今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

25 / 28
21話

 

ライブ終演後の熱気は、まだツクヨミの中にも、現実の街にも残っていた。

 

ツクヨミ内特設ライブステージ。

アンコールを求めるコメントの奔流。

SNSへ切り抜きを投稿する観客。

余韻のまま騒ぎ続ける配信チャット。

 

駅前では、ライブを見終えた人々がスマートフォン片手に行き交っていた。

「ヤバかった」

「神ライブ」

興奮冷めやらぬ声が飛び交う。

 

駅の大型街頭モニター。

ショッピングモール内の広告ディスプレイ。

モノレール駅構内の情報パネル。

居酒屋の壁掛けテレビ。

 

街全体が、まだライブの余韻に浸っていた。

 

だが。

 

不意に、映像が乱れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザザッ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノイズ。

ライブ映像が歪み、音声が途切れる。

 

「あれ?」

 

誰かが声を漏らす。

 

次の瞬間。

すべてのモニターが、一斉に『それ』を映し出した。

 

 

 

 

満月。

 

 

 

 

 

異様なほど白い、巨大な満月だった。

 

夜空に浮かぶ本物の月ではない。

画面いっぱいに表示されたそれは、画面の向こう側にいるはずなのに、

まるで今にも落ちてきそうな近さだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、それはツクヨミ内でも同じだった。

 

ライブ会場上空のスクリーン。

観客用ウィンドウ。

配信画面。

 

すべてが、満月に塗り潰される。

 

「……なに、これ」

 

ざわめきが広がる。

だが異常は、それだけでは終わらなかった。

 

現実世界。

 

ARモードで起動されたスマコン。

スマートグラス。

空間投影型インターフェース。

 

その視界の端にいつの間にか『何か』が立っていた。

 

真っ白な身体。

細長い手足。

 

頭部の代わりに据え付けられた、赤い灯篭。

 

ぼう、と。

灯篭の中で橙色の火が揺れている。

 

「……は?」

 

通行人の一人が、思わず足を止めた。

だが周囲の人間は気づいていない。

 

反射的にスマートグラスを外す。

そこには、もう何もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異形は、街の至るところに現れていた。

 

駅のホーム。

モノレール車内。

コンビニのレジ列。

交差点。

エスカレーター。

 

白い異形たちはまるで通勤客のように無言で並び、ゆっくりと街を徘徊していた。

 

カランコロンと、下駄を鳴らすような音。

ほんの一瞬、視線を逸らしただけで位置が変わる。

灯篭の灯りだけが、ゆらゆらと脈打つように揺れていた。

 

そして。

 

満月を映していたモニターが、再び大きくノイズを走らせる。

 

バチッ――――

 

画面が乱れた。

次に映し出されたのは、映像ではなかった。

文字列。

無数の、同じ日付。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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画面いっぱいに、狂ったように敷き詰められていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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駅前のざわめきが少しずつ静まり返っていく。

誰も理由を分からないまま。

ただ、得体の知れない悪寒だけを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、これ」

 

ライブ会場の大型スクリーン。

満月が表示されたかと思えば、妙な数字の羅列。

 

こんな演出は聞いてねえ。

サプライズか?

にしても、不穏すぎるだろ。

 

観客席もざわついている。

 

ステージの上で、そのざわめきに最初に気がついたかぐやが、観客席を覗き込もうとした。

その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぬっ、と。

なにかが、かぐやと彩葉の間から通り過ぎた。

 

白い腕。

 

気が付いた彩葉がかぐやに声をかける前に、それがかぐやの腕を掴んだ。

次の瞬間、糸の切れた人形のようにかぐやの体が頽れた。

かぐやの瞳から、意思の光が抜け落ちる。

へたり込んだかぐやの体を、彩葉がとっさに支えた。

その白い灯篭頭の異形は、まだかぐやに手を伸ばそうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付いた時には、特別席から飛び出していた。

使い慣れた二刀を呼び出し、割って入ると同時にその白い腕を切り飛ばす。

 

「隼斗!?」

「彩葉、かぐやは!?」

「わかんない、反応もない……!」

 

