今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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26話

 

夜も遅くなってきた頃、彩葉の部屋に差し入れを持っていった。

はちみつ入りのホットミルクを乗せたトレイを片手に、ドアをノックした。

少し遅れて反応があった。

ドアを開けると、彩葉は顎に手を当てたままモニターを睨んでいた。

 

「そんなに作曲詰まってるのか?」

「……あ、ありがと」

 

マグカップを差し出しながら彩葉の肩越しにモニターを覗き込むと、

彩葉はそこでようやく視線を上げた。

……生返事だったのか、ノックの返答。

 

「いや……ちょっと、ここ聞いてみてくれる?」

 

ワイヤレスイヤホンを片耳だけ差し出してくる彩葉。

……イヤホンのシェアって普通嫌がらんか?

まあ良いか、こいつから渡してきてんだし。

受け取ったイヤホンを右耳に着ける。

彩葉が無言で再生ボタンを押した。

 

「……ん?サビのメロ?……どっかで聞いたことあるような」

「……やっぱり」

 

彩葉の声が、少しだけ強張っていた。

 

「……これ、かぐやにも言ったんだけど……お父さんと作ってた最後の曲なんだ」

「……亡くなったの、10年前って言ってなかったか?」

 

にしては、最近聞いたことがあるような……。

……あ。

 

「『Remember』?ヤチヨの」

「……うん、私もそう思った」

 

……ああ、道理で聞き覚えがあるわけだ。

かぐやを拾ってきた初日、彩葉が泣き止まないあいつに歌ってた子守歌だ。

……いや、問題はそこじゃねえ。

 

「……いや、どういうことなんだ?」

「……そうだよね。言っとくけど盗作とか、聞きすぎて無意識に入れ込んだわけじゃないから」

 

少なくとも、このメロは間違いなく父と一緒に作った部分だと、彩葉は言った。

ヤチヨがデビューするよりはるか前に。

 

「……ヤチヨが、どっかでこの曲知ってたってことか?」

「それも無い。だってこの曲は……かぐやが掘り起こすまで、

 ずっとこのPCに眠ったままだったんだから」

「……じゃあ余計に意味分かんねえだろ」

 

頭の中で順番を整理する。

 

彩葉が父親と一緒に曲を作ったのは十年前。

『Remember』が世に出たのは、それよりずっと後だ。

しかもこの曲はずっと未公開だった。

 

なのに、同じメロが入ってる。

 

……意味が分からねえ。

偶然にしちゃ、妙に気持ち悪かった。

 

「……ごめん、変なこと聞いちゃった」

 

黙り込んだ俺を見て、彩葉が小さく謝った。

 

「……時間も無いし、まだワンコーラスも完成してないし」

 

彩葉は小さく頭を振って、作曲ソフトに向き直った。

 

「偶然だよ。たまたま、ワンフレーズ似ちゃっただけ」

「……そんなことあるか?」

「……無いとは言い切れないでしょ。曲なんて世の中に山ほどあるんだから。

 ……たまたま似ることだって、あるよ」

 

自分に言い聞かせるみたいな声だった。

……でも。

あのヤチヨの反応を見たあとだと、『偶然』って言葉がやけに軽く聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、その日は答えなんて出なかった。

彩葉は疑問を飲み込むみたいに、またキーボードへ向き直る。

俺もそれ以上は聞けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かぐやっほー!今日はジュンヨウとコラボだよ~」

「よー、ジュンヨウだ。卒業コメで空気湿らせたやつから即ブロックしてくから、

 そこんとこヨロ」

「しないよぉ!?今日は、作り置きして冷凍できるお惣菜の料理配信をしていくよ!」

 

彩葉のサポートをしながら、時々かぐやの配信にも駆り出される。

……。

作り置き。

冷凍保存。

初心者でも作れる簡単レシピ。

 

そんな単語が並ぶたび、胸の奥が妙にざわつく。

でも、それを繋げて考えちまったら、戻れない気がして。

俺は何も言えなかった。

 

その合間を縫って、黒鬼の三人とKASSENにも潜った。

来る決戦に向けて、足を引っ張らぬように。

 

「ジュンヨウ~、右のミニオンズ見えてる?」

「わぁってる!」

 

んなの乃依に言われるまでもねえ!

全部見えてんだ!

