今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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24話

 

「ふう、間に合った」

「かさばるもん全部俺に渡しやがって」

 

右手にタコ焼きと焼きそばの入ったビニール袋、左手にじゃがバターのトレイを持って、

土手に敷かれたレジャーシートに座る。

 

彩葉は苺シロップのかき氷と唐揚げのカップを落とさないよう、慎重に座った。

 

大量の食いモンを買い込んだ当のかぐやは、右手にトルネードポテトと牛串、

左手に焼き鳥を抱えている。

牛串を齧りながら、どかっとシートに座り込む。

 

「ひょわぁ~~~楽しすぎ!楽しキングダム!

 

なんだその王国は。

ひとりで勝手に建国しやがった。

かぐやは大量の串を彩葉の唐揚げカップに置くと、両手を頭の上で合わせてポーズを決めた。

それを見た彩葉が、こういう感じか?と言わんばかりに同じポーズをする。

なにやってんだこいつら。

タコ焼きを一つ頬張りながら、二人に呆れた目を向けた。

……あちっ。

 

「うぇ~い、彩葉真似っこ~」

 

肘でうりうりと彩葉を小突きながら、かぐやが指をさす。

その右腕にいつも輝いている銀の腕輪がチャリ、と鳴った。

 

「……いつも着けてるよね、それ」

「ん?あぁ、なんか落ち着くんだ~。『故郷』って感じ?」

 

少し目を伏せた彩葉。

 

「……そんな大事なもんなら、どっかで落としたりすんなよ」

「落とさないも~ん!」

 

その時。

パン、パンッと、軽い音と共に幾つかの白煙が空に上がった。

 

「おっ」

 

花火大会開始の号砲。

一瞬遅れて、河川敷のスピーカーからアナウンスが流れ始める。

 

『第25回さとみ花火大会――』

 

周囲のざわめきが、期待を帯びたものに変わっていく。

川風が、火照った肌を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かぐやは膝を抱えたまま、ぽつりと呟いた。

 

「月ってさ、味も温度もなくてマジつまんないの。

 決められた役割をずーーっと繰り返すだけなんだよね」

 

……やっぱり、記憶戻ってんのか。

射的で落としたタバコ型のラムネ菓子を咥え、かぐやの言葉を聞く。

 

 

「……全然、想像できない」

 

 

かぐやから目を逸らしながら、彩葉が小さく零す。

 

 

「かぐやだけ、浮いてたんだ」

 

 

花火が上がる。

夜空に大輪の花を開き、数瞬遅れて、振動が鼓膜と腹の底に響いた。

 

「わぁ……!」

 

花火の光を映して、かぐやの瞳がきらきらと揺れる。

 

「……人の故郷に抱く感想じゃねえが、俺は絶対月じゃやっていけねえな」

「そだね。隼斗にはちょっと、キツいかも」

 

白い肌を花火の色に染めながら、かぐやが続ける。

 

「寂しいし、退屈。

 毎日繰り返し『退屈、死にそう』、『もうやだ、どっか行きたーい!』って思って、

 窓から彩葉たちの世界を見たら、みんな好き勝手動いてて、複雑で、一回きりで、

 自由に見えた」

 

カニ釣りで釣り上げた三匹のカニが、水の入った袋の中で歩いている。

 

「……でも、みんな抑えてもいるんだよね、自分の気持ち。もっと大事なもののために」

 

彩葉は少しだけ目を細めて、かぐやの顔を見る。

けれどすぐに、逃げるみたいに視線を逸らした。

 

「……なに、大人じゃん」

「へへ、彩葉のまね~」

 

花火の光が、透明な袋の水面を照らす。

三匹のカニは狭い袋の中を忙しなく歩き回っていた。

……結局、好き放題だけで生きてるやつなんて居ねえんだろうな。

 

「……好き勝手やるだけじゃガキなんだよ。

 抑えるところじゃ抑えて、その上でやりたいことやってこそ『人生』だろ。違うか?」

「へへ、隼斗からもいろいろ学ばせてもらいました!」

 

 

 

 

一拍おいてから。

花火の上がる夜空を見上げ、かぐやが微笑みながら口を開いた。

 

 

 

 

「彩葉、いっこ聞いていい?」

「なに?」

「彩葉はお母さんのこと、好き?」

 

 

 

 

 

花火が上がる。

空を色とりどりに染め上げる。

彩葉はすぐに答えなかった。

 

花火の光が、かき氷の溶けかけたシロップを赤く染める。

手の中のスプーンを、ぎゅっと握った。

 

 

 

 

好き、嫌い。

そんな二つで分けられるような、単純な感情じゃない。

 

 

 

 

 

「……どうだろう、わかんないな」

 

喉の奥が詰まって、うまく声にならない。

それでも、ひとつずつ言葉を探す。

目に涙が溜まっているのが、自分でもよく分かった。

普段の厳しいお母さん。

お父さんといる時だけ、少し柔らかかったお母さん。

お父さんがいなくなって、笑わなくなったお母さん。

 

「そうだね。嫌いになれたらな、って何回も思ったよ」

 

でも、大好きだった。

 

認めて欲しかった。

そのためなら、自分の身を顧みないほどに。

かぐやの目にも、じわりと涙が滲んだ。

 

 

 

「そんなん、彩葉余計かわいそうじゃん。ってかごめんね!怒ったって良かったのに」

「『かぐやにはわかんない』って、言いたかったっしょ?」

 

 

 

───あんたには、まだわからん。

不意に、お母さんの声が蘇る。

棺の前で涙ひとつ流さないお母さんと、泣きじゃくる私。

 

 

 

 

 

───おかあさんは、かなしくないの?

