「っあ゛~~~……くそ、今何時だよ……」
うわ、もう昼前じゃねえか……。
新学期前だってのに、生活リズム終わってんな……。
鉛みてえに重い体を引きずるように、螺旋階段を下りる。
一晩経って頭痛自体は治まったものの、ダルさだけはなんともならなかった。
……コーヒーでも淹れっか……。
螺旋階段を下りた先のキッチンでは、かぐやが寿司を握っていた。
……寿司?
いや待て。
寿司???
「……なんで寿司握ってんだよ」
「お!隼斗良いところに~♪」
握った寿司にハケで醤油を塗るかぐや。
そこでようやく、昨夜のことを思い出した。
「つーかオメー体調は?」
言い終わるより先に、かぐやが白身の握りを口に放り込んできた。
「なん、だこれ……うっま。いやマジで何これ」
いや待て。
なんだこれ。
白身なのは分かる。
だがそれ以外なんも分からん。
口ん中が強烈な旨味で支配されたんだが。
脳を旨味でぶん殴られて、ダルさがすっ飛んでいった。
「白甘鯛!昨日食材届くって言ったっしょ?」
「はーん白甘鯛ね……は!?白甘鯛!?」
いや待て、クソ高いやつじゃねえか!
シンク横のアラ見る限り、一尾買いか?
どこの金持ちだよ。
金持ちだったわ。
「どう?美味し?」
「クッソウメえわ。……これ炙ったらヤバそうだな」
「うわぁそれ絶対美味しいじゃん!最初は炭焼き考えてたんだけど、彩葉がダメってさ~」
「炭はダメだろ。……バーナー持ってくるわ」
炭焼きって。
室内でやるもんじゃねえだろ、死ぬわ。
ってかもしかして、既に七輪あるんじゃねえだろうな。
……行動力考えるとありそうだわ。
螺旋階段を上り、自室からトーチバーナーを持ってくる。
キッチン収納からカセットボンベを引っ張り出して装着する。
夏期講習を終えたあと、ツクヨミへログインしていた彩葉も自室から顔を出した。
バーナー片手に何かを炙ってる男を見て、怪訝そうに眉を寄せる。
そりゃそうではある。
お前見とけよ、これ食ったら飛ぶからな。
「かぐやさ~ん、隼斗さ~ん。絶好調っすか~」
「彩葉、良いところに♪」
俺にやったのと同じように、彩葉の口にも白甘鯛の握りを放り込むかぐや。
無言で咀嚼する彩葉。
飲み込んでから数秒後、ようやく口を開いた。
その横で、俺は愛用のサングラスを掛け、無駄に高い位置から藻塩をぱらぱら振っていた。
「なにこれ美味すぎ。……隼斗なにしてんの?」
「おう、ちょうどいいところに」
かぐやと同じように、彩葉の口に白甘鯛の炙りを放り込む。
今度は目を見開いたまま、しばらく動かなかった。
「なにこれ、噛んだ瞬間なくなったんだけど」
「あ―隼斗!かぐやにも!」
「待て待てすぐ次炙るから」
バーナーを点火し、次の握りに火を入れる。
今か今かと待ちきれないかぐやに注意しながら、ぱらっと藻塩を落とす。
「ほれ」と炙りを差し出すと、かぐやは当然のように口を開けた。
……しょーがねえな、ったく。
「んんまーーー♡」
「オメー指ごと行くんじゃねえよ!」
ぶつくさ言いながら一度キッチンで手を洗い、俺の分を炙る。
かぐやは楽しそうに寿司を握っては、炙って欲しい分を俺の方に流してくる。
その光景を見ながら、彩葉がそわそわと視線を泳がせていた。
一度目を伏せたかと思うと、少し恥ずかしそうに頬を染めて。
ポケットからスマホを取り出し、俺とかぐやに画面を見せる彩葉。
そこには花火大会のページが表示されていて。
「あ、あそぼー」
かぐやと顔を見合わせた。
彩葉から、
遊びに、
誘われた?
