今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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19話

 

【お前らはただの文字】

─ジュンヨウはコラボライブ出ないの?

 

 

 

 

 

画面の端を流れるコメントに、俺は鼻で笑った。

 

 

 

 

 

「出るわけねぇだろ。俺、6位だぞ?

 上位陣のキラキラしたステージに俺みてぇなのが混じってみろ、配信事故だろ」

─とか言って~

─打診は来てるでしょ

─特別ゲスト枠!?

 

「アホ。お前ら現実見ろ。歌はともかく、俺はダンスとか一切出来ねぇからな?

 ステージの真ん中で棒立ちしてろってか。そもそもオリジナル曲すら持ってねぇぞ、俺は」

─そらそう

─ファンメイドの神曲あるじゃん

─歌ってみた出せ

─ギターでワンチャン!

 

「お前らなぁ……。ギターはまだ部屋でこっそり爪弾いてるレベルなんだよ。

 人前で演奏できるレベルじゃねぇんだわ。ほら、脱線してないでゲーム画面見ろ」

─メン限では弾いてるじゃん!

─俺たちは人じゃなかった……?

「文字じゃんお前ら」

─言い方ァ!

─えっメン限でギター弾いてるんですか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【脱衣所のシャッター】

「……おぉ」

「おぉじゃないが。さっさと閉めろや」

 

夏の朝シャン後。

蒸し暑さに負けて上は裸、下は下着とステテコだけという無防備すぎる格好でドライヤーをかけていた俺は、背後の引き戸から現れた金髪を鏡越しに睨みつけた。

 

「でも鍵してなかった隼斗が悪くない?」

「脱衣所の扉に鍵なんか付いてねぇだろ」

「ドアのプレート『空き』だったよ?」

「え、嘘。マジか」

 

自分の裏返し忘れか――そう思って思考が一瞬、完全に停止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パシャ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャッター音がやけに大きく響いた。

 

「じゃっ!」

「おいコラなに撮ってんだ写真消せコラァ!」

 

にんまりと勝ち誇った笑みを残し、全力で廊下を駆け抜けていく金髪。

怒り心頭で追いかけようと、開け放たれた引き戸を掴んだ――その時。

 

戸の表側に吊るされた100均のプレートが、これ以上ないほど堂々と。

裏返されることもなく、赤い文字をこちらに向けて主張していた。

 

『利用中』

 

「……ちゃんと『利用中』じゃねえかオラァ!!! 息を吸うように嘘つくな!!!」

「あっ、これ再生数伸びるやつかも」

「やめろォ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、騒がしいな……。朝からなにやって……ん、の……」

「あ、彩葉」

「……え?」

 

眠そうに目をこする酒寄の視線の先には、スマホを構えてニヤつく金髪と、

脱衣所のドアから半裸&ステテコ姿で身を乗り出している俺。

半分脱衣所の中とはいえ、数日前に『風呂上がりに薄着でうろつくな』とか

説教してた奴とは思えねぇ格好だった。

 

「終わった……」

 

俺の人生、『立川市在住の男子高校生』ってテロップ付きで終わるんだ……。

 

「かぐや、あんまり悪戯しないの」

「はーい」

「えっ」

「あと、その写真後で送りなさい」

「えっ」

「はーい」

「えっ」

 

 

 

 

 

 

 

…………お前もそっち側!?

……結局、その写真は二人のスマホから削除された様子はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【不意打ちの名前呼び】

「ねえ、前から気になってたんだけどさー」

「あ?」

「なんで隼斗は、彩葉のこと『酒寄』って呼ぶの?

 かぐやも彩葉も下の名前で呼んでるのに、隼斗だけなんか他人行儀じゃない?」

 

唐突な切り込みに、俺は朝飯の手を止めた。

 

「はぁ?」

「えー、だってさ、もう一緒に住んでるんだよ?

 彩葉は隼斗のこと『隼斗』って呼んでるのにさー。

 なのに頑なに苗字呼びなの、なんか距離感じない?ねえ、彩葉って呼んでみてよ」

「……っ」

 

チラリと視線を向けると、対面に座る酒寄がスプーンを握ったまま微動だにせず、

上目遣いでこちらをじっと見つめていた。

その耳たぶが、ほんのりと赤くなっているのは気のせいだろうか。

食卓に妙な沈黙が下りる。

カチャ、と酒寄のスプーンが小さく鳴った。

 

「……朝から変な話振ってんじゃねぇよ」

「でも嫌ではないんだ?」

「るっせ。呼びゃ良いんだろ、呼びゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまん、彩葉。そういうワケだから、今後名前で呼ぶわ」

 

……あれ、耳もっと赤くなってねえか。

 

