『なんという急展開!突如ツクヨミに現れた超新星、かぐやの卒業ライブ!
泣いている場合じゃないぞ、最後のファンサだ!目に焼き付けろ~!!』
ツクヨミ公式実況のオタ公が、自分も涙交じりの怒声をマイクに叩き込んだ。
ライブ会場に詰めかけたファンたちも、実況に負けじと歓声を張り上げる。
「みんな、ありがと~~~!!!」
スポットライトに照らされたかぐやも、声を返した。
「今日でお別れみたいなんだけど、悲しくはしたくないんだ!
みんなでお見送りして、ハッピーに卒業させてっ!」
……少し、涙声だな。
KASSENのスポーン演出を流用し、流星のように桃が7つ、フィールドに落ちていく。
桃が弾け、姿を現したのは――
「さあ、盛り上げていこうぜ!」
「……勝つだけだ」
「けっこー面白そうじゃん」
帝率いるブラックオニキスの三人。
「「イェーイ!」」
綾紬と諌山の二人は、かぐやにピースサインを掲げている。
『鬼アチー!かつてしのぎを削った黒鬼が、かぐやのラストライブに駆けつけたぞー!!』
ライブの歓声にかき消され、黒鬼や綾紬たちの声はかぐやまで届かない。
……けど、俺と彩葉の声だけは違う。
俺たち三人は同じ配信部屋からログインしている。
ツクヨミ越しじゃない。
すぐ隣だ。
だから声が届く。
「ライブの余興!かぐや、私たちは私たちで精一杯やるから。
万が一勝っちゃったらドンキで買い出しして、パンケーキ作ろ!」
「お前はお前で楽しめ、こっちは好きにやらせてもらうからよ。
黙って卒業式見てるだけってのは性に合わねえんでな」
「そっか……そっかぁ。ふふ……えへへっ。みんな、自由だ~!!」
かぐやは犬DOGEを頭に乗せ、涙を浮かべたまま、子どもみたいに笑った。
その笑顔が、開始の合図だった。
かぐやのオリ曲、『瞬間、シンフォニー』のイントロが流れ始める。
星だけが輝いていたツクヨミの夜空に光が集まり、満月が形作られる。
その満月が、水面に映ったようにゆらりと歪む。
次の瞬間、月は渦を巻き、雲を纏った。
渦の中心から菩薩のように穏やかな面をつけた巨大な異形が現れる。
異形が合わせた手を開く。
次の瞬間、掌から灯篭頭が空を覆うように放たれた。
菩薩型に付き従うように、さらに六体の中型月人が現れる。
……律儀に人数合わせてきやがった。
おまけに頭上には、ご丁寧にも残機表示まで浮かんでやがる。
──どんな明日が来ても、笑えるように今を生きてゆこう──
──そうやって決めたのに。変わらぬ今日を夢見てしまうよ──
かぐやの歌声に重なるように、乃依の矢が放たれた。
櫓から放つ乃依の氷の矢がフィールドを凍らせ、宙を舞う月人たちに対抗する足場を作る。
雷が前線を押し上げる。
帝と彩葉も並んで月人へ切り込んだ。
──何千年が経ったって、何万年が経ったって─―
──きっと、この一秒は永遠に続いてゆく─―
歌声が熱を帯びる。
サビだ。
綾紬と諌山の二人が危ねえ。
反射的に長銃を抜き撃った。
二体の中型月人が銃撃に弾かれ、体勢を崩した。
「ジュンくんありがと!でも私とROKAじゃちょっとキツいかも!」
「分かった!周りの雑魚共を頼む、デケえのはまとめて俺が引き受ける!」
