そうして話し始めたのが二日前。
丸二日が経ち、ヤチヨの体験記が縄文時代から江戸時代まで進んだ頃。
徹夜や短い睡眠時間にも慣れている彩葉も流石に舟を漕ぎ始めた。
俺は何故か逆にテンションが上がっている。
徹夜ハイってやつか、それとも歴史の裏側を覗いてるみてえで浪漫が刺激されたのか。
「おやすみなさいよ、彩葉。死んじゃう」
「Zzz……
ハッ、いま江戸じゃん!まだまだ」
「いや、だいぶ進んだけどな。しかしかなり贅沢なことしてんぞ俺ら。
文字通り歴史の生き証人だもんな。欲を言えば海外も聞きたかったが……」
アーサー王とかヘラクレスとか実在してたんかな、ああいうの。
「ヤッチョはあまり動けなかったからねぇ、海外はちょっと守備範囲外かな~」
「ネムッテ、ネムッテ」
目を光らせたFUSHIがアラームのように喋り出す。
「あちゃ~、ヤチヨのほうが眠る時間だ。ふわぁ~~~ごめんね~Zzz……」
大きなあくびを一つしたかと思うとゆらゆらと揺れ。
そのまま床に倒れこむようにヤチヨは横になった。
彩葉はヤチヨの横に腰を下ろしてその白い髪を撫ぜ、俺はタオルケットをヤチヨに掛ける。
「ヤチヨの連続稼働限界は五十二時間だ。
充電とアップデート、分身たちの記憶の整理のために定期的なスリープ状態が欠かせない」
FUSHIが今のヤチヨの状態を教えてくれた。
「ず~っとけらけら笑っちゃって」
「……八千年、楽しかったことだけじゃねえだろうに」
「……私みたいになっちゃったんだ」
「前の、お前な」
今は違ぇだろ、と言外に彩葉に伝える。
彩葉は苦笑したかと思うと、膝を抱えたままFUSHIに話しかけた。
「ね、FUSHI」
不意に声を掛けられたFUSHIは体を跳ねる。
「ヤチヨが隠してること、あるよね」
「…………」
文字通り八千年をヤチヨと共にした彼は、何かを言いたげに、それでも口を噤む。
「キリキリ吐けよ、FUSHI。あいつが隠してるもん、全部」
「……ヤチヨが言わなかったなら、それは……」
「見せて。私たち、かぐやの全部を見なくちゃ」
FUSHIは俺たちを案じるような声色で告げる。
「人の身体で耐えられるかわからない……」
「「問答無用(だ)」」
FUSHIはその小さい瞳を潤ませ、喜色を滲ませながら言う。
「ヤチヨは……さっき久しぶりに、本当に嬉しそうだったんだ」
「うん」
「そうか」
一拍置き、頷いて気合を入れるFUSHI。
「行くぞおーーー!!!!!」
FUSHIの両目が光る。
その両目から放たれる光に触れた場所から、再現された部屋が音もなく崩れていく。
天井、壁、もちろん俺たちがいま座り込んでいた床も。
中空に放り出される俺たちの身体。
どちらとは言わず、手を繋ぐ。
無数の竹のようなオブジェクトが出現した。
よく観察するとぱらぱら、からからと走馬灯のようにかぐやの記憶が映し出されている。
『ヤチヨ、どっかにいるんでしょ。……出てきて……助けて……』
「「かぐや!!」」
そうして、俺たちの意識は八千年前の地球へと飛んでいった。
「なんと電柱から女の子が出てきたワケ!」
ウミウシの身体で枝をとり、砂浜に絵を描いて自身の物語を子供たちに語り継ぐかぐや。
「
ウミウシの姿のかぐやを釣り上げた
「逢ひ見ての のちの心に くらぶれば」
月明りと燈台の明かりに照らされながら、琵琶の上のかぐやを優しい目で見る
「会いたい者がいるのだろう?」
戦に負け落城し、燃え上がる炎と煙に巻かれながら。
かぐやだけでも逃がそうと優しく声を掛ける淀殿。
「ムカつくからさ、辛くても笑うんだよ!」
外から見れば絢爛豪華極楽浄土、内に入れば苦界とされる吉原。
そんな狭い世界で運命に抗い、運命に中指を立てて笑った。
どこか古い記憶の中の
「君の活躍する時代を俺も見てみたかった」
不治の病に身を侵され、自身が見ることのできない遥かな未来に思いを馳せた明治の書生。
「わたしには、ここなの」
空襲で荒れ果て、廃材で建てられた粗末な小屋が立ち並ぶ地で、それでも笑う。
どこか古い記憶の
「極上のワインは時間がたつほど深まる。悪いことばかりじゃないさ」
正倉院に収蔵された「もと光る竹」を盗み出し、笑ってかぐやと別れたCIAの男。
様々な出会いがあった。
それと同じだけ残酷な別離があった。
人はどんどんと技術を発展させ、気づけば世界は声を遠くまで届けられるようになっていた。
電話、ラジオ、ブラウン管―――そして、ワールドワイドウェブ。
ウミウシの身体で身を捩ってキーボードを叩き、テキストを打つ。
送信すると、すぐに返事が返ってきた。
どこの誰とも知らぬ相手と交流が持てる。
画面の向こうの相手の姿かたちなんてどうでもいい。
こんなウミウシの身体でも。
そうだ、いつか仮想世界の大きな広場を作りたいな。
みんなが好きなことをして、誰かの心を温かく出来て、誰も孤独にならずに、誰にでもいつでも返事をもらえるような。
そこまで考えて――――ハッとした。
「バカだったなぁ……。なんで今まで気づかなかったんだろ」
仮想世界ツクヨミを構築し、電子の歌姫・月見ヤチヨとなったかぐや。
何度もライブを開いた。
何度だって歌った。
何度だって踊った。
飽きることなんてなかった。
だから毎回全力で、毎回楽しくて、歌えることが嬉しくて。
だってあの子がいつ来るかわからない、あの子もいつ来るかわからない。
毎回毎回、観客の中に二人を探した。
そうして、その日はやってきた。
タイミングは別々で、二人一緒ではもちろんなかったけれど。
きっと見つけたらその時は泣いてしまう、そう思っていたけれど。
わたしは笑って歌っていた。
二人に見てもらうために。
わたしを見て、好きになってもらえるように。
そっか。だからヤチヨは、いつもあんなに楽しそうに笑ってたんだ―――
ああ、やっぱり根っこは変わってねえよ。
―――なにがあっても、そうやって笑うやつだろ。
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