今日も世話を焼く   作:ディアーリーズ

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36話

満月となり、かぐやを迎えに月へと行く日。

あの卒業ライブの日と同じように、KASSENのステージに彩葉と隼斗は居た。

あの時とは違い、黒鬼の三人と芦花、真実の姿は無い。

その代わりに、ヤチヨの姿があった。

 

「い~い?彩葉、隼斗。向こうに着いたらまず自動迎撃プログラムが出てくると思う。

 それは月人じゃなくてプログラムだから遠慮なく捌いちゃって。

 そしたら、かぐやを探して。腕輪が教えてくれるから、その方向に進めば大丈夫」

 

ツクヨミのアバターである彩葉の右腕には、

現実世界からFUSHIの協力で持ち込んだ銀の腕輪がきらりと光っている。

かぐやの引継ぎデータも詰め込まれたそれは、触覚の無いツクヨミでもどこか重さを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばしの沈黙。

その時、ぽつりと呟いた。

 

「……結局よぉ」

「ん?」

 

彩葉が振り向く。

 

「輪廻がぶっ壊れてるかもしれねえって話」

 

その腕に輝く銀の腕輪を見る。

 

「確証は無ぇままなんだよな」

 

ヤチヨが少しだけ目を伏せた。

 

「うん」

 

ヤチヨは静かに頷く。

 

「でもさ、今更それ言う?」

「ね。本当それ」

「あ?」

 

彩葉とヤチヨが顔を見合わせて笑った。

 

「あ?」

 

思わず眉をひそめる。

 

「だって隼斗がやろうって言ったんじゃん」

「今さら腰引けたの~?」

「引けてねえわ」

 

即答だった。

 

「ただまあ、ちょっと悪い方に考えちまっただけだ」

 

肩を竦める。

 

「輪廻が正常だってんなら、向こうからかぐや連れて帰った瞬間にタイムパラドックスで

 世界ごとおじゃんとか?」

「それはそれで派手だね~」

「そこまで行ったら、もう俺らが責任取るとかそういう話じゃねえだろ」

「確かに」

「世界が許容したならセーフ。消えたならアウト。分かりやすいよね~」

「雑だなおい」

 

ヤチヨの雑な言い分と俺のツッコミに、耐え切れずに彩葉が吹き出した。

 

「世界ごと消滅したら誰も文句言えねえしな」

「言う相手も言う本人もいないもんね~」

 

俺の後ろ向きなポジティブ発言に苦笑するヤチヨ。

……ちっと気楽にはなったかな、俺も。

 

「でもまあ、もし本当にそうなったらヤッチョも初体験だから~」

「経験者がいるみてぇな言い方すんな」

「だから気楽に行こうよ~」

「……気楽の基準がおかしくねえか?」

「今さらだね」

「今さらだよ~」

 

二人に満面の笑みで返された。

一瞬だけ呆れて、小さく笑った。

 

「……まあ、そうか」

 

答え合わせは後。

全ては迎えに行ってからの話だ。

 

「迎えに行くか、かぐやを」

「うん、行こう」

 

彩葉が答えて、グーを差し出してきた。

俺もグーを差し出して、軽いグータッチ。

俺と彩葉の「仲良しのヤツ(ハンドサイン)」。

満面の笑みで、ヤチヨが見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

満月の光が、世界を満たす。

八千年を追体験した時のような足元が崩れるような感覚。

 

 

 

 

 

 

 

視界が白く塗りつぶされ――次の瞬間。

足元に、確かな『地面』の感触が戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彩葉はゆっくりと目を開く。

広がっていたのは、見覚えのあるような景色だった。

どこまでも整然とした都市。平安チックな建造物。無機質な光。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

違う。

何かが、決定的に違う。

 

音が、ない。

風も、足音も、ざわめきもない。

そこに『存在しているはずの何か』が、すべて削ぎ落とされたような静寂。

 

隼斗もゆっくりと周囲を見渡す。

 

「……静かすぎるな」

 

視界の端には、コラボライブの時に乱入してきた灯篭頭の月人たちの姿があった。

 

だが――動かない。

 

ただ、こちらを見ている。

敵意も、歓迎も、なにもない。

『観測』しているだけの視線。

 

そして気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道が開いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで、ここを通れと。

この先へ行け、と言われているかのように。

 

「……これ、どういう……」

 

答えは返ってこない。

ヤチヨの声はない。

今、彼女は向こう側で通信を繋ぐことに、すべてのリソースを費やしている。

 