長銃を大刀へ変形。
そのまま打刀との二刀で月人へ突っ込む。
人間じゃない。
呼吸も無ければ、構えの癖も無い。
二体同時。
一瞬でも遅れりゃ持っていかれる。
シンバルみたいな円盤腕が振り下ろされる。
打刀で受ける。
重い。
実装されてねえはずの骨の軋みを感じるほど。
横合いから錫杖が突き込まれる。
大刀で弾く。
……だが。
二合。
三合。
変わらねえ。
読める。
右。
左。
次は溜め。
突き。
見えてきた。
「――そこだァ!!」
大刀で強引にシンバルを弾く。
がら空きの胴に打刀を突きこんだ。
極彩色の炎のように揺らめいて、消えていく中型。
だがもう一体残っている。
相方が倒されても動揺せず、錫杖を振るってくる。
「見えてんだよォ!」
シンバルを弾いた勢いのまま大刀を回すように手放し、長銃に変形。
そのまま狙いもつけずに撃つ。
当然のように回避。
だからこそ――
もう置いてある。
「機械的だよなァ!!」
回避した先へ、打刀が走る。
次の瞬間、首が宙を舞った。
先の中型と同様、炎のように揺らめいて消えていく。
「バッドエンドになんか、させない!」
同じ部屋にいる彩葉の決意に満ちた声が聞こえた。
―─ああ、世界が彩りに満ちていく―─
―─涙も、笑顔も照らしてゆく―─
中型月人が霧散する。
それに重なるように、最後のフレーズが夜空へ溶けた。
『瞬間、シンフォニー』が終わる。
曲の余韻が残る中、彩葉と帝の二人がかりで倒した月人と俺が倒した二体の月人が残機を使って
リポップする。
KASSENのルール上、残機はチーム全体で3つ。
この時点で月人側の残機はゼロだ。
残機が尽きた瞬間、月人側の空気が変わった。
狛犬みたいな個体が、口を裂いた。
中から武器を持った上半身がせり出してくる。
四腕の異形。
第二形態ってわけかよ。
彩葉の作った新曲、『Reply』のイントロが静かに流れ始めた。
かぐやは衣装チェンジ。
いつものアバターから、十二単を模したまさにかぐや姫のような豪華な衣装に身を包んでいる。
――瞳映る静かな世界。何を見てたんだろう?―─
――優しい思い出。塞いだ鍵穴。触れない君だけの
四腕以外の月人も、今まで使ってこなかった能力を使い始めた。
最初に落とされたのは雷だった。
錫杖を持った中型月人が音もなく雷の背後に現れ、そのまま一閃。
次に、乃依が落とされた。
雷の撃破に気を取られた瞬間、笙のような武器から発射された光線が乃依を貫いた。
菩薩型の放った大量の光弾が綾紬と諌山を飲み込む。
二人は抵抗も許されないまま落とされた。
残機はもう無い。
落とされた諌山は、そのまま復帰できねえ。
……人数差が、重い。
四腕が帝へ巨体ごと降ってくる。
なんとか受け止めた帝だったが、余波で彩葉が吹き飛ばされる。
そこへ、乃依を貫いた武器が向いた。
武器の先端に、眩い光が圧縮されていく。
『……雷、乃依。使うぞ』
『御意』
『はーい』
───なんだ、今のボイスチャット。
―─この一瞬が最高のパーティーなんだ──
―─全部ギュッと憶えていようよ眩しい日を──
『チートモードだぁ!