どこが危ねぇかも、どの手を切るべきかも分かってる。

でも間に合わねえ。

やっぱ集団戦の経験が圧倒的に足りねえ!

銃形態に切り替えた頃には、既に乃依の矢が敵を蹴散らしてる!

 

「だー、くっそ!」

「荒れてんなぁ」

「まーよくやれてる方だと思うけどね」

「……『よくやれてる』じゃダメなんだよ」

 

マッチングの待機中、幕営地で頭を掻きむしる。

 

「時間がねえんだ。即席でも、お前らの足引っ張らねえくらいにはならねえと」

「……気持ちは分かるがよ、ジュンヨウ。焦ってもしょうがねえだろ。

 ……動きが雑になってきてるぞ。目も頭もそろそろ限界だろ、お前」

 

帝が肩を叩きながら顔を覗き込んでくる。

 

「まだいける。とにかく俺に足りねえのは経験なんだ、数をこなさねえと」

「ただ数をこなすだけじゃ意味無いけど?」

 

乃依が頭の後ろで組んでいた手を広げながら、からかうように言う。

それも分かってはいる、分かっちゃいるが。

 

「……ジュンヨウ、一つ良いか」

「……なんだよ」

 

今まで沈黙を保っていた雷がふと声を掛けてきた。

見当違いだったらすまないが、と前置きしながら続ける。

 

「お前は、全部ひとりでやろうとしてないか」

「……は?」

「違ったか?」

 

小首を傾げる雷。

 

「あー、そういうことか」

「ジュンヨウ焦りすぎ」

 

帝と乃依が納得したような声を上げる。

いや、どういうことだ。

 

「乃依のさっきの通信も、煽っているわけじゃない。『右のミニオンこっちでやるよ』の意味だ」

「……いや、見えてたから撃とうとしただけだろ」

「それだ」

「は?」

「見えてる全部を、お前ひとりで拾おうとしてる。KASSENは『チームデスマッチ』だ」

 

お前ひとりで戦っているわけじゃない、と雷は続けた。

その言葉が、やけに胸にストンと落ちた。

 

「KASSENに限ったことでもねえけどな。彩葉もそうだけど、お前ももっと人を頼れ」

「……だから、お前らに声掛けたんだろ」

「それで満足してる時点で半端だろ。そんなに俺たちは頼りねえか?」

 

あー……。

思い返してみりゃ、確かにそうだ。

声掛けて、頭数だけ揃えて、頼ったつもりになってた。

彩葉にあんだけ人に頼れっつっといて、俺がこのザマか。

なっさけねえ~……。

幕営地の柵にもたれかかって顔を覆う。

 

「う~わ、恥っず……」

「ね~?いまどんな気持ち~?」

「煽るな、乃依」

 

いつの間にか、マッチング待機の表示が消えていた。

どうやらキューを止めていたらしい。

 

「お話してたから、ちょっとマッチング止めてたんだけど~。どうする?まだKASSENする?」

 

聞き慣れた声に顔を上げる。

 

いつの間に来ていたのか、ヤチヨが欄干の上に腰掛けていた。

脚をぶらぶら揺らしながら、こちらを見下ろしている。

 

「あー、今日はこの辺――」

「あと一戦だけやらせてくれ」

 

帝の言葉を食い気味に遮って、口が先に動いていた。

 

「お前、もう今日はやめとけってさっき言ったろ」

 

帝が真剣な表情で止めてくる。

帝の言うことも分かる。

分かっちゃいるんだ。

 

「……今ここで止めたら、また一人で何とかしようとする気がしてんだ。頼む。

 ……今度はちゃんと、お前ら頼るから」

 

帝がしばらく黙って、深く息を吐いた。

 

「……ズルいぞ、その言い方」

 

ったく、と帝が頭を掻く。

 

「おや、まだやる気だねぇ隼斗」

「……ちょっと整理できた」

 

雷の言葉が、まだ頭に残っていた。

全部、自分ひとりで抱え込もうとしていた。

だったら――。

聞くべきことも、ちゃんと聞かなきゃならねえ。

 

「その前に、一つ聞いて良いか」

 

ヤチヨの目が、わずかに細まった。

 

「作戦会議の後の話だよね?」

「……分かってんなら話が早い」

 

ヤチヨは欄干からひらりと飛び降りる。

 