ワンテンポ遅れて、俺たちの脳が追いついた。
そして。
「ぃやった!やたやた!やったーーーー!!!!」
「オメーから遊びに誘うなんて、珍しいこともあるもんだな。良いよ、行こうぜ」
涙を流して、両手を振り上げてドタバタ喜ぶかぐや。
俺は思わず口元が緩むのを誤魔化すように、炙りへ火を入れながら応えた。
「で、いつなんだ?それ」
「あ、明日……」
「ねっ!浴衣着よ!みんなで!」
「オメーらはともかく、俺もか?男の浴衣は浮くだろ……」
「良いじゃん!みんなお揃い!……はいっ!もうお店予約しましたー!」
「くそっ、行動力の化身がよ……。ん?これ、場所は?」
「えっと、郷美。埼玉の」
埼玉かぁ……地味に遠いとこ来たな……。
都内って、縦に抜けようとするとマジで詰まるんだよな……。
「……バイクじゃちっとムズいな。しゃーねえ、じゃあ俺も電車か」
「うん。西国分寺か、府中本町で乗り換えかなって」
「……かぐや、予約したトコってのは?」
「駅前の和服レンタル屋さん!しかも手ぶらで良いんだって!」
「浴衣で電車確定~。……マジで俺浮かねえ?」
「なに着てもかっこいいよぉ♪」
「そういうことじゃ無くてな?」
「ねえねえ、浴衣選びっこしようよ!」
「あ~もうダメだ、止まらねえぞこの暴走機関車」
気付けば、俺とかぐやのやり取りはいつもの調子に戻っていた。
それを見て、彩葉はふふっと笑った。
体のダルさは、いつの間にかすっかり消えていた。
翌日の昼過ぎ。
かぐやお手製の、麺から作った塩ラーメン(俺作のチャーシュー、味玉乗せ)を食った後、三人で最寄り駅の南口へ向かった。
『夜遅くなっても平気なんだって!』とはしゃいでいた通り、浴衣は翌日返却で良いらしい。
明日から新学期のため、その場合はかぐやに任せることになるが。
……ああいや、ガッコ昼までだから別に帰ってきてから返せば良い話か。
……大分浮足立ってるかもしんねえ。
「そしたら、浴衣選ぼ!
かぐやは彩葉の選ぶから、彩葉は隼斗の!
そんで、隼斗はかぐやの選んでね!」
「俺にセンス期待すんなよ」
「隼斗に似合う浴衣ね……」
彩葉の目つきが変わった。
俺の頭から足先までをスキャンでもしてるかのようにじ~っと見つめてくる。
え、そんなガチ?
十分ほど店内を吟味して、全員が浴衣を選び終えた。
機能性重視で選ぶつもりだったんだが……まあ、それだけってのも味気ねえ。
気に入ってくれりゃいいが。
かぐやの「せーの!」の合図で見せあうと。
「あ、彩葉ひまわり選んでる!」
「かぐやも……えっ、隼斗のも?」
「いや、かぐやと彩葉は分かるが、俺ひまわりってガラか?」
「いやいや、私の方がひまわりっぽくなくない?」
……いや、むしろ彩葉が一番ひまわりが似合うだろ。
凛と立ってて、目標に向かって真っすぐで、でも少し危うい。
本人は絶対認めねえだろうけど。
「かぐやは二人ともひまわりっぽいと思うけどな~!それに、お揃いだし♪」
かぐやが俺の選んだ浴衣を抱きしめながら笑う。
「ね、隼斗は何でこれ選んでくれたの?ちなみにかぐやは~彩葉、白めっちゃ似合うじゃん?
そんで、ひまわりって一人で真っ直ぐ立ってて、綺麗で、彩葉っぽいから!」
「フィーリング~……」
改めて問われると、言葉にするのがこっぱずかしい。
……ま、別に困ることでもねえか。
「オメー、絶対動き回って汚すだろ。
特に祭りの屋台メシなんてテーブルとかねえからな。だから紺色」
「心外!」
「柄はあった方が良いと思ったから、目に付いたひまわりにした。
あとは……なんつーか、騒がしいくせに、なんか周り明るくなる感じ?