たった今、ブラックオニキスの帝アキラ。
雷、続いて乃依にもチートモードの使用が確認されました!』
オタ公の実況が頭に入ってこねえ。
いや、意味は分かる。
それくらい察せねえほど馬鹿じゃねえ。
そこまで……そこまでしてくれるのか、お前らは。
俺みたいな個人勢とは違う。
スポンサーまでついているお前たちが、そこまで。
なら───遠慮なく、頼らせてもらう。
『帝ォ!天守を攻める!彩葉を頼む!』
『はっ、のんびりしてっと、俺が全部もらっちまうぞ!』
こんな状況でも軽口をたたく帝に、少し心が軽くなった。
彩葉たちのいる後方を振り返る暇もない。
俺はそのまま、月人側の天守へ走った。
灯篭頭を撃ち抜く。
炎が揺らめく。
炎の奥から、また二体。
斬る。
さらに三体。
――減らねえ。
「チッ……!」
長銃を撃つ。
頭を砕く。
打刀で横薙ぎ。
まとめて三体断つ。
それでも。
空いた隙間を埋めるように、次の灯篭頭が滑り込んでくる。
速ぇんじゃねえ。
多すぎる。
読む。
撃つ。
斬る。
間に合ってる。
なのに押される。
灯篭頭の群れが視界を埋める。
上。
右。
左。
また上。
視線が追いつく前に次が来る。
「邪魔だァ!!」
大刀を振り抜く。
極彩色の炎がまとめて散る。
だが、その炎の向こう側。
もう次の灯篭頭が武器を構えていた。
菩薩型。
後ろであいつが無限に湧かせてやがる。
シンバル持ちが踏み込んでくる。
読む。
右。
弾く。
次は錫杖。
左後方。
回避ルートは見えてる。
分かってるのに――
灯篭頭がルートを塞ぐ。
「っ、クソ!」
回避が半歩遅れた。
錫杖が肩を掠める。
視界の端で警告表示が点滅した。
処理が追いつかねえ。
一体ごとの動きは読める。
だが数が多すぎる。
一瞬でも動きを止めれば飲まれる。
灯篭頭を斬る。
炎。
その向こうから、また次。
撃つ。
斬る。
避ける。
まだ足りねえ。
「っ、ぁァ!!」
長銃を撃ち抜く。
空いた隙間へ滑り込む。
「――――ッ?」
視界が、氷で埋まった。
乃依の矢。
空中で凍りついた灯篭頭が、まとめて砕け散る。
視界が開く。
ほんの一瞬だけ。
「――今!」
走る。
天守まで一直線。
だが、その瞬間。
空中に光。
「ッ!?」
笙型。
乃依を撃ち抜いたやつ。
光線が、雷を飲み込んだ。
『雷、撃破ァ!!』
早ぇ。
チートが切れた瞬間を狙われた。
次。
乃依。
氷結射撃。
その直後。
灯篭頭の群れ。
射線封鎖。
その隙間。
奔る光。
『乃依もダウン!』
盤面がまた溢れる。
速い。
押し返したんじゃねえ。
崩れる速度が、一瞬だけ鈍っただけだ。
「クソがァ!!」
シンバル。
錫杖。
灯篭頭。
全部来る。
処理が追いつかねえ。
その奥。
四腕が帝を叩き潰すように殴り飛ばした。
『がッ……!』
吹き飛ぶ帝。
だが落ちてない。
無理やり踏み止まってる。
『彩葉!ここはいい!かぐやちゃんのとこ行け!天守防衛はROKAちゃん一人じゃ無理だ!』
まだ盤面を見てやがる。
こんな状態で。
「っ……!」
灯篭頭。
また増えた。
キリがねえ。
一瞬たりとも止まれねえ。
「だァクソッ!」
シンバルに吹っ飛ばされた。
追撃がねえ。
灯篭頭も来ない。
なんでだ。
灯篭頭の群れが、一瞬だけ途切れた。
考えてる場合か。
「舐めんなよ……やれるだけやったらァ……。
身内連れてかれるかどうかの瀬戸際によォ……
出し惜しみは出来ねえよなァ!!」
『ウルト発動!!ジュンヨウ動いたァ!!速い!!もう見えないッ!!』
大量の灯篭頭を潰してきたんだ。
ウルトゲージなんか、当の昔に溜まっている。
コンディションが悪い?
