「ヤバいヤバい、怖い怖い」
ライブ当日、ツクヨミ内特設ライブステージの控室。
かぐやと彩葉はそこで開演を待っていた。
彩葉はソファに座ったまま、見るからにカチコチだった。
……なんで俺まで、出演者側の控室に放り込まれてんだ?
「だらららら、蟹!だらららら、うさぎ!」
なんだその物真似ルーレット。
ランダム要素ゼロじゃねぇか。
「はいはい、可愛い可愛い」
「練習しすぎておなかすいた~。終わったらパンケーキ食べよ?」
「あ……私は緊張でご飯食べれんかったよ」
などとポロっと漏らした彩葉。
そんなことを言い出したヤツに、ジト目を向ける。
「体力使うんだから、腹になんか入れとけってあれほど言ったよな?」
「あ、えっと、その。ゼリー飲料は、飲んだよ?隼斗が前に買ってきてくれたヤツ」
「……まあ、それならギリ許す」
ってかそれ、この間倒れた時のヤツじゃねえだろうな。
「ダラララララ、どじょう!」
そんなやり取りの中、ヤチヨが控室にぽんっとどじょうのポーズをしながら出現した。
……なんだその生き物チョイス。
「あっ」
突然の推しの降臨に、思わず立ち上がる彩葉。
「お待たせ~。パンケーキいいなぁ、ヤチヨも食べたいなぁ~」
「一緒食べる?」
ヤチヨはふわふわ宙に浮かびながら、くるくる回ってパンケーキに思いを馳せている。
かぐやに誘われた瞬間、なぜかヤチヨは少し虚を突かれたような顔をした。
しかしその顔も一瞬だけ、いつものようにコミカルな涙を流しながら続ける。
「よよよ、ヤチヨは電子の海の歌姫なので食べられないのですぅ」
「えー、それ何の拷問?かぐやだったら絶対無理!」
……いや、それより聞きてぇことがある。
「……あのさぁ、ヤチヨ」
「なんだいなんだい?」
声をかけると、ヤチヨはふわふわ浮きながらこっちを向いた。
「なんで俺、控室にいんの?俺ここにいて良い立場か?」
ヤチヨって、ルール周りは妙に厳密なんだよな。
『ヤチヨカップ優勝者だけがコラボライブできる』ってのも、あいつが決めたルールだ。
なのに、なぜ俺は控室に?
「かぐやと彩葉の希望でね~。
ライブに隼斗も出してほしいって話だったんだけど、それはムリなので~」
「……お前らなぁ」
二人を呆れた目で見る。
彩葉は気まずげに目を逸らし、かぐやは下手くそな口笛を吹いて誤魔化した。
「代わりに、関係者席を用意したのです。
ライブ中はステージ周囲を浮きながら巡回する感じなんだけど、
他の観客からは見えない特別仕様!」
「あ~……なるほどな。特等席扱いってワケか。で、そこにはこっからじゃねえと行けねえと」
「大当たり~」
ヤチヨがどこからか扇子を取り出し、ぱっと開いて見せた。
扇面には的を射た矢が描かれている。
『各所、準備OKです』
空間スクリーンにメッセージが表示された。
いよいよ本番か。
「いざ、ゆこうか」
回転を止め、地面に足を付けたヤチヨの顔は凛々しい歌姫のそれに切り替わっていた。
「あ、隼斗はそっちね~。かぐやたちはこっち~」
ヤチヨに伴われ、彩葉とかぐやは控室の一角に設えられた板間に上がった。
俺はその対面に同じように用意された板間にゆっくり上がる。
全員が乗ると、ふわりと音もなく床が浮き上がってゆるゆると上昇していく。
……エレベーターっつうか、昇降機かこれ。
いくつもの階層をどんどんと上がっていく昇降機。
彩葉がまた深呼吸をして、なんとか落ち着こうとしているのが見えた。
やがて呼吸を整えた彩葉が、そっと顔を上げる。
ふと、目が合った。
無言で拳を差し出す。
すると彩葉の方も笑いながら、控えめにグーを差し出してきた。
彩葉の考えた「彩葉と俺の仲良しのヤツ」。
届きゃしねえけど、まあ気分だ。
……いい感じに緊張もほぐれたみてえだな。
かぐやとも目が合った。
ハイタッチのポーズしてきたから、まあ付き合ってやった。
返した瞬間、昇降機の壁が間に滑り込んできちまったから、ちゃんと届いたかは分からん。
……やりとりを眩しそうな目で見るヤチヨが、妙に頭に残った。
ウゥン……と、駆動音を残して、浮遊感が消えた。
