今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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4話

夜が明けた。

三連休が終わった朝。

……つまり、学校だ。

逃げ場はない。

一人暮らしだろうが、赤ん坊が一晩で10歳になろうが、関係なく授業は始まる。

 

むしろ10歳になったことで留守番くらいはできるようになったのでは?と一人ごちる。

まあ、それは置いといて。

 

一人暮らしということは、昼飯も自分で用意する必要があるワケで。

 

キッチンに立つ。

 

カーテンの隙間から差し込む朝日がやけに眩しい。

寝不足の頭には少し刺さる光だ。

 

「……ねっむ」

 

一言漏らし欠伸を一つ。

なんか出来るか、と考えながら冷蔵庫を開ける。

 

目についた中身は。

 

買い置きの卵、ウインナー。サイドポケットのマヨネーズ。

あと、確かキッチンの棚にツナ缶と開封済みの塩昆布。

 

「ま、形にはなるだろ」

 

誰にともなく呟いて、冷凍庫を開ける。

ラップに包まれた一膳分の白飯が幾つか。

 

白飯を適当にレンジにかける。

その間にツナ缶を開けて、油をしっかり切る。

マヨネーズを絞って、スプーンでざっくり混ぜる。

隠し味に醤油を数滴。

 

「……こんなもんだろ」

 

味見はしない、ある程度は感覚で。

配信するわけでもない、自分で食うもんは適当で良い。

 

解凍した白飯を新しくアルミホイルにあけ、ツナマヨを押し込んで包む。

形はそこそこ、三角になればそれでいい。

ツナマヨの量からおにぎりが二つ完成。

 

もう一つは塩昆布。

 

こっちは混ぜて握るだけだ。

むしろこっちのほうが失敗しない。

 

「はい、三つ」

 

適当に並べて、ローテーブルの端に寄せる。

フライパンを火にかけてサラダ油を目分量。

 

ウインナーを袋から出して、軽く切れ目を入れる。

意味があるのかは知らないが、母親がやっていたからなんとなく昔からやっている。

 

じゅ、と油が弾ける音。

その隣で卵を割る。

 

ボウルに落として、箸で軽く混ぜる。

砂糖を少し、塩はほんのひとつまみ。

気分で白だしを小さじ1。

 

「……甘ぇのは好みじゃねえんだよな」

 

フライパンの空いたスペースに卵を流し込んで、ざっくり巻く。

形は整っているが、丁寧すぎるほどでもない。

崩れてなければ上等。

 

慣れた手つきでひっくり返して、火を止める。

 

「よし」

 

粗熱も取らずに弁当箱へ。

おにぎりを詰めて、隙間にウインナーと卵焼きを押し込む。

彩りが足りない気がして、冷蔵庫をもう一度開ける。

 

……何もない。

 

「ま、いいか。腹が満たせりゃそれで」

 

蓋をせず、弁当箱を平たい保冷剤の上に置く。

多少でも荒熱を取れれば儲けもんだ。

スマホを取り出して時間を見る。

 

登校まで、まだ多少の余裕はある。

 

「……余裕だな」

 

眠気と寝汗を洗い流すか、とシャワーへ向かった。

隣のお姫様が大人しく留守番しててくれるか?という不安も流したかった。

……無理だろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャワーを浴びて制服に着替え、荒熱も取れた弁当箱をカバンに放り込み部屋を出る。

ノックもそこそこに隣室のドアを開けると酒寄もすでに制服に着替え終えており、キッチンで何かを作っていた。

 

「おっ!おはよー!隼斗!」

 

お姫様はちゃぶ台に腰掛けながらタブレットで何かを見ていた。

漏れ聞こえる音からヤチヨの配信を見ているようだ。

 

「ねーねー、彩葉がいっつも見てるこの人誰?好きなの?」

「るなm「月見ヤチヨっていうAIライバー。推し」……だ、そうだ」

 

人の発言に被せるなよ。

……ってかまた成長してねえか?