言い訳にもならねえ。
灯篭頭の動きが、急に遅く見えた。
いや違う。
俺が速ぇ。
シンバル持ちの顔面を蹴り潰す。
次を狙う視界の端で、そいつが弾け飛んだ。
錫杖持ちを、その錫杖ごと切り捨てる。
得物ごと断たれた中型が、炎みたいに崩れた。
光弾。
菩薩型か。
飛んでくる光弾の軌道が見える。
避ける場所まで、もう分かる。
次。
天守。
灯篭頭。
邪魔だ。
斬る。
撃つ。
蹴る。
殴る。
足りねえ。
さっさと天守を───
菩薩型が、いねえ。
「ッ!」
視界の端。
綾紬のアバターが花弁になって散っていく。
『芦花!』
『ごめん……彩葉……』
綾紬が落とされている。
菩薩型がゆっくり空を飛び、こちらの天守へ向かっている。
狙いは――かぐやだ。
―─君といたあの部屋も電子の海も──
―─胸の中詰め込んでタカラバコにしまおう──
彩葉が天守の防衛に向かっている。
しかし向こうは最短距離を飛んでいる。
地面を走る彩葉じゃ、間に合わない。
帝は──ダメだ。
足が止まってる。
チートの反動か。
俺がこのまま天守を落とすか。
いや、落とす前に灯篭頭どもの邪魔でウルトが切れるか?
なら俺が天守の防衛に回るか。
戻るだけならウルトはギリ保つ。
だが、その後はどうする。
クソッ、こうしている間にもウルトは削れてるってのに!
『ジュンヨウ!天守を落とせ!』
帝の声が聞こえる。
そうしたいのは山々だ。
『隼斗っ……!』
彩葉の声が、震えていた。
勝つだけなら、帝の言う通りだ。
天守を落とせば、落とせればこっちの勝ちだ。
……けど。
万が一、落とせなかったら。
間に合わなかったら。
勝てるかもしれねえ。
けど――
間に合わなかった時、俺は。
かぐやが消える瞬間を。
彩葉が泣く瞬間を。
遠くから見ているだけなんて――
脳裏に焼き付いてる。
泣きじゃくるかぐや。
倒れたってのに、バイトへ行こうとした彩葉。
「ハッ……ちきしょう、どちらにせよ変わんねえなら、せめて」
せめて、少しでも近くで。
翼を動かす。
菩薩型を追う。
―─ねぇもっとはしゃいで。アンコールないのって──
―─おねだりして、とびきり──
―─キラめいて歌おう──
自陣の天守へ走っている彩葉。
その進路へ、翼をはためかせて割り込んだ。
彩葉が顔を上げる。
目が合った。
彩葉の手を掴む。
引っ張り上げて、胸に抱く。
離さねえ。
速く、もっと速く。
天守に続く階段に着いた瞬間、翼が霧散する。
アウトロが流れる中、二人で階段を駆け上がる。
かぐやに近づくたび、階段を一つ登るたびに空の色が変わっていく。
違う。
今まさに、月人が空を埋め尽くしている。
『Reply』の最後の一音が、余韻を残して溶けていく。
かぐやの周りを膝を付いた灯篭頭たちが取り囲む。
同じように、俺たちの周りを得物を構えた灯篭頭たちが取り囲んだ。
思わずといった風情で、彩葉が武器を取り落した。
からん、と軽い音が響く。
菩薩型の月人がかぐやの前に進み出て、恭しく頭を下げた。
「はるばるようこそ。逃げちゃってゴメン!でも、すっごいすっごい、楽しかったんだ!」
面を上げた月人の面の表情は変わらない。
だが、雰囲気は柔らかく微笑んでいるようにも見えた。
月人が伴ってきた光る雲に乗り込むかぐや。
犬DOGEとKASSENに現れた7体の月人と共に、光る雲が空に昇っていく。
ツクヨミの空に現れた満月に向かって。
「待って……。まだ、したいこといっぱいあるって……」
彩葉が、光る雲へ向かって歩き出す。
俺たちを取り囲んでいた灯篭頭は、いつの間にか白煙に溶けていた。
けれど。
もう届かないことを理解してしまったみたいに、足が止まった。
「最高の卒業ライブでした!いっぱいお土産貰っちゃった。みんな、ありがとう~!」
─かぐや~~~!!
─愛してるぞ~~~!!
─帰らないで~!!