 

 

つまり、ここから先は本当に――二人だけだ。

 

 

 

隼斗が小さく息を吐く。

 

「……行くぞ」

 

迷いはない。

そのまま、開かれた道を踏み出す。

 

 

 

 

 

 

その瞬間だった。

空間に、ノイズが走る。

無機質な光が収束し、形を成す。

現れたのは――迎撃プログラム。

 

「来た……!」

 

そこに『意思』はない。

感情も、揺らぎもない。

ただ、決められた処理を実行するための存在。

同時に、複数体が動く。

無駄のない連携。だが――

 

「……読みやす過ぎんだわ」

 

踏み込む。

最短距離で、最適な角度。

攻撃が来る前に、すでにそこにはいない。

そのまま、長銃で攻撃を空振りした相手を銃撃。

 

 

 

彩葉も続く。

 

「左、来る!」

 

言葉と同時に、身体が動く。

相棒のキーボードブーメランを振り抜く。

一瞬。

光が弾けて、プログラムが霧散した。

 

 

 

静寂が戻る。

 

 

 

「……終わり?」

 

あまりにも、あっけない。

 

「肩慣らしにもなんねえな」

 

だが、その表情は油断していない。

 

むしろ――

『ここじゃない』と、理解している顔だった。

 

 

 

再び歩き出す。

月人たちは、やはり何もしてこない。

ただ視線だけが、ついてくる。

 

「……見られてる」

「試されてんだろ」

 

足を進めるほどに、確信が強くなる。

ここは戦場じゃない。

『審査場』だ。

やがて、視界が開ける。

 

広場。

見覚えのある、KASSENの天守閣の目の前の開けたステージのような。

そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに、それはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四つの腕。

地を踏みしめる巨体。

前回、帝が相手をしていた狛犬型。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし今回は。

最初から、本気(四腕)のようだ。

沈黙のまま、こちらを見据えている。

次の瞬間。

空間そのものから声が響いた。

 

 

 

『11101000 10100110 10110011 11100110 10111000 10101100 11100101 10101111 10111110 11101000 10110001 10100001 11100011 10000000 10000001 11100101 10001000 10110000 11101001 10000001 10010100』

『11100110 10011100 10000000 11100111 10110101 10000010 11100111 10100010 10111010 11101000 10101010 10001101 11100011 10000011 10010111 11100011 10000011 10101101 11100011 10000010 10111011 11100011 10000010 10111001 11100011 10000000 10000001 11101001 10010110 10001011 11100101 10100111 10001011』

 

 

 

「……なに?」

 

隼斗が口の端を歪めて、チロリと唇を舐めた。

 

「試験ってとこか」

 

四腕が、動く。

 

――速い。

 

視界から消える。

次の瞬間には、背後。

 

「っ――!」

 

反応が、間に合わない。

衝撃。

吹き飛ばされる。

 

「チッ!」

 

割り込むように前へ出る。

だが、通常のエネミーのように二腕ではない。

四腕。

同時に、別軌道の攻撃。

受けきれない。

隼斗の身体が、弾かれる。

地面を滑る。

 

「速――っ!」

 

息が詰まる。

前回より、明らかに強い。

容赦がない。

 

 

だが――

同時にその攻撃には、『怒り』も『殺意』もない。

ただ、正確に。

ただ、無機質に。

処理されているだけ。

 

 

 

再び来る。

今度は――見える。

目を細める。

見切ることに集中する。

 

 

 

流れ。

軌道。

次に来る『選択』。

それを、観る。

 

「彩葉!右後ろ、そのあと頭上!」

 

 

 

「ありがと!」

 

相棒の言葉だ、迷わない。

言葉に従い、身体を動かす。

回避。

反転。

すれ違いざまに、一撃を見舞う。

 

 

 

確かに当たった。

 

 

だが――

止まらない。

 

「……全然足りねえか」

 

攻撃を重ねる。

だが、その最中。

ふと、違和感を覚えた。

 

「……おい」

「え?」

 

隼斗の目が、細くなる。

 

「これ――」

 

次の一撃を、紙一重で躱す。

 

「『勝たせる気ねえ動き』じゃねえな」

「……?」

「違う」

 

狛犬の動きを、凝視する。

 

「コイツも『見てる』」

 

その瞬間、全てが繋がった。

 

「……なるほどな」

 

口元が、歪む。

 

