「ふう、間に合った」
「かさばるもん全部俺に渡しやがって」
右手にタコ焼きと焼きそばの入ったビニール袋、左手にじゃがバターのトレイを持って、
土手に敷かれたレジャーシートに座る。
彩葉は苺シロップのかき氷と唐揚げのカップを落とさないよう、慎重に座った。
大量の食いモンを買い込んだ当のかぐやは、右手にトルネードポテトと牛串、
左手に焼き鳥を抱えている。
牛串を齧りながら、どかっとシートに座り込む。
「ひょわぁ~~~楽しすぎ!楽しキングダム!」
なんだその王国は。
ひとりで勝手に建国しやがった。
かぐやは大量の串を彩葉の唐揚げカップに置くと、両手を頭の上で合わせてポーズを決めた。
それを見た彩葉が、こういう感じか?と言わんばかりに同じポーズをする。
なにやってんだこいつら。
タコ焼きを一つ頬張りながら、二人に呆れた目を向けた。
……あちっ。
「うぇ~い、彩葉真似っこ~」
肘でうりうりと彩葉を小突きながら、かぐやが指をさす。
その右腕にいつも輝いている銀の腕輪がチャリ、と鳴った。
「……いつも着けてるよね、それ」
「ん?あぁ、なんか落ち着くんだ~。『故郷』って感じ?」
少し目を伏せた彩葉。
「……そんな大事なもんなら、どっかで落としたりすんなよ」
「落とさないも~ん!」
その時。
パン、パンッと、軽い音と共に幾つかの白煙が空に上がった。
「おっ」
花火大会開始の号砲。
一瞬遅れて、河川敷のスピーカーからアナウンスが流れ始める。
『第25回さとみ花火大会――』
周囲のざわめきが、期待を帯びたものに変わっていく。
川風が、火照った肌を撫でた。
かぐやは膝を抱えたまま、ぽつりと呟いた。
「月ってさ、味も温度もなくてマジつまんないの。
決められた役割をずーーっと繰り返すだけなんだよね」
……やっぱり、記憶戻ってんのか。
射的で落としたタバコ型のラムネ菓子を咥え、かぐやの言葉を聞く。
「……全然、想像できない」
かぐやから目を逸らしながら、彩葉が小さく零す。
「かぐやだけ、浮いてたんだ」
花火が上がる。
夜空に大輪の花を開き、数瞬遅れて、振動が鼓膜と腹の底に響いた。
「わぁ……!」
花火の光を映して、かぐやの瞳がきらきらと揺れる。
「……人の故郷に抱く感想じゃねえが、俺は絶対月じゃやっていけねえな」
「そだね。隼斗にはちょっと、キツいかも」
白い肌を花火の色に染めながら、かぐやが続ける。
「寂しいし、退屈。
毎日繰り返し『退屈、死にそう』、『もうやだ、どっか行きたーい!』って思って、
窓から彩葉たちの世界を見たら、みんな好き勝手動いてて、複雑で、一回きりで、
自由に見えた」
カニ釣りで釣り上げた三匹のカニが、水の入った袋の中で歩いている。
「……でも、みんな抑えてもいるんだよね、自分の気持ち。もっと大事なもののために」
彩葉は少しだけ目を細めて、かぐやの顔を見る。
けれどすぐに、逃げるみたいに視線を逸らした。
「……なに、大人じゃん」
「へへ、彩葉のまね~」
花火の光が、透明な袋の水面を照らす。
三匹のカニは狭い袋の中を忙しなく歩き回っていた。
……結局、好き放題だけで生きてるやつなんて居ねえんだろうな。
「……好き勝手やるだけじゃガキなんだよ。
抑えるところじゃ抑えて、その上でやりたいことやってこそ『人生』だろ。違うか?」
「へへ、隼斗からもいろいろ学ばせてもらいました!」
一拍おいてから。
花火の上がる夜空を見上げ、かぐやが微笑みながら口を開いた。
「彩葉、いっこ聞いていい?」
「なに?」
「彩葉はお母さんのこと、好き?」
花火が上がる。
空を色とりどりに染め上げる。
彩葉はすぐに答えなかった。
花火の光が、かき氷の溶けかけたシロップを赤く染める。
手の中のスプーンを、ぎゅっと握った。
好き、嫌い。
そんな二つで分けられるような、単純な感情じゃない。
「……どうだろう、わかんないな」
喉の奥が詰まって、うまく声にならない。
それでも、ひとつずつ言葉を探す。
目に涙が溜まっているのが、自分でもよく分かった。
普段の厳しいお母さん。
お父さんといる時だけ、少し柔らかかったお母さん。
お父さんがいなくなって、笑わなくなったお母さん。
「そうだね。嫌いになれたらな、って何回も思ったよ」
でも、大好きだった。
認めて欲しかった。
そのためなら、自分の身を顧みないほどに。
かぐやの目にも、じわりと涙が滲んだ。
「そんなん、彩葉余計かわいそうじゃん。ってかごめんね!怒ったって良かったのに」
「『かぐやにはわかんない』って、言いたかったっしょ?」
───あんたには、まだわからん。
不意に、お母さんの声が蘇る。
棺の前で涙ひとつ流さないお母さんと、泣きじゃくる私。
───おかあさんは、かなしくないの?