「えへへッ、名残惜しいけど、これでおしまい!」
かぐやがファンの声援に応える。
光る雲の上で、最後のファンサを。
「それから……」
すぐ耳元で声が聞こえた。
ツクヨミ越しじゃない。
同じ部屋で、ずっと隣にいた声だった。
気づけば、かぐやが俺たち二人を抱きしめていた。
かぐやの声は震えていた。
泣きそうなのに、笑おうとしているみたいに。
それでも、精一杯の慈しみと想いを込めて。
「彩葉、隼斗。―――だいすきっ」
「ばいば~い!!」
雲の上でファンに手を振るかぐや。
まるで覚悟を決めたみたいに笑みを浮かべながら、ゆっくりとかぐやが目を閉じた。
菩薩型が、かぐやの肩へ羽衣を掛けた。
次にかぐやが目を開いたとき、その瞳からは意志の光が消えていた。
目の色までも変わり、表情も抜け落ちている。
その服の中に犬DOGEが潜り込み、胸元から顔を出した。
光る雲が、ゆっくりと満月へ昇っていく。
消えていく。
光の粒子が、ぱらぱらと解けるように。
月人が。
光る雲が。
犬DOGEが。
そして、かぐやが。
どさっと、部屋の床に何かが落ちる音が聞こえた。
抱きしめられていたぬくもりも、消えていく。
誰も、声を出せなかった。
最初から何もなかったかのように、全てが消えた。
残っているのは、夜空に浮かぶ満月だけ。
─演出すご~!マジでかぐや姫だったね!
─夢みたいだった!
─立ち直れねぇ~
─かぐや~~~!!!
全てをライブの演出だと思っている、ファンの歓声のみが響く。
誰も口を開けなかった。
残機を失っていた雷と乃依、綾紬、諌山はとっくに解放されている。
少し遅れて戻ってきた帝でさえ、何も言えなかった。
ライブ会場からは、まだ歓声が聞こえてくる。
けれど、ここだけ別世界みたいに静かだった。
消え残った光の粒子が、雪みたいに降っていた。
その沈黙を破ったのは、彩葉だった。
「……みんな、おつかれさまでした。本当にありがとう」
彩葉が、全員へ向かって頭を下げる。
泣いてはいない。
声も震えていない。
だからこそ、痛々しかった。
「先、帰るね。ごめん」
帝も。
綾紬も。
諌山も。
俺も。
誰も、彩葉に声を掛けられなかった。
伸ばそうとした手が、引っ込められる。
ただ、ログアウトしていく彩葉を見送ることしかできなかった。
「……すまん、ジュンヨウ。彩葉を任せていいか」
「……おう、任せろ。……最後、すまなかった」
「ありがとな。あれは気にすんなよ、俺だって彩葉を選ぶ。
……まみまみもROKAも助かった。んじゃ、俺らは大人たちに叱られてくっから」
……チートまで、使わせたってのにな。
帝の軽口を残して、黒鬼の三人がログアウトする。
「高羽くん。……彩葉のこと、お願いね」
「……ああ」
綾紬もそれだけ言い残して、諌山と一緒にログアウトしていった。
月人を視界に収め続けたせいか、無理やり加速させた認識の反動のせいか。
鈍い頭痛がこめかみを殴る。
その痛みを噛み殺しながら、虚空に声を掛ける。
「……いんだろ、ヤチヨ」
「おつかれさま、隼斗。いつかの作戦会議の後みたいだね」
振り向く。
いつの間にか、ヤチヨが背後に浮かんでいた。
「は~……ったく。……おめーこうなるの知ってたろ」
「こう、って言うのは?」
「なにやってもかぐやが月に帰ること。……いや、帰らないといけねえってとこか」
その言葉にぴくり、と眉を動かすヤチヨ。
わざとらしく、人差し指を顎に当てながら答えた。
「うぅん、当たらずも遠からず、かな?もしかしたら、とは思ったよ」
「へぇ、そりゃまたなんで?」
「……前はね、違ったんだ。私の知ってる隼斗は、一人で飛んでっちゃったから」