暗くてよく見えねえけど、着いたのか。
……せっかくのあいつらのライブだ。
眼帯は外しておくかね。
直後、カシャン、と金属音。
板間の縁からせり上がるように柵が展開された。
さらに背後で、空気を押し出すみてぇな駆動音。
振り返ると、いつの間にか椅子が出現していた。
……相変わらず、ツクヨミのこういうのは慣れねぇ。
無駄に凝ったギミックに苦笑していると、ステージがライトアップされた。
真ん中にはライブ衣装にチェンジした彩葉、かぐや、ヤチヨの姿。
次の瞬間、会場を揺らすような歓声が押し寄せた。
……全員いつもとヘアスタイル違うし、アバターのけも耳も無くなってんな。
へぇ、サイドテールで合わせてんのか。
『ヤオヨロ―!みんなー!生きるのどうですかー?』
ヤチヨのMCがライブの開幕を告げる。
『いいことあった?それとも泣いちゃいそう?』
目を閉じたヤチヨの声色が、柔らかくなった。
さっきまでどじょうやってたヤツとは思えねぇな。
『よしよし、全部大丈夫。
どんなに孤独な道のりでも、楽しかったな~って記憶が足元を照らすよ。ふふっ』
思わずといった感じで漏れた笑い声。
『この瞬間を、忘れられない思い出にしたいから。───どうか、一緒に踊ってくれる?』
──世界で一番おひめさま。そういう扱い、心得て──
センターのヤチヨのソロから始まった、一発目。
曲は『ワールドイズマイン』のリミックス。
ステージの床が、楽曲のイメージに合わせてピンク色へ変わっていく。
『……よねっ!』
そのままヤチヨが観客席へウィンクを飛ばした。
彩葉の演奏するポップなイントロが、会場のボルテージを上げていく。
演奏に入り込むほどに、彩葉の動きがどんどん大きくなっていく。
……あ、もう額に汗浮いてやがる。
──その一、いつもと違う髪型に気が付くこと──
かぐやがサイドテールを手櫛で整えながら、ヤチヨに悪戯っぽく語りかける。
ヤチヨは一瞬困り眉になりながらも、すぐに笑顔になって続きを引き取った。
──わかったら、右手がお留守なのをなんとかして!──
歌詞に合わせてヤチヨが、演奏している彩葉の右肩に、自分の左肩をぴったり寄せた。
いきなりの推しのファンサに顔を真っ赤にして、明らかにキャパオーバーになっている彩葉。
それを見たかぐやは頬を膨らませ、「それ私の~!返して~!」と言わんばかりに彩葉の肩を引っ張っている。
……あ、あいつ歌も振りも飛ばしやがった。
けど、その隙間をヤチヨが何事もなかったみてぇに埋めた。
打ち合わせ済みだったのか?
いや、あの反応。
どう見ても予定外のアドリブだったよな。
サビ前だってのに、なにやってんだアイツは……。
肩を揺らされても反応できていない彩葉に、ついにかぐやが、ずてんっと床へ転がった。
仰向けのまま涙をだばだば流し、握った拳を頬に添えて猛アピールしている。
微笑ましいといったニュアンスの笑いが歌声に交じりながら、ヤチヨがウィンドウを操作した。
……『Change Stage Direction』?
ステージ演出変更?
直後、ネオンみてぇなピンク色の♡や☆が滝みてぇに幾つもステージへ降り注いだ。
『ねえねえ!世界一好きになっちゃっても良いよ~!』
降り注いでいたエフェクトが、盛り上がりを溜めるみてぇに一瞬で掻き消える。
ヤチヨが観客席に呼びかけ、歓声が爆発した。
──世界で一番おひめさま。気が付いて、ねえねえ──
チェック柄の床へ転がったまま、かぐやがサビへ入った。
さっきのステージ演出変更で床が黒とピンクのチェックになったことも相まって、
原曲のPVを再現したような演出になっている。
……狙ったのか?これ。
──わたしを誰だと思ってるの?──
かぐやからサビを引き継いだヤチヨ。
両手を頭の上でヒラヒラさせたかと思うと、左手を右肘の下に、右手を顎に小首を傾げた。
……かぐやの振り練習見てた時から思ってたけど、うさぎみてえな振りだよな。
サビが終わる直前。
かぐやが星形のサングラスをかけて、アドリブで踊り始めた。
……どっから取り出したんだお前それ!
