どことも知れない、水面だけがどこまでも広がる世界。
「彩葉!隼斗!」
そこでヤチヨが必死に彩葉と隼斗に呼び掛けていた。
八千年。
言葉にすれば短いが、途方もない時間だ。
自我が押し流されていてもおかしくなかった。
だが、二人はそれを飲み下した。
「ん……んぅ……」
「ん……あぁ……」
目を覚ますと今にも泣きそうなヤチヨの顔が目の前にあった。
隣では彩葉が頭を振っている。
「ああ~……良く寝たわ、八千年くらい」
「笑えないよ、それぇ……」
寝起きのジャブとばかりに繰り出したギャグは不評だったようだ。
ヤチヨはまだ泣きそうな顔をしていた。
ふと、彩葉がヤチヨの身体を抱きしめた。
「私、成長したよ。
お母さんとだって話せたし、かぐやがいなくたって、十分ハッピーエンド……。
お話はもう、終わり」
抱きしめていた身体を離す。
彩葉にはもう、ヤチヨとかぐやが別人には見えてねえんだろう。
気付けば、彩葉の頬をぽろぽろと涙が伝っていた。
泣くつもりなんてなかったんだろう。
でも、彩葉の涙は止まっていなかった。
涙を流したまま、首を弱々しく横に振っていた。
「かぐやといたい……。かぐやと、隼斗と……一緒にいたい……」
ヤチヨの目からも涙が零れる。
「……もうこれで終わってもいいって、思ってたのに」
ヤチヨは涙を拭いもせず、そのまま歌い始める。
――この一瞬を最高のパーティーにしよう――
ヤチヨが歌う。
「いつも思い出してた」
――大切なメロディーは流れてるよ――
――あなたのハートに―――
彩葉も歌う。
「この曲で、生き残れた」
ヤチヨと彩葉が同時にピースサインを合わせて、からませて、キツネのハンドサインを合わせる。
二人だけのハンドサイン、仲良しのやつ。
そのままヤチヨの手が彩葉の手を取って、そっと撫ぜる。
「触れたらあったかいかなって、いつも思うんだ」
寂しそうに言うヤチヨ。
ツクヨミでは触れることも、味わうことも、匂いを感じることも出来ない。
「また、彩葉と一緒にパンケーキ、食べたいなぁ……。
今度は隼斗も一緒に、三人でつくったやつ……」
その瞬間、彩葉が呆けたような顔をした。
「わかった、まだなんだ。
このお話には、まだ続きがある!」
さっきまでベソかいてたくせに、彩葉は急に目を輝かせて立ち上がった。
今度は全身からやる気が噴き出してるみてえだった。
「私、やりたいことが出来た!本当のハッピーエンドまで、付き合ってよね!二人とも!」
それを見上げるヤチヨは、今度は逆にぽかんとしていた。
頭を掻きながら、声をかける。
「あ~……なんっとなくオメーの描いたハッピーエンドまでのルート分かったがよ、その前に」
「ヤチヨ、クソみてえな
今度はヤチヨが、信じられないものを見るみたいに俺を見た。
「まず前提の確認だ、ヤチヨ。
輪廻って言ってたが、既にこの時点で
そうだな?」
「……そうだね。
わたしの卒業ライブの時は、隼斗は彩葉の手を掴まずに、
天守を獲りに行って間に合わなかった」
「もう一つ、あるだろ?」
「……もしかして、バレてた?」
「お前も知ってんだろ、俺が見逃すような奴じゃねえこと。彩葉とかぐやと遊びたかったか?」
「むぅ~……隼斗は意地悪だねぇ」
「あの帝とのKASSENの時、お前の時の俺は参加しなかった。違うか?」
「うん、そうだよ。
わたしの時の隼斗は、悩んで悩んで、悩んでいるうちにヤチヨが参戦して、人数が揃ったんだ」
にやり、と八重歯を見せて笑う。
「なら、輪廻とやらはもうぶっ壊れてる可能性あるな。
卒業ライブの時の二択は言っちまえば小せぇが、
ヤチヨカップの一時間前に開催された竹取KASSENの参加者が異なるってのは大分デケェだろ」
「……私を選んでくれたのを小さいって言わないでほしいけどね」
「うっせ、それをデカいって言うのも恥ずいわ。
それに、ヤチヨが参加するってのは言っちまえば人数不足時のKASSENの仕様。
自分で言うのもなんだが、俺がああいう企画に参加するのは異例も異例だ。
実際俺の登録者かなり増えたし」
「もしかしてそれが狙いだったの~?」
