな……。朝からなにやって……ん、の……」
「あ、彩葉」
「……え?」
眠そうに目をこする酒寄の視線の先には、スマホを構えてニヤつく金髪と、
脱衣所のドアから半裸&ステテコ姿で身を乗り出している俺。
半分脱衣所の中とはいえ、数日前に『風呂上がりに薄着でうろつくな』とか
説教してた奴とは思えねぇ格好だった。
「終わった……」
俺の人生、『立川市在住の男子高校生』ってテロップ付きで終わるんだ……。
「かぐや、あんまり悪戯しないの」
「はーい」
「えっ」
「あと、その写真後で送りなさい」
「えっ」
「はーい」
「えっ」
…………お前もそっち側!?
……結局、その写真は二人のスマホから削除された様子はなかった。
【不意打ちの名前呼び】
「ねえ、前から気になってたんだけどさー」
「あ?」
「なんで隼斗は、彩葉のこと『酒寄』って呼ぶの?
かぐやも彩葉も下の名前で呼んでるのに、隼斗だけなんか他人行儀じゃない?」
唐突な切り込みに、俺は朝飯の手を止めた。
「はぁ?」
「えー、だってさ、もう一緒に住んでるんだよ?
彩葉は隼斗のこと『隼斗』って呼んでるのにさー。
なのに頑なに苗字呼びなの、なんか距離感じない?ねえ、彩葉って呼んでみてよ」
「……っ」
チラリと視線を向けると、対面に座る酒寄がスプーンを握ったまま微動だにせず、
上目遣いでこちらをじっと見つめていた。
その耳たぶが、ほんのりと赤くなっているのは気のせいだろうか。
食卓に妙な沈黙が下りる。
カチャ、と酒寄のスプーンが小さく鳴った。
「……朝から変な話振ってんじゃねぇよ」
「でも嫌ではないんだ?」
「るっせ。呼びゃ良いんだろ、呼びゃ」
「……すまん、彩葉。そういうワケだから、今後名前で呼ぶわ」
……あれ、耳もっと赤くなってねえか。
「~~~~っ!」
「わわっ」
顔を真っ赤にしたまま、ガチャンと食器の音を立てて立ち上がった彩葉。
食器を流しに持っていくと、そのまま自室に引っ込んでいってしまった。
「……そんなに嫌なら言ってくれりゃいいのに」
「うわぁ……」
なんだコラ、その「嘘だろコイツ」みたいな目は。
「にぶちん」
なんだとコラ。
【罪状:無自覚世話焼き罪】
そして問題は、名前呼びそのものじゃなかった。
その日以降。
隼斗は、本当に何事もなかったみたいに『彩葉』と呼ぶようになった。
そのたびに心臓が変な音を立てるのは、たぶん私だけだ。
「お邪魔しまーす」
「お兄ちゃんとんでもないとこ住んでる……。お部屋の中に階段ある……」
「手土産持ってきたよ~。そこのフルーツパーラーのズコット!フルーツたっぷり!」
「おう、気ぃ使わせたみたいで悪いな。じゃ、茶でも入れるか」
「うわっ、すご! 彩葉これ切ろ、切ろ!」
かぐやが目を輝かせながら箱を覗き込み、私も苦笑しながらそれを受け取る。
「じゃ、私はお皿出してくるね」
そのままキッチンへ向かおうとした時。
「彩葉、飲み物何が良いか聞いてきてくれるか? 紅茶と、コーヒーと、エスプレッソ」
「……えっ」
一瞬、心臓が変な跳ね方をした。
隼斗が。
今。
普通に。
人前で。
何事もなかったみたいに。
『彩葉』って呼んだ。
反射的に振り返る。
キッチンに立つ隼斗は、もうケトルに水を入れ始めていて、首を傾げていた。
「いや、飲みモン聞いてきてくんねえかなって……」
「……あ、う、うん。聞いてくる。飲み物ね、飲み物……」
なんとかそれだけ返してリビングへ戻ると。
「…………」
「…………」
「…………」
芦花、真実、鶫ちゃんの三人の視線が突き刺さる。
芦花は怪訝な顔で、真実は春ですなぁとでも言いたげな顔、
鶫ちゃんは「お兄ちゃん、ついに……」とでも言いたげにあんぐりと口を開けていた。
「えっと、みんな……隼斗が、飲み物何がいいかって。
紅茶と、コーヒーと、エスプレッソがあるみたいだけど……」
「なんでエスプレッソが用意されてるんだろ」
「お兄ちゃん、マキネッタ持ってますから」
「かぐやカフェラテ!」
「あんたメニューにないもんを……」
かぐやに呆れていると、三人が一瞬だけ目を合わせたような気がした。
「じゃ、私はコーヒーで」
「私はエスプレッソ~」
「……じゃ、じゃあウチは紅茶で」
「全員バラバラなの!?」
と、とりあえず伝えてくるか……。
隼斗に伝えると「全員別なのかよ、しかもかぐやはメニューにねえモンを……」
とブツブツ言いながら準備を始めた。
人数分のお皿とフォークを持ってリビングに戻ると、両脇を芦花と真実に固められてしまった。
対面には鶫ちゃん。
「さて」
「さてじゃないけど」
真実が口火を切った。
にやつきながらテーブルに肘をついて、顔の前で手を組んでいる。
真横でそれされても。
「彩葉お姉さん、お兄ちゃんに『彩葉』って名前で呼ばれて真っ赤になってましたけど!」
「高羽くんのことも、名前で呼んでたね」
鶫ちゃんと芦花の鋭いツッコミ。
くぅ、この二人鶫ちゃんがモデル始めてから仲が良いなぁ……!