気付いたら周りに人集まってる感じが、オメーっぽかった」
「隼斗ぉ~」
うっせ、によによすんな。
かぐやから目を逸らして、彩葉の選んだ浴衣に目を向ける。
黒に近い濃紺の浴衣だった。
浴衣全体にアッシュグレーの大きなひまわりの柄が配置されている。
落ち着いたダークトーンでまとめられた、シックな雰囲気だった。
「で、彩葉は何でこれにしたんだ?」
「わ、私にも聞くの?」
「聞くだろ。派手すぎねえのは助かるが、なんでひまわりなんだ?」
さっきも言ったけど、ひまわりってガラじゃねえだろ、俺。
「……な、なんとなく」
「絶対嘘だろ」
「う……だ、だって……」
それで許す俺だと思うなよ。
無言でじっと見つめる。
……逃がさねえ。
こちとら散々弄られたんだ。
今度はお前の番だろ。
暫く無言が続くと、観念したように彩葉は口を開いた。
……なんでちょっと頬染めてんだ。
「……ひまわりって、太陽の方ちゃんと向いて咲くじゃん」
「ん?おう、で?」
「かぐやって、太陽みたいだから」
「それは分かる」
実際、俺もそんなイメージでかぐやの浴衣にひまわり柄を選んだところもある。
「で、隼斗は……その隣に居る感じ」
「隣?」
「……なんか、前に出て引っ張るって言うより。後ろで見てるって言うか」
彩葉はちら、と浴衣へ視線を落とした。
「だから、居ると安心するし……なんか、大人っぽいからかな」
「褒めてんのかそれは」
……その『大人っぽい』っての、ちょっと複雑なんだが。
引っ越しん時に業者に「ご主人」って言われたの、地味にまだ気にしてんだぞ。
「ほ、褒めてるよ」
むすっとしたあと、彩葉は小さく続ける。
「でも、昼のひまわりってイメージじゃなくて」
「……?」
「昼の太陽に向かってるひまわりっていうより……夜でも、ちゃんとそこに居る感じ」
「なんだそれ」
「だから濃紺。黒じゃなくて、ちょっと青入ってるやつ」
彩葉は言い切ると、恥ずかしくなったのかふいっと視線を逸らした。
「……そんな風に見えてんのか俺」
思わず漏れた声に、彩葉は少しだけ目を丸くした。
「……うん」
たった一言なのに、妙に頭から離れなかった。
「それでは、お着付け始めますので」
店員の声に、俺たちは揃って振り返った。
彩葉はまだ少しだけ気まずそうに視線を逸らしたまま。
かぐやは「はーい!」と元気よく手を挙げる。
……助かった。
あのまま見つめられてたら、たぶんこっちが持たねえ。
「男性の方はこちらにお願いします」
「うっわ、なんか本格的だな……」
店員に連れられ、更衣スペースへ向かう。
帯を締められて。
小物のカンカン帽と、信玄袋を選んで。
気付けば、鏡の前には『いつもの俺』とは違う姿が立っていた。
……なんかこれ、前にツクヨミで使ってたアバターっぽいな。
……うわ、マジで浴衣じゃん。
これで電車かぁ。
……いや、他にもいるだろ、きっと。
「隼斗ー!終わったよー!」
聞き慣れた声に振り返る。
店の奥から出てきたかぐやは、ひまわり柄の浴衣を揺らしながら、くるりと一回転した。
ゆるく巻いた髪には、百合をモチーフにした紫色の髪飾り。
「どー!?似合う!?」
その後ろから、少し遅れて彩葉も姿を見せる。
白地の浴衣に、赤い帯。
ゆるくウェーブがかかって、整えられた髪。
かぐやと色違いの、水色の百合の髪飾り。
「……まあ、似合ってるんじゃねえの」
「えー!隼斗、もっとなんかないの~!?」
かぐやは唇を尖らせて、彩葉は落ち着かない様子で袖を摘まみ、視線だけこっちへ向けていた。
……我ながら言い方終わってんな。
憎まれ口しか叩けねえのか。
いや、良くねえわ。
ちゃんと褒めるべきとこだ、ここは。
「……いや、似合ってる、二人とも。かぐやはひまわり柄がイメージにバッチリ合ってるし、」
一瞬言葉を探して、彩葉の方を見る。
白地の浴衣に、鮮やかなひまわり。
普段より少しだけ柔らかく見える雰囲気に、不覚にも目を奪われた。
「彩葉は……白、そんな派手にならねえんだな。柔らかい雰囲気で、似合ってる。
……その髪型も、普段よりなんというか、……ずるい」
「…………は?」
数秒遅れて、彩葉の顔が一気に赤くなる。
「な、なに。急にそういうこと言うの……そっちのがずるい!」
耳まで真っ赤にしながら、視線を逸らす彩葉。
そのまま帯の端をぎゅっと掴んで、落ち着かなさそうに視線を泳がせる。
「いや、だって隼斗そういうの普段言わないじゃん……」
声がどんどん小さくなる。
かぐやはそんな彩葉を見て、ぱあっと顔を輝かせた。
「えっ、なになに!?彩葉照れてる!?かわい~!」
「う、うるさいっ!」
「隼斗もっと言って!追撃追撃!」
「アホか、もう言わん。絶対ェ言わん」
けれど。
彩葉は逸らした視線のまま、小さく口元を緩めていた。
店先の大鏡の前。
並んだ三人の姿が映る。
「和服よき~☆」
「……や、やっぱりちょっと変じゃない?」
「さっき似合うって言ったろ。……なあやっぱ俺は浮いてねえ?」
「二人ともなに着ても似合うよ~~~♪」
彩葉に頬ずりしながらかぐやは言う。
そうだったらいいんだがなぁ。
……おいこっちには頬ずりすんなよ、テンション高えなおい。
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