──あまいものが食べたい──
それを見たヤチヨが耐え切れないとばかりに、腹を抱えて笑ってしまった。
それでも歌は飛ばしていないのはプロ根性か。
かと思ったら、ヤチヨまで星形サングラスをかけて、鏡写しみてぇにぴたりと動きを合わせた。
……オメーまでどっから取り出したんだよ!
────今すぐによ!────
最後は、二人でサングラスを外しながらキメた。
……なんで。
なんで、こんなアドリブに対応できた?
思えば歌詞を拾ったのもそうだ。
振りも。
タイミングも。
まるで最初から打ち合わせてたみてぇに噛み合っている。
まるで相手が次に何をするか知っているみてぇに。
『イェエー!』
彩葉の演奏するアウトロの中、かぐやとヤチヨはボーカル無しで踊る。
額に汗を滲ませながら、ショルダーキーボードの鍵盤の上で指を躍らせる彩葉。
……ん?
今、目が合ったか?
『ヘイ、ベイビー』
彩葉が、汗だくの真剣な顔で。
まっすぐ見つめながら、ワンフレーズだけ俺に投げかけてきた。
っ……。
聞いてねえぞ。
振り練習だとヤチヨだったろ、そこ。
他の観客からは見えねえのに、演者からは見えるってのか。ここ。
『お次は新曲!』
『いっくよ~!』
ヤチヨとかぐやが盛り上げる。
アウトロが終わると同時にヤチヨとかぐやがキメポーズ。
ライトが落ち、ステージは真っ暗になる。
彩葉のショルダーキーボードが、静かにイントロを奏でる。
まだライトアップされていないステージには、彩葉のショルダーキーボードと、
三人の衣装に投影されたネオンのみが光っている。
2曲目は『Ex-Otogibanashi』。
ヤチヨがこのライブの為に作った、かぐやと彩葉のための歌。
──今は昔、誰もが知る物語──
──かの有名なかぐや姫はこういった──
かぐやのソロから始まった。
同時に三人の姿がライトアップされる。
──そんな結末ちっとも望んでないし──
──運命だからってキミ、それで頷くの?──
振りに合わせて顔の前で手を握り合わせ、目を閉じてブンブン首を振るかぐや。
その顔は、とても楽しそうで。
それを見ながらキーボードを弾く彩葉も、最初に比べるとちゃんと楽しめてるみてえだ。
……ああ。
これ、作詞かぐやか?
『かぐや姫』はバッドエンド、二人ともハッピーエンドに連れてくって言ってたもんな。
……ったく。
次いで、ヤチヨのソロボーカル。
歌声が響く中、かぐやは彩葉に向いて踊っている。
……あっ、彩葉の手を引いて走り出しやがった。
またアドリブじゃねえか、あいつ。
楽しそうに笑いやがって。
おいこっち来てんじゃねえか!
マジで演者からは見えてんのかよ!