……なんだ、こいつ。

斬りおとした腕に頓着もしねえ。

しかも切断面からは花弁じゃなく、青黒い液体が流れてやがる。

どろりとした粘着質な、青いヘドロのような。

……っ。

 

「ちっ」

「隼斗、どうし……!」

「囲まれた」

 

いつの間にか、視界の端すべてに白い影が立っていた。

ログアウトしてぇところだが、かぐやを置いていける状況じゃねえ。

彩葉もキーボードを愛用のブーメランに変化させ、かぐやを挟んで背中合わせで警戒を続ける。

 

何者だ。

何が目的だ。

なにも見えない、糸口がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何秒経ったのかも分からねぇ。

ただ、時間がたつほどにこいつらは数を増やしていった。

誰も動かない。

俺も、彩葉も。

……なのに、灯篭頭たちまで沈黙していた。

だというのに、数だけが増えていく。

視界を埋め尽くす、灯篭頭の群れ。

白い灯篭頭で埋め尽くされた視界が、脳を内側から焼いていく。

目の奥が、じりじりとを持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脂汗が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

頭痛に耐えられず、ほんの一瞬目を細めたその時。

視界の端で、かぐやに伸ばされる白い腕が見えた。

 

「っ!かぐ」

 

しかし、その腕がかぐやに触れることはなかった。

触れる直前に、体ごと吹き飛んだ。

まるで見えない何かに弾き飛ばされるかのように。

一体、また一体と灯篭頭が吹き飛んでいく。

 

「おいたはだめだよー」

 

ヤチヨだ。

ネイルに彩られた人差し指を指揮棒のように振るう度に、灯篭頭が弾き飛ばされていく。

弾き飛ばされた灯篭頭は、白い煙を上げて消えていった。

 

残った灯篭頭が、わずかに距離を取った。

――怯えた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モウシワケアリマセン」

 

灯篭頭が、深々と頭を下げた。

 

……は?

頭を、下げた?

 

それを皮切りに、次々と白煙を上げて消えていった。

 

ライブ会場にざわめきが上がる。

それに気が付いたヤチヨは、観客席に振り返ると。

 

「今のは一体?何が起こってしまうんだ!?続報を待て!」

 

大袈裟に両手を上げながら、声を張り上げた。

……演出として見せる気か。

 

「なになに?」

「ヤチヨ、こういうの好きだからな~」

「ジュンヨウの飛び入りサプライズとか、ヤチヨわかってんじゃん」

「演出かぁ」

 

観客席のざわめきは、不安から来るものではなく、考察するものに切り替わっていた。

 

「ふふっ、みんな~!今日は本当にありがと~!」

 

観客席に手を振るヤチヨ。

早々に暗幕が下りた。

ステージと客席が、完全に遮断される。

 

「……ヤチヨ、今のって」

「…………う~ん、バグじゃなさそうだし、やんちゃっ子の悪戯かにゃ~?調べとくよ」

 

彩葉の問いに、数秒考え込んだヤチヨは、頬に手を当て小首を傾げて答えた。

……誤魔化してやがる。

今の間は心当たりを思い出す間じゃなかった。

なんて答えようか、考えていた。

 

 

 

 

 

ヤチヨは連中について、何か知っている。

 

 

 

 

 

思い返せば、ヤチヨに対しての灯篭頭たちの反応。

後退って、頭を下げたアレ。

あれは、怯えたというよりは。

 

敬っていた、という方が正しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライブ終了後。

どこか浮ついたままの観客たちに紛れ、俺たちもツクヨミをログアウトした。

灯篭頭たちが消えた途端、かぐやの意識も戻ったからだ。

現実へ戻った瞬間、妙に身体が重かった。

嫌な汗が、まだ肌に張り付いている。

それに加えて、こめかみの奥が鈍く脈打っていた。

ツクヨミ内で感じていた熱が、まだ頭の奥に残っているみてぇだった。

 

 

 

 

