夜も遅くなってきた頃、彩葉の部屋に差し入れを持っていった。
はちみつ入りのホットミルクを乗せたトレイを片手に、ドアをノックした。
少し遅れて反応があった。
ドアを開けると、彩葉は顎に手を当てたままモニターを睨んでいた。
「そんなに作曲詰まってるのか?」
「……あ、ありがと」
マグカップを差し出しながら彩葉の肩越しにモニターを覗き込むと、
彩葉はそこでようやく視線を上げた。
……生返事だったのか、ノックの返答。
「いや……ちょっと、ここ聞いてみてくれる?」
ワイヤレスイヤホンを片耳だけ差し出してくる彩葉。
……イヤホンのシェアって普通嫌がらんか?
まあ良いか、こいつから渡してきてんだし。
受け取ったイヤホンを右耳に着ける。
彩葉が無言で再生ボタンを押した。
「……ん?サビのメロ?……どっかで聞いたことあるような」
「……やっぱり」
彩葉の声が、少しだけ強張っていた。
「……これ、かぐやにも言ったんだけど……お父さんと作ってた最後の曲なんだ」
「……亡くなったの、10年前って言ってなかったか?」
にしては、最近聞いたことがあるような……。
……あ。
「『Remember』?ヤチヨの」
「……うん、私もそう思った」
……ああ、道理で聞き覚えがあるわけだ。
かぐやを拾ってきた初日、彩葉が泣き止まないあいつに歌ってた子守歌だ。
……いや、問題はそこじゃねえ。
「……いや、どういうことなんだ?」
「……そうだよね。言っとくけど盗作とか、聞きすぎて無意識に入れ込んだわけじゃないから」
少なくとも、このメロは間違いなく父と一緒に作った部分だと、彩葉は言った。
ヤチヨがデビューするよりはるか前に。
「……ヤチヨが、どっかでこの曲知ってたってことか?」
「それも無い。だってこの曲は……かぐやが掘り起こすまで、
ずっとこのPCに眠ったままだったんだから」
「……じゃあ余計に意味分かんねえだろ」
頭の中で順番を整理する。
彩葉が父親と一緒に曲を作ったのは十年前。
『Remember』が世に出たのは、それよりずっと後だ。
しかもこの曲はずっと未公開だった。
なのに、同じメロが入ってる。
……意味が分からねえ。
偶然にしちゃ、妙に気持ち悪かった。
「……ごめん、変なこと聞いちゃった」
黙り込んだ俺を見て、彩葉が小さく謝った。
「……時間も無いし、まだワンコーラスも完成してないし」
彩葉は小さく頭を振って、作曲ソフトに向き直った。
「偶然だよ。たまたま、ワンフレーズ似ちゃっただけ」
「……そんなことあるか?」
「……無いとは言い切れないでしょ。曲なんて世の中に山ほどあるんだから。
……たまたま似ることだって、あるよ」
自分に言い聞かせるみたいな声だった。
……でも。
あのヤチヨの反応を見たあとだと、『偶然』って言葉がやけに軽く聞こえた。
結局、その日は答えなんて出なかった。
彩葉は疑問を飲み込むみたいに、またキーボードへ向き直る。
俺もそれ以上は聞けなかった。
「かぐやっほー!今日はジュンヨウとコラボだよ~」
「よー、ジュンヨウだ。卒業コメで空気湿らせたやつから即ブロックしてくから、
そこんとこヨロ」
「しないよぉ!?今日は、作り置きして冷凍できるお惣菜の料理配信をしていくよ!」
彩葉のサポートをしながら、時々かぐやの配信にも駆り出される。
……。
作り置き。
冷凍保存。
初心者でも作れる簡単レシピ。
そんな単語が並ぶたび、胸の奥が妙にざわつく。
でも、それを繋げて考えちまったら、戻れない気がして。
俺は何も言えなかった。
その合間を縫って、黒鬼の三人とKASSENにも潜った。
来る決戦に向けて、足を引っ張らぬように。
「ジュンヨウ~、右のミニオンズ見えてる?」
「わぁってる!」
んなの乃依に言われるまでもねえ!
全部見えてんだ!