ステージの端っこで二人は止まった。
顔を上げた彩葉と、視線がぶつかった。
とても楽しそうに笑いかけてきた彩葉に、いつもの皮肉気な笑いじゃなく。
思いきり笑い返してやった。
いつの間にか二人の隣に来ていたヤチヨ。
三人が楽しそうに跳びはねて、サビに入る。
────キミと今見てるこの景色。何億回思い出したろう────
サビはかぐやとヤチヨのデュエット。
二人の歌声が重なって、綺麗なハーモニーを生み出す。
曲入り前のようにライトが落ち、三人の衣装に映し出されたネオンだけがステージに浮き上がる。
いや、三人じゃない。
ボーカルの二人のシルエットが、ステージいっぱいに広がっていく。
────Ex-Otogibanashi────
センターの、本物の二人。
かぐやの左目にピンク色の『E』。
ヤチヨの右目に青い『X』の文字が映し出された。
ライトアップが復帰。
センターに彩葉を置いて、ヤチヨとかぐやが両脇で楽しそうに踊る。
彩葉もキーボードを持っているため、ステップだけだが楽しそうに二人に合わせた。
────押しも押されぬお姫様────
サビのラスト。
三人が揃って、ばっちりポーズを決める。
アップテンポだった熱が、静かに引いていく。
全体的にポップでアップテンポだったサビと比べ、しっとりとした雰囲気のCメロ。
それに合わせて、ステージの光量もダウンしている。
────一度きりの人生、一度きりの今に。ねえ、私たちいるんだよ────
三人が縦に並ぶ。
後ろのかぐやが、前にいるヤチヨへ両手を伸ばし、真ん中の彩葉ごとまとめて揺らすみてぇにゆらゆらと。
最後のフレーズに入る直前。
三人が背中合わせになった。
彩葉、かぐやは汗だくだ。
ヤチヨはさすがAIライバーというべきか、汗一つ掻いておらず───その目から、涙を流していた。
…………涙?
違和感を覚えたが、クライマックス。
ステージの照明が全てダウン。
三人を儚げに映し出す照明だけが、光量を落として点灯する。
──そんな──
──おとぎ──
────話────
床に座り、膝を軽く立てたポーズでキーボードを構える彩葉。
立てた自分の膝の上に左腕をルーズに乗せ、アンニュイな表情を見せるヤチヨ。
うつ伏せに寝そべり、両肘をついて顎を乗せ挑発的な笑みのかぐや。
ロングトーンの歌声が消えると同時にアウトロも終わり、割れんばかりの歓声が降り注いだ。
「ヤチヨ~~~!」「かぐや~~~!」「彩葉~~~~!!」
一方、現実側。
同じ配信部屋からツクヨミにログインしている、彩葉とかぐやの荒い息遣いが聞こえた。
まだ息が上がっている。
さっきまでの熱気が、そのまま現実側に漏れてるみてえだった。
……良いライブだったな。
そう思いながら余韻に浸る。
けど。
ヤチヨの涙も気になったが、それ以上に頭に残っているものがある。
歌詞を飛ばした瞬間に、ヤチヨが拾った。
サングラスのアドリブ。
鏡写しみてぇな動き。
それだけじゃない。
ライブ中、二人の立ち位置が入れ替わるたびに思っていた。
動きの癖が、似すぎている。
右へ体重を乗せるタイミング。
腕を振り切る角度。
観客へ視線を送る間。
まるで同じ振付師に教わったとか、そんなレベルじゃねえ。
同じ人間が踊ってるみてぇだった。
……いや、それは流石に考えすぎか。
そもそも同じヤツが踊っても全く同じ振りにはならんだろ。
「フフッ、め~~~~~~~っちゃ楽しかった!!」
かぐやの弾んだ声が聞こえた。
「彩葉、隼斗。───好き」
続いた言葉に、返事をしようとして───は?
「わぁ、私ぃ!?」
彩葉の裏返った声。
「おいこら、向こうの音声切ってるよな?下手しなくても燃えるんだが、俺」
ヤベーことをヤベータイミングで言いだすな、この姫さまは。
「あ~もう彩葉と隼斗と結婚しよっかなぁ~」
「はあ~~~!?」
「残念ながら同性婚はともかく、重婚は許されてねえんだわ。現行法では」
いや、そっちじゃねえだろ。
まだ向こう、ライブ終わりのファンだらけなんだが?
今はそっち優先しろ、そっち。
「え~~~ダメ?」
「まあ、生活費折半してくれるなら一緒にいるのは良いけどさ……」
……おい、抵抗してるつもりだろうけど、即落ちじゃねえか。
ライブの熱に浮かされてねえか?
「えっ、ほんとっ?隼斗は!?」
……まあ。
「別にいいけどよ、ずっと騒がしいの確定してんのが一番面倒なんだよな」
そう返すと、にやつきながらかぐやが肘でうりうりと弄ってくる。
「いなくなると寂しいくせにぃ~」
「るっせ、おらライブのシメとかあんだろ」
その裏で。
俺たちは、また別の非日常がすぐそこまで来ていることを知らなかった。
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