『本日午後十時ごろから東京都立川市全域にて、原因不明の通信障害が発生しました。

 市内の通信機器やテレビモニタ、公共施設のサイネージ広告など広範囲で同時多発的に発生した

 模様です。警視庁によると───』

 

シャワーを浴び終えた彩葉は、リビングでソファに座るかぐやの髪をドライヤーで乾かしていた。

テレビではニュースが流れっぱなしになっていた。

その内容はキッチンとの距離と、ドライヤーの音にかき消されて聞こえない。

 

 

俺はキッチンで、温めた牛乳にはちみつを落としていた。

甘い匂いが広がる。

けれど、頭の奥にはまだ、あの白い灯篭頭が焼き付いて離れなかった。

 

「……ねえ、かぐや……」

 

彩葉がかぐやに話しかける。

話しかけるが、続く言葉を紡げていなかった。

 

ツクヨミから戻ってきたかぐやは意識こそ取り戻したものの、

呆けていて自分からは喋らなかった。

 

「……コラボライブ、終わっちゃったね」

 

髪を乾かし終えてしまった彩葉が、かぐやの金髪に櫛を通しながらようやく話しかけた。

 

「う~ん、でもまだまだやりたいことだらけなんだー。明日もまた食材届くし♪」

「欲深怪獣かぐや」

「がおーっ」

 

一応、答えてはいる。

答えてはいるが、返事にも、怪獣のポーズにも、鳴き声にも。

どこか空虚な、取り繕ったものを感じた。

 

「具合、悪い?」

「う~ん、ちょっと疲れたかな?」

「そしたら、これ飲んでさっさと寝るか?」

 

かぐやにうさぎの意匠のマグカップを差し出した。

中身はもちろん、はちみつ入りのホットミルク。

 

「おっ、わかってるねぇ隼斗♪」

 

カップを受け取って、そのまま螺旋階段へ向かうかぐや。

 

「寝ま~~す」

「おう、零すなよ。おやすみ」

「おやすみ、かぐや」

「おやすみ、彩葉、隼斗。大好きっ」

「「うん(おう)」」

 

湯気を上げるマグカップを両手に、螺旋階段を上っていくかぐや。

やはり、その振る舞いは空元気にしか見えない。

俺より早く、彩葉より早く。

自分から先に『寝る』なんて言い出したことは、今まで一度もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、隼斗……あれって」

「分からん。が、推測は出来る」

 

彩葉にマグカップを差し出し、自分のホットミルクを啜りながら考える。

ジャックされたモニターに映し出された満月。

次いで、表示された数字の羅列。

 

『2030/09/12』

 

こう区切られた数字なんぞ、日付以外には考えられない。

今日は八月三十日だ。

つまり、X-Dayまではあと十三日。

 

そして何が起こるのか。

先ほど、二人がシャワーを浴びている間に、その日に何があるかを検索した。

 

 

 

 

 

すぐに分かった。

すぐに思い当たるべきだった。

 

「九月十二日は、次の満月の日だ」

「満月って、それ……」

 

俺も、彩葉も、声には出さなかった。

出さないが、同じことを思っていた。

 

「って、隼斗!顔色、すごい悪いよ……。今日は、もう休んだほうが良いよ」

 

自覚はしている。

こんだけズキズキ痛むんだ、そりゃ顔色も悪いだろう。

ただ、少しだけバツが悪くて、目を逸らした。

 

「そんなこと言ってる場合じゃ……」

 

それでも彩葉に向き直ると、マグカップを持つ両手に力が入っていた。

ホットミルクの表面が、カタカタ揺れている。

 

「……あれだけ私に口うるさく言ってきたんだから、自分の体も大事にしてよ」

「……悪ぃ」

 

そう言い残して、俺は自室へ戻った。

ドアを閉めた瞬間、静寂が落ちる。

ベッドへ腰を下ろした瞬間だった。

 

ズキッ――――

 

こめかみの奥を、鋭い痛みが貫いた。

 

「っ……!」

 

思わず頭を押さえて、ベッドに体を横たえる。

 

「……かぐや姫の、『お迎え』……か」

 

彩葉には言わなかった言葉が、自室の天井に溶けていった。

 

 




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