「いやぁ、でもなぁ~。ヤッチョにも乙女の秘密の一つや二つはあるというか」

「お前それで押し通す気か?」

「失敬な。8000年生きてるけど気持ちは乙女のAIライバーだよ?」

 

乃依が吹き出した。

 

「どの口が言ってんの~」

「この口だよ~?」

 

ヤチヨが自分の頬をつつく。

 

……誤魔化してる。

いつもの調子だ。

 

でも。

 

「……なんで俺の名前知ってた」

 

その瞬間だけ。

ヤチヨの笑みが、ほんのわずかに止まった。

 

「隼斗」

 

低い声だった。

いつもの軽薄さが、一瞬だけ消える。

 

「隼斗はさ、どこまで知りたいの?」

 

乃依が、ぱたりと口を閉じた。

俺は喉の奥が妙に乾くのを感じながら、ヤチヨを見返した。

 

「……全部だ。お前が隠してるもん、全部」

 

ヤチヨは数秒、黙っていた。

それから、ふっと困ったように笑う。

 

「それを話すには、まだ少しばかり早いかなぁ」

「またそれかよ」

「ごめんね」

 

申し訳なさそうに笑ってるくせに、核心だけは絶対に触れない。

逃がすかよ。

そう思った瞬間。

 

「――ただ」

 

ヤチヨが、ゆっくりとこちらを見る。

 

「わたしは、彩葉も、かぐやも……隼斗のことも、大事に思ってるよ」

 

その言葉だけは、冗談にも誤魔化しにも聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帝ォ!奥の連中任した!」

「お前いきなり人使い荒くなってんぞ!」

「頼らせてくれんだろ!」

「振れ幅が極端すぎんだよ!丁度いい塩梅はねえのか!」

「何分初心者なもんで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月12日(X-Day)は、拍子抜けするくらいあっさりやってきた。

日付が変わった瞬間にお迎えとやらが来たらどうしたもんか。

と、並べた布団の中で考えていたのは、俺と彩葉だけのようで、かぐやはぐーすか寝こけていた。

……抱き着いてくんじゃねえ、暑苦しい!と、彩葉の方に押し出す羽目になった。

 

 

 

 

彩葉の新曲も、ワンコーラスだけだが何とかライブに間に合ったようだ。

タイトルは『Reply』。

作曲、編曲は彩葉、作詞はかぐやだ。

その新曲のメロを鼻歌交じりに、配信部屋でライブの準備をしているかぐや。

彩葉は愛用のキーボードの調整をしていた。

 

俺はライブに出演するわけじゃないが、コラボライブのときのように同じ部屋からログインする。

……とはいえ、俺だけ手持無沙汰だ。

 

「あー、あっ、あっ。マイクテスト」

 

かぐやがマイクに向かって声を吹き込む。

またハミングしていたかと思うと、ふっとかぐやの姿が消えた。

キーボードを調整していた彩葉が狼狽する。

 

「……え?かぐや!?」

「……落ち着け、そこだそこ」

「なに?」

 

ひょこっとデスクの下からかぐやが顔を出した。

 

「なにしてるの、そんなとこで」

「ん?これ落ちちゃったからさ、拾ったの」

 

そう言いながら、いつも着けている腕輪を人差し指でくるくる回すかぐや。

 

「はぁ……驚かせないで」

 

胸を撫で下ろした彩葉。

そんな彩葉を見つめたかぐやは、フフッと笑って。

 

「これ!彩葉にあげる!」

 

と、先ほど拾ったばかりの腕輪を差し出した。

電柱から産まれた時からずっとつけていた、銀の腕輪を。

 

「いいの?」

 

と、彩葉は聞き返すも、かぐやはにこやかに笑うだけ。

これには彩葉も

 

「……ありがと」

 

としか返せなかった。

 

「そんで、隼斗には……これ」

 

かぐやがスマホと、自宅の鍵を見せつけるように取り出した。

そこに付いているのは射的で落とした鈴と三日月のお守りと、あのアパートで渡してやったウサギのキーホルダー。

 

「隼斗に貰ったやつばっかで悪いんだけどさ!……向こうには、持っていけないから」

 

寂しそうに言いながら、お守りとストラップを外して、差し出してくる。

しゃん、と鈴の音が涼やかに鳴った。

 

「……おう、預かっとくわ」

 

……俺も、そんな言葉しか返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卒業ライブ。

そして――竹取合戦が始まる。

 

 




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