「~~~~っ!」

「わわっ」

 

顔を真っ赤にしたまま、ガチャンと食器の音を立てて立ち上がった彩葉。

食器を流しに持っていくと、そのまま自室に引っ込んでいってしまった。

 

「……そんなに嫌なら言ってくれりゃいいのに」

「うわぁ……」

 

なんだコラ、その「嘘だろコイツ」みたいな目は。

 

「にぶちん」

 

なんだとコラ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【罪状:無自覚世話焼き罪】

そして問題は、名前呼びそのものじゃなかった。

その日以降。

隼斗は、本当に何事もなかったみたいに『彩葉』と呼ぶようになった。

そのたびに心臓が変な音を立てるのは、たぶん私だけだ。

 

「お邪魔しまーす」

「お兄ちゃんとんでもないとこ住んでる……。お部屋の中に階段ある……」

「手土産持ってきたよ~。そこのフルーツパーラーのズコット!フルーツたっぷり!」

「おう、気ぃ使わせたみたいで悪いな。じゃ、茶でも入れるか」

「うわっ、すご! 彩葉これ切ろ、切ろ!」

 

かぐやが目を輝かせながら箱を覗き込み、私も苦笑しながらそれを受け取る。

 

「じゃ、私はお皿出してくるね」

 

そのままキッチンへ向かおうとした時。

 

「彩葉、飲み物何が良いか聞いてきてくれるか? 紅茶と、コーヒーと、エスプレッソ」

「……えっ」

 

一瞬、心臓が変な跳ね方をした。

 

隼斗が。

今。

普通に。

人前で。

何事もなかったみたいに。

 

『彩葉』って呼んだ。

 

反射的に振り返る。

キッチンに立つ隼斗は、もうケトルに水を入れ始めていて、首を傾げていた。

 

「いや、飲みモン聞いてきてくんねえかなって……」

「……あ、う、うん。聞いてくる。飲み物ね、飲み物……」

 

なんとかそれだけ返してリビングへ戻ると。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

芦花、真実、鶫ちゃんの三人の視線が突き刺さる。

芦花は怪訝な顔で、真実は春ですなぁとでも言いたげな顔、

鶫ちゃんは「お兄ちゃん、ついに……」とでも言いたげにあんぐりと口を開けていた。

 

「えっと、みんな……隼斗が、飲み物何がいいかって。

 紅茶と、コーヒーと、エスプレッソがあるみたいだけど……」

「なんでエスプレッソが用意されてるんだろ」

「お兄ちゃん、マキネッタ持ってますから」

「かぐやカフェラテ!」

「あんたメニューにないもんを……」

 

かぐやに呆れていると、三人が一瞬だけ目を合わせたような気がした。

 

「じゃ、私はコーヒーで」

「私はエスプレッソ~」

「……じゃ、じゃあウチは紅茶で」

「全員バラバラなの!?」

 

と、とりあえず伝えてくるか……。

隼斗に伝えると「全員別なのかよ、しかもかぐやはメニューにねえモンを……」

とブツブツ言いながら準備を始めた。

 

人数分のお皿とフォークを持ってリビングに戻ると、両脇を芦花と真実に固められてしまった。

対面には鶫ちゃん。

 

「さて」

「さてじゃないけど」

 

真実が口火を切った。

にやつきながらテーブルに肘をついて、顔の前で手を組んでいる。

真横でそれされても。

 

「彩葉お姉さん、お兄ちゃんに『彩葉』って名前で呼ばれて真っ赤になってましたけど!」

「高羽くんのことも、名前で呼んでたね」

 

鶫ちゃんと芦花の鋭いツッコミ。

くぅ、この二人鶫ちゃんがモデル始めてから仲が良いなぁ……!

 

「いや、別にそんなんじゃ……」

 

「でも前まで『酒寄』だったよね?」

「そうそう。急に『彩葉』は大きい変化だよねぇ」

「しかもお兄ちゃん、わりと自然に呼んでましたよね」

 

逃げ道を塞ぐみたいに三方向から言葉が飛んでくる。

 

「お兄ちゃん、昔から女の人のことはずっと苗字呼びなんですけどね」

 

……えっ?

 

「そ、そうなの?鶫ちゃん」

「はい、同級生の女の人も、ウチの友達も。

 だからお兄ちゃんが名前で呼んでるの、そこの金髪と彩葉お姉さんだけだと思います」

「んぇ?」

 

急に話を向けられたかぐやが呆けた顔でこっちを見た。

 

「確かに、私たちもいまだに『綾紬』『諌山』呼びだもんね」

「ツクヨミではたまに『ROKA』『まみまみ』って呼んでくれるけど、

 リアルではずっと苗字だよねぇ」

 

「ツクヨミでも他の人がいないところじゃ苗字だし」と真実が付け足す。

え、あ、う。と言葉にならない言葉をなんとかしようとしていると。

 

「でもなんか分かるかも」

「え?」

「高羽くんって、そういう距離感ちゃんとしてるタイプじゃん。

 だからこそ名前呼びって特別感あるというか」

 

「わ~芦花、急に解像度高い分析するじゃ~ん」

「鶫ちゃんから、よくお兄ちゃんの自慢とか聞いてるからね」

「ろ、芦花さん!」

 

い、今だ!