ちゃぶ台に腰掛けているのに、立っていた昨日より明らかに目線が高い。

座ってっからはっきりしねえが、もう酒寄と大して身長差ねえだろ。

 

「えぇ~AI……ロボットってこと?」

「分身もできて、歌って踊れて8000歳って設定」

「AIとロボットって別モンだけどな。ってかその知識どっから?」

「ぶぇ~おもろ~!」

 

目を輝かせてタブレットに食い入る少女。

そのリアクションを脇に酒寄はフライパンで焼いていた何某かを皿に盛り、通学カバンを肩に引っ掛ける。

カバンにつけられたメンダコのマスコットがゆらゆらと揺れた。

 

「んじゃ、いってきます」

「えぇ~!やだやだ~!」

「うぉ、またデカくなったな」

「あ、やっぱ?」

 

酒寄がローファーを履くと少女が猛スピードで突っ込み、腕を掴んだ。

玄関と部屋で高さの違いがあるとはいえ、やはりその頭の高さにはほとんど差が無かった。

 

「一緒いて!隼斗も!」

「ムリ、学校休めない」

「ま~、俺は休んでも良いっちゃ良んだが」

「ダメ、私の所為で高羽を休ませるわけにいかない」

「そう言うと思ってたんだよな」

 

てなわけで、俺も無理。と両手の人差し指で×の字を組む。

 

「家から出ないで。ご飯はそこね、パンケーキ」

 

と、酒寄は先ほどフライパンから積み上げたなにかを指差した。

 

……これが?パンケーキ?」

「高羽、声に出てる」

「いやだってお前これパンケーキっつか色味ナンじゃん。膨らんでもいねえし。

 え?どうやって作った?レシピは?」

「小麦粉と水を良い感じに混ぜて焼いた。画期的貧乏飯よ」

「オメーそれパンケーキじゃねえからな」

「ウェ~クソ不味ィ……」

 

言い争っている間に一枚丸々それを頬張った少女は、顔を青くしたかと思うとそう言いつつ、酒寄に縋りつく。

 

「やだやだ!学校ってそんなに大事なわけ!?」

 

それを振り払い、人差し指で制しながら酒寄も言い放つ。

 

「命より大事!あんたと関わったのは私の責任だけど、もう全部元に戻すから。

 早く月への帰り方思い出して」

 

命より大事と来たか。

魔法学校の才女かお前は。

……しかしこれが昼飯かぁ……。

 

「はぁ……見てらんねえ。ほれ」

「んぇ?隼斗、これなに?」

 

カバンから弁当箱を取り出し、少女に手渡す。

味見も出来てないが、あれよりはマシだろう、絶対に。

 

「俺の昼飯。たった今お前の昼飯になったけどな」

「くれるの!?」

「そんな甘やかして……」

「良んだよ、俺はコンビニで適当に調達すっから。ああ、それと」

 

弁当箱の上に部屋の合鍵を載せる。

鍵だけでは紛失しかねないため、適当に部屋にあったウサギのキーホルダーをつけてやってる。

なんだったけかあれ、なんかの案件の時のサンプルだったか?

なんでも捕食者と被食者をイメージして作られたとかなんとか。

確かウサギの他にもヤマネとかスズメとかもあったような。

……ああ、いやいや今はそれより。

 

「暇は人を殺すっていうからな。俺の部屋にあるもんで暇つぶししてて良いぞ。

 カギは閉めろよ。漫画なりゲームなり動画なり、好きにやれ」

「良いの!?ありがとー!」

 

弁当箱と鍵を受け取った少女はぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。

酒寄が慌てて口を挟んだ。

 

「ちょっと高羽、良いの?お弁当まで……」

「勝手に外出てなんぞ問題起こすよりなんぼかマシだろ」

「そりゃ、そうだけど……」

「あ、あとその生地は食わねえならうちの冷蔵庫に入れといてくれ。

 『隣人のかわいそうなパンケーキリメイクしてみた』配信するからよ」

「配信で晒す気!?」

「晒すんじゃねえよ、リメイクだリメイク。材料費は持つからよ」

 

酒寄が「もう……」と頭を抱える横で、少女は鍵を握りしめて目を輝かせていた。

 

「んじゃ、留守番頼むわ。出来るな?」

「寂しいけど、頼まれたから分かった!」

「上出来。ほれ酒寄、遅刻すんぞ」

「ああもう……行ってきます」

 