どこが危ねぇかも、どの手を切るべきかも分かってる。
でも間に合わねえ。
やっぱ集団戦の経験が圧倒的に足りねえ!
銃形態に切り替えた頃には、既に乃依の矢が敵を蹴散らしてる!
「だー、くっそ!」
「荒れてんなぁ」
「まーよくやれてる方だと思うけどね」
「……『よくやれてる』じゃダメなんだよ」
マッチングの待機中、幕営地で頭を掻きむしる。
「時間がねえんだ。即席でも、お前らの足引っ張らねえくらいにはならねえと」
「……気持ちは分かるがよ、ジュンヨウ。焦ってもしょうがねえだろ。
……動きが雑になってきてるぞ。目も頭もそろそろ限界だろ、お前」
帝が肩を叩きながら顔を覗き込んでくる。
「まだいける。とにかく俺に足りねえのは経験なんだ、数をこなさねえと」
「ただ数をこなすだけじゃ意味無いけど?」
乃依が頭の後ろで組んでいた手を広げながら、からかうように言う。
それも分かってはいる、分かっちゃいるが。
「……ジュンヨウ、一つ良いか」
「……なんだよ」
今まで沈黙を保っていた雷がふと声を掛けてきた。
見当違いだったらすまないが、と前置きしながら続ける。
「お前は、全部ひとりでやろうとしてないか」
「……は?」
「違ったか?」
小首を傾げる雷。
「あー、そういうことか」
「ジュンヨウ焦りすぎ」
帝と乃依が納得したような声を上げる。
いや、どういうことだ。
「乃依のさっきの通信も、煽っているわけじゃない。『右のミニオンこっちでやるよ』の意味だ」
「……いや、見えてたから撃とうとしただけだろ」
「それだ」
「は?」
「見えてる全部を、お前ひとりで拾おうとしてる。KASSENは『チームデスマッチ』だ」
お前ひとりで戦っているわけじゃない、と雷は続けた。
その言葉が、やけに胸にストンと落ちた。
「KASSENに限ったことでもねえけどな。彩葉もそうだけど、お前ももっと人を頼れ」
「……だから、お前らに声掛けたんだろ」
「それで満足してる時点で半端だろ。そんなに俺たちは頼りねえか?」
あー……。
思い返してみりゃ、確かにそうだ。
声掛けて、頭数だけ揃えて、頼ったつもりになってた。
彩葉にあんだけ人に頼れっつっといて、俺がこのザマか。
なっさけねえ~……。
幕営地の柵にもたれかかって顔を覆う。
「う~わ、恥っず……」
「ね~?いまどんな気持ち~?」
「煽るな、乃依」
いつの間にか、マッチング待機の表示が消えていた。
どうやらキューを止めていたらしい。
「お話してたから、ちょっとマッチング止めてたんだけど~。どうする?まだKASSENする?」
聞き慣れた声に顔を上げる。
いつの間に来ていたのか、ヤチヨが欄干の上に腰掛けていた。
脚をぶらぶら揺らしながら、こちらを見下ろしている。
「あー、今日はこの辺――」
「あと一戦だけやらせてくれ」
帝の言葉を食い気味に遮って、口が先に動いていた。
「お前、もう今日はやめとけってさっき言ったろ」
帝が真剣な表情で止めてくる。
帝の言うことも分かる。
分かっちゃいるんだ。
「……今ここで止めたら、また一人で何とかしようとする気がしてんだ。頼む。
……今度はちゃんと、お前ら頼るから」
帝がしばらく黙って、深く息を吐いた。
「……ズルいぞ、その言い方」
ったく、と帝が頭を掻く。
「おや、まだやる気だねぇ隼斗」
「……ちょっと整理できた」
雷の言葉が、まだ頭に残っていた。
全部、自分ひとりで抱え込もうとしていた。
だったら――。
聞くべきことも、ちゃんと聞かなきゃならねえ。
「その前に、一つ聞いて良いか」
ヤチヨの目が、わずかに細まった。
「作戦会議の後の話だよね?」
「……分かってんなら話が早い」
ヤチヨは欄干からひらりと飛び降りる。
「いやぁ、でもなぁ~。ヤッチョにも乙女の秘密の一つや二つはあるというか」