「そういうことかよ」

 

攻撃の手を止める。

 

「隼斗!?」

「いいから見ろ」

 

完全に、回避に徹する。

無駄な動きはしない。

 

最短で避ける。

最小で躱す。

 

 

 

その動きは――

 

 

 

『解答』のようだった。

 

 

 

彩葉も理解する。

これは、戦いじゃない。

 

「……『正解』を見せるんだね」

「そういうこった」

 

二人の動きが、揃う。

無駄が消える。

攻撃をしない。

ただ、捌く。

ただ、躱す。

ただ、受け流す。

すべての攻撃を、完全に。

やがて、狛犬の動きが止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂。

そして、声。

 

 

 

 

 

 

 

『11101001 10000001 10101001 11100101 10010000 10001000 11100111 10100010 10111010 11101000 10101010 10001101』

『11101001 10000000 10011010 11101001 10000001 10001110 11100011 10000010 10010010 11101000 10101000 10110001 11100101 10001111 10101111』

 

 

そのアナウンスが終わった途端、狛犬が光り始める。

一瞬、光が完全に視界を埋め尽くした。

眩さに耐え切れずに目を瞑る。

再び目を開けた時、既に狛犬の姿はなくなっていた。

 

 

「……終わった?」

「……ああ、そうみてえだな」

 

 

 

肩で息をしながらも、視線は前へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その先に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の少女が、立っていた。

あの日と寸分違わぬ衣装で。

 

 

静かに、こちらを見ている。

そして。

にっと、笑った。

 

「遅いよ」

 

 

 

涙はない。

ただ――待っていた顔でもない。

 

「……待ってたって顔じゃねえな」

「うん」

 

 

 

一歩、近づく。

 

 

 

「また会えるって、分かってたから」

「こんなに早いと思わなかったし、二人のほうから来てくれるとはちょっと思わなかったけど」

 

 

 

彩葉の声が、詰まる。

 

 

 

「……迎えに、来たよ」

 

 

 

その言葉に、一瞬呆けたような顔をするかぐや。

すぐに感極まったとばかりにその目に涙を湛えながらも、パッと向日葵のような笑顔で両腕を大きく広げて。

隼斗と彩葉に抱きついた。

 

「おら、帰んぞ」

 

三人は連れ立って、来た道を戻る。

彩葉、かぐや、隼斗の順番で手を繋ぎながら。

 

月の世界に訪れた時の場所に戻ると、そこには卒業ライブの時の菩薩型の月人と、無数の灯篭頭の月人が待っていた。

 

「っと……あぶね。彩葉、引継ぎ」

「うわっ、わ、忘れてた」

 

彩葉が銀の腕輪を右腕ごと突き出すと、菩薩型の月人が合わせた両掌を開いた。

その瞬間、銀の腕輪から月光のような光の玉が現れ、ふよふよとその両掌の中に納まった。

 

すると、無数の灯篭頭の月人たちの群れが真っ二つに割れ、道を作る。

その道の先には光をすべて吸い込むような、真っ暗な球体。

新月のようなそれが、ツクヨミへと戻る道なのだと三人は直感的に分かった。

 

「いろいろ、迷惑かけて振り回しちゃってゴメン。じゃあ、いってくるね」

「あのっ!かぐやは、私が───わぷっ」

「オメー違ぇだろ。そこは、『俺たちが』───だろ?」

「……そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて……かぐやは、私たちが必ずハッピーエンドまで連れていきます」

「もちろん、ヤチヨもな。

 だから安心して……って言うのも違うのかもしれねえが、見守っててくれや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が菩薩型の月人の目を見ながらそう宣言すると、菩薩型は無言で腰を折り、頭を下げた。

彩葉は一瞬戸惑うが、隼斗は無言で頷く。

二人には『よろしくお願いします』と、言外にそう言っているように見えた。

その足元では先ほどまで試験官だった四腕が、狛犬の姿に戻って控えている。

 

三人は新月に向かって歩いていく。

背中に、頭を下げ続けている気配を感じながら。

見送られてるのに、どこか重さを感じるそれは、責任か。

一歩足を踏み出すと、三人の意識はあたたかな暗闇に溶けていった。




化猫屋敷さん、かけはしさん、ROSOさん、感想いただきありがとうございます。

お気に入り登録いただいた方々もありがとうございます。
とても励みになります。

次回の37話で最終話になります。
更新予定日は明日6/9の8:00になります。
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