翌日、彩葉のスマホのアラームで起こされた。
ここ数日はこれで起きていたため、聞き覚えはあった。
眠い目を擦る。
布団から起き上がろうとして──
……動けねえ。
なんか、左腕に柔らかい感触が絡みついている。
また抱きついてきやがったのか、かぐやのやつ……。
──いや待て、かぐやは昨日。
バサッとタオルケットを剥ぎ取る。
同じ布団に入ってきていた彩葉に腕をがっちりホールドされており、起きられない。
おい朝から密着すんな流石に。
「おうコラ起きろおいせめて離れろコラ」
「…………」
反応はない。
だが、抱きつく腕がぴくりと反応した。
「起きてんだろテメエ狸寝入りやめろ狐の癖に」
「…………」
まだ返事はない。
代わりに、左腕に絡みつく力が強くなる。
「なんとか言えやオイ遅刻すんぞ学校よォ」
「……今日は、行きたく、ない」
言葉の代わりみてえに、腕の力だけが強くなった。
「…………あ~そうかよ」
……こりゃ、無理に引き剥がすわけにも行かねえか。
掴まれてない方の右手で自分のスマホを探る。
……ん?どこだ……。
枕の下に入り込んでやがった。
RINNNEを開き、綾紬たちのグループへメッセージを飛ばす。
『すまん、彩葉が体調不良で休みって担任に言っといてくれ』 JunY0u
ROKA『彩葉、大丈夫そう?』
まみまみ『なんかあったら連絡して~』
リアクションに『OK』のスタンプを送る。
次だ。
母親との個別チャットを開く。
『しばらく学校休む』
『怪我でも病気でもねえから心配いらん』のメッセージを送る。
すぐに既読と『了解!』のスタンプ。
……話が速くて助かるわ。
……あとは学校か。
電話帳アプリを開く。
……登録はしてたが、電話なんてしたことねえぞ。
電話帳の名前をタップする。
コール音が何回かした後、すぐに相手が電話に出た。
『もしもし。どうしたんだ、高羽。こんな朝早くに』
「あー、立花先生。すんません、ちょっと色々あって。しばらくガッコ休みます」
『え、大丈夫なのか?確か高羽、実家出てるだろ?何かトラブル?』
いい先生なんだよな、ここでサボりって思わずに心配してくれるとことか。
「あー、家庭事情なんで詳しくはちょっと。ただ、ちょっと長引きそうなんで」
『そうか。高羽がそういうなら大丈夫なんだろうけど……。
なにかあったら遠慮なく相談しにきなさい』
「はい。ありがとうございます。ああ、それと……」
一応、言っといたほうが良いよなぁ……。
「酒寄も、しばらく休むんで」
『酒寄も?……ああ、同じところに住んでるんだったな』
あー、学校に住所提出したから知ってるか、そりゃ。
まあ、細かくは把握してねえだろうけど。
『深くは聞かないよ。来れるようになったら来てくれればいい。
二人とも出席日数も足りてるし、成績も文句無しだからな』
「はい、すみません。そういうことで、はい……はい、失礼します」
画面をタップして電話を切る。
左腕に、微かに吐息がかかる。
顔を俺の腕にうずめた彩葉が何か言っている。
「…………隼斗まで休むこと、無かったのに」
「んな状態のテメエほっぽって行けるか」
これが卒業ライブの次の日の話だ。
翌日、翌々日も彩葉はロクに活動せず『生きているだけ』って感じだった。
かろうじて水は飲むし、俺の作ったメシも食う。
ただそれ以外は自室でぼーっと時間が過ぎるのを待っているだけ。
夜になると、ふらっとリビングに出てきて、俺と一緒の布団で眠る。
卒業ライブから、数日が経ったある日の朝。
ふと、学校に行くために身なりを整えた。
かぐやはきっと、私がいつまでもこうしていることは望まないから。
そうでも思わないと、動けなかった。
朝ご飯を作っていた隼斗が、制服に着替えた私を見て少しだけ眉を動かした。
「行けるのか?」
「行かなきゃ」
「そうかよ。……俺はちょっと時間ズラして登校すんぞ」
「あ、酒寄さんだ。もうコロナ治ったの?」
「あれ、留学したんじゃなかったっけ?」
「よかったー!俺結婚したなんて信じてなかったっすよ!」
数日学校を欠席しているうちに、あらゆる噂が飛び交っていたようだ。
……隼斗が先生には連絡してくれたはずなんだけどな。
一々否定して回るわけにもいかないので、全部に「おはよう」で返して、職員室に直行。
そして、真っ先に立花先生に頭を下げて、進路希望調査票を提出する。
「……やっぱり、法学部か」
先生は調査票を眺めながら言った。
そこにあるのはお母さんと同じ、法曹の道。
「すみません。ちょっと、色々あって」
「酒寄は今までできすぎだったから、むしろちょっと安心したよ」
「でも、もう大丈夫なので。法学部目指します。今度、受験対策の相談乗ってもらえますか?」
「もちろん。ああ、高羽にも後でお礼は言っておきなさい」
そう言って、立花先生は柔らかい笑顔を浮かべた。
結局、欠席についてはほとんど責められることはなかった。
職員室を出て、廊下で芦花と真実の登校を待った。
「連絡返せんくて、ゴメン!」
二人の姿が見えた途端、駆け寄って頭を下げた。
「無視ひどー」
「家乗り込もうかと思ったよ」
冗談めかして拗ねて見せる二人。
でも、十割こっちが悪いから、ひたすら謝るしかない。
「すまん!すまん!」
手を合わせてさらに謝る。
「……私たちはさ」
「彩葉が生きてればいいから」
二人は困り眉になりながら、苦笑交じりにそう言った。
授業が終わって、放課後。
隼斗は先に帰宅し、私はなんとなしに旧居のアパートの方向に足が向いた。
ほんの少し前まで住んでいたアパート。
私がかぐやを拾った電柱は、今は何の変哲もなく、七色に光ることもない。
かぐや。
私、かぐやとの思い出を胸に、前に進むよ。
おとぎ話のようなかぐやとの日々が終わり、彩葉と隼斗に日常が戻ってきました。
これが彩葉と、隼斗と、かぐや姫の物語。
めでたし、めでたし。
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