「お前それで押し通す気か?」
「失敬な。8000年生きてるけど気持ちは乙女のAIライバーだよ?」
乃依が吹き出した。
「どの口が言ってんの~」
「この口だよ~?」
ヤチヨが自分の頬をつつく。
……誤魔化してる。
いつもの調子だ。
でも。
「……なんで俺の名前知ってた」
その瞬間だけ。
ヤチヨの笑みが、ほんのわずかに止まった。
「隼斗」
低い声だった。
いつもの軽薄さが、一瞬だけ消える。
「隼斗はさ、どこまで知りたいの?」
乃依が、ぱたりと口を閉じた。
俺は喉の奥が妙に乾くのを感じながら、ヤチヨを見返した。
「……全部だ。お前が隠してるもん、全部」
ヤチヨは数秒、黙っていた。
それから、ふっと困ったように笑う。
「それを話すには、まだ少しばかり早いかなぁ」
「またそれかよ」
「ごめんね」
申し訳なさそうに笑ってるくせに、核心だけは絶対に触れない。
逃がすかよ。
そう思った瞬間。
「――ただ」
ヤチヨが、ゆっくりとこちらを見る。
「わたしは、彩葉も、かぐやも……隼斗のことも、大事に思ってるよ」
その言葉だけは、冗談にも誤魔化しにも聞こえなかった。
「帝ォ!奥の連中任した!」
「お前いきなり人使い荒くなってんぞ!」
「頼らせてくれんだろ!」
「振れ幅が極端すぎんだよ!丁度いい塩梅はねえのか!」
「何分初心者なもんで!」
日付が変わった瞬間にお迎えとやらが来たらどうしたもんか。
と、並べた布団の中で考えていたのは、俺と彩葉だけのようで、かぐやはぐーすか寝こけていた。
……抱き着いてくんじゃねえ、暑苦しい!と、彩葉の方に押し出す羽目になった。
彩葉の新曲も、ワンコーラスだけだが何とかライブに間に合ったようだ。
タイトルは『Reply』。
作曲、編曲は彩葉、作詞はかぐやだ。
その新曲のメロを鼻歌交じりに、配信部屋でライブの準備をしているかぐや。
彩葉は愛用のキーボードの調整をしていた。
俺はライブに出演するわけじゃないが、コラボライブのときのように同じ部屋からログインする。
……とはいえ、俺だけ手持無沙汰だ。
「あー、あっ、あっ。マイクテスト」
かぐやがマイクに向かって声を吹き込む。
またハミングしていたかと思うと、ふっとかぐやの姿が消えた。
キーボードを調整していた彩葉が狼狽する。
「……え?かぐや!?」
「……落ち着け、そこだそこ」
「なに?」
ひょこっとデスクの下からかぐやが顔を出した。
「なにしてるの、そんなとこで」
「ん?これ落ちちゃったからさ、拾ったの」
そう言いながら、いつも着けている腕輪を人差し指でくるくる回すかぐや。
「はぁ……驚かせないで」
胸を撫で下ろした彩葉。
そんな彩葉を見つめたかぐやは、フフッと笑って。
「これ!彩葉にあげる!」
と、先ほど拾ったばかりの腕輪を差し出した。
電柱から産まれた時からずっとつけていた、銀の腕輪を。
「いいの?」
と、彩葉は聞き返すも、かぐやはにこやかに笑うだけ。
これには彩葉も
「……ありがと」
としか返せなかった。
「そんで、隼斗には……これ」
かぐやがスマホと、自宅の鍵を見せつけるように取り出した。
そこに付いているのは射的で落とした鈴と三日月のお守りと、あのアパートで渡してやったウサギのキーホルダー。
「隼斗に貰ったやつばっかで悪いんだけどさ!……向こうには、持っていけないから」
寂しそうに言いながら、お守りとストラップを外して、差し出してくる。
しゃん、と鈴の音が涼やかに鳴った。
「……おう、預かっとくわ」
……俺も、そんな言葉しか返せなかった。
卒業ライブ。
そして――竹取合戦が始まる。
Haneさん、評価いただきありがとうございます。
お気に入り登録いただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。