「って、そんな風に終われるわけ、無いっしょっ!!」
踵を返し、そのまま学校へ駆け出した。
このまま終わるのは、納得ができなかった。
職員室へ駆け込み、さっき提出した進路希望調査票を引っ掴む。
走ったせいで荒くなる息を整えるのもそこそこに。
「もうちょい迷います!」
「ご、ごゆっくり……」
『そりゃ、本当はさ?もっともっと彩葉と歌いたかったし、隼斗とバカやりたかったよ』
学校から走って帰る。
あの夜の声が、頭の奥で蘇る。
私だって、もっと。
きっとそれは隼斗だって。
家に走る。
まだ終われない。
終わらせられない。
リビングのドアを開けると、先に帰った隼斗が何かを用意していた。
えっ、これって。
配信部屋に置きっぱなしだった私のノートパソコンと、電子キーボード……。
「えっ、なんで……」
「バァカ、お前のしたいことくらい分かってんだわ。完成させんだろ」
胸と頬が熱くなった。
「うん……うんっ!」
『ハッピーエンドいらない、普通のエンドで結構です』
そんなわけない。
『これがわたしのエンディング!超~楽しく、運命に向かって走ってく!』
そんなわけ、ない。
『かぐやとの思い出を胸に、前に進むよ』
「そんなわけないっ!」
制服から着替えもせずイヤホンを付けて、ノートパソコンを立ち上げ、キーボードに向き合う。
そうだ。芦花と真実にも連絡しないと。
またしばらく休むけど、心配しないでって。
バイト先には流行り病にかかってしばらく出勤できない連絡入れて。
そしてエナジードリンクのプルタブを―――
「没収」
開けようとしたら隼斗に横からひったくられた。
「常飲すんのはやめとけ。代わりと言っちゃなんだがサポートはするからよ、好きにやれ」
「うん……そのほうが気分良い、でしょ?」
隼斗がわかってんじゃねえか、と言わんばかりにニィと口の端を歪めると、鋭い八重歯が覗いた。
振動するスマートフォン、画面に表示される『お母さん 着信』の文字。
隼斗に目を向けると、やれやれ、と言わんばかりに席を外してくれた。
「もしも───」
『ああ、やっと出はったね、この根性無しが』
私の応答も待たずに、涼しい声色のジャブが飛んできた。
『私何回電話したかね?甘ちゃんやから話すの怖いもんね?
学校も休んでらっしゃるそうで、大層なご身分やね。一人で生きてるつもりなん?
あんたが一つ滞らせることで、どれだけ多くの人間が迷惑をこうむるかまだ分からんの?
その自分中心を改めへん限り、あんたのことを誰も評価なんかせんよ。
勝手に沈んでくれたとほくそ笑むだけや』
開口一番、お母さんの言葉は痛いほど正しかった。
学校を休んだことは実際その通りだし。
……一人で生きてるつもりだったことも、その通りだった。
「……ごめんなさい」
『反論を持たずに謝ったらあかんで。私は謝罪されて黙るようなやわな人間やない。
それともサンドバッグにしてええんか?』
謝罪一つで小揺るぐ母じゃない。
そんなことは当の昔に分かっている。
「聞いて、お母さん」
『……ええよ。……気ぃつけて話ぃや。
あんたが今から話す内容次第で、私は不可逆な決断を下すつもりでいるから』
「……わかった」
『話してみ』
少しの沈黙が流れた。
私は大きく息を吸って、覚悟を決めた。
「……私、お母さんの理想にはなられへん」
『……』
「私、ずっと頑張ってきてん。お母さんと対等に話せるようになるために。
お母さんとまた家族になるために。
でもさ、わかったんよ。お母さんと私は違う人間やって。
同じ気持ちでいたいなんて、土台無理な話やった。でも……それでええ」
『……』
「お母さん、私やりたいことを見つけたい。
誰かに褒められるためとかじゃなくて、認められるためとかじゃなくて、
本当にやりたいことを見つけたい。
私の人生をそのために使いたい。
私の人生は、私のモンやから」
『そうですか』
「だからって、応援してくれなんて言うつもりはないよ。
でもせめて、それを見つけるまでの時間を……ください」
スマートフォンを握りながら、深々と頭を下げた。
見えるわけないと分かっているけれど。
お母さんは、長い時間黙り込んだ後。
『甘いんよ、大体あんたは昔から───』
やっぱり、お母さんは一ミリも揺らがなかった。
そこからはもう、ただの言い合いのような、議論のような。
スマホを挟んで東京と京都で、直線距離二百キロメートルの言い争いの果てに。
『ええよ、やってみ』
唐突に母はそう言った。
『ただ、好きなことをするには責任が付きまとう。
向いてたかどうかなんで最後まで分からんし、最悪誰もおらんところで一人で死ぬことになる。
それを忘れたらあかんよ』
脅かして怖がらせるような忠告を残して一方的に電話が切れる。
通話が終わった後、しばらくスマホを見つめたまま動けなかった。