 

「ほ、ほら!早くズコット切り分けよ!」

「逃げた」

「逃げましたね」

「まあこの辺にしといてやりますか」

「わ~い美味しそ~!」

 

「でもさぁ」

「?」

「高羽くん、『彩葉』って呼ぶ時だけちょっと声優しくない?」

「不本意ですけど、かぐやを呼ぶときも優しい声ですね。

 でも彩葉お姉さんを呼ぶときはもっと声が柔らかいです」

「……………………え?」

 

「あっ」

「気付いてなかったんだ」

「にぶいのはお互いさまかぁ」

 

その時。

 

「おーい、運ぶぞ。テーブル空けろー」

 

キッチンから隼斗がカップを載せたトレイを手に戻ってきた。

 

コーヒー、紅茶、エスプレッソ。

それから、しれっと混ざっているカフェラテ。

 

「あ、かぐやのも作ってくれたんだ~♪」

「うるせぇ。牛乳あったからついでだ」

 

ぶっきらぼうに言いながらテーブルへカップを置いていく。

 

「綾紬がコーヒー」

「ん、ありがと」

「諌山はエスプレッソだよな」

「どもども~」

「ほい鶫、紅茶」

「ありがとおにーちゃん」

「んでかぐやがカフェラテな」

「わーい!」

 

最後に。

 

「彩葉、希望聞いてなかったからコーヒーにしたけど、砂糖とミルクいるか?」

 

自然すぎる口調だった。

 

「あっ」

 

真実が吹き出す。

 

「はい答え合わせ完了~。Q.E.D.(きゅーいーでぃー)~」

「完全に特別対応じゃん」

「お兄ちゃん分かりやすすぎる……」

「天然でやってるなら重罪だよこれ」

「真実さん、恐ろしいことにガチなんですよこれ」

「え、な、なんで!?」

 

当の本人だけが、本気で分かっていなかった。

隼斗は「?」みたいな顔をしたまま、自分のコーヒーを啜っている。

 

「……にぶちんが二人いる。これ見せられる私の身にもなって欲しいな」

「やめて芦花、頭痛くなってきた」

 

すると隼斗が、怪訝そうに眉を寄せた。

 

「頭痛?カフェインでも取りすぎたか?」

 

そして、ごく自然に続ける。

 

「……頭痛ぇなら、やっぱりはちみつ入れたホットミルクのほうが良いか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈黙。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「え、なにこわ」

 

全員の視線を浴びて、隼斗が初めて居心地悪そうな顔をした。

 

「いや今のはもう有罪でしょ」

「量刑はあとで決めよっか~」

「お兄ちゃん、それ無意識なの……?……いや、世話焼きなのは昔からだもんね。

 ……ウチのせいかなぁ、これ」

「……もう、黙って……」

 

思わず両手で顔を覆う。

隼斗だけが、本気で理由を理解していなかった。

 

「なぜに」

「なぜに、じゃないよ……もぉ……」

 

顔を覆ったまま呻く。

隼斗はしばらく首を傾げていたが、ふと何か思い出したように口を開いた。

 

「……あぁ、確かに彩葉、あれ飲むとすぐ寝ちまうみてぇだしな。

 でもやっぱエナドリ止めたの正解だろ。よく寝れるようになったみてぇだし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び沈黙。

 

「アウトー」

「主文後回し~」

「お兄ちゃんもう黙って……彩葉お姉さんが限界だから……」

 

「???……あ、綾紬、こないだのコーデ見てほしいって話なんだが」

「今その話しないで、あとでメッセージ……。

 ……いや裏でやり取りするよりは目の前で話したほうが良いのかな」

「???」

「これ美味し~ぃ♪隼斗、これって作れる?」

「作れねぇことはねぇけど、この量のフルーツ入れるのはムズぃと思うぞ」

「そっか~。そういや隼斗、ライブの件どうすんの?」

「あ?」

「出ないの?」

「だから出ねぇって。一位だけなんだって、コラボできんのは」

「え~でもさぁ」

 

そんな他愛ない会話の向こうで、

スマホには『コラボライブ特設ページ』の通知。

開催まで、あと一週間。

 

 




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