二人並んでアパートを出て階段を下る。

背後で少女が「いってらっしゃーい!」と元気よく手を振る声が聞こえた。

振り向かずにひらひらと右手を振る。

そんな俺たちを酒寄が呆れた目で見ながらため息をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

登校途中で酒寄に断りを入れて、コンビニに寄る。

適当におにぎりを三つ調達して自動ドアを潜ると、その脇で酒寄が待っていた。

 

「先行ってて良いぞっつったろ」

「あの子にお弁当渡したせいでしょ。さ、キリキリ出しなさい」

「あん?」

「レシート」

「やだ、カツアゲ?」

 

酒寄はジト目で俺を睨みながら、手を差し出してくる。

 

「冗談じゃなくて、本当に。今日のお昼代、ちゃんと払うから」

「いいっつの。どうせコンビニだし」

「ダメ。昨日も布団とベビー用品で散々世話になってるのに、今日もお弁当まで……。

 それじゃあんたにどんどん借りが増えていく」

 

酒寄は頑なに手を引っ込めない。

メンダコのマスコットが、彼女の決意の固さを強調するようにゆらゆら揺れている。

俺はため息をつきながら、コンビニの袋を軽く振った。

 

「じゃあさ、相殺でどうだ?」

「相殺?」

「お前の作った粉と水のパンケーキ。あれの提供費と今日の昼代で、チャラってことで」

 

酒寄の眉がピクリと動く。

 

「……小麦粉と水でできたやつの材料費って、数十円でしょ」

「材料費はな。粉と水を『良い感じに混ぜて』焼く技術料とレシピ料込みで、

 少なくとも俺の弁当代より高くねえか?画期的貧乏飯なんだろ?」

「高羽、それ論点ずらしてる」

「ずらしてねえ。

 価値は需要と供給で決まるんだよ。いま俺が買ったおにぎり三個より、

 あいつが食って即顔真っ青にしたパンケーキの方が、よっぽど希少価値あるだろ」

 

酒寄が珍しく言葉に詰まる。

 

「……それでも、渡した方のお弁当は高羽が自分で作ったものなんだから別でしょ」

「自分で作ったからこそタダでいいんだよ。

 どうせ余りもんで適当に作ったもんだ、手間も大してかかってねえ」

「でも……!」

「それに」

 

俺は歩きながら、わざと軽い調子で続ける。

 

「今度配信で『隣人のかわいそうなパンケーキリメイクしてみた』やるっつったろ。

 材料費とレシピ料とネタの提供料。それで昼飯分はチャラってことでどうだ?

 配信者はいつでもネタに飢えてんだよ」

 

酒寄が立ち止まり、俺をじっと見つめてくる。

 

「……結局、高羽が全部負担するってことじゃん」

「違う違う。俺とリスナーが楽しむためのネタの報酬、って考えろよ」

「詭弁」

「詭弁で結構、今日はこれで勘弁してくれ」

 

酒寄はしばらく無言で俺の顔を睨んでいたが、やがて小さくため息を吐いた。

 

「……本当に、しつこいんだから」

「自己紹介か?それ」

 

そう言いながらも、酒寄の肩から少しだけ力が抜けたのが分かった。

校門が近づいてきたところで、彼女がぽつりと呟く。

 

「……あの子、ちゃんと留守番できてるといいけど」

「まあ、うちのゲームとタブレットがあれば当分は大丈夫だろ」

 

酒寄が小さく頷く。

俺は内心で苦笑した。

 

「(……相殺云々はともかく、こいつの『借りを作りたくない病』は相当根が深ぇな)」

 

まあ、いい。

非常事態なんだから、多少の貸し借りは笑って流せばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、午前中の授業は意識の半分が隣の部屋に飛んでいったまま終わった。

昼休みはコンビニのおにぎりを頬張りながら、適当に友達と他愛もない話をした。

昼飯に食ったコンビニの梅、明太子、昆布のおにぎりは、朝自分で握ったものよりずっと「整った」味がしたが、なんだか物足りなかった。

 