今思えば、悲しくないわけがない。

辛くないわけがない。

でも、私はただお父さんがいなくなって寂しいね、って。

お父さんのこと、大好きだったよねって、お母さんと話したかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うよ、言いたかったんじゃない。……言いたくなかったの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お父さんのお葬式の時、お母さんにその言葉を言われた時。

すごく悲しかったから。

 

「二人には、言いたくなかったの」

「そっか。……隼斗は?家族のこと、どう思ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

泣きそうな顔を隠すみてえに俯く彩葉に、なんて声を掛けりゃいいのか分からなかった。

 

「改まって聞かれるとな。……そうだな、関係は悪くねえと思う。

 特段問題があるわけでもねえ、かと言ってどう思ってるかと聞かれると……わかんねえな」

「そうなの?つぐみとあんなに仲良さそうなのに」

 

本当に分からないと言わんばかりの顔で、かぐやは首を傾げた。

 

「そりゃもちろん大事には思ってる。でも、うざってぇと思う時もある。

 そんなもんだろ。白黒はっきり分けられるもんじゃねえ」

「そっか、そんなもんなんだね」

 

それを最後に、三人とも口を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花火の破裂音と、ぱらぱらと散る火の音。

周囲の雑踏だけが、やけに大きく聞こえた。

気が付くと、シートに投げ出していた俺の左手に、かぐやの手が重なっていた。

……ほんの二か月前まで、両手で抱えられるくらい小さかったんだがなぁ。

 

「ね、かぐや」

「うん?」

 

反対側のかぐやの右手を握りながら、彩葉は次の言葉を紡ぐ。

多分、とんでもない覚悟を込めながら。

 

 

 

 

 

 

 

「帰っちゃうの?」

「いや~……仕事放り出してきちゃってさ。強制送還的な~?アハハハ……」

 

 

 

 

 

 

 

寂しげに笑いながら、バツが悪そうにかぐやが答える。

 

「かぐやは、かぐや姫だったみたい」

 

 

 

 

 

 

 

息を呑み、目を見開く彩葉。

……ああ。やっぱり、か。

コラボライブの時に見た、あの数字。

『2030/09/12』――あれが。

 

「次の満月の夜にお迎えが来る」

「お迎えって、うちに?」

 

目を伏せながら、彩葉が重ねて問いかける。

かぐやは……多分、わざとおどけているんだろう。

左手の人差し指をわざとらしく頬に当てながら答えた。

 

「う~ん、たぶんツクヨミにかな。仮想の世界って月ととても近いから」

「……また、逃げればいいじゃん」

 

溶けかけているかき氷を、ストローのスプーンでぐしゃぐしゃにしながら彩葉が言う。

 

「かぐやは、かぐや姫じゃないよ。

 もっとはちゃめちゃで、めちゃくちゃで、だから、おとぎ話とは違う……」

 

その彩葉を見て、わざとらしいほど明るい声色を作ったかぐやが続けた。

 

「そんなはちゃめちゃかぐや姫にもお迎えが来ましたが、

 最後の日までめちゃくちゃ楽しく過ごしましたとさ……って、そういうのがさ、良いじゃん!」

 

花火が上がる。

気付けば、大玉の花火が立て続けに夜空に咲いていた。

 

 

 

 

 

「これがわたしのエンディング!超~楽しく、運命に向かって走ってく!」

 

 

 

 

 

まるで特撮のヒーローのように、かぐやはポーズをしながら決め台詞みてえに言い放った。

……へったくそな作り笑いしやがって。

無理してんの見え見えなんだよ。

 

 

 

「……それ、ただの自己満だろ」

 

 

 

我慢できずに、声が漏れた。

無意識にガリッとタバコ型のラムネを噛み砕く。

かぐやと彩葉が驚いた顔で目を向けてきた。

 

「綺麗に締めて満足してるの、お前だけだ。連れてくって言ってたろ、俺も彩葉も」

 

自分で思ったより低い声が出たことに、自分で驚いた。

イラつく。

いつも好き勝手で。

バカみてえに笑って。

誰より楽しそうに生きてる。

そんなお前が、無理して笑ってるのが、無性に癪に障った。

 

 

 

 

「似合わねえ作り笑いしやがって。

 残される側のこと、ミリも考えてねえエンディングが『ハッピーエンド』なわけあるかよ」

 

 

 

 

また、苦笑い。

 

「へへ、隼斗は手厳しいなぁ。

 …………そりゃ、本当はさ?もっともっと彩葉と歌いたかったし、隼斗とバカやりたかったよ。

 新しい曲だって、お料理だって挑戦したいの、まだまだたくさん」

 

眉を寄せて、困ったように笑うかぐや。

あっ、となにかを思いついたかのように指を弾くと。

 

「そうだ!ライブしたいな、お迎えが来る日。派手に!」

 

 

 

 

 

 

特大の花火が上がる。

弾ける音と光が、腹の底を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

「うおおお~!腹に響く!煙の臭い!いいなぁ───」

 

食い入るように火花を見つめるかぐやは、花火の大輪にも負けない笑顔を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは誰も口を開かず、黙って空を見上げ続けた。

花火も終わり、周囲に誰もいなくなり、屋台も終わって川のせせらぎが聞こえるようになるまで。

 

「もう、おうちに帰らなくちゃ」

 

かぐやが静かにそう言うまで、俺も彩葉も口を開かなかった。

 

「帰れなくなっちゃう」

 




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