背中から倒れこむようにソファに体を預ける。
「……言えた」
「おつかれさん」
頭のほうからキツネの意匠が入ったマグカップがひょい、と手渡される。
中にはあの時も飲んだはちみつ入りのホットミルク。
「飯と睡眠だけはしっかりとれよ。つか、無理やりにでもとらすからな」
……お母さん、私、一人で死ぬことだけは、無いと思う。
お母さんと話したあの日以降。
私は食事と睡眠以外の時間とエネルギーを、全部作曲に振り向けた。
かぐやのリクエストで作曲したけど、ワンコーラスしか作れなかった『Reply』。
今度こそ完成させるために。
キーボードに向かって、隼斗が作ってくれたご飯を食べて、隼斗と一緒に寝て。
起きたらまたキーボードに向かって、隼斗が作ってくれたご飯を食べて、隼斗と一緒に寝て。
何度か日が昇り、同じ数だけ沈んだ後。
「……できた」
何度も手を止めて、何度もやり直して。
何度も何度も苦しんで、不思議と最後は月光が導いたかのようにすんなりと完成した。
ベランダに出て、月を見上げる。
かぐやが贈ってくれた銀の腕輪。
月光に煌めくそれを胸の前で両手で包んで、夜の透き通った空気を吸い込む。
――昨日の続き、喋りたかった――
――くだらなくてもちょうどよかった――
――本音を聞かせて。ただ叶えてみたいから――
出来たばかりの言の葉をメロディーに乗せて。
月にまで届くように、いや絶対に届けると。
腕輪がきらっと、一瞬光る。
「いい歌だな」
ガラッとベランダの窓を開けて隼斗が言う。
手に持ったスマホに付いたお守りの鈴がしゃん、と澄んだ音で鳴った。
当たり前でしょ、とでも言うように笑い返す。
――この一瞬を最高のパーティーにしよう――
――そしてそっと同じ明日へ地図をつなごう――
――ねぇ心揺らして、笑顔もシェアして――
――ありふれてる好きなものにずっとまみれて――
腕輪が月光を弾くように、強く瞬いた。
気づけば布団の中にいて、朝日が昇っていた。
月まで届けと歌っていた喉が少しいがらっぽい。
いつ掛けられたのかも覚えていない布団を掛けてくれた人は未だに夢の世界の住人のようだ。
隼斗の鳶色の短髪を優しく撫ぜる。
撫でながら、無意識に鼻歌で旋律をなぞる。
『Reply』。
でも、このメロディー。
私は知っていた。
初めてヤチヨの曲を聴いた時。
心臓を掴まれたみたいに、動けなくなった。
『Remember』と『Reply』。
別の曲のはずなのに、サビのメロディが同じだった。
私は一度、音楽を捨てた。
その私が、なんで彼女の歌に強烈に惹かれたのか。
なんで彼女の曲は、ここまで深く自分の心に染み込んだのか。
確かめないと。
私はスマコンを手に取った。
ツクヨミにログインする。
ヤチヨに会うために。
深く息を吸って、目を閉じた。
ツクヨミに潜るのは、かぐやの卒業ライブ以来だった。
『ヤチヨは最近ドジョウ掬いを練習してるんだ~。
すっごく面白い踊りだから紹介するねー。じゃ、いくよ。あ、それ♪あ、よいしょ♪』
ログインしたツクヨミの空中ディスプレイにはヤチヨの配信が映し出されていた。
だがあれはアーカイブ、再放送で生配信ではない。
ヤチヨのすべてを追いかけている私にはすぐに分かった。
あのディスプレイがアーカイブを放送していることは今まで一度もなかった。
ヤチヨに連絡を取ろうとするも、電話もメールもツクヨミのメッセージもつながらない。
どうしたものか、と考える視界の端で、ふわふわとした白いものが動く。
それはいつもヤチヨのそばで付き従っているマスコット、FUSHI。
FUSHIは私が自分に気が付いたことを悟ると逃げていった。
「待て!なんであんただけで!」
咄嗟に追いかける。
ちょこまかと路地を駆けまわったものの、袋小路でようやく立ち止まった。
「どこにいるか、教えて」
こちらを振り向いた。
でも、黙ったままだ。
口を噤んだままこちらを見つめ返す。
こちらの問いに答えるつもりはなさそうだ。
「……自分で探すよ」
そういい捨て、踵を返す。
「バカタレ、どこを探すって?」
ようやく口を開いたかと思うと、そんな憎まれ口。
「教えてくれないなら、世界中!」
啖呵を切ると、満足したのか、それとも頑固さに呆れたのか。
「……目を開けてみろ」
一瞬何を言っているのかわからなかった。
でもすぐ思い至った。
ツクヨミじゃない。
現実世界で目を開ける。
現実世界の、私たちの世界にFUSHIが居た。
スマコンのARモードが起動している。
「こっちだ」
ちょこまか動いて、まだまどろみの中で横になっている隼斗の頭を貫くように部屋の外へ走っていく。
「おいっ!あっ……あぁ」
自分の格好を見る。
部屋着のままだ。
「着替えるから待ってよ!隼斗もすぐ起こすから!」
お気に入り登録いただいた方々ありがとうございます。
とても励みになります。