午後の授業も滞りなく過ぎ、放課後。

俺は職員室に立っていた。

 

「……で、高羽は進路は……やっぱり進学か?」

 

担任の言葉に、俺は手渡された進路希望調査票に目を落とし、適当に頷く。

 

「そっすね。一旦は進学で考えてます。まだ具体的にどことかは考えてませんけど」

「お前の成績ならどこでも行けるとは思うけど……理系で考えてるんだろ?」

「そこもとりあえず、っすね。文系より理系のほうが潰し効きますし。

 やりたいことはまだ無いっすけど、選べる立場ではいたいんで。

 後々やりたいこと見つけたとして、理転するよりは文転するほうがマシかと」

 

合理的、かつ消去法。

それが俺の人生の基本方針だ。

やりたいことなんて、配信だけで十分足りている。

担任は「とりあえず、か……」と少しだけ寂しそうに苦笑した。

 

「まあ、まだまだ時間はたっぷりあるし、ゆっくり考えよう。

 高羽にもいつか、損得抜きでやりたいことが見つかるかもしれんしな」

「うーっす。じゃ、失礼しまーっす」

 

職員室の重いドアを引いて外に出ると、入れ替わるように一人の女子生徒がやってきた。

見慣れた、けれど今は少し余裕のなさそうな顔――酒寄だ。

 

「あ……」

「…………」

 

手に握られた進路希望調査票を見て、短く察する。

すれ違いざま、彼女の耳元にだけ届くような小声で告げた。

 

「俺はさっさと帰る。なんかあったらメッセージ入れるわ」

「……助かる、お願い」

 

短く、切実な響き。

彼女はそのまま職員室へと消えていった。

俺はと言えば、約束通り真っ直ぐアパートへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、お姫様~帰ったぞ~」

 

まずは酒寄の部屋。しかし、返事はない。

それどころか、ドアノブに手をかけると抵抗なく回った。

 

「……おいおい」

 

鍵もかかっていない部屋。

防犯意識という言葉をあいつの頭に叩き込む必要がありそうだ。

室内はもぬけの殻。

流石に同級生女子の部屋で一人待つのも居心地が悪い。

俺は酒寄に『鍵掛かってなかった。あと、あいつがいねえ』とメッセージを送り、自分の部屋へ戻った。

 

「どこ行ったんだよ、全く……」

 

苛立ち紛れに喉を鳴らし、冷蔵庫から麦茶を取り出そうとした時だ。

 

「……あん?」

 

キッチンの調理台に、見慣れない光景があった。

俺が愛用しているハンドブレンダーが、出しっぱなしになっている。

先端のアタッチメントは丁寧に洗われているが、わずかに水滴が残っている。

 

「これ、使ったのか?」

 

それだけじゃない。

今朝使った覚えのない、底の深いフライパンもキッチン下の棚から出されていて、洗われた形跡がある。

 

さらに酒寄の部屋を覗き直すと、ちゃぶ台の上には所狭しと並べられた皿の数々。

見覚えのない料理が並んでいる。

スープ、メイン、付け合わせ――三人分。

 

「……全部、あいつが作ったのか? 俺の使って」

 

暇を持て余した天才児の犯行か、これは。

だが、肝心の犯人がいない。

俺は嫌な予感を抱えながら、酒寄からの返信を待った。

 

 

 

嫌な予感が、現実になるのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

学校近くの、SNSで話題のカフェ。

 

「彩葉ノートで赤点回避記念」

「お礼の品で~す」

「「ご査収くださ~い」」

 

彩葉を囲んでいるのは、クラスメイトで友人の綾紬 芦花(あやつむぎ ろか)諌山 真実(いさやま まみ)だ。

芦花は美容系、真実はグルメインフルエンサーとして校内はおろかSNSでも有名だ。

 

「あっ、ありがと。……いただきま」

 

彩葉がフォークを伸ばした、その時。

「ひょい」と、横から白い手が伸びてきた。

 

「…えっ、あっ?」

 

4枚重ねのふわふわパンケーキのうち、3枚が一瞬でさらわれる。

「あむっ」という景気良い音と共に、それは対面に現れた美少女の口に消えた。

 