「いや、別にそんなんじゃ……」
「でも前まで『酒寄』だったよね?」
「そうそう。急に『彩葉』は大きい変化だよねぇ」
「しかもお兄ちゃん、わりと自然に呼んでましたよね」
逃げ道を塞ぐみたいに三方向から言葉が飛んでくる。
「お兄ちゃん、昔から女の人のことはずっと苗字呼びなんですけどね」
……えっ?
「そ、そうなの?鶫ちゃん」
「はい、同級生の女の人も、ウチの友達も。
だからお兄ちゃんが名前で呼んでるの、そこの金髪と彩葉お姉さんだけだと思います」
「んぇ?」
急に話を向けられたかぐやが呆けた顔でこっちを見た。
「確かに、私たちもいまだに『綾紬』『諌山』呼びだもんね」
「ツクヨミではたまに『ROKA』『まみまみ』って呼んでくれるけど、
リアルではずっと苗字だよねぇ」
「ツクヨミでも他の人がいないところじゃ苗字だし」と真実が付け足す。
え、あ、う。と言葉にならない言葉をなんとかしようとしていると。
「でもなんか分かるかも」
「え?」
「高羽くんって、そういう距離感ちゃんとしてるタイプじゃん。
だからこそ名前呼びって特別感あるというか」
「わ~芦花、急に解像度高い分析するじゃ~ん」
「鶫ちゃんから、よくお兄ちゃんの自慢とか聞いてるからね」
「ろ、芦花さん!」
い、今だ!
「ほ、ほら!早くズコット切り分けよ!」
「逃げた」
「逃げましたね」
「まあこの辺にしといてやりますか」
「わ~い美味しそ~!」
「でもさぁ」
「?」
「高羽くん、『彩葉』って呼ぶ時だけちょっと声優しくない?」
「不本意ですけど、かぐやを呼ぶときも優しい声ですね。
でも彩葉お姉さんを呼ぶときはもっと声が柔らかいです」
「……………………え?」
「あっ」
「気付いてなかったんだ」
「にぶいのはお互いさまかぁ」
その時。
「おーい、運ぶぞ。テーブル空けろー」
キッチンから隼斗がカップを載せたトレイを手に戻ってきた。
コーヒー、紅茶、エスプレッソ。
それから、しれっと混ざっているカフェラテ。
「あ、かぐやのも作ってくれたんだ~♪」
「うるせぇ。牛乳あったからついでだ」
ぶっきらぼうに言いながらテーブルへカップを置いていく。
「綾紬がコーヒー」
「ん、ありがと」
「諌山はエスプレッソだよな」
「どもども~」
「ほい鶫、紅茶」
「ありがとおにーちゃん」
「んでかぐやがカフェラテな」
「わーい!」
最後に。
「彩葉、希望聞いてなかったからコーヒーにしたけど、砂糖とミルクいるか?」
自然すぎる口調だった。
「あっ」
真実が吹き出す。
「はい答え合わせ完了~。
「完全に特別対応じゃん」
「お兄ちゃん分かりやすすぎる……」
「天然でやってるなら重罪だよこれ」
「真実さん、恐ろしいことにガチなんですよこれ」
「え、な、なんで!?」
当の本人だけが、本気で分かっていなかった。
隼斗は「?」みたいな顔をしたまま、自分のコーヒーを啜っている。
「……にぶちんが二人いる。これ見せられる私の身にもなって欲しいな」
「やめて芦花、頭痛くなってきた」
すると隼斗が、怪訝そうに眉を寄せた。
「頭痛?カフェインでも取りすぎたか?」
そして、ごく自然に続ける。
「……頭痛ぇなら、やっぱりはちみつ入れたホットミルクのほうが良いか?」
沈黙。
「…………」
「…………」
「…………」
「え、なにこわ」
全員の視線を浴びて、隼斗が初めて居心地悪そうな顔をした。
「いや今のはもう有罪でしょ」
「量刑はあとで決めよっか~」
「お兄ちゃん、それ無意識なの……?……いや、世話焼きなのは昔からだもんね。
……ウチのせいかなぁ、これ」
「……もう、黙って……」
思わず両手で顔を覆う。
隼斗だけが、本気で理由を理解していなかった。
「なぜに」
「なぜに、じゃないよ……もぉ……」
顔を覆ったまま呻く。
隼斗はしばらく首を傾げていたが、ふと何か思い出したように口を開いた。
「……あぁ、確かに彩葉、あれ飲むとすぐ寝ちまうみてぇだしな。
でもやっぱエナドリ止めたの正解だろ。よく寝れるようになったみてぇだし」
再び沈黙。
「アウトー」
「主文後回し~」
「お兄ちゃんもう黙って……彩葉お姉さんが限界だから……」
「???……あ、綾紬、こないだのコーデ見てほしいって話なんだが」
「今その話しないで、あとでメッセージ……。
……いや裏でやり取りするよりは目の前で話したほうが良いのかな」
「???」
「これ美味し~ぃ♪隼斗、これって作れる?」
「作れねぇことはねぇけど、この量のフルーツ入れるのはムズぃと思うぞ」
「そっか~。そういや隼斗、ライブの件どうすんの?」
「あ?」
「出ないの?」
「だから出ねぇって。一位だけなんだって、コラボできんのは」
「え~でもさぁ」
そんな他愛ない会話の向こうで、
スマホには『コラボライブ特設ページ』の通知。
開催まで、あと一週間。
レイン5さん、かなたんさん、評価いただきありがとうございます。
お気に入り登録いただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。
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