今思えば、悲しくないわけがない。
辛くないわけがない。
でも、私はただお父さんがいなくなって寂しいね、って。
お父さんのこと、大好きだったよねって、お母さんと話したかったんだ。
「違うよ、言いたかったんじゃない。……言いたくなかったの」
お父さんのお葬式の時、お母さんにその言葉を言われた時。
すごく悲しかったから。
「二人には、言いたくなかったの」
「そっか。……隼斗は?家族のこと、どう思ってる?」
泣きそうな顔を隠すみてえに俯く彩葉に、なんて声を掛けりゃいいのか分からなかった。
「改まって聞かれるとな。……そうだな、関係は悪くねえと思う。
特段問題があるわけでもねえ、かと言ってどう思ってるかと聞かれると……わかんねえな」
「そうなの?つぐみとあんなに仲良さそうなのに」
本当に分からないと言わんばかりの顔で、かぐやは首を傾げた。
「そりゃもちろん大事には思ってる。でも、うざってぇと思う時もある。
そんなもんだろ。白黒はっきり分けられるもんじゃねえ」
「そっか、そんなもんなんだね」
それを最後に、三人とも口を閉ざした。
花火の破裂音と、ぱらぱらと散る火の音。
周囲の雑踏だけが、やけに大きく聞こえた。
気が付くと、シートに投げ出していた俺の左手に、かぐやの手が重なっていた。
……ほんの二か月前まで、両手で抱えられるくらい小さかったんだがなぁ。
「ね、かぐや」
「うん?」
反対側のかぐやの右手を握りながら、彩葉は次の言葉を紡ぐ。
多分、とんでもない覚悟を込めながら。
「帰っちゃうの?」
「いや~……仕事放り出してきちゃってさ。強制送還的な~?アハハハ……」
寂しげに笑いながら、バツが悪そうにかぐやが答える。
「かぐやは、かぐや姫だったみたい」
息を呑み、目を見開く彩葉。
……ああ。やっぱり、か。
コラボライブの時に見た、あの数字。
『2030/09/12』――あれが。
「次の満月の夜にお迎えが来る」
「お迎えって、うちに?」
目を伏せながら、彩葉が重ねて問いかける。
かぐやは……多分、わざとおどけているんだろう。
左手の人差し指をわざとらしく頬に当てながら答えた。
「う~ん、たぶんツクヨミにかな。仮想の世界って月ととても近いから」
「……また、逃げればいいじゃん」
溶けかけているかき氷を、ストローのスプーンでぐしゃぐしゃにしながら彩葉が言う。
「かぐやは、かぐや姫じゃないよ。
もっとはちゃめちゃで、めちゃくちゃで、だから、おとぎ話とは違う……」
その彩葉を見て、わざとらしいほど明るい声色を作ったかぐやが続けた。
「そんなはちゃめちゃかぐや姫にもお迎えが来ましたが、
最後の日までめちゃくちゃ楽しく過ごしましたとさ……って、そういうのがさ、良いじゃん!」
花火が上がる。
気付けば、大玉の花火が立て続けに夜空に咲いていた。
「これがわたしのエンディング!超~楽しく、運命に向かって走ってく!」
まるで特撮のヒーローのように、かぐやはポーズをしながら決め台詞みてえに言い放った。
……へったくそな作り笑いしやがって。
無理してんの見え見えなんだよ。
「……それ、ただの自己満だろ」
我慢できずに、声が漏れた。
無意識にガリッとタバコ型のラムネを噛み砕く。
かぐやと彩葉が驚いた顔で目を向けてきた。
「綺麗に締めて満足してるの、お前だけだ。連れてくって言ってたろ、俺も彩葉も」
自分で思ったより低い声が出たことに、自分で驚いた。
イラつく。
いつも好き勝手で。
バカみてえに笑って。
誰より楽しそうに生きてる。
そんなお前が、無理して笑ってるのが、無性に癪に障った。
「似合わねえ作り笑いしやがって。
残される側のこと、ミリも考えてねえエンディングが『ハッピーエンド』なわけあるかよ」
また、苦笑い。
「へへ、隼斗は手厳しいなぁ。
…………そりゃ、本当はさ?もっともっと彩葉と歌いたかったし、隼斗とバカやりたかったよ。
新しい曲だって、お料理だって挑戦したいの、まだまだたくさん」
眉を寄せて、困ったように笑うかぐや。
あっ、となにかを思いついたかのように指を弾くと。
「そうだ!ライブしたいな、お迎えが来る日。派手に!」
特大の花火が上がる。
弾ける音と光が、腹の底を揺らした。
「うおおお~!腹に響く!煙の臭い!いいなぁ───」
食い入るように火花を見つめるかぐやは、花火の大輪にも負けない笑顔を咲かせた。
それからは誰も口を開かず、黙って空を見上げ続けた。
花火も終わり、周囲に誰もいなくなり、屋台も終わって川のせせらぎが聞こえるようになるまで。
「もう、おうちに帰らなくちゃ」
かぐやが静かにそう言うまで、俺も彩葉も口を開かなかった。
「帰れなくなっちゃう」
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