「うま~!よっ、彩葉☆」

 

彩葉は自分の目を疑った。

そこにいたのは、彩葉の私服を完璧に着こなし、なぜか校門から後をつけてきていた「お姫様」だった。

 

「え~かわいい!彩葉の友達?」

「彩葉の服着てる~」

「パンケーキ好き?はい、これもどうぞ」

 

芦花と真実が目を輝かせる。

芦花は自分の注文したチョコレートパンケーキを差し出す。

少女は遠慮なく、それを一枚頬張ると。

 

「パンケーキ?これが?彩葉の全然違う! 」

「いやっ!友達っていうか、えっと、あの……!」

「月から来たの!」

 

 

一瞬、空気が凍る。

この状況を打開せんと彩葉の脳内が高速回転する。

 

「つ~、つつ、築地だよね!私のいとこ!」

「わぁ~、美味しいお寿司屋さん教えて~」

 

立川一のグルメガールの真実はなんとかなった。

お次は立川一の美容ガールだが。

 

「お名前は?」

「あっ、え~っと……」

 

こちらも少女の見目麗しさに多少の違和感は流れたようだ。

しかし名前、名前か……。

ふと脳裏に思い浮かんだのは、昨日タブレットで見せた『竹取物語』。

 

「かっ、かぐや!」

「かぐや! かわよ~」

「ねっ、かぐや!」

「かぐや?」

 

真実たちがはしゃぐ横で、少女は不思議そうに自分の名を繰り返した。

 

「かぐや!かぐやかぁ~、エヘヘヘ~」

 

頬に手を当ててクルクル回る少女。だが、ふと動きを止めて顔を上げた。

 

「ね、彩葉。隼斗は?」

「あっ、バカ……!」

「はやと?隼斗って、高羽くん?」

 

真実の目が鋭く光る。

芦花の手がわずかに止まる。

 

「そう!一緒いないの?」

「確か、彩葉のお隣の部屋に住んでるけど……いつも一緒ってわけじゃないよね?」

 

芦花が探るような視線を彩葉に向ける。

にこやかではあるが、その視線だけは笑っていなかった。

だが、無邪気な爆弾魔は止まらない。

 

「え~!? 今日までずっと一緒だったよ?」

「…………えっ」

 

彩葉は最後の一枚のパンケーキを丸ごと口に詰め込み、かぐやの腕を掴んだ。

 

「ゴメン帰る!ありがとねごちそうさま!後で埋め合わせするから!」

 

背後でポカンとする二人を残し、彩葉は脱兎のごとく店を飛び出した。

特に、彩葉に対して少し特別な感情を抱いている芦花は、複雑そうな表情でその背中を見送っていた。

 

店を出た途端、彩葉はスマホを確認した。

少女が部屋におらず、鍵もかかっていないとの隼斗からのメッセージ。

『いま一緒にいる。連れて帰る』と秒速で返信を打つ。

 

「正気!?正体バレたらどうすんの!?なんで家から出てくんの~!?」

「だぁって寂しかったんだもん」

「あのね、そういう風に生きてると自滅するよ?時には我慢ってもんも必要で……」

 

母から言われ続けた言葉を、自分が言っている。

彩葉が自己嫌悪で言葉に詰まると、かぐやが「ねー、これどうやって使うの?」と何かを突き出してきた。

 

「ん?スマコン……私の?それとも高羽の?持ってきたの?」

「隼斗のパソコンで買えたよ?」

「はぁ!?!?!?!?!?!?」

 

彩葉が震える手で隼斗に確認のメッセージを送信する。

即座に既読がつき、お札が翼を授かって飛んでいくスタンプが送られてきた。

最新型スマコン、そのお値段124,400円也。

 

「…………」

 

罪悪感で死にそうな顔をする彩葉を見て、かぐやは慌てて「倫理観のない解決策」を提案した。

 

「えっ、あっ、なんか銀行?……のデータ書き換えればウォレットの数字増やせるっぽかったよ!やる?」

「ダメに決まってるでしょ!絶~~~対っ!!しないでよ!!!」

 

夕暮れの街に、絶叫が虚しく響き渡った。

 

 

 

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