「で、これが前提。輪廻が成立してねえなら、『決まった流れ』じゃなくなってる可能性がある。
つまりヤチヨが、能動的に未来を変えられる……そう捉えていいか?」
「無視ひど~。……そうだね、本当に輪廻が成り立っていないのであれば、ね」
「そこは要確認だな、俺らが確認できるようなもんなのかってのはともかく」
で、だ。と言葉を区切る。
「いま、月にいるかぐやを迎えに行く方法、あるか?引継ぎのデータもあると、尚良いんだが」
「……どうだろう。全く無い、とは言えないけど……。
試したことも無いから。引継ぎのデータ自体はあるよ。FUSHIが持ってる」
「どういうこと?かぐやを迎えに……って。
それをしたら、ヤチヨもツクヨミも無くなっちゃうんじゃ」
「そうならないための前提の、輪廻の確認だ。
それによ、確かにかぐやが八千年前に行かねえと、ヤチヨはいないかもしれねえ。
ツクヨミも出来ねえかもしれねえし、最悪俺らも産まれなくなるかもしれねえ」
そこまで言うと、ヤチヨは肩を震わせ、彩葉も一瞬怯んだ。
「でもよ―――」
八千年の孤独から助けられるかもしれねえのに。
見捨てるなんて、性に合わねえ。
「完全無欠の大団円のハッピーエンドには、足りねえんだよ」
「そっか。隼斗がやりたいなら、やろっか」
「おう、あんがとよ。で、思いついたんだが」
「なんだいなんだい?」
「まず、月に彩葉の歌が届いたこと。これは銀の腕輪のおかげってことで良いのか?」
「うん、そうだと思うよ。その腕輪には音声とかの通信・信号増幅機能があるから」
「で、もう一個。ヤチヨが乗ってきた宇宙船は壊れてるんだよな?」
「さっき話したし、見たんだよね?」
「確認だ、確認」
そこで一度言葉を切る。
ずっと引っかかっていたことがあった。
―――――かぐやが最初に乗ってきた宇宙船、今どこにある?
ヤチヨは完全に呆気に取られていた。
「ゲーミング電柱からかぐやが出てきた、ってのは彩葉から聞いた。
けど、タケノコみてえなモンがあったって話は聞いてねえ」
「『もと光る竹』……確かに、あの時そんなもの無かった……と、思う」
「一機目の『もと光る竹』。こいつは壊れてねえんじゃねえか?」
「…………壊れてない、はず。少なくとも、かぐやが来たとき身体を付与出来てるから……」
「銀の腕輪と壊れていない『もと光る竹』。
この二つがあれば、ツクヨミ経由で月へのアクセスするのは難しい話じゃねえ気がするんだが」
「……多分、出来る、と思う。
ツクヨミと月の世界はとても近いから、『もと光る竹』の通信機能が生きていて、
腕輪の信号増幅機能と合わせれば……」
誰も、すぐには言葉を発さなかった。
可能性が、現実になりかけている。
希望だった。
同時に、取り返しのつかない賭けでもあった。
―――――行ける、かもしれない。
「一機目の『もと光る竹』、所在の心当たりとかねえの?」
「電柱に同化したままか、それとも送電塔か……」
「電柱って、アパートの前の?」
「あ~~~もしかしてあの日送電塔に落ちた流れ星って『もと光る竹』かよ?」
「どっちにあるかまでは分かんないかな。直接見に行ければ分かるけど」
「直接って、ヤチヨが?」
「ううん、FUSHIを連れて行ってくれれば良いよ」
「……よし、とりあえずあとは行ってみてか」
「覚悟しろよ、
「え?」
「あんときはお前が言ったがよ、もう先には行かさねえ」
「完全無欠の大団円、
ハッピーエンドまで連れてってやるから、置いて行かれないよう付いて来いよ」
「っ……うん!」
俺が手を差し出すと、立ち上がったヤチヨが上からその手を叩く。
今度はヤチヨが手を差し出して、入れ替わりのように俺が手を叩く。
最後にハイタッチ。
隼斗とかぐやの
どことも知れない一面水面のような静かな空間に、ハイタッチの音が高らかに鳴り響いた。
「まあヤッチョが手伝わないと月に繋がんないんだけどね」
「締まんないね」
「カッコつけさせろよ、男の子だぞ」
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