まるで見たかのように語るヤチヨ。
……『飛んでっちゃった』、か。
「……なあ、お前やっぱり」
「答え合わせはまだ、ね。お口にチャックだよ」
顎に当てていた指を、俺の口の前に立てるヤチヨ。
「それを言うんなら彩葉も一緒じゃないと」
「……それもそうか」
納得する。
俺が思っている通りなら、当然ともいえた。
「それに、ちょっと心配なんだ。彩葉、自分の所為で負けた、って思っちゃってそうだから」
「あ?あぁ~……ありそうだわ、アイツ抱え込むとこあるからな。
最後のあれは俺の判断だってのに」
「好きにやったほうが気分良いんだもんね、隼斗は」
「ああ、よく覚えてんな。―――んじゃ、そろそろ行くわ」
ウィンドウを操作し、ツクヨミからログアウトする。
粒子に溶けていく視界に、心配そうに眉を寄せるヤチヨが焼き付いていた。
現実に戻ると、配信部屋にはかぐやの姿も彩葉の姿も無く。
かぐやが着ていた服と、着けていた猫耳のヘッドホンのみが床に落ちている。
まるでそれを身に着けていた誰かの身体だけが消えてしまったかのように。
ライブ前にかぐやから預かったお守りの鈴がしゃん、と切なげに鳴った。
「っつぁ~……あ?」
頭痛に耐えているとスマホに通知。
……なんだ?
開くと、かぐやから。
「スマコンの分、返す!勝手に使っちゃってゴメンね!」のメッセージと共にウォレットに入金。
「……はっ、律儀に育っちまったもんだな」
スマホをポケットにしまいながら配信部屋から出る。
彩葉の部屋をノックする。
反応はない。
ゆっくりドアノブを捻り、中を伺ったが誰もいなかった。
……2階のかぐやの部屋か?
リビングに通じるドアを開けると、直ぐそこには螺旋階段。
その前でへたり込んでいる彩葉がいた。
足元には幾つもの水滴。
「……」
かける言葉が見つからなかった。
彩葉の後ろを通り抜け、キッチンへ。
無言で冷蔵庫から牛乳を取り出し、小鍋へ注ぐ。
小鍋を弱火にかけながら、はちみつを取り出し、小鍋へ。
あ~……やっちまった。
三人分だ、これ。
考えないようにして、出来上がったホットミルクをマグカップへ。
小鍋に残った分は、そのまま冷蔵庫に入れた。
「ん」
「……」
湯気を立てるマグカップを彩葉に手渡す。
彩葉は無言で受け取って、ダイニングチェアに腰掛けた。
目を伏せてホットミルクを啜る彩葉の対面に座る。
同じようにホットミルクを啜りながら言葉を探した。
「あ~……。最後のあれな、お前が責任感じるところじゃねえぞ。
判断したのは俺だ。責任っつーなら俺にある」
ぴくっと肩を跳ねた彩葉。
ただ、まだ俺の目を見ようとしない。
「別に……隼斗の所為じゃ」
「帝の天守取れってアドバイス無視して、お前の手ぇ引っ掴んで飛んでったのは俺だ。
俺が選んだ道なんだ。勝手に俺の重荷まで持ってくんじゃねえ」
「…………」
無言でホットミルクを啜る彩葉。
お互いのマグカップも空になり、何方とも言わずにキッチンで各々のカップを洗う。
階段を上ろうとすると、Tシャツが引っ張られる。
彩葉が無言で裾を掴んでいた。
「……んだよ」
「…………」
「…………ったく……」
溜息を吐きながら布団をリビングに敷き、横になる。
隣に布団を敷き、彩葉も横になった。
真ん中にいたはずの騒がしさは、もうどこにもなかった。
それでも、隣の体温だけは消えていなかった。
mikan2006さん、王勇を示す者さん、評価いただきありがとうございます。
ROSOさん、感想いただきありがとうございます。
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本日のみ